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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第五章 メイドたちの絆

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086. 「終の住処」からの引っ越し

「キウイ、ごめんね〜! ひっこしのてつだい、するはずだったのに……今日は、おしごとしないと、いけなくなっちゃって……」


 ある日の昼下がり。フィオーレ王城の宿舎内にある、キウイが一人暮らしをしていた部屋で、ルリが身体の前で手を合わせながら、申し訳なさそうな顔でそう言った。


 ルリの横にいるサクラも、困ったような表情で、頬に手を当てながら、ルリの言葉を引き継いだ。


「本当にごめんなさいね。突然、近隣国の王族の方がご挨拶に来たみたいで……。急ではあるけど、国の大事なお客様なの。ちょうど今、対応できるのが私たちしかいないのよ……」


 今日はキウイが、チェリーと暮らす新居に引っ越しをする日だった。

 部屋の中は、苦労の末にすっかり荷造りが完了しており、全ての荷物が木箱や革袋に収められ、積み重ねられていた。


 キウイの荷物が多いと聞きつけ、いつもキウイに世話になっているサクラとルリは、手伝いを申し出ていた。

 皆で作業をする予定だったが、二人は急な公務のため、残念ながら手伝うことができなくなってしまったのだった。


 キウイは申し訳なさそうにする二人に、恐縮しながら返事をする。


「いいえ、サクラ様とルリ様は、大切な公務を優先すべきであることは自明ですので。お二人は、どうか私のことはお気になさらず、お勤めを果たしてきてください」


 そんな謙虚なキウイに、ルリはその両手をぎゅっと握りしめた。


「キウイ、ありがとう……! わたし、おしごと、いっぱいがんばってくる……!」


 そしてルリは、部屋を出る直前、後ろで静かに控えていた人物に声をかけた。


「じゃあ、キウイをよろしくね、オニキス母さま!」


 ルリの声かけに、ルリの母オニキスは、いつもの無表情で短く応えた。


「任された……」


 ルリはオニキスに軽くハグをすると、サクラと連れ立って去っていった。

 扉が静かに閉められ、キウイの旧居には、キウイとオニキスだけが残された。


「オニキス様、すみません。私などのために、ご足労いただいてしまって……」

「問題ない。ちょうどパールの用事が終わるまで時間をつぶす必要があるし、キウイにはルリがいつも世話になっている。しかし……」


 オニキスはそこで言葉を区切り、わずかに溜め息をついた。


「私の娘たちは、私を引っ越し屋だと思っている節がある」


 娘たちへの呆れを滲ませるオニキスに、キウイは尊敬の念を込めた笑みを向けた。


「以前、空間魔法で人魚の里からスフェーン様の荷物を運ばれてきたと伺いました。空間魔法の中でも、亜空間を使いこなすのは特に至難の業だと聞きます。大変優秀なルリ様のお母様であられるオニキス様は、やはり凄腕の空間魔法使いなのですね」


 キウイの言葉に、オニキスは謙遜するように首を振った。


「長く生きているから、扱いに慣れただけだ」


 ふと、オニキスがキウイの右耳の耳飾りに惹かれるように、手を伸ばした。

 躊躇うようなオニキスの指先の動きに、キウイが優しく声をかける。


「これ、気になります? 別に触っても構いませんよ」


 キウイのその言葉に、オニキスは恐る恐る、壊れ物を扱うように、そっと触れた。

 キウイの大切な、チェリーの『印』である、耳飾り。

 それを取り扱うオニキスの丁重な手つきと、その奥に垣間見える純粋な好奇心に、キウイは無礼だと感じるどころか、宝物を披露しているような、誇らしい気分になっていた。

 しばらく耳飾りに触れたあと、オニキスは全てを見透かすような目で耳飾りを見つめながら、呟いた。


「結界魔法……精度が高い」


 オニキスは耳飾りに触れている手をそっと離した。

 そして、自分の手を見つめながら、羨望するように言った。


「ルリの結婚式の時の結界魔法も立派なものだった。私には『守る』力がないから羨ましい」


 キウイはその言葉の裏にある、絶対的な力を持ちながらも感じている、根源的な無力感を鋭く感じとった。

 魔術師としてオニキスの実力が手に取るように理解できるキウイは、オニキスの冷たい手を、両手で包みこんだ。


「オニキス様。力とは使いようですよ」


 キウイは包みこんだ手に、静かに力を込めて語りかける。


「攻と守は、まさに表裏一体です。あなたはその圧倒的な力をもって、人魚の里を……大切なパール様を、守護しているのでしょう? それも立派な『守る』力だと、私は考えます」


