75. 勇気の一歩、覚悟の口づけ
「フォルナ公爵、こちらは……っ!」
しばらく待っていると、カナ伯爵を先頭に、ビュラン伯爵を癒したアヤメたちが地下に入ってきた。カナ伯爵は暴走するイグニス・コアの異様な光景を見て、思わず顔を青くする。
「制御装置が暴走して、マグマを撒き散らしているのです……」
キウイはアヤメを見るなり、一瞬にして、アヤメに渡した「切り札」の結界魔法がなくなっていることに気づき、表情を固く引き締めた。
「アヤメ様、マカライトの結界が……。大変な状況……だったのですね。本当に、ご無事で、よかったです……っ」
「そうですね……でも、キウイさんの『切り札』の結界が、私を守ってくれました。ありがとうございます」
アヤメが穏やかに微笑むと、キウイは張り詰めていた緊張が解けたように安堵の息を吐いた。
「ビュラン伯爵、あなたは……『悪魔』なる存在に魅入られてしまったと聞きました。もう問題ないのですか?」
フォルナ公爵は、すっかり落ち着いた顔のビュラン伯爵に安堵しつつも、心配の表情で声をかけた。
「フォルナ公爵……それにみんなにも、迷惑をかけてしまいました。アヤメのおかげで、あたしはもう大丈夫です」
ビュラン伯爵は、憑き物が落ちたように晴れやかで穏やかな顔をしていた。その様子に、私は心底安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「あなたが思い詰めていたこと……気づかなくて申し訳ありません。しかし、それは後からゆっくりと謝らせてくださいな。今は、感傷に浸っている場合ではありません。目の前の問題を解決しませんと」
フォルナ公爵は、手早く気持ちを切り替え、皆に現状の共有をした。
「さて、魔力切れのマレット伯爵様の代わりに、メンテナンスハッチを開く役目を、カナ伯爵様かビュラン伯爵様に担っていただきたいのですが……」
フォルナ公爵の現状共有に即座に続けるように、キウイがそう言うと、その場にいた誰も聞き取れないほど小さな声で、カナ伯爵が呟いた。
「これからどうなるかは、私、次第……」
決意を込めたような呟きの後、カナ伯爵はキウイを真っ直ぐに見据えて問いかける。
「あの、キウイ様。私の魔力を、マレットに渡す方法があったりしませんか?」
カナ伯爵が聞くとキウイは、表情一つ変えずに、私とルリにとっては馴染み深い、それでいて刺激的な事実を告げた。
「魔力譲渡をする方法は存在します。最適な手段は、口内粘膜の擦り合わせ……つまり」
「ああ、キスをすればよろしいのですね」
キウイが皆まで言う前に、カナ伯爵は即座に察したようだった。その瞬間、カナ伯爵の瞳に宿っていた弱気な光は消え、ただ一つの強い意志に満ちた光が宿った。そして、一切の躊躇なく、マレット伯爵の近くに音もなく移動する。
「マレット、ほら」
背丈の低いカナ伯爵が、マレット伯爵の頬を両手で包み込み、拒否する間も与えずにその顔を一気に引き寄せた。そして、身体全体を使ってぐっと背伸びをし、完全に思考停止しているマレット伯爵の唇に、ためらいなく自らの唇を重ねた。
あまりに突然の出来事に、その場にいた全員が息をのみ、皆の視線はカナ伯爵と、顔を真っ赤にして固まっているマレット伯爵に注目した。
その衝撃的な光景に誰もが息を止める中、スフェーンさんだけは、静かに、心から満足そうに微笑んでいた。カナ伯爵の勇気ある行動を祝福するように、優しく目を細めてその一瞬を見届ける。
私自身、心臓がどきどきと高鳴る中、二人の唇はしばらく、深く重ねられたままだった。そして、カナ伯爵はゆっくりと唇を離した。
魔力をもらったマレット伯爵が呆然としている中、カナ伯爵は何事もなかったかのようにキウイに問いかける。
「これで……いいでしょうか?」
「……ええ、マレット伯爵様の魔力は十分に回復しました。問題ありません」
キウイのその冷静沈着な言葉を聞くと、カナ伯爵は緊張が解けたように肩の力を抜いた。そしてマレット伯爵に、心からの柔らかい笑みを向ける。
「じゃあ、マレット。もう大丈夫だね。がんばれ」
マレット伯爵は、顔だけでなく耳まで真っ赤に染め上げ、動揺と羞恥で言葉を失ったままだった。残っている感触を確かめるように、自らの唇にそっと指を当てている。しかしその瞳には、徐々に熱い光が戻りつつあった。
カナ伯爵がさっそく頑張る回でした。身長差キスで、小さい方が背伸びしているの、いいですよね……!




