38. バージンロードへと続く扉
あっという間に、私たちの結婚式の日はやってきた。
この日のためにたくさん準備をしてきた筈なのに、まだ足元がふわふわとしていて、どこか夢を見ているような気持ちだ。
友達だと思っていたルリと結婚するなんて、少し前までの私には考えられないことだった。でも今は、それがまるで運命であるかのようにすら思えた。
「もうオニキスさんたちはいらっしゃったの?」
「ええ、ルリ様の案内でいらっしゃったようです。先ほどローズ様と葵様が出迎えに行きましたよ」
チェリーに身支度を整えてもらいながら、そんな会話をする。優しく微笑みながらもいつになく真剣なチェリーに、いつもより少しだけきつく、コルセットの紐が締め上げられる。
「今日の結婚式で、ルリからサプライズがあるって聞いているんだけど……結局、何をするのかさっぱりわかっていないのよね、ふふっ」
「実は、私も全く内容を把握していないのです。葵様はご存じのようなのですが……。ルリ様が一体何をなさるのか、とても楽しみですね」
そう言いながら、私とチェリーは顔を合わせて笑い合った。
チェリーはいつも身につけているメイド服ではなく、参列者用のドレスを着ている。ワインレッドの髪によく似合う、薄紅色のドレスに身を包んだチェリーは、普段とは少し違って、大人っぽく見える。幼いころから専属メイドとして長い時を共にしてきたチェリーが、こんなに近くで私の結婚を祝ってくれるのに、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになる。
「サクラ様がオニキス様たちにお会いできるのは、式が始まってからになりますね。しっかり準備が終わりませんと、ルリ様にもお会いできませんよ。さあ、こちらに脚を通してください」
チェリーが広げてくれたドレスに私が脚を通すと、チェリーはドレスをすっと引き上げ、腕を袖に通し、背中を留めてくれた。何度もサイズ調整と確認のために袖を通した、見慣れた純白のドレス。それに身を包まれると、ああ、この日が来たのだなと、ようやく実感が湧いてくる。胸元からスカートの裾にかけて、たくさんの花の意匠があしらわれている。ふんわりとまるく広がるスカートは、まるで私の心のように軽やかだった。スカートから後ろに長く伸びる布地も花の飾りでいっぱいで、まるで花畑のようだ。今日までお互いのドレスは見せてもらえなかったので、ルリにお披露目するのは今日が初めてだ。このドレスを着て、ルリに会える。そう思うと嬉しくて、自然と笑みが溢れた。
「ああ、キウイさんはルリ様にドレスをうまく着せられているでしょうか……。いつものドレスと基本の留め方は変わらないので、大丈夫とは思ってるんですけれど」
「ふふっ、チェリーは心配性ね。キウイはやる時はやる人だから、大丈夫よ」
心配そうに言うチェリーに、そんな声をかけた。最近のキウイは宮廷魔術師の仕事とは別にルリの専属メイドの仕事も完璧に両立している。最初の頃はチェリーの手を借りてばかりだったメイドの仕事も、最近ではなんでも卒なくこなせるようになっていた。そんなキウイの様子を見ているので、今日のこともきっと大丈夫だと、心から思えた。
「……そうですね、ありがとうございます。サクラ様、お耳に失礼しますね」
チェリーが、耳飾りを優しくつけてくれた。
片方の耳には、ローズ母様の象徴である深紅の薔薇の花の耳飾り。もう片方の耳には、葵母様の名前を冠した、ナデシコの国ではなじみ深いという、高貴で明るい紫色の、葵の花の耳飾り。両耳に両親由来の飾りをつけて、なんだか二人にに見守られているような、心強い気持ちになった。
「さあ、バージンロードに向かいますよ」
チェリーの優しい声に、私はゆっくりと歩き始めた。ドレスの裾を支えてくれるチェリー導かれながら、私は一歩、また一歩と、ゆっくりと歩みを進めた。胸の鼓動がだんだん速くなるのを感じる。この先に、愛しいルリが待っている。そう思うだけで、緊張でいっぱいの心に、温かい光が灯った。
「この扉の先の控え室で、ルリ様がお待ちです。いいですか?」
チェリーの確認に、私は静かに頷いて応えた。
背筋を伸ばして、扉が開けられるのを待つ。チェリーがゆっくりと扉を開くと、そこはバージンロードの前の最後の控室で、純白のドレスを着たルリの後ろ姿が見えた。キウイと一緒に式の流れを確認していたが、扉が開く音を聞いて、こちらを振り返る。
