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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第四章 ドワーフの国

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55. フォルナ公爵の苦悩

 マレット伯爵に続いて関所の扉をくぐった途端、私たちは熱気に包まれた。それは、外のひんやりした空気とはまるで違うものだった。


「熱気が……すごいわね」


 辺りを見回しながら、スフェーンさんがそんな声を漏らした。アヤメはスフェーンを心配そうに見つめる。


「スフェーン、人魚は寒い海底に住んでいますが……この場所の気候は人魚に害になったりしませんか? 大丈夫ですか?」


 スフェーンさんは優しく微笑み、応えた。


「人魚は、魔力の補充さえできたら、案外タフなのよ。心配してくれてありがとう、アヤメ」


 スフェーンさんの言葉に、アヤメはほっとしたような表情を見せた。

 マレット伯爵に付いていくと、立派な館に行き着いた。促されるまま中に入り、一室に通される。

 部屋の中には、すらっと背の高いドワーフが立っていた。煉瓦のような赤茶色のさらっとした長い髪は、丁寧に編み込まれて上品にまとめられている。そして何より目を引いたのはその瞳だ。まるで燃える炎のように赤く鮮やかで、私は思わず息を飲んだ。


「フィオーレの皆様、鍛冶公国コーグまでご足労いただきありがとうございます。私が公爵のフォルナです」


 その人は振り向くと、私たちを迎え入れるように、ふわりとした笑みでそう言った。事前に聞いていた、コーグ公国の統治者の名前だった。マレット伯爵とは違い、温かい歓迎の心を感じ、強張っていた肩の力が少しだけ抜けた。


「フィオーレの姫、サクラと申します。どうかドワーフの皆様のお力添えをさせてください。よろしくお願いいたします、フォルナ公爵」


 私が挨拶を返すと、フォルナ公爵は柔らかく微笑み、私に手を差し出した。その手はすらりと綺麗ではありながらも、古傷の絶えない職人の手であった。私はその手を取り、しっかりとした握手を交わす。その温かい掌から、歓迎されていること、そしてフォルナ公爵が心から私たちに協力を求めていることが伝わってくるようだった。


「サクラ様、ルリ様、この度は結婚おめでとうございます。先日の結婚式、我が国も参列させていただきましたの。息をのむほど素敵でしたわ。こんな状況でもなければ、ゆっくりとお祝いをいたしたいところなのですけれど……」

「それは後ほどのお楽しみにしておきましょう。今は、一刻も早く問題が解決できるよう、尽力いたします」


 私たちが挨拶を終えると、フォルナ公爵はマレット伯爵に視線を向けた。


「マレット伯爵、他の伯爵たちにフィオーレの方たちを紹介する場の手配をお願いします」


 その言葉を聞くと、マレット伯爵は不満そうに、フォルナ公爵を睨みつけた。


「フォルナ公爵、やはりこの国の問題は、この国のドワーフが解決するべきだと……」

「まだそのようなことを言うのですか? フィオーレの支援を受けることは議会で承認された筈です」


 二人の間に、目に見えない火花が散るような、ぴりぴりとした空気が流れた。この状況に、私たちは口を挟むこともできず、ただ静かにその様子を見つめるしかなかった。隣にいるルリの腕が少し強張っているのがわかる。


「あれは、あなたが公爵の権威を振りかざして決めたようなもので……っ」

「マレット伯爵、意見を通したいのなら、品評会で私よりいい評価を得ればよいのです。そうすれば、私の代わりにあなたが公爵の爵位を得られるのですから。今はあなたの意見を聞くことはできません。早く、他の伯爵たちを集めておいでなさい」


 フォルナ公爵が冷たい視線を向けながらそう言うと、マレット伯爵は何も言い返せず、悔しそうに唇を噛み締めた。その表情は、屈辱に耐えているかのようだった。


「……失礼します」


 フォルナ公爵を睨むようにそう言い残すと、マレット伯爵は怒りをぶつけるように、ばたんととびきり大きな音を立ててドアを閉め、部屋を出ていった。

 その様子を見て、フォルナ公爵は困ったように小さなため息をついた。


「すみません、お見苦しいところをお見せしました。元々、彼女……マレット伯爵は、フィオーレの支援を受けることに否定的だったのです」


 フォルナ公爵は目を伏せながら続けた。


「ご存じかもしれませんが、この国は、鍛冶の国……鍛冶の腕が全てとされています。鍛冶の腕を競う品評会で選ばれた、一人の公爵と、三人の伯爵で、この国の方針を決める議会が構成されています」


