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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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27. ルリの《時》

 屋敷から出ると、アメジストさんが出迎えてくれた。


「アメジスト姉さま、お待たせ!」


 ルリが嬉しそうにふわっと近寄っていく。


「ああ、話し込んでいたようだね。しっかり挨拶できたかな?」

「オニキス母さまが、サクラとアヤメのことが知りたいって聞いてくれて……ちょっと、はりきって話しすぎちゃったかも!」


 ルリはそんなことを言いながら、明るく笑う。オニキスさんの表情が凍てついた氷のようであったこと思い出す。そして、その冷え切った空気の中で、弾んだ声で興奮しながら私たちのことを語るルリに肝が冷えたことも……。アヤメも同じ事を思い出していたのか、私たちは顔を見合わせて苦笑した。


「ははっ、ルリらしいな」


 アメジストさんは呆れたように肩をすくめながらも、朗らかに笑っていた。オニキスさんの素っ気ない態度や冷たい言葉を、ルリはいつもその天真爛漫さで受け止めているのだろうか。いつも底抜けに明るいルリならば、ありえない話ではないと思った。


「あの……私たち、オニキスさんによく思われていない……のでしょうか?」

「オニキス母さまはとても寡黙だから、びっくりさせてしまったかな? いつもああいう感じなんだ。どうか気に病まないで、サクラ」


 私が俯きながらおそるおそる聞くと、アメジストさんは柔らかい笑みでそう答えてくれた。いつも「ああいう感じ」ならば、新参者にはいつもあのように冷たいのだろうか。でもそれなら、私たちが人間だからという理由で、特別嫌われているわけではないのかもしれない。そのことに、ほんの少しだけ胸を撫で下ろした。


「ルリ、次は残りのお姉さんたちに、挨拶に行くのね?」


 私がルリに問いかけると、ルリは珍しく眉間にしわを寄せ、難しい顔をしていた。


「むむむ……、それなんだけど、わたし、里に来てからずっと、ちょっとへんな感じがしてて……。わたし、見てくるから、アメジスト姉さま、二人の案内をお願いできる?」


 てっきりこのまま四人で他のお姉さんたちに挨拶に行くのだと思っていた私は、ルリの言葉に目を丸くした。


「えっ、ルリ、どこかに行くの?」


 思わず、私はルリの方に手を伸ばして問いかけた。


「うん、ちょっとね……。でも、すぐもどってくるよ! サクラ、アヤメ、またあとでね!」


 ルリは伸ばした私の手をぎゅっと握りしめてそんな風に言ったが、その時にルリの目線が少し泳いでいたのを、私は見逃さなかった。言い終わるや否や、ルリは瞬く間に泳いで行ってしまった。


「ああ、ルリお姉様、もう行ってしまわれました……」

「あの娘は、いつも自由だから……客人を困らせてすまないね」


 アメジストさんは慣れているのか、呆れたようにそう言いながら、しかしどこか愛おしそうに笑う。

 私はいつもと違うルリの様子が気になって、ルリに魔法通話を繋いで話しかけた。


『ルリ、何があったの? アメジストさんの前では言いづらいこと?』

『びっくりさせちゃってごめんね、サクラ! うーん、言いにくいというか、自信がなくって……。なんか、イヤ〜な感じの魔力が、どこからかきてる感じ? よくわかんないから、とりあえずさがしてくるね!』


 ルリからはすぐに魔法通話の返事があった。たしかに、詳細がわからなくても「イヤな感じの魔力」があると話せば、正義感の強そうなアメジストさんは心を悩ませてしまうだろう。もしそれが勘違いだったりしたら、アメジストさんに余計な心配をかけてしまうと考えたのかもしれない。今まで誰もその話題をしていないということは、まだルリしか気づいていない、とても微弱なものなのかもしれない。