「あっ、サクラ!」
ルリのいつも通りの満面の笑みは、まるで太陽のように輝いて見えた。その表情を見た瞬間、私の胸は幸せでいっぱいになる。
「サクラ、ドレスとってもかわいい〜! あわわっ」
「あっルリ様、ウエディングドレスで走っては駄目です!」
ルリは私の元へ駆け寄ろうとして、裾を踏んづけて転びそうになる。慌てたキウイがルリの腰をそっと支え、事なきを得ていた。
ルリは、純白のすらっとした形のドレスを完璧に着こなしていた。私のドレスと同じように花の意匠がたくさん散りばめられていて、私のドレスとまるで対になっているかのようなデザインだった。艶々とした生地は、光に当たるとまるで真珠のようにきらきらと輝いて、ルリの美しさを際立たせていた。
その耳には、片方は白、もう片方は黒の、丸い石の耳飾りをつけていた。それはルリの両親、パールさんとオニキスさんを想起させるもので、まるでルリを育ててくれた両親の愛を、象徴しているかのようだった。
「ルリ……ルリも、とても綺麗よ……」
まるで神聖なもののように美しいルリのドレス姿を見て、息をのんだ。その美しさを言葉で言い尽くすのは難しく、短い言葉を放つことしかできなかったが、私の心は感動で満たされていた。ああ、本当にこの日が来たんだ……。今日のこの日までにあった色々なこと全てが、この日のためにあったようにさえ感じた。
「ルリ様のドレスも、ちゃんと綺麗に着付けられていて、安心しました。キウイさん、頑張りましたね」
「そうでしょう。私、できるメイドですから」
チェリーとキウイのそんなやり取りを聞いて、私とルリは顔を合わせて笑いをこぼした。
私は、チェリーとキウイ、二人のドレスに目を留めた。チェリーの薄紅色のドレスは私の髪色に、キウイの藍色のドレスはルリの髪色に合わせられている。二人は私たちの色を身に着けて、私たちの結婚式を支えてくれているのだ。そのことに気づいて、胸が熱くなるのを感じた。
「さあ、二人とも、ベールを」
チェリーとキウイがベールを差し出してくれた。
まず私が、チェリーから受け取ったベールをルリにかける。そのベールには、花びらを象った飾りが全体に散りばめられていて、裾には繊細なレースがついている。ルリの美しさを際立たせるためだけに作られたように感じた。そっとルリの髪の毛にベールかけ、その顔の前に下ろす。次にこのベールを開けるのは、バージンロードの向こう側で、結婚の誓いを交わす私自身だ。ベールの向こう側で、ルリが笑顔をこぼすのが見えた。
そして今度はルリが、キウイから私のベールを受け取った。
「あれれ? これ、あってる?」
ルリはそう言いながらも、真剣な眼差しで、ゆっくりと、しかし丁寧にベールを私の髪に留めてくれた。慣れない手つきながらも、一生懸命なその表情に、私の胸は温かくなる。ベールが顔の前に下ろされると、目の前が淡い白色に包まれた。ルリの顔が、少しぼんやりと見える。私の心の中に、ルリへの感謝の気持と、愛おしい気持ちが、溢れてくるようだった。
「こちら、ブーケになります。落とさないように、しっかり持ってくださいね」
私たちは、チェリーとキウイから白い花がふんだんに使われた、こんもりと丸いブーケを受け取った。そのブーケは意外と重く、ずっしりとした重みを感じる。それはこれから始まる、ルリと二人で歩いていく、幸せで、ずっと続いていく、温かくて濃厚な生活の重みのように思えた。
ブーケをしっかりと持ち、バージンロードを通る準備は整った。
「さあ、ここからは、私たちはついて行けませんから。お二人でバージンロードを歩くのですよ。裾を踏まないように、ゆっくり歩いてください。いいですか?」
私とルリは、支え合うように、腕をしっかりと組んだ。ルリの腕は温かくて、とても心強い。私とルリはお互いに目を合わせ、ゆっくりと頷いた。
「もう大丈夫。開けてちょうだい」
「うん、ここまでありがとう!」
ルリと私は組んだ腕にぎゅっと力を入れながら、チェリーとキウイに返事をした。二人はバージンロードへと続く二枚の大きな扉の取っ手を、しっかりと握りしめる。今まで私たちを支えてきてくれた二人の温かさが伝わってくる。
そして、お互いに目で合図してタイミングを合わせると、私たちの新しい未来につながるその扉を、ゆっくりと開けてくれた。
次回、ついに結婚式です!




