36. 勝利の余韻
「ふぅ。さて、サクラ……」
勝利の余韻を味わっていたのも束の間、突然ルリが、にんまりと笑いながら私ににじり寄る。
「サクラの魔力いっぱい、時止めの魔法でつかっちゃったから……わかるよねぇ?」
「ルリ? ほら、みんな見てるから……っ」
「しらなーい!」
ルリは問答無用で私に口づけをした。唇が触れた途端、もう幾度も味わった身体の奥底から魔力が抜き取られていく感覚が全身を駆け巡る。徐々に回復しつつあったほんのわずかな魔力さえも残らず吸われ、私の中の魔力は再び、本当にすっからかんになった。パールさんが「あらあら」なんて言いながら笑っているのを感じる。恥ずかしい。
「うう、すくない……ひもじい……」
少ししか魔力を回復できなかったので、ルリは不満そうだった。ただ、つい先刻の『負の魔力に吸われた』と言っていた時のように、切羽詰まった様子はない。まるでごはんが少なくて拗ねている子どものような、そんな様子だった。
視界の端で、アヤメがスフェーンさんと目を合わせ、もじもじしているのが目に入った。スフェーンさんが何かをアヤメの耳に囁き、そのまま頬にキスをする。余裕のある様子でくすりと笑うスフェーンさんと対照的に、アヤメは耳まで真っ赤になっていた。
「スフェーン姉さまとアヤメは、つがいになるの?」
私がどう聞こうか迷っていたら、ルリがストレートに聞いた。
「ええと……これは、その。まだ何も決めてないと言うか……」
「あら、私のことは遊びだったの?」
「いいえ! 決してそういうわけではありません! でも、私たち会ったばかりですし、お互いのことをゆっくり知る時間も必要だなって、思ったり……」
からかうように笑うスフェーンさんに、顔を赤らめながら真面目に答えるアヤメ。ああ、なるほど、そういう感じなんだなと、胸のつかえが少しだけ取れた。
「オニキス、みんな若くって、いいわねぇ? んっ……」
パールさんが笑っていると、突然オニキスさんがその唇を奪った。
「キスして欲しいなら、そう言え」
いつもの無表情で、オニキスさんがそう言う。パールさんはまんざらでもない表情で顔を火照らせている。思わず、私も顔が熱くなるのを感じた。ルリが「オニキス母さまは、あいかわらずだねぇ」なんて言いながら笑っている。これは、ルリの家族の中では日常の光景なのだろうか。
その時、スフェーンさんが徐ろに近づいてきて、私に真剣な眼差しを向けた。
「サクラ、私は……、あなたにとても酷いことを言ったわ。……本当に、ごめんなさい。謝って許してもらえるかわからないけれど……」
スフェーンさんが私に謝罪する。私はスフェーンさんに微笑みかけ、優しく応えた。
「アヤメが、何か悪いものに取り憑かれているようって言ってました。私も、それを……あの時、スフェーンが言ったことは本心ではなかったって、信じています。なので、大丈夫です。私とルリが結婚したら、私たちは家族ですもの。これから、よろしくお願いします」
「あなたも、アヤメと同じことを言ってくれるのね……。ありがとう」
スフェーンさんはすっかり安堵した様子で、表情を緩めた。すると、ルリは私とアヤメとスフェーンさんをまとめて、ぎゅっと抱きしめた。
「むふふー! これでみんな、なかよし、だね!」
その明るい笑顔を見て、ああ、ルリには敵わないなあ……そう思った。
しかし、みんな仲良し、とルリは言ったが……。私にはまだ、打ち解けなければいけない相手がいた。意を決して、私はオニキスさんに声をかける。
「あの、オニキスさん。オニキスさんからしたら、私は人間の小娘で、気に食わないかもしれないですけど……。私、ルリのこと大事にします。少しずつでもいいので、良い関係を築いていきたいです。よろしくお願いします」
オニキスさんは相変わらずの無表情で、私に興味はないように感じた。しかし、これから長い時間を共に過ごすだろう。なので、少しでも良い関係になりたいと思っている。今は、その意思を伝えるだけでもいい。一歩ずつ進んでいこうと思って、そんな風に声をかけた。
しかしオニキスさんの返答は意外なものであった。
「……? 気に食わないなどと、思っていない」
本当に、私が何を言っているのかわからないと言う風な様子だった。その予想もしていなかった返答に、私は一瞬、言葉を失った。
予想外の言葉を受けて、私は脳裏に、屋敷で初めてオニキスさんと相対した時の記憶を思い浮かべた。
「でも、こんな小娘のどこがいいんだって」
「ルリがサクラとアヤメのどこが気に入っているかを聞いた。他意はない」
たしかに、オニキスさんはこの娘のどこがいいんだと聞いていて、ルリは私とアヤメの好きなところを語っていた。私は、ルリがオニキスさんの発言の意図を取り違えているとばかり思っていた。もしかしてあれは、ちゃんと成立した会話であり、オニキスさんとルリがすれ違っているというのは私の勝手な思い込みだったのだろうか。
「はやく人里に帰れって……」
「人の子の身体は陸に特化している。無理な長居は不要と言った」
たしかに、早く陸に帰れと言われた、ただそれだけだ。それが私たちの身体を気遣っての言葉だなんて、考えもしなかった。
もしかしてもしかして、「花を世話をする人の気がしれない」というのも、花が嫌いなのではなく、花のお世話は大変だなという、ただそれだけの言葉なのだろうか。
私の中で徐々にピースが嵌っていく。
「え、ええ〜っ!?」
すべてのピースが綺麗に嵌り、腑に落ちた瞬間、私はあまりの衝撃に、気の抜けた声を出すしかできなかった。
オニキスさんの本性がようやく出せました! ぜひ、初対面回の「オニキスとパール」などを読み返していただけたらと思います。
オニキスさんは、私のとてもお気に入りのキャラで、いつもきゅんきゅんしながら書いてます。




