2. ニンゲンのからだの形を知りたいの!
「ここがサクラの部屋? かわいい!」
私の部屋を見るなり、ルリは楽しげにそう言った。
私たちは、「婚約」という形で、ひとまず同じ部屋で暮らすこととなった。子を宿せるかどうかが、正式な結婚の条件とされたからだ。
「後で使用人が、ルリのためにバスタブを持ってきてくれるそうよ」
人魚のルリは当然歩けないので、謁見の間からここまでは、小瓶の海水に再び戻ってもらった。そうして、部屋で再び小瓶を開けて、出てきてもらったのである。水の中にいないと鱗が乾いてしまうとのことなので、移動式のバスタブが用意されることになった。
「わあ、キレイなお花だねぇ〜、サクラ!」
ルリは窓辺の一輪挿しを見上げ、無邪気に笑った。
「その花はね、時止めの魔法がかかってるんだよ。だから、ずっと枯れなくて、綺麗なままなの」
「そっかぁ〜。じょおうさまも、とっても綺麗だったものね!」
ローズ母様が時止めの魔法で若さを維持していることは伝えていないはずだが、ルリには自然とわかったらしい。どうやら人魚というのは、人間より魔力を敏感に感じられるようだ。
だが、今は花に見とれている時間はない。ルリと子をなせなければ、ルリは用無しとされ、私は知らない人と結婚するしかなくなる。その現実が、私を焦らせていた。
「ところでルリ、その……。子どもの……えっと、作り方……知ってる?」
「えっと? まずねぇ、卵をどっちかが出してね」
「あぁ、人魚はそういう感じなのね……」
正直、どうやったら子をなせるのか、私自身、詳しくない。でも、人間が卵生でないことぐらいは知っている。
とはいえ、それ以上の知識はないのだが……。これは困った、と頭を抱える。
「あれぇ? ニンゲンは卵じゃないの?」
「そうね。ちょっと、詳しくは、言えないのだけれど……。少なくとも、卵から人間は産まれないわ」
知らないと言うと呆れられそうで、言えないという言い方をする。だからといって、知識がない事実に変わりはない。どうしたものかと途方に暮れていると、ルリがキラキラと目を輝かせた。
「じゃあ、私、ニンゲンになるよ!」
そう言うやいなや、ルリは目を閉じ、魔力を練り始める。淡く光った身体のシルエットが徐々に変わる。尾が二股になり、やがてしなやかな二本の脚の形になった。
「わぁ……っ!」
すごい。変身の魔法なんて、人間の歴史ではまずもって聞いたことがない。人魚は魔力感知も優れていると感じていたが、魔法の扱いにも長けているようだ。
「……って!? はわっ、ちょ、ちょっと、ルリ!?」
光がおさまると、ルリの下半身があらわになった。そう、ルリは下半身に何も身に着けていなかったのだ。
「うーん、ちょっとうまくいかないなぁ。うろこが残っちゃった」
たしかに、よく見るとところどころ脚に鱗がついている。ルリの元の尾を連想させる、藍色の鱗がきらりと輝いていた。
だが、今はそれどころではない! ルリは下半身を露出していることを何も気にしていないようだが、とにかく何か布を羽織らせようと、ベッドの上の毛布を手に取ろうとした。その時──
「むー……むずかしいなぁ。ちょっと、サクラ、みせて!」
ルリは私の動きを遮るように近づいてきて、ガバッ!と私のドレスをめくった。毛布を取ろうとしていた私はバランスを崩し、反動でベッドに倒れ込む形になった。
「ちょ……っ! ルリ……!?」
「なるほど、ここの骨はこういう形になってるんだねぇ。おもしろい!」
私の制止も聞かず、ルリはいたって真面目に、私の脚の構造を観察し始めた。
構造を精密に把握するためか、ゆっくりと指先を皮膚に這わせ、形をなぞる。足先をおもちゃのようにくにくにと動かされた後、膝の関節が手のひら全体で包み込こまれ、ほのかな体温を感じた。ぬくもりはそのまま太腿を上がってゆく。
「あとねー、やっぱ見えないところがわかんないんだよね!」
「見えないところ……って……! だめっ……!」
危機感を察知た私はすばやく布を抑え、すんでのところで、ルリの動きを阻むことに成功した。そう、ルリはいとも自然に、私のショーツに手をかけようとしていたのだ。
「ちょっとー! 見えないよ、サクラ、手をどけてよー!」
「だめだめだめっ……! 人間のここは、他の人に見せちゃダメなのっ!」
私が必死にショーツを抑えるので、ルリは不満げに口を尖らせた。だが、これだけは死守せねばならない。
「むー。そうなの……? 見るのはダメなのね、わかった。じゃあ、さわるね!」
「さ、さわ……っ!?」
驚きで言葉を失っている間に、ルリの指が薄い布の上から、私の股関節のあたりをゆっくりとなぞり始めた。
「やっぱりねー、この、いっぱい動くところの形がむずかしいよね」
ルリの無邪気な好奇心に任せた動きが、私を不思議な熱で満たしていく。
「ルリっ……! やめ、てっ、ちょっと……!」
後ろからルリにのしかかられているのもあるが、戸惑いと、ほんの少しの甘い刺激に身体が固まってしまい、うまく逃げられない。
「うーん、カラダの上の方の形は、わたしとおなじかな?」
気づくと、下半身を弄る手とは別に、もう片方の手が上半身に伸びてきていた。こちらは服の上からだが、優しく、しかし確実に形状を確認してゆく。
細い指先が背中をゆっくりと滑っていき、そのまますっと脇腹を這う。臍の形を確認するように撫で回し、甘い熱を残していった。そして、躊躇なく、そこからさらに上へと……。
「ねぇっ、くす、ぐったい……ってばぁっ!」
くすぐったいとは言ったものの、ただのくすぐったい感じとは違うと、サクラは感じ取っていた。身体の中心が、じわりと熱い。
「もう、動いたら、形がわからないじゃん!」
身体を捻って抵抗する私に文句を言い、押さえつける力を強めてきた。胸元の感触をふにふにと存分に確認すると、上の方は満足したらしく、再び刺激が下半身に集中する。そして……。
「あっ、ここになにかある?」
ルリの指が、私の身体の最も秘められた場所に触れようとした。ひやりとした指先の感触に、ゾクッと背中に冷たいものが走る。
予想外の刺激に、体が跳ね上がってしまった。
「ああああっ、そこは……っ、そこは絶対にだめぇっっっ!!!」
これ以上はいけないと、身体が警鐘を発していた。その警告に突き動かされるようにして、なんとか芯へ至る前にルリの押さえつけから抜け出した。
この純粋すぎる好奇心をどうしたものか。汗の冷たい感触が、背中を一筋に通るのを感じた。
雄雌が同一個体になった世界ではありますが……あくまで、作者の好みの話なのですが。生えてないのが好きです。