 そう言うキウイに、オニキスは一瞬だけ言葉を詰まらせたあと、わずかに表情を緩めた。


「……ありがとう」


 二人はサクラとルリの結婚式の日に軽い挨拶をしていたので、顔見知りではあったが、腰を据えて話すのは今日が初めてだった。

 言葉数が極端に少ないオニキスは、慣れない相手との意思疎通を苦手としていた。

 しかし、オニキスが言葉の裏に隠した本質を正確に読み取り、適切な返答を返すキウイに、オニキスは不思議な心地よさを感じていた。


「さて、運び出して欲しい荷物はこちらなのですが……」


 キウイに招き入れられたオニキスが、静かに部屋の中の荷物を確認した。


「多いな……」


 オニキスが無表情で発したその呟きの裏に、静かな辟易とした感情があるのを悟ったキウイは、安心させるような笑みを浮かべて声をかける。


「この荷物を運ぶにあたっての懸念を教えていただけますか? 私は長年、様々な魔法の研究を行っておりますから、何か対策を見いだせるかもしれません」


 キウイのその言葉に、オニキスが感心したように言う。


「なるほど……すごいのだな、キウイは」


 そして、オニキスは空間魔法についての情報を言葉短くキウイに提供した。


「亜空間内は視認ができない」

「なるほど、亜空間の内部は目視での確認ができないので、物を取り出すには記憶力などを頼りに格納場所を把握する必要があるのですね」


 キウイはオニキスの述べる一言から、空間魔法の運用における核心的な課題と、その裏にある術者の努力を瞬時に把握した。

 前提条件を確認するように言葉を発した後、キウイは続けてオニキスに質問を投げかけた。


「オニキス様は先ほど私の耳飾りにかけてある結界魔法を見抜きました。これはオニキス様が魔力を高精度に認知できる証左です。それなら、亜空間内に魔力を発する物があれば、それを認識することは可能ですか?」

