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トップを越えろ!  作者: たむ


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第1話「落ちこぼれ候補生、宇宙へ立つ」

人類が星々へ進出してから、およそ三百年。

銀河の半分を版図に収めながらも、人類はずっと同じ噂話を恐れていた。

恒星を、一口で食い破る“何か”が、闇の向こうから近づいているのだと。


その“何か”に対抗しうるのは、

トップクラスの適性を持つパイロットと、

人の意志を増幅して戦う感応型人型兵器だけ。


――これは、トップクラスの才能を持たなかった少女が、

それでもなお**「トップを越えよう」と足掻き続ける物語**である。

 重力制御の甘い訓練用コロニーの廊下を、少女は全力で駆けていた。


「やばいやばいやばいやばい!!」


 アオイ・ヒナタは、半分浮き上がりながらカーブを曲がり、壁に肩をぶつけた。

 痛みに顔をしかめながらも、足は止めない。


 ――遅刻三回で、候補生資格剥奪。


 それが、宇宙防衛軍・感応兵装養成校の規則だった。

 今日の朝礼に遅れたら、ヒナタは“落ちこぼれ”どころか、“ただの一般人”に戻される。


「ここまで来て……地球行きの貨物船に逆戻りなんて、絶対に嫌だからぁぁぁぁ!!」


 最後の直線。重力制御の境界を抜け、床に足が吸い付く。

 遠心重力が、じわりと脚に重さを戻してくる。

 訓練用の白い制服が汗に張り付き、胸元で名札がぶつかってカタカタと音を立てた。


 ――AOI HINATA / 3rd CLASS CANDIDATE


 重い扉の前で、ヒナタは思い切り踵で床を蹴った。


 シュン、と扉が横に滑る。


「失礼しま――」

「遅い。」


 金属質な低い声が、室内の空気を瞬時に凍らせた。


 広いブリーフィングルームには、すでに二十人ほどの候補生たちが整列している。

 その前に、一人の男が立っていた。


 黒髪を短く刈り上げ、無駄のない軍服。

 片目に走る古い傷が、戦場の匂いを感じさせる。


「……教官、すみま――」

「三十秒遅刻だ。アオイ・ヒナタ候補生」


 瞬間、背中に冷たい汗が流れた。


 終わった。


 ヒナタの頭の中に、地球の錆びた工場の景色が一瞬で蘇る。

 油の匂いと、溜息混じりの父の横顔。

 “宇宙なんて、才能あるやつが行く場所だ”と言った叔父の、あざけるような笑い。


「きょ、教官! もう一度だけ、チャンスをください! 次は絶対――」

「黙れ」


 短く鋭い一言が、ヒナタの言葉を叩き切った。


 男――キリサキ・レイジ少佐は、ゆっくりとヒナタの前まで歩み寄る。

 その瞳は、氷のように冷たく、しかしどこかで何かを測っているようでもあった。


「アオイ・ヒナタ。貴様は、感応適性Aランクを持たない。

 筋力、反射神経も平均以下。座学成績も下から数えた方が早い」

「……知ってます」


 悔しさで喉が灼けるようだ。

 誰よりも、ヒナタ自身が一番よくわかっている。


 ここにいる候補生たちの多くは、遺伝的な強化を受けた“選ばれた子供たち”だ。

 反射神経も、神経伝達速度も、人並み外れている。


 そんな中で、ヒナタだけは何の強化もされていない。

 ただ、古い機械いじりだけが得意な、辺境出身の平凡な娘だ。


「ならば、なぜここにしがみつく?」

 キリサキの声は抑えられていたが、その奥には火種のような怒気が覗く。

「ここは遊び場ではない。宇宙防衛軍は、観光ツアーではない。

 我々は、恒星を喰らう敵と戦っている。トップクラスの者だけが、生き残る場所だ」

「……それでも」


 視界の端で、他の候補生たちが小さく息を呑む。

 ヒナタは唇を噛みしめながら、しかし視線だけは逸らさなかった。


「それでも、ここにいたいんです。

 “トップクラス”じゃなくても……“トップを越える”ことくらい、できるかもしれないから!」


 瞬間、室内の空気がざわついた。


 誰かがクスリと笑う。

「また始まったよ、アオイの無茶理論だ」と、後方の少年が小声で囁く。


 だが、キリサキは笑わなかった。

