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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第四章 ドワーフの国

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57. きっかけのナイフ

「カナ伯爵。この国は『瘴気』というものに侵されているというのが、こちらの、フィオーレ王国の宮廷魔術師、キウイの出した結論です」

「『瘴気』……それが、この、息苦しさの原因なのですね」


 カナ伯爵は胸を抑えながら呟いた。私たちの言うことを疑うことなく信じてくれたカナ伯爵の様子に、私は安堵した。


「私の妃であるルリは、優れた感知能力を持っていますの。そのルリが、この国で一際『瘴気』の濃い場所が分かるというのです。私たち、一刻も早くそちらに調査に行きたいのですが……」


 ルリは先ほど、「イヤな魔力」……「瘴気」の一際濃いところに、きっと「悪魔」がいる筈と言っていた。このまま「瘴気」が広がれば、コーグ公国の人々がもっと苦しむことになるだろう。それに、人魚の里での「悪魔」に魅入られたスフェーンさんのように、誰かがまた、「悪魔」に苦しめられているかもしれないのだ。そう思って、私はその提案を口にした。


「……わかりました。私も一緒に行きます。伯爵の地位があれば、この国に入れない場所はありません」

「それは頼もしいですわ、ありがとうございます」


 カナ伯爵が着いてきてくれるというのであれば、道に迷うこともなさそうだ。何より、この国の事情に詳しいコーグ公国の伯爵が一緒だということに、頼もしさを感じる。私はありがたくその提案を受け入れることにした。


「待って、サクラ。闇雲に乗り込むなんて、危険すぎるわ」


 いざ出発しようとした時、それまで黙って私たちの話を聞いていたスフェーンさんが、心配そうな声をあげて制止した。


「人魚の里で、ルリは『負の魔力』に纏わりつかれて、襲われたと言っていたわ。今回の『瘴気』もそれと同じ物なのでしょう? 結局、運よくルリは無事だったけれど……今後もなんとかなるとは限らないわ。アヤメをそんな危険に晒すことなんてできない。もっと情報収集して、慎重に行くべきよ」


 その声色は、アヤメの身を案じる強い気持ちに溢れていた。しかし、私は首を横に振る。


「スフェーンさん、その心配はごもっともです。でも、この『瘴気』……放っておけば、広がるばかりです。早期に叩くのが最善と、考えています。それに、今の私たちにはキウイの結界もありますわ。必ず、我々を守ってくれます。今、私たちが成すべきこと、理解していただけますか?」


 スフェーンさんは反論しようと唇を開きかけたが、私の言葉にアヤメも静かに頷いたのを見て、ぐっと奥歯を噛み締め、悔しそうに口を噤んだ。私たちの決意が固いことを悟ったのか、諦めたように深いため息をつく。


「……わかったわ。でも、絶対に無茶はしないで。アヤメに何かあったら……私、どうなるかわからないわ」

「はい、スフェーン。心配してくれて、ありがとうございます」


 私たちのやりとりを固唾を飲んで見守っていたカナ伯爵が、結論が出たとみて、どこか安堵したように声を出した。


「では……共に行きましょう、フィオーレ王国の皆様」




 カナ伯爵の案内で、館から外に出た私は、キウイに声をかけた。


「キウイ……カナ伯爵を、あなたの結界に入れてあげてくれるかしら? ドワーフの皆様は身体が強いと聞いているけど、これから瘴気の濃いところに行くから……」

「そうですね、そうしましょう。カナ伯爵様、私の近くに寄っていただけますか? 私たち人間は、この瘴気の中では、結界がないとまともに活動できないのです。私の近くにいれば、カナ伯爵様も、私を守る結界の恩恵を受けられます」


 カナ伯爵は、促されるままキウイに近づいた。するとすぐに、結界の効果を感じたのか、目を丸くして驚いた。


「これはすごいです……絶えず感じていた息苦しさが、ぴたりと止みました。こんな感覚は、久方ぶりです」


 そうしてカナ伯爵は、軽くなった身体を確かめるかのように、深呼吸した。その様子に、私は安堵した。同時に、この国の人々は常に息苦しさを抱えたまま生きているのだと、再確認させられた。その事実を思い、胸が締め付けられるようだった。


