表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第四章 ドワーフの国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/114

50. ドワーフの国の流行り病

 サクラとルリの華やかな結婚式が終わってひと月ほど。柔らかな陽光が降り注ぐ午後、アヤメとスフェーンは城下町の石畳の上を歩いていた。

 アヤメはスフェーンの腕に自分の腕をしっかりと絡め、楽しそうに身体を寄せている。メイドが用意してくれたお揃いの町娘風の服も、軽やかなアヤメの膝丈に対し、スフェーンは落ち着いたくるぶし丈を選んでいた。


「アヤメ、やっぱりその服、少し丈が短すぎるのではないの? 風が吹いたらどうするの?」


 スフェーンが眉を下げてアヤメのスカートを見つめる。そんな彼女に、アヤメは楽しそうに「ふふっ」と笑いかけた。


「中にペチコートを履いているから、大丈夫なんですよ! スフェーンは心配性ですね」

「もう……」


 アヤメが悪戯っぽく腕を揺すると、スフェーンはやれやれと肩をすくめた。フィオーレ王国の姫として常に大人びた振る舞いを求められるアヤメが、こうして年相応の無邪気さを見せてくれることが、スフェーンには何より愛おしい。呆れたような表情とは裏腹に、その口元には優しい笑みが浮かんでいた。

 一見すると親子にも見える――実際はそれをはるかに超える――年齢差の二人。だが、その仲睦まじい様子は誰から見ても恋人同士のそれであった。二人で笑顔を交わしながら歩くと、その温かい雰囲気に、すれ違う誰もが自然と頬を緩めていた。


「試験的に販売してる『刻凍ナイフ』、なかなかいい評判みたいね?」

「ええ……そうなんです。けれど、少しだけ不満がありまして」


 スフェーンからかけられた言葉に、アヤメは頬に手を当て、困ったような顔で答える。


「可愛くないのです。ただのナイフに付与魔法をかけただけのものなので……。もっと、フィオーレ王国らしい、華々しい商品にしたいのですよね」

「それは、そうねぇ……」


 それはスフェーンも薄々感じていたことだった。現在ナデシコの国と販売契約が調整されている「アヤメ印のプラムワイン」は、ラベルに花の模様があしらわれ、見るだけで気分が弾むようなデザインだ。対して「刻凍ナイフ」はどう見てもただの金属製のナイフであった。スフェーンはガラス細工は得意だが、金属細工には明るくない。ナイフに模様を施すなどの術は持ち合わせておらず、そのまま出荷するほかなかったのである。


「アヤメ、金属細工を売っている雑貨店に寄ってみない? 何か閃くかもしれないわ」

「それはいいですね。ぜひ行きましょう」


 スフェーンの提案にアヤメは笑顔で賛成した。そして二人は、手を取り合うようにして、城下町の中心街にある雑貨店に向かった。




 雑貨店の入り口のドアが開くと、からんころんと可愛らしい音が鳴り響いた。店員が店の奥から歩いてくる足音を聞きながら、アヤメとスフェーンは並んだ商品を眺める。


「あら……? 金属細工、こんなに少なかったかしら?」


 スフェーンは以前もその店を訪れたことがあった。その時は、ガラス細工、金属細工、木工細工と、様々な素材の小物が所狭しと並んでいて、心躍ったことを覚えている。しかし今は、金属細工の棚だけが小ぢんまりとしていて、あまり数が並んでいない。


「ごめんなさい、金属細工は最近仕入れが悪いんです。お隣のドワーフの国、コーグ公国から仕入れているのですが、なんでも職人たちの間で妙な流行り病が流行っているとかで」

「ええっ、そうなのですか? 心配ですね」


 店員の説明を聞いたアヤメは、心底から心配そうな声をあげた。スフェーンは、顔も知らない誰かのことを本気で心配しているアヤメの優しさに触れ、愛おしい気持ちで胸がいっぱいになった。


