第12話 「壊れる自信! それでも前に出る理由」
追いついたと思った瞬間、突き放される。
努力は報われたはずなのに、現実はあまりにも遠かった。
それでも少女は、後ろへは下がらない。
壊れた自信の、その先に――新しい理由を見つけるために。
合同模擬戦の敗北から、一夜が明けた。
ヒナタは、いつもより少し早く起き、無人の通路を歩いていた。
(……やっぱり、全然足りない)
頭の中では、昨日の戦いが何度も再生される。
敵の動き。
連携。
一拍の遅れ。
すべてが、はっきりと焼きついていた。
旧式区画に入っても、今日は鉄塊の前に行かなかった。
ただ、床に座り込み、膝を抱えていた。
「……調子、悪そうだね」
静かな声。
顔を上げると、ユズハが壁に寄りかかっていた。
「……昨日、私、ちょっと“分かった気”になってました」
「うん、見てた」
「恥ずかしいくらい、簡単に壊れました」
「それも、見てた」
ユズハは、ヒナタの隣に腰を下ろす。
「ねえヒナタ。
“壊れた自信”ってさ、実は悪いものじゃない」
「え……?」
「根拠のない自信が壊れるとね、
やっと“ちゃんとした理由”で前に出られるようになる」
ヒナタは、ぎゅっと袖を握った。
「私……前は、“トップを越える”って言ってれば、
それだけで進める気がしてたんです」
「今は?」
「……今は、ちょっと怖いです。
越えられないかもしれないって、思っちゃって」
ユズハは、一瞬だけ目を伏せた。
「それでも、やめたい?」
「……やめたくないです」
即答だった。
「なら、それが今の理由だよ」
「……理由?」
「“勝ちたいから”でも、“才能があるから”でもなくて、
“やめたくないから前に出る”。
それって、意外と一番しぶとい理由」
ヒナタの胸の奥で、何かが静かにほどけていった。
◇ ◇ ◇
午後の個別訓練。
ヒナタは、再び簡易模擬戦に入った。
相手は、中央クラス中位の候補生だった。
「……無理しないでね」
観測席のチサが、心配そうに声をかける。
「うん。無理しない」
開始の合図。
ヒナタは、今回は“前に出なかった”。
(勝とうとしない。
まずは――生き残る)
相手が踏み込んでくる。
ヒナタは、昨日より一拍早く、横にずれた。
「……!」
かすりもしない。
(来た……この感覚……)
だが、次の動きは読まれた。
一撃が、ヒナタの肩をかすめる。
――《軽微損傷》
「……っ」
(それでも……いい)
ヒナタは、歯を食いしばりながら、後退した。
(昨日みたいに、“全部を止めよう”としない。
一回当たっても……続ける)
数分後。
結果は、判定負けだった。
だが、ヒナタは最後まで立っていた。
◇ ◇ ◇
ポッドから降りたヒナタに、キリサキが近づく。
「……昨日より、動きが軽いな」
「はい……怖かったですけど」
「怖いままで良い」
キリサキは、腕を組んだ。
「自信は、一度壊れた方がいい。
そのあとの一歩は、“見栄”じゃなくなる」
ヒナタは、小さく頷いた。
「……私、“勝つため”じゃなくて、
“続けるため”に出てました」
「それでいい」
短い言葉だったが、確かに肯定だった。
少し離れた場所で、ミサキが腕を組んで見ている。
(負け続けてるのに……
あいつ、前よりずっと“折れにくく”なってる)
ミサキは、ほんのわずかに、唇の端を上げた。
◇ ◇ ◇
夜。
ヒナタは、再び旧式区画の鉄塊の前に立っていた。
「……今日は、“勝たなくていい日”だったな……」
そう呟きながら、手をかける。
――ギィ……。
昨日より、少しだけ大きく動いた。
「……十分」
ヒナタは、小さく笑った。
(壊れても……
それでも、前に出る理由は、ちゃんと残ってる)
壊れた自信は、失敗ではない。
それは、見栄や勢いだけで進んでいた自分と決別した証でもある。
アオイ・ヒナタは今日、“勝つため”ではなく、“やめないため”に前へ出た。
その一歩は小さい。
だが、折れにくい強さを、確かに宿し始めている。




