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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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26. オニキスとパール

 屋敷の中に入ると、すぐに大きく開けた広間に繋がっていた。壁は綺麗な巻き貝や、虹色に輝く二枚貝で彩られている。色とりどりの海藻が天井から吊り下げられていて、ゆらゆらと優しく揺れている。

 特に目を引くのが、部屋の中央にある、ステンドグラスのように鮮やかなガラスで作られたランプだ。真珠の装飾が施されていて、上品な灯りを部屋いっぱいに広げている。

 その他にも、自然の素材のものでありながら、洗練されたデザインの調度品がいくつもあり、空間全体に上品な雰囲気を添えていた。


「……ルリと、人の子か」

「オニキス母さま、パール母さま、ただいま!」


 その部屋の中の、床が岩で盛り上がっているところに、二人の人魚が腰掛けていた。ルリが明るく挨拶すると、目線をこちらに向けた。


「ルリちゃん、おかえりなさい! そして、あなたが、サクラちゃんとアヤメちゃんねぇ? 私は、パールと言います。会えるのを、とっても楽しみにしていたのよぅ」


 パールと名乗ったその人魚は、とてもゆっくり喋る人だった。髪も鱗も瞳も全て純白で、とても美しかった。柔らかい笑みを浮かべて、挨拶をする姿からは、敵意は全く感じられない。とても友好的な空気を感じ取って、胸を撫で下ろす。ルリも事前にめったに怒ることはないと言っていたので、良い関係を築くのに心配は要らなそうだった。


「……オニキスだ」


 もう一人のルリの母は、言葉短く名前だけ告げて、多くは語らなかった。真っ白なパールさんとは対照的に、オニキスさんは全身が黒で統一されていた。その髪は短く、無造作ではあるが不思議と高貴さを感じる。そのミステリアスな人魚は、口を開いても表情を何一つ変えることはない。その表情は、まさに無という言葉が相応しく、喜怒哀楽のすべてが欠落しているように感じられた。

 私はその漆黒の瞳に吸い込まれそうになる錯覚に陥り、身動きが取れなくなる。その凍てついたような表情からは拒絶すら感じ、ただ張り詰めた雰囲気が流れた。


「こっちがサクラで、こっちがアヤメだよ!」


 オニキスさんの作った静寂を、ルリのいつも通りの底抜けに明るい声が壊す。ルリが私の方に目を向けたので、発言を促されたと理解する。


「サクラと申します。ルリとは幼い頃から親しい仲で、この度ルリと、人魚の方々の言葉で言うなら……つがいになりたいと願っています。人魚の皆様とも末永く親睦を深めていきたいと、そう思っています。今後とも何卒よろしくお願いいたします」

「ふふ、よろしくねぇ、サクラちゃん」


 私の自己紹介に言葉を返したのはパールさんだけだった。明るくにこやかに笑い返してくれるパールさんとは真逆に、オニキスさんは、まるで興味がないかのように、頬杖をついたまま無表情を維持していて、沈黙を貫いている。


「サクラの妹、アヤメと申します。ルリお姉様には日頃から大変お世話になっております。人魚の里はあまりにも美しく、私のような者には眩しく感じるほどございます。私からも、サクラとルリお姉様の婚姻と、人魚の皆様との末永い友情を願わせていただきます」

「はい、アヤメちゃんも、よろしくねぇ〜」


 私に続いて、アヤメも挨拶をする。背筋をぴんと伸ばし、堂々とした挨拶に、感心する。アヤメの挨拶に対しても、返事をしたのは、パールさんだけだった。


「あなたたち、フィオーレのお姫様たちよねぇ? 私、フィオーレの国にずっと行ってみたいと思っていたから、結婚式に招待してくれるって聞いて、とっても楽しみにしているのよぅ」


 パールさんから、聞き慣れた国の名前が出たことに驚いた。


「私たちの国を、ご存知なのですか?」

「私たちはこのあたりの海すべてを見ていますからねぇ。流れ着いたものを集めたり、海をゆく船を遠くから観察したり……。こっそり人間の国に訪問したりしてる子もいるわ、ルリみたいにねぇ。だから、もちろん、海に面しているフィオーレの国も、よく知っていてよぅ。お花がたくさんあって、素敵な国だと聞いているわぁ」


 パールさんは驚く私をよそに、フィオーレの国についてうっとりと語り始めた。その様子からは、本当にフィオーレの国に対する愛情が感じられ、フィオーレ王国に属するものとして、嬉しい気持ちになった。


「花など世話する者の、気がしれぬ」


 オニキスさんが相変わらずの無表情で、そう吐き捨てた。もしかしたら、花とか、綺麗なものはそんなに好きではないのかもしれない。この部屋のお洒落な調度品は全てパールさんの趣味で、オニキスさんはパールさんのために我慢しているのかも、なんて思った。


「ルリ、この娘の、どこがいいのだ」


 オニキスさんが、ルリに向かってそんなことを言った。もしかして、私に魅力がないから、他の伴侶を見つけてきてやるとか、そんな話の流れになってしまうの……? そんな私の内心の焦りをよそに、ルリはいつも通りにニコニコ笑っていた。


「オニキス母さま、サクラのことが気になるの? サクラはねぇ、とってもがんばりやさんで、あと、とってもやさしいの! 私のおはなしも、よく聞いてくれるの! あとあと、とってもかわいいのよ!!! えっと、あと……」


 ルリはなんと、質問の言葉通りに「私のどこがいいのか」を熱弁し始めたのだ。長々と語り始め、止まるところを知らない。パールさんもルリを止めるどころか「あら、素敵ね」なんて相槌を打ちながら楽しげにルリの話を聞いていた。


「わかった、サクラの話はもういい」


 呆れたようなオニキスさんに止められるまで、ルリの私のことを話し続けた。


「それじゃあ次は、アヤメはね、とってもしっかりしてるの! でも、たまに少しだけ子供らしくはしゃいじゃったりして、それがとってもかわいくて、ぎゅ〜〜ってしたくなっちゃう! それで、ぎゅ〜ってすると照れちゃうんだけど、それもまたかわいいの! あとは……」


 そしてなんとルリは、「サクラの話はもういい」と言われたからか、次はアヤメについて語り始めたのだ。アヤメは、恥ずかしいやら、オニキスさんのピリピリする空気を感じるやらで、赤くなったり青くなったりしている。


「ルリ、もうよい」


 ルリは同じように、オニキスさんに止められるまでアヤメのことを語り続けた。


「……人の子よ、用が終わったら、すぐ陸に帰るがいい」


 オニキスさんは、静かにそう告げた。その表情はまるで氷のように冷たく、私は「目障りだからさっさと帰れ」と告げられたと解釈した。でも、ルリの四人いるお姉さんたちに一人しか会えていない。どうしようかと悩んでいると、横からパールさんが助け舟を出してくれた。


「あらぁ、ゆっくりして行ってもらったらいいじゃないのよぅ。サクラちゃん、アヤメちゃん、ルリのお姉ちゃんたちにも、ぜひ会っていってねぇ」

「そのつもりだよ! オニキス母さま、心配しすぎ! サクラとアヤメは、大丈夫だよ!」


 ルリも賛同してくれたので、引き続き、ルリのお姉さんたちに会いに行くことになった。

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