『わかった、気をつけてね、何か危険があったらすぐ呼んで』

『わかったよ、ありがとうサクラ、だいすき!』

『……っ。……ふふっ、私も好きよ、ルリ』


 ルリはたまに突然こういうことを言って、私の心臓をぎゅっと掴むのである。胸の奥が甘く疼いて、困ったなあと思いながら頬を火照らせてしまう。そうしていると、アメジストさんが突然静かになった私を心配そうな目で見ていることに気づいた。


「……すみません、ルリは大丈夫と思います。お姉様たちのところに、案内してもらえますか?」

「……ああ、わかった。一緒に行こう」


 アメジストさんは少し訝しんだような顔をしていたが、何も聞かないでいてくれる。ルリがわざわざ詳細を告げずに行ったのだから、私から告げるのはよくないだろうと思い、魔法通話の内容を話すことはしなかった。




「ルリって、魔法を使うのがとても上手なのですけれど……。人魚の方々は、みんなそうなのですか?」


 道すがら、少し気になっていたことを聞く。


「我々は、海という無尽蔵のエネルギーの塊の中で暮らしているのもあって、魔法を使いやすい生活をしている。だから、人間より、魔法を扱うのが上手い娘が多いかもね。だけど……ルリは、その中でも特に魔法の扱いに長けているよ。感覚もとても鋭い。あの娘の魔法の実力は、オニキス母さまに至らんとするほどだよ」


 アメジストさんの言葉から、オニキスさんは人魚の中でも想像以上の魔法の使い手であることが窺えた。そしてルリもまたその途方もない領域に到達しようとしている……という事実に驚きはしたが、いつも驚くような精度の魔法をたくさん見せてくれるルリのことを思うと、納得できる部分もあった。


「やっぱり、ルリは……特別なんですね」

「そうだ。千年生きているオニキス母さまに、生まれてから二十年と少しのルリが肩を並べようとしているなんて、異常だよ」


 アメジストさんが何気なく言ったその言葉は、私にとってとても衝撃的だった。


「えっ……! 千年……!?」


 なんと、オニキスさんはの歳は千を超えているというのだ。人間のおよそ百年の寿命をはるかに上回っている。


「人魚は魔力がなくならない限り消失しないから、人間より寿命が長いんだ。でも、ちょっとした事故や、魔力の補給忘れなどで消失してしまう個体も多い。母さまたちほど長命な人魚は、珍しいではあるね」


 アメジストさんはそう言って、遠い目をした。


「あの、聞いていいかどうかわからないんですけれど……。パールさんや、他のお姉さんたちは、どのぐらいの年齢なのでしょう……?」


 どうしても気になったことをおそるおそる聞くと、アメジストさんは柔らかく微笑んで答えてくれた。


「ははっ、自分の年齢を気にする人魚は少ないけど、聞いても失礼な事柄ではないよ。年齢なんて数えてなくて、答えられない可能性はあるけれど……。パール母さまは、二千年以上生きているとされている。パール母さまより長寿な人魚の話は、聞いたことがないね……。そして、長女の私が、およそ五百歳。次女のシトリン、三女のガーネットは、どちらも三百歳前後ぐらいかな……。そして、四女のスフェーンは、もうすぐ百歳を超えるはずだよ」


 目の前の、アメジストさんは、なんと五百歳ほどらしい。その容姿は人間の成人ぐらいなので、まったく分からなかった。


「アメジストさんも、とても長い時を生きているのですね……! 人間の感覚と全く違うので、驚きました」

「ふふっ、そうかもね」


 そうして、はたと気づく。ルリが長命種なのであれば。このままだと、私はルリを一人、置いていくことになる。大切な、最愛の人魚を悲しませることになってしまう。

 そしてローズ母様のことが胸をよぎる。ローズ母様はかなり高度な時魔法使いであるが故に、時止めの魔法で身体の成長……老化を止めている。詳細な年齢は聞いたことがないのだが、使用人が実はかなりの高齢だと噂しているのを聞いたことがある。

 私もローズ母様のように、老化を止めないと……、ルリと同じ時は生きられないのだと。私は気づいたのだ。

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