8. サンドイッチが頬に残す熱
川のせせらぎが、心地よく響く。
「う〜ん、おひさまぽかぽか、気持ちいいね〜」
伸びをしながらルリが言う。太陽の光を受けた水面は、宝石が散りばめられたようだった。
川辺は馬車などが通行できるように整備されている。おかげで、難なく歩くことができた。城下町と反対に伸びている道ということもあり、人通りは少ない。行商人と数回すれ違った程度だ。
「わぁ、サクラ、見て!」
ルリが急に立ち止まって、川のせせらぐ方を指さした。見ると、翡翠色の背中をした小さな鳥が、川を泳ぐ小魚を素早く攫っていくところだった。
「カワセミね。羽の色がとても澄んでいて、綺麗なのよ」
「そうだね、えへへ……っ! 海にもきれいな生き物はいっぱいいるけど……カワセミさんは、空を飛ぶ宝石みたい!」
そう言って、ルリは私に笑いかけた。その瞳は、先ほど見たカワセミのように、キラキラと輝いている。
ほどよく歩いたところで、道端にベンチを見つけた。
「ここでお昼にするのがよさそうね」
「わ〜い! ごっはん〜、ごっはん〜!」
ルリが楽しげに歌いながらベンチに腰掛けたので、私も隣りに座る。チェリーに渡されたバスケットを開けると、布に包まれた大きなサンドイッチが二つ入っていた。
「はい、どうぞ。そう、包みの布を、食べるところだけ開くの」
「いっただっきま〜す! むぐ……っ! おいしい〜!」
「ふふっ。気に入ったようでよかったわ」
大口を開けて、頬にパン屑をつけてサンドイッチを頬張るルリは、まるでお腹をすかせた子どものようだった。この笑顔が、今日一番のご馳走ね、と私は密かに思った。
ルリの愛らしい様子を見るだけでお腹がいっぱいになるのを感じつつも、自分の分のサンドイッチを口に入れた。ほどよくとろとろの卵とマヨネーズが口の中で混ざり合い、とても美味しい。
「むーっ……もうなくなっちゃった……! ごちそうさま! おいしかった!」
早々に食べ終わったルリが、物足りなそうに、ちらりとこちらを見ている。
「……食べる?」
私がそう言うと、ルリは一瞬、きょとんとした後、即座に首を振った。
「……っ! た、たべない! それはサクラのだもん!」
本当は食べたいのに、私のためを思って一生懸命我慢している。その健気さを、微笑ましく思う。ルリを焦らすのは可愛そうだ。私は残りのサンドイッチを一気に食べきった。
「あ、ルリ、頬にパン屑がついてるわよ?」
「あ、ほんとうだ! ラッキーだね!」
そう言いつつ、ルリは自分の頬についたパン屑をつまんで、ひょいっと口に放りこんだ。そして、こちらを見て、少し口角が上がる。その笑顔に、思わず顔が火照る。
「あ、ほら、サクラのほっぺにも!」
「へっ?」
言うやいなや、ルリの指が私の頬に、そっと触れた。
そしてそのまま、つーっと熱を帯びた指が唇の方に移動し、逃げる間もなく卵の欠片を拭ってゆく。ほんのわずか、私の唇にルリの指がつんと触れた瞬間、とくん、と心臓が跳ねる。
離れていったその指を、ルリの赤い唇が、ぱくりと咥える。その光景から、私は一瞬たりとも目を離すことができなかった。
「んふふ、おいしい〜」
「ル、ルリ……、それ……っ」
間接キスじゃあ、ないの?
恥ずかしさから、その言葉を呑み込んでしまった。
キスで子どもができるなら、間接キスはどうなるのだろう?そんな考えが頭の中を駆け巡り、色んな言葉がごちゃまぜになって、何も言えずに固まってしまった。
すると、ルリが何かに気づいたように、焦った表情で言った。
「ごっ……ごめんね! サクラの卵、わたし、食べちゃった! サクラが食べたかったよね、ごめんね……!」
どうやらルリは、私が頬についていた卵を食べたかったのに、ルリが食べたから怒っていると勘違いしたようだった。
「……ふふっ。ふふふ、そんなことないわ、大丈夫よ、ルリ」
なんだかおかしくなって笑ってしまった。
ルリは、私が何故笑っているのかわからなくて少し動揺しつつも、怒っていないことがわかり少し安堵した様子だ。少しはにかんだ。
私は怒らせてしまったと勘違いして焦るルリを、どうしようもなく愛おしく感じた。
ルリといると、初めての感情ばかりだ。この胸をくすぐるような温かい気持ちも、ルリが教えてくれた。
そう自覚した時、顔に熱が集まるのを感じた。
この感情を、恋と、そう呼ぶのかもしれない。
こんな感じのときめきエピソードを、ちょいちょい挟んでいけたらと思います。