「では、ルリ……道案内をお願いね」

「うん……行こう」


 ルリは、少し緊張した面持ちで私の言葉に応えた。繋いだままの手からは、手汗のにじむ感覚が伝わってくる。その手を両手で優しく包みこみ、そっと親指で撫でると、ルリは少しほっとしたのか、私の方を見て少しだけ頬を緩ませた。


「ありがと、サクラ。……こっちだよ」


 後ろを振り返り、他の皆と顔を合わせ、頷きあった。そうして私は、ルリの案内で、瘴気の影響か活気がなく寂れた雰囲気の商店街や、人々の住まう民家が並ぶ道を抜けて、瘴気の一際濃いところに向かった。




「あそこ……だと思う」


 しばらく歩いた後、ルリが指差した先には、作業場のような建物があった。


「そんな、まさか……ここは、ビュラン伯爵の鍛冶場です」


 カナ伯爵は信じられないといったような口ぶりで驚いた。ビュラン伯爵……それは、三人いるコーグ公国の伯爵のうち、会えていない最後の一人の名だった。


「でも確かに……思い起こせば、先ほど鍛冶場でビュラン伯爵に声をかけた時、強い息苦しさを感じました。炉の熱に浮かされたのかと思っていましたが……」


 カナ伯爵が胸を抑えながら語る。先ほどマレット伯爵に頼まれて、ビュラン伯爵に声をかけに行った時のことを思い出しているようだった。

 ルリの示す「瘴気」の一際濃い場所で、カナ伯爵が感じた強い息苦しさ。私は、点と点が徐々に繋がり線になっていくような感覚を覚えた。


「カナ伯爵、落ち着いて聞いてください。古文書によると、『瘴気』は、『悪魔』に魅入られてしまった者が、心を激しく乱した時に発生するようなのです。最近のビュラン伯爵の様子から、思い至る節はありませんか?」

「『悪魔』……そんな、ことが……」


 私の言葉に、カナ伯爵は驚いたような反応を見せたあと、考え込むように俯いた。


「そう……ですね、ビュラン伯爵は鍛冶仕事を愛する人ですから、実は議会以外で会話をしたことが殆どないのです。ああ、でも、そういえば……」


 視線を上げて、カナ伯爵が続ける。


「フォルナ公爵からフィオーレ王国の支援を受けるかを相談された議会で、一番激しく反対したのがビュラン伯爵でした。その時は、虫の居所が悪いのか、ぐらいに思っていたのですか、今になって思い起こすと……すみません、当事者を目の前にして、失礼な言い方になってしまうのですが……」


 カナ伯爵は、言いにくそうに言い淀んだ。しかし、意を決したように、口を開く。


「……それはまるで、フィオーレ王国を憎んでいるかのような口ぶりで……」

「そんな……何故でしょう……」


 カナ伯爵から告げられた意外な言葉に、私は頭が真っ白になった。フィオーレ王国とコーグ公国の間にトラブルがあるような話は聞いたことがない。どれだけ考えを巡らせても、思い至る節が見つからなかった。


「あの……ビュラン伯爵にお会いすることは、できますか?」


 アヤメがおずおずと聞いた。スフェーンさんが何か言いたそうな顔をするも、アヤメの意見を尊重するためか、唇をきゅっと結ぶ。


「正直……あなたたちに不愉快な思いをさせるのは確実ですので、会わないほうがいいのではないかという気持ちも……あります。どうしても、ビュラン伯爵にお会いしたいですか?」


 アヤメの言葉に、カナ伯爵が心配そうな顔で尋ねる。それに対して、アヤメは真っ直ぐに見つめて応えた。


「ビュラン伯爵が『悪魔』に魅入られてしまったのであれば、そこから解放しなくては、きっと『瘴気』は止められません。私は『聖なる巫女』ですから……何かのお手伝いができるはずなのです」


