第10話 「初覚醒! ほんの一瞬のオーバードライブ」
迷い、敗れ、立ち止まり、それでも進み続けた時間の果て。
少女の中で、何かが静かに満ち始めていた。
それはまだ“力”とは呼べない。
だが――確かに、未来へつながる光だった。
底辺ルート七日目。
旧式区画の空気は、いつもより張り詰めていた。
「本日の課題は――三対一の生存戦だ」
キリサキ教官の声が、演習フィールドに響く。
「制限出力は継続。
逃げてもいい。隠れてもいい。
勝利条件は一つ――十分間、生き残れ」
ヒナタの対戦相手は、別クラスから選抜された三名。
どれも、技量上位クラスの候補生だった。
「……これ、無理ゲーじゃないですか……」
ヒナタが小さく呟くと、観測席のユズハが肩をすくめた。
「“無理”の中でどう動くかを見るんでしょ」
「それ、毎回言ってません!?」
「毎回“ほんとに無理そう”だからね」
開始カウントが入る。
――3、2、1。
◇ ◇ ◇
初動、ヒナタは真正面には行かなかった。
(突っ込んだら、三秒で終わる……)
壁沿いに移動し、物陰に滑り込む。
感応出力は低いまま。
機体は重たいが、昨日までより“うるさくない”。
「いたぞ、右エリア!」
「回り込む!」
すぐに索敵は入った。
三方向から、じわじわと包囲される。
(……逃げ場、ない)
背後は壁。
正面には敵。
左右も、もうすぐ塞がる。
(どうする……?
どうすれば、“生き残れる”……?)
瞬間、リョウの言葉が脳裏をよぎった。
――“怖いまま、進める人は、簡単には折れない”。
「……逃げない」
ヒナタは、ぎゅっと操縦桿を握った。
正面から、一機が突っ込んでくる。
「ヒナタ、回避して!」
チサの声が観測回線から飛ぶ。
「……しない!!」
ギリギリまで引きつける。
出力を上げたい衝動が、喉元まで込み上げる。
(でも……出したら、終わる!
これは――“生き残る戦い”なんだから!!)
ヒナタは、ほんの一瞬だけ、足元の微調整だけで進路をずらした。
敵機の突進が、紙一重で外れる。
「なっ――!?」
続けざまに、左からの一撃。
――間に合わない。
その刹那。
胸の奥で、静かに、何かが“噛み合った”。
ドクン、という鼓動と同時に、世界の音が遠ざかる。
――《感応数値、微細上昇》
「……え?」
ほんの一瞬。
ほんの“瞬きひとつ分”だけ。
ヒナタの機体は、信じられないほど正確に、最小限で回避した。
衝突は、起きなかった。
――《警告:オーバードライブ兆候……なし》
出力は上がっていない。
暴走もしていない。
だが――
「今の……ヒナタ!?」
「……出してない。
でも……“通れた”……!」
それは、力ではなく――判断と感覚が、完全に噛み合った瞬間だった。
◇ ◇ ◇
最後の三十秒。
ヒナタは三方向から追い詰められながら、転び、ぶつかり、それでも立ち続けた。
――残り、5秒。
「粘るな……!」
「捕まえろ!」
最後の突進。
ヒナタは、もう逃げ場のない位置で、機体を正面に向けた。
「……来いっ!」
衝突ギリギリ。
だが――
――《時間終了》
「訓練、終了」
強制停止。
フィールドが静寂に包まれる。
「……生存確認。
アオイ・ヒナタ、生還」
キリサキの声が、淡々と告げた。
◇ ◇ ◇
ポッドから降りたヒナタは、全身を震わせながら立っていた。
「……生き、残れた……」
チサが駆け寄ってくる。
「ヒナタ! 今の、見た!?」
「……うん。
でも……たぶん、オーバードライブじゃない」
ユズハが、観測席で静かに頷いていた。
「初めて、“力に逃げなかった”瞬間だね」
そこへ、キリサキが歩み寄る。
「アオイ・ヒナタ」
「はいっ……」
「今のは、オーバードライブではない。
だが――」
一瞬だけ、キリサキの口元がわずかに緩んだ。
「初めて、“覚醒の入口”に立った動きだ」
ヒナタは、目を見開いた。
「入口……」
「ああ。
力の入り口ではない。
“越えるための入り口”だ」
ヒナタは、震える手を胸に当て、ゆっくりと息を吸った。
「……私、まだ……行けますか?」
「行けるかどうかは知らん」
キリサキはそう言ってから、はっきりと告げた。
「だが、越えようとしているのは、今日、はっきり見えた」
暴走でも、奇跡でもない。
今日の一歩は、ただの「噛み合い」だった。
だがそれは、力に逃げ続けていた少女が、初めて感覚と判断だけで世界を渡った証でもある。
オーバードライブに頼らずに生き残った十分間は、ヒナタにとって確かな転機となった。
覚醒は、すでに始まっている。




