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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第一章 「聖なる巫女」を求めて

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4. ケッカイ? あの、ちょっと通りにくいやつ?

 食堂では、既に母様二人が席に着いていた。


「ほう……ドレスもなかなか似合うじゃないか。その脚は、魔法で変化させておるのか? 実に素晴らしい技術だ」


 ローズ母様は、人魚のルリが人間の脚になっていても、大して驚いた様子はなかった。これが女王の風格なのだろう。


「はい、サクラとおなじになりたくて! ドレスありがとうございます。それで……」


 ルリが、ローズ母様の隣りに座っている、私のもう一人の母様――女王ローズの后、葵・ヴンシュ・フィオーレの方を向いた。


「となりにいるのは、おきさきさま?」


 声をかけられた葵母様は、いつもの優しい笑みを浮かべて、ルリに返事をする。


「ルリちゃん、はじめまして。私はローズの后、葵と言います。ローズの親衛隊長も勤めているのよ」


 葵母様は、后でありながら、女王ローズを守る騎士でもある。高貴さを思わせる紫色の髪に、同じ色の瞳。長いまっすぐな髪の毛を高い位置で結んでいて、精悍な顔つきをしている。その瞳の奥には、妻であり女王であるローズ母様を守る騎士としての、揺るぎない決意が宿っている。

 仕事中は凛とした立ち振る舞いで女王を守るが、家族の前ではいつも柔和な印象だ。今は、その騎士としての顔をすっかりしまいこんで、ルリの相手をしている。


「そうなんだ、かっこいい! よろしくおねがいします!」


 元気いっぱいに答えたルリを見て、葵母様がふふっと笑う。


「私のことは葵と、名前で呼んでくれたら嬉しいわ。娘になるんですもの」

「おっと、私もかわいいルリには名前で呼んでほしいな。ローズと呼んでくれるか?」

「はい! よろしくおねがいします、葵さん、ローズさん!」


 実のところ、人魚のルリが家族の輪に入れるか、少し心配していたのだ。二人の母様と打ち解けたルリを見て、その心配は杞憂であったことがわかり、胸を撫で下ろす。


「あなたたちには大変な運命を背負わせてしまって、申し訳なく思っているのよ」


 目を伏せながら、葵母様が言った。


「そうだ。だがルリのお陰で、サクラが望まぬ相手との結婚は避けられそうで、我々も安心しているのだ。ルリには感謝しかない」

「わたしもサクラのことだいすきだから、たくさんいっしょにいられて、うれしいです!」


 天真爛漫に答えるルリを見て、ローズ母様から少し笑みがこぼれたのがわかった。しかしすぐに、ばつが悪そうな表情に変わり、おずおずとこちらを見てくる。


「ところで……その、うまくいきそうか?」


 言いにくそうに、ローズ母様が聞いてきた。あけすけに言うと、子作りができそうかと、そう聞いているのだ。

 何と答えるか迷っているうちに、先程までの騒動を思い出し、顔が赤くなるのを感じた。なるべく表情には出さないように、落ち着いて言う。


「も、もちろんよ母様。任せておいて」


 少し声が裏返ってしまったが、なんとか誤魔化せただろうか。そう心配していると……。


「ねー、あとで続きやろうね!」


 あっけからんと、ルリがそう言った。

 せっかく、私が、なるべく冷静になるように答えたのに! 取り繕うとしたが、時すでに遅し。二人の母様は少し驚きつつも、どこか少し微笑ましげな表情をしている。


「あらあら……ふふっ」

「短い時間で、もうそんなに進展しておるのか……若いな」

「昔の私とローズみたいね?」


 お互いに笑い合いながら、そんなことを言っている。


「ちょっと、ルリ!」

「あら、仲がいいのはいいことじゃない」


 恥ずかしくなってルリに文句を言ったが、嬉しそうに笑う葵母様に止められてしまった。


「さあ、食事をいただきましょう。ルリちゃんには我々と同じものを用意してみたのだけど、食べられるかしら?」


 葵母様の合図で、メイドが私達二人のために椅子を引く。用意された席に座りながら、ルリが答えた。


「わからないです! いつもは、海で魔力をたべて、おしまい〜ってかんじなんです。でも、サクラがよくクッキーっていうのをくれて、それはおいしかったから、大丈夫な気がする!」