 真っ直ぐな目で見つめられて、カナ伯爵は堪忍したように応える。


「あなたが……『聖なる巫女』でしたのですね。……いいでしょう。ビュラン伯爵の元にご案内します」




 開け放たれた鍛冶場の入り口から中に入ると、一心不乱に金槌を振るドワーフが、いた。

 健康的な褐色肌をしていて、一際目を引くのは、細身ながら引き締まった腕の筋肉だった。髪は無造作に一つに結われていて、鍛冶仕事に特化したような姿だった。


「失礼します、ビュラン伯爵。客人をお連れしたのです」


 カナ伯爵が声を掛けるも、ビュラン伯爵はこちらを見ることすらしない。その瞳には目の前の作業台以外何も映っていないようで、取り憑かれたように金槌を振っているその光景は、まさに異様の一言だった。

 ふとルリが私の腕をぎゅっと掴んできた。その身体は震えている。


「すごく……イヤな魔力が、あふれてる……」


 その顔には怯えの色が浮かんでいた。私には何も感じることはできないが、確かにそこは「瘴気」の発生源のようだった。

 ルリは、人魚の里で「負の魔力」に襲われたと語っていた。もしかしたら、その時の恐怖を思い出しているのかもしれない。


「ルリ、大丈夫……。結界が、守ってくれるから、落ち着いて……」


 私はルリを安心させるように、繋いだ手をぎゅっと握りしめた。恐怖に震えるルリの手は、まるで氷のように冷たかった。


「ビュラン伯爵! フィオーレ王国からの客人が、あなたに……」


 カナ伯爵がそこまで言うと、それまで鳴り響いていた金槌の音が止まり、部屋が静寂に包まれる。そこまで決して金槌を振る手を止めなかったビュラン伯爵が、突然動きを止めた。


「……フィオーレ王国?」


 ビュラン伯爵が静かに金槌を置いて、こちらを振り向く。強い怒りの感情が灯された銀色の瞳が、こちらを見据えていた。


「また、私の仕事の邪魔に……私の仕事を奪いに来たのか」

「ビュラン伯爵、何を言っているのですか……」

「これだ」


 カナ伯爵の疑問に応えるように、ビュラン伯爵が指差した先では、木製の机の上に一本のナイフが突き刺さっていた。


「あれは、アヤメの……」


 スフェーンさんが呟く。それは、見覚えのある……アヤメが流通させた、「刻凍ナイフ」だった。


「この、お前らが作ったナイフ……錆びることがない、これは! 私たち職人の食い扶持……研ぎ仕事を奪うものだろう!」

「そんな、私……っ」


 ビュラン伯爵の怒声に、アヤメがショックを受けたように呆然とするのを、スフェーンさんが抱きしめる。ビュラン伯爵は、なおも続ける。


「私たちが作った物を、求め、消費する癖に! お前たちは、職人に対して、何の尊敬もしない!」


 ビュラン伯爵が、脇においてあった何かを手に取る。その様子に、キウイが警戒するように、ぴくりと反応した。


「私たち、職人は! 言われたものを、言われたように作る……便利屋じゃあ、ないんだよ……っ!」


 そのまま、手に持った物を投げつける。キウイが即座に出した結界が、それが私たちに当たるのを阻んだ。床にころんと落ちたそれは、花の意匠がついた、金属小物の髪留めだった。

 投げつけられても尚、歪んだ様子もなく、力強さと繊細な美しさの両方を有する髪留め。こんなに優しい物を作れる人が、どうしてあんなに怒りに満ちた目を……。そう考えると、どうしようもなくやるせなくて、私はただ、まだ見ぬ『悪魔』の存在を、ひたすらに無情に思ったのだった。






「悪魔」に魅入られた最後のドワーフ、ビュラン伯爵です。これで、ドワーフが全員出揃いました。


フォルナ公爵=炉 ※公爵、きれいなお姉さん

マレット=木槌 ※伯爵、ツンツンお姉さん

カナ=金槌 ※伯爵、ロリ

ビュラン=彫刻刀 ※伯爵、職人気質?


ドワーフたちの名前は工具です(フォルナは厳密に言うと工具とはちょっと違いますが)。つまり、コーグ公国の国名の由来は……!


お気づきの人も多いかもしれませんが、人魚と姫は、全体的にだいぶ安直な名前付けルールです。

フィオーレ王族 花

フィオーレ城使用人 フルーツ

人魚 宝石

ドワーフ 工具←New!


ほのぼの百合ファンタジーなのに、シリアスなエピソードが続いてすみませんでした。

次のエピソードで、ちょっとだけ一息つける予定です。

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