3. キスをしたら子どもができるの?
「とにかく、ドレスの中は、見るのも触るのもダメ!」
「えぇ〜そうなの〜?」
なんとかルリをなだめていると、移動式のバスタブを運んできたメイドのチェリーがノックの後に入室してきた。ルリの何も身に着けていない下半身を見るや、チェリーは顔を赤くして小さな悲鳴をあげる。
「ささささサクラ様、こちらは一体!?」
「チェリー! ルリに服を持ってきて!」
私は焦ってそう叫んだ。チェリーはすぐに状況を察し、私の下着やドレスからルリに合いそうなものを一式持ってきて、テキパキと着付けてくれた。
「ニンゲンはこういうの着る決まりなの? 動きづらいなぁ」
服を着せられながら、ルリが文句を垂れる。
「ルリ様、とてもお綺麗ですよ」
「そうよ! 水色のドレスがルリの髪色と合っていて、素敵だわ」
「え、そう? ふふふっ、ありがとう」
チェリーに乗じて褒めまくると、ルリはまんざらでもないように照れたような笑みを浮かべた。
「では、私はこれで……。晩餐の準備が整いましたら、お呼びに参ります」
そう言って、チェリーは退室していった。部屋には私とルリが残される。
「ニンゲンのカラダの形はなんとなくわかったよ。ほら」
そう言いながら、ルリは脚に再度魔力を込めた。ところどころ鱗が残っていたのがなくなり、まるで本当の人間の脚のようになった。
「けど、どうやったら子どもができるのか、わかんないなぁ。そもそも、卵がなかったら、どこで赤ちゃんは大きくなるの? うーん……」
ルリが腕を組みながら唸る。
「人間は、お腹の中で赤ちゃんを育てるのよ」
少ない知識を振り絞り答える。町中でお腹が大きい人を見かけた時に、一緒に歩いていた使用人が教えてくれたことだ。
「なるほど、お腹の中で、だね。じゃあ……」
そう言いながら、ルリがにじり寄ってきた。この流れは、まずい! 先程までの出来事を思い出し、思わず身体が火照る。
「ま、待って! だから、ドレスの中は見るのも触るのもダメって、言ったでしょう!」
「だって、どうするの? サクラは子どもを産まないといけないのに、やり方がわかんないんでしょ!」
ルリの言うことは正しい。でも、このままだと、また……! 焦りながらこの後どうするかを悩んでいた時、ふと、以前読んだ本のことが頭をよぎった。
「本! そう、本を読んだことがあるのよ。その本では……」
国民の中でとても人気の高い、恋愛小説だった。お姫様が、別の国の令嬢を妻として迎え入れ、結婚する。元々愛のない政略結婚だったために、二人の仲は冷え切ったまま。でも、二人は……。
「赤ちゃんを産んで、その子を二人で愛しているうちに、不仲だったはずなのにそれぞれのいいところをどんどん認識しあって、気づいたらお互いのことも愛し合うようになる話なの」
「すてきな話ね!」
私は本の内容を思い出す。たしか、その本に書いてあった、赤ちゃんを産む時にやっていたことは……。
「ええと、そう、口づけよ! そうしたら、新しい生命がお腹に宿ったって書いてあったわ!」
そう、本にはそう書いてあった。
お互いをただのパートナーとしか認識しておらず、跡継ぎのために義務感で行った、ベッドの中での口づけ。なんとなく大人な雰囲気にドキドキしながら頁をめくると、次の日に子を宿していたことがわかったと書かれていた。
「ふぅん? ということは、ニンゲンはキスをしたら子どもができるの? フシギだねぇ」
人魚の世界と違うからか、ルリは驚きつつも、ひとまず納得したようだ。
「じゃあ、キス、しよっか!」
ルリがそう言いながら、ぐいっと顔を近づけてきた。
「へっ!?」
ルリの顔しか目に入らなくなった。吐息がかかってくすぐったい。
確かに、口づけをすると子どもができるのだったら、私たちもそれに習わないといけない。本で読んだキスシーンを思い出そうとするも、頭の中は真っ白で、何も思い出せない。ルリの吐息に私の吐息が重なり、まつ毛が触れてしまいそうになる。そして、唇のあたりに熱を感じ始めた、その時。
突然、部屋がノックされた。心臓が跳ね、思わずルリの身体から遠ざかってしまう。外でメイドのチェリーの声がする。晩餐の準備ができたと告げに来たのだ。
「ル、ルリ! 晩餐の準備ができたみたい!」
「あっそうなの? サクラがくれたクッキー美味しかったから、ニンゲンのごはん楽しみ〜♪」
食事のことを告げると、ルリはそのことで頭がいっぱいになり、口づけのことは忘れてしまったみたいだ。
どうにもおさまらない呼吸を一人でなんとか整えながら、ルリを案内するチェリーについていった。
しばらく、こんな感じの話が続きます。初々しい二人をお楽しみください。