 最初に運ばれてきた皿は、前菜のスープだった。メイドがスプーンを示しているのに気づかず、指をおそるおそる近づけ、熱々のスープの表面をつんとつつく。


「あつい!」


 あまりの熱さに驚いた様子である。


「ルリ、このスプーンを使って食べるのよ。ふーふーってして」

「ふーっ! ふーっ! ……おいしい!」


 食べ方を教えてあげると、慣れないながらもスプーンを使いこなし、見事口に入れるのに成功していた。


「ふふっ……」

「ははは、楽しい食卓だ」


 素直なルリの様子を見てか、母様たちの顔には笑みがあふれていた。


「ところでサクラ、お主はあまり城から出ることはなかったように思うのだが……どこでルリと親交を深めたのだ?」

「そ、それは……」


 私は、ぎくりとする。

 実のところ、ルリとは今まで城の庭園で会っていたのだが……。私はそれを、家族や城の人に内密にしていたのである。


「よく庭でお話してたんだよねぇ。大きい噴水の池があるお庭」


 事情を知らないルリが素直に答える。


「それはもしかして、刻凍の回廊庭園のことかしら?」

「そうです……」


 葵母様はルリの言葉にピンと来た……来てしまったので、私は白状した。


 刻凍の回廊庭園というのは、フィオーレ国の王族しか入り口を開けることが許されていない、この城一番神聖で、厳重に守られた場所だ。

 本来は国賓との極秘会議などに使う目的で作られているのだが、あまり使用される頻度自体は高くないので、普段は私がゆっくりしたい時に使う休憩所となっていた。


 ちなみに名前の由来は、ローズ母様の魔法で庭園の時間が止まっているからだ。中にある植物は、花は枯れず、葉も落ちない。池の水が腐ることもなく、使用人の手入れは不要である。だからこそ、入口は固く閉ざされ、王族以外の誰にも開くことはできないのだ。


「たしかにサクラちゃんは庭園にいるのが好きだったわね。ルリちゃんはそこまでどうやって入ってきていたの?」

「池がね、すっごく長いんだけど、海につながってるの! そこから来てたんだよ」


 実際のところ、サクラはどのようにしてルリが城の庭園に通っているか、知っていたのである。それが、国にとって重大な問題であることに、薄々気づいていた。しかし、それを誰かに伝えると、ルリとはもう会えなくなってしまう気がして。重大さをわかっていながら、誰にも言えずにいたのだ。


「庭園には、強固な結界があるのだが」

「ケッカイ……って何?」

「見えない壁のようなものだ。庭園には、虫一匹……塵一粒も入れぬようにしてある。もちろん、水路もな。そこを通ったというのか? いかにして?」


 ローズ母様が訝しむように聞く。

 そう、庭園の入口は、王族しか開けることはできない。では、その他の場所は? 当然のごとく、何人たりとも、塵の一粒すらも、何も通さないように、対策されている……筈なのである。


「あの、ちょっと通りにくいやつかな? たしかに、穴がすっごく小さいから、虫さんは通れないかもね?」


 まるで何でもないことかのように、ルリが答える。二人の母様の顔が強張った。


「結界に穴……とな。おい、葵。これは、大問題だぞ」

「ええ、ローズ。すぐに対応が必要ね。……チェリー! 宮廷魔術師のキウイを呼んできて。至急よ!」

「はっはい! すぐに!」


 バタバタと、チェリーが走って出ていく。

 なぜ今までこのような国防に重大な秘密を黙っていたのかと、責められるだろう。そう思うと、背中を冷たい汗が流れるのを感じた。

 しかし、ルリと結婚の話を出した以上、いつかはバレる運命なのは理解していた。

 もうどうにでもなあれと、私は心の中で叫んだ。そして、味のしないスープを啜った。

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