「できる」


 オニキスからの短く、確信に満ちたその回答を、キウイは完全に予想していた。

 キウイは静かに頷くと、さらに解決策の核心に迫るための質問を続けた。


「もう一つ確認させてください。細かいものをたくさん出し入れするより、大きいものを一つだけ出し入れする方が、扱いやすいと予想します。これは正しいですか?」

「そうだ」


 その予想通りの返答を聞くと、キウイは満足そうに微笑んだ。


「わかりました。ご回答ありがとうございます。必要な情報は全て把握できました。そうであれば、私が提示する最適解は……こちらです」


 キウイはそう告げると、まず木箱をきれいに積み重ね、一箇所に集めた。

 そして、近くにあった布袋のうちの一つを紐解き、中から小箱を取り出す。

 小箱の中から緑色の宝石を一つ取り出すと、キウイはそれを、集めた木箱の塊の中央の箱に入れた。


「こちらの宝石を、結界の核にします。いきますよ……」


 そして目を閉じて、その宝石に静かに魔力を込めた。


「……器用だな」


 オニキスは、キウイの魔力が木箱の四角い塊を、寸分の隙間もなく完璧に囲む結界を形成したのを認識し、感嘆の声をあげた。

 キウイは宝石に魔力を込め終わると、ゆっくりと目を開けた。


「ふふ、ありがとうございます。これが本職ですから」


 そして、不敵な笑みを浮かべたままオニキスに木箱を指し示した。


「さあ、この結界に包まれた木箱の塊なら亜空間でも認知できる筈です。いかがでしょうか」

「試してみよう」


 オニキスは両手を前に翳し、空間魔法を発動した。

 キウイが集めた木箱の塊が、煙になって消えるように、オニキスの亜空間内に収められた。

 その後、オニキスは目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、自らの亜空間内の魔力を探った。

 亜空間に格納した木箱の塊を包む、キウイが構築した結界魔法の確かな魔力を確認し、ゆっくりと目を開くと感心するように呟いた。


「これは……いいな」


 オニキスがわずかに口角を緩めながらそう言ったのを聞いて、キウイは自らの想定通りに完璧に事が進んだその結果に、満足そうに微笑んだ。


「お役に立てたようでよかったです」


 キウイは箱がなくなって広くなった部屋の中央に歩みを進めた。


「さて、布袋も同様にするとして……残りの課題は、四方の壁を埋め尽くす本棚ですね。壁などに結界の核を固定する道具が、確かこちらに……」


 キウイはそう言いながら、布袋の一つを漁り、結界の核を固定するための針のような魔道具を取り出した。

 新しく小箱から取り出した宝石に緻密な細工を施し、魔道具に取り付けると、手際よく針を本棚に刺し、宝石を本棚に固定する。

 固定した宝石に魔力を込めて、箱の時と同様に結界魔法を施した。

 この作業を、部屋の壁を埋め尽くす全ての本棚に、順に粛々と行っていった。


 キウイが結界魔法を施す傍ら、オニキスは黙ってそれらを亜空間に収納していく。

 二人は互いの作業を邪魔しない、絶妙な距離感を保って黙々と作業を続けた。

 多くの言葉を交わす必要はなく、互いの気持ちがわかっているかのように、その作業は淀みなく息が合っていた。


 最後に、キウイは残っていた部屋中の布袋を集めた。

 布袋の一つに宝石を入れて結界魔法を施し、それをオニキスが収納すると、キウイが昨日まで住んでいた部屋は、ベッドなど最低限の備え付けの家具を残して、もぬけの殻になった。


「これで最後ですね。本当に助かりました。ありがとうございます……」


 キウイは空になった部屋を見つめた。


 中等学校を卒業して学生寮を退寮し、宮廷魔術師として初めて入った宿舎の部屋は、もっと狭い部屋だった。

 宮廷魔術師としての功績と引き換えに、だんだんと広い部屋をあてがってもらった。

 この部屋に通されたのは、およそ三年ほど前だ。

 一人用のものとしてはもうこれ以上の広さの部屋はないと、葵が呆れていたのを思い出す。


 その時は、まだチェリーに秘めた想いを抱いていた頃だった。

 チェリー以外の人と一緒になるなどあり得ない。けれど、秘めた想いが成就するなど、もっとあり得ない夢だと諦めていた。

 この部屋に入った時、ここが終の住処になるのだろうと、漠然と思ったことを思い出す。


 当時の自分に、今からチェリーと同棲するなどと言ったら、信じられるだろうか。

 そんなことを思っていると、おかしくて、そして、愛しくてたまらなくなった。


「まだ忘れ物が?」


 ぼうっとしているキウイに、オニキスが話しかける。

 キウイは、最後の名残を惜しむように、もう何もなくなったその部屋をゆっくりと見渡した。


「いえ……大丈夫です。この部屋にはもう何もありません」


 キウイは一度目を閉じて、息を吐いた。

 新しい部屋でチェリーとの暮らしが待っている。

 そして感傷に浸っていた胸を落ち着けると、未来を見据えるように目を開けた。


「……それでは我々の新居にご案内します、オニキス様」


 キウイはそう言うと、部屋から静かに外に出た。

 オニキスが外に出たあと、キウイは扉を丁寧に締める。

 チェリーとの新しい幸せ。キウイは迷うことなく、その輝かしい未来へ向かって歩みを進め始めた。






キウイとオニキス、作者が好きなキャラ断トツのツートップです……! とても楽しく書かせていただきました。


最初はルリも一緒にいてわちゃわちゃする予定だった のですが、いっそのこと二人きりにしたら面白いかなと思って、思い切って書いてみました。

二人きりで喋らせてみると相性が良くてびっくりしました!

饒舌なキウイがオニキスさんの通訳をしてくれてピッタリですね。

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