 この国の議会の仕組みは、国を出る前に知識として教えられていた。しかしまさか、議会に属する公爵と伯爵の間にこれほどの確執があったとは、想像もしていなかった。


「実のところ、マレット以外の伯爵にも、フィオーレの支援を受けるのに反対する者がいました。でも、私はドワーフの民たちが倒れてゆくのに耐えられず、最高の決定権を持つ公爵の名を使って、議会の議論を強制的にまとめ、フィオーレの支援受け入れを進めたのです。なので、マレット伯爵が腑に落ちないのも無理はないでしょう……でもまさか、客人の前であのような態度を取るとは思いませんでした。申し訳ありません」


 マレット伯爵を庇うようなフォルナ公爵の言葉に、私は胸を締め付けられるような思いがした。フォルナ公爵はドワーフの民を救うために、コーグ公国の議会内で憎まれ役を買って出ているのだと、そう理解できたからだ。


「いえ……私も統治者の娘です。自国で解決したいマレット伯爵の気持ちは、分からないでもありません。フォルナ公爵がご自身を責める必要はないと、私は思います」


 私がそう言うと、フォルナ公爵は張り詰めていた糸が切れたように、安堵の表情を浮かべた。


「そのように仰っていただけるなんて……サクラ様、あなたはとても優しい心の持ち主ですのね」


 フォルナ公爵は、マレット伯爵の態度で、フィオーレ王国の支援が打ち切られることを危惧していたように見えた。私の言葉でその可能性が否定されて、心底ほっとしたのだろう。この国の民のために、公爵という重責を一人で背負うフォルナ公爵の苦悩を思うと、その胸の痛みが私の胸にも伝わってくるようだった。


「発言をお許しいただけますか、フォルナ公爵様」


 その時、キウイがフォルナ公爵を見据えて発言を具申した。


「ええ、よろしくてよ。噂はかねがね伺っておりますわ。若くしてフィオーレ王国唯一の宮廷魔術師に抜擢された才女だと。随一の頭脳と発想力を誇る天才魔術師……お会いできるのを楽しみにしていましたわ」

「……そこまで言われると、身が引き締まる思いです。お褒めの言葉として素直に受け取っておきましょう。ありがとうございます」


 フォルナ公爵からの尋常でない褒め言葉に対しても、キウイはほんの僅かに口角を上げただけで、いつも通りの涼しい顔を保っていた。他者からの評価をあまり気にしないキウイにとって、この程度の褒め言葉はどうということがないのだろう。私はその凛とした佇まいから、一流の魔術師としての矜持を感じて、感心した。


「失礼ながら、この国の空気は……酷く淀んでいます。我々は結界魔法により防護させていただいていますが、この国で結界なしに生活されているドワーフの皆様の健康状態は、いかがなものでしょうか」


 キウイの言葉に、フォルナ公爵は目線を落とした。


「ええ……空気が悪いのは承知しております。こうして立って会話する程度なら問題ありませんが、息苦しい感覚は常に覚えています。ドワーフは一般的な人間より、身体が強靭な者が多いので、耐えられているのかもしれません。それでも、もはやこの鍛冶の国で、鍛冶の仕事を続けられているのは、たった一人……ビュラン伯爵だけです」


 フォルナ公爵は、そっと自分の前に両手を出し、その鍛冶師としての苦労の跡が残る掌を、どこか悲しげに見つめた。


「身体に鞭打って炉の前に立ってみましたが、熱い炉の前で、いつものように金槌を振る体力はありませんでした。すぐに息が上がり、手が震えてしまうのです。体力のない子どもや老人に至っては、床から起きることすらできない者もいると聞いています。幸い、まだ死者は出ておりませんが、このままでは時間の問題でしょう」


 フォルナ公爵の言葉に、瘴気の被害が深刻なものであると、改めて思い知らされた私は、息をのんだ。


「フィオーレの皆様、鍛冶公国コーグを支配する者として、どうか……どうか、お力添えを乞い願います。我々を、ドワーフの民をお救いください」


 フォルナ公爵は、一国の統治者でありながら、私たちに対して深々と頭を下げた。それはドワーフの民を思う、フォルナ公爵の悲痛な願いがこもった行動だった。その姿に、私は強く心を揺さぶられた。

 私は隣にいるアヤメと、静かに顔を見合わせた。言葉はなくても、思うことはただ一つしかない。私たちは小さく頷き合い、この国を救うことを心に誓った。






しばらくシリアスな話続きなので、執筆小話noteを書いてみました。箸休めにお楽しみください。

過去に同人イベント「コミティア」で頒布した、本作「人魚と姫」と同名の小説の話です。

同名とは言え、内容は全く違うのですが……そのへんの解説も書いてます! 元祖版「人魚と姫」、note内のpdfで全文読めます。


「人魚と姫」の元祖版の話

https://note.com/zozozozozo/n/n80db17314316

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