 むしろ、その片目がわずかに細められる。


「――どういう意味だ?」


 問いかけられて、ヒナタは息を吸い込む。


 心臓が痛いほど脈打っている。

 怖い。今すぐにでも逃げ出したい。

 それでも、ここで引き下がったら、本当に何もかも終わってしまう。


「“トップクラス”って、最初から決まってるじゃないですか。

 生まれつきの才能とか、遺伝子強化とか、テストの点とか。

 最初から上にいる人たちを……みんな“トップ”って呼ぶ」


 ヒナタは握りしめた拳を震わせながら、続けた。


「でも、努力とか、根性とか、諦めの悪さとか……そういう“数字に出ないもの”って、

 誰もちゃんと見てない。だったら、そこを全部全部かき集めて、

 “トップクラスの人たちが想定してないやり方”で戦えば、

 いつか“トップを越えられる”かもしれないって、そう思うんです!」


 沈黙。


 キリサキは、何も言わずヒナタを見つめている。

 その視線の奥に、かすかな記憶の痛みのようなものが過ったことを、ヒナタは知る由もない。


「……アオイ・ヒナタ」

「は、はい!」


「貴様のようなやつを、私はこれまで何人も見てきた。

 努力で全部ひっくり返せると信じて、戦場に出て――宇宙の塵になった連中だ」


 その声には、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、悲しみが混じったように聞こえた。


「それでも、まだ言うか。“トップを越える”などと」

「……言います」


 喉が震える。膝も震えている。

 それでも、ヒナタははっきりと答えた。


「私、地球に戻りたくないんです。

 落ちこぼれって指さされて、宇宙は夢だって笑われる世界に、戻りたくない。

 ここで、宇宙で、戦って――

 “遺伝子も才能もなくても、ここまで行けるんだ”って、誰かの未来を変えたいんです」


 キリサキは、深く息を吐いた。


 そして、ゆっくりと背を向ける。

 候補生たち全員に聞こえるような声で、告げた。


「アオイ・ヒナタ候補生の遅刻三回目は、訓練項目に含める。

 “極限状況下における指揮官との交渉”として記録する。――よって、不問とする」


「えっ」


 ヒナタだけでなく、他の候補生たちも思わず声を上げた。


 キリサキは振り返らない。


「ただし、アオイ。

 今日から貴様には“特別課題”を課す。

 感応シミュレーション、戦術座学、肉体訓練――全て、他の候補生の二倍だ」

「に、二倍!? 死にます!!」

「死ななければ“トップを越えられる”のではなかったか?」


 その瞬間、教室のあちこちでくすり、と笑いが漏れた。

 さっきまで冷え切っていた空気が、わずかに緩む。


 ヒナタは、自分の口で言った言葉のブーメランに頭を抱えた。

 だが同時に、胸の奥で何かが熱く燃え始める。


 ――まだ、ここにいていい。

 宇宙に、いていい。


「了解しました、教官! トップを……いえ、トップを越えられるように、がんばります!!」


「言葉だけは一人前だ。……まずは生き残れ、落ちこぼれ候補生」


 キリサキの口元が、ほんの少しだけ持ち上がった。

 誰も気づかないほどの、微かな笑み。


 その直後、廊下のスピーカーがけたたましく鳴り響いた。


 ――『警報。外縁セクターより緊急信号。

   未確認エネルギー反応接近中。全候補生は待機態勢に移行――』


 部屋の空気が、一瞬で張り詰める。


 ヒナタは自分の心臓が、一段強く鼓動するのを感じた。


 まだ訓練もろくに受けていない。

 シミュレーターでもいつも最下位。


 けれど、今日この瞬間から。

 アオイ・ヒナタの“宇宙の物語”は、本当の意味で動き出したのだった――。

才能がなくても、選ばれていなくても、それでも前に進もうとする心だけは奪えない。

アオイ・ヒナタはまだ何者でもない。

けれど、何者かになろうとする意思だけは、すでに誰よりも強く燃えている。

この小さな一歩が、やがて銀河を揺らす足音になることを、彼女自身はまだ知らない。

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