「商人の話では、もう、空気が悪いみたいで。あの国にいたら身体がおかしくなっちゃう、なんて言ってました」

「そんなに……」


 アヤメは言葉を失った。その時ふと、目の前の金属細工の棚に並んでいた、ドワーフの国製の小さな髪飾りが、妙に目を引いた。胸騒ぎを覚えつつ、吸い込まれるように、花の意匠がついたその髪飾りに手を伸ばす。


「……っ!」


 指先がわずかに触れた瞬間、ひやりと氷に触れたかのような、全身を這い回るような、ぞわりとした不快感がアヤメを襲う。そのあまりの不快感に、弾かれたように髪飾りから手を離した。その瞬間、ごくわずかな時間で感じた不快感の奥底で、心の奥深いところに何かを訴えかけられたような、そんな感覚を覚え、アヤメの心臓は早鐘のように鳴り響いた。


「空気で……身体が悪く……」


 アヤメが店員の言葉を反芻するように呟いた。その時アヤメが思い詰めたような顔をしていたのを、スフェーンは見逃さなかった。




「アヤメ、ドワーフの国のこと、何か気になるの?」


 店から出て少し歩いたところで、スフェーンはアヤメに問いかけた。


「はい……少しだけ、ですが」

「それは、『聖なる巫女』の血が、そう告げているのかしら?」


 スフェーンはアヤメの背負う「災いから世界を救う巫女」の運命について、知り得る限りの詳細を把握していた。とはいっても、アヤメの巫女の権能に関しては誰にも詳しいことがわかっておらず、スフェーンを救ったのが巫女の権能らしい、という程度ではあった。


「そうです。先ほど店で、ドワーフの国製の髪飾りを触ったとき……確かな、『負の魔力』の残り香のようなものを、感じました」


 アヤメは、髪飾りを触った時のぞわぞわした感じを思い出して、胸の前で手を抑えた。


「そして、先ほどの店員さんが言った『身体が悪くなりそうな空気』という言葉に、人魚の里で、スフェーンから感じた『負の魔力』の雰囲気が重なったのです。あの時、『体内に取り込むと身体に害がある』と、直感的に感じました。……スフェーン、これはあなたを責めるつもりの言葉ではありません。そこは、誤解しないで欲しいのです」


 アヤメはスフェーンにたいそう気を遣いながら、その特殊な感覚について語った。


「今更責められてるなんて思わないわよ、アヤメ」


 スフェーンはアヤメの優しすぎる心に苦笑しながら、そっと頭を撫でた。


「でも、それじゃあ、アヤメはドワーフの国が『負の魔力』に襲われてるのではないかと、そう心配しているのね?」

「はい、そうです。『聖なる巫女』のお役目を果たすべきなのではないかと……」

「アヤメ……」


 スフェーンは思わず、アヤメの小さな身体を腕に閉じ込めた。この小さな肩で、望んでもいない筈の責任を背負うアヤメが健気すぎて、心が締め付けられるようだった。


「アヤメがどうしてもと言うなら……止めないわ。でも、一人で無茶するのだけは絶対にダメよ。アヤメが行くなら私もついていくわ。……それにしても、今は情報が圧倒的に足りないわね。まずは葵さんに相談しましょう?」


 スフェーンは、アヤメが負の魔力の毒性をわかっていながら、たった一人で自分を抱きしめ、救ってくれた日のことを思い出していた。アヤメの優しさ、そして使命感の強さを知っているからこそ、また一人で無茶をしてしまうのではないかと、スフェーンは激しい不安に襲われていた。


「そう……ですね。まずは、葵お母様に相談してみます。ありがとう、スフェーン」


 アヤメは、スフェーンの温もりを感じながら、目を閉じた。そして、その温かさに包まれながら、決意を固める。その心には、スフェーンの心配とは裏腹に、救える者は救おうという、強い誓いが宿っていた。






次の章に進みました。次の舞台は、ドワーフの国です!

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