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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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25. 里の長の娘

 私とアヤメは、ルリに誘われるがまま、人魚の里へと近づいていった。

 里に近づくにつれて、巨大な貝で出来た美しい家々や、色とりどりの魚達が泳ぎ回っているのが見えてきた。たくさんの人魚たちが、その中で楽しげにおしゃべりしたり、歌ったりしている声も聞こえてくる。

 そんな幻想的な光景の中、だんだんと人魚たちの視線を集めているのを感じた。歌っている人魚は声を止め、おしゃべりをしている人魚は、私たちのことを話題にしているようだった。


「あれは……しばらく見ていなかった、ルリ様じゃない?」


 私たちを見て発せられた声に、別の声が重なる。


「本当よ、ルリ様だわ!」

「ルリ様、久々にお姿を見たわ!」

「相変わらず、美しいお姿ね!」


 あちこちから、たくさんの声が耳に入ってくる。


「ルリ様のお隣にいるのは誰なの?」

「この辺りでは見ない顔ね?」

「そんなのどうだっていいじゃない、あんなに綺麗なんだから!」

「本当、綺麗だわ!」


 私たちに向けられた好奇の声は徐々に大きくなる。


(なんだか皆、ルリのことを『ルリ様』って呼んでいるような……?)


 人魚の里に到着して、たくさんの人魚たちがルリを取り囲んでいる様子を見て、その疑惑は確信に変わった。


「ルリ様、今までどこにいたの?」

「お連れのお二人はだあれ?」

「今日も美しくて惚れ惚れするわ、ルリ様」


 私たちは、四方八方どころか、上も下も人魚に取り囲まれてしまった。

 取り囲んでいる人魚たちは例外なく、ルリのことを慕っていて、その眼差しには、尊敬と親愛が満ちているようだった。それは、フィオーレ王国の公務中に、民が私に向ける視線に通じるところがある気がした。ルリはもしかして、人魚の里の中で、特別な身分の人魚なの? そんな予感が私の中によぎった。

 集まってきた人魚たちは、ルリが連れてきた私とアヤメの正体に興味津々のようだった。私たちとの関係をルリの口から告げられるのを待っているようで、好奇の視線が突き刺さる。


「みんな、ただいま〜! きょうは、わたしの伴侶と、その妹をつれてきたんだよ! わたし、ケッコンするの!」


 ルリが天真爛漫にそんなことを言うと、周りを囲っている人魚たちから、黄色い声が飛ぶ。そして、人魚たちはさらに騒がしくなった。


「ケッコンって、なあに!?」

「伴侶ということは、ルリ様、つがいになるの!?」

「たしかに、素敵な方々だわ!」


 人魚たちは、好き勝手お喋りしていて、その興奮は留まるところを知らない。私の隣にいるアヤメは、その熱気に気圧されて、居心地が悪そうに身を縮めていた。

 人魚たちは私とアヤメに悪い感情は持っていないようで、次々と褒め言葉をかけてくれる。


「美しすぎておどろいちゃった!」

「珍しい素敵な色の髪ね!」

「瞳も澄んでいて綺麗だわ!」

「ルリ様にぴったりね!」


 嬉しいのだが、なんだかこそばゆい気持ちになってくる。

 それにしてもこの人魚たちは、いつになったら私たちを解放してくれるのだろうか。ルリが私を「伴侶」と紹介したことで、興奮の渦が巻き起こってしまい、その熱は冷めるところを知らなかった。


 そんな時、少し低い通った声が、ざわめきを貫いた。


「皆、客人が困っているよ。一度静まりなさい」


 その声は、まるで魔法をかけたかのように、あんなに騒がしかった人魚たちを一斉に静まり返らせた。

 その声の主は、紫色の澄んだ瞳を持つ、どこかルリと似た顔立ちの人魚だった。透き通るような綺麗な紫色の長い髪を、顔の横で一つに束ねている。その表情は、ルリの感情に合わせてころころ変わるのとは正反対で、柔らかい笑みをずっと浮かべたままだった。

 ルリにどこか似ているのに、ルリとは全く違う落ち着いた雰囲気に、私は思わず息をのんだ。


「アメジスト姉さま! ただいま! オニキス母さまと、パール母さまはいる?」

「屋敷にいるよ。ルリが帰ってくるのを楽しみにしていた」


 ルリはその人魚を、姉と呼んだ。その言葉により、ルリに顔立ちが似ていると感じたことに合点がいった。

 ルリの底抜けに明るい笑顔とは違って、静かで、落ち着いた雰囲気を纏っている。顔立ちはルリだけど、雰囲気は葵母様に似ていると、少し思った。


「さあ、みんな。客人は、オニキス母さまとパール母さまに会いに来たんだ。屋敷に行くから、通してくれると嬉しいな」


 アメジストと呼ばれた人魚がそう言うと、人魚たちは道を開けてくれた。


「みんな、私はオニキス母さまとパール母さまとお話してくるよ! またね!」


 ルリが通りすがりにそんな声をかけると、人魚たちも次々と返事を返してくる。


「ルリ様、またお話してね!」

「綺麗なお二方、後でたくさんお喋りしましょう!」


 こうして私たちは、人魚の群衆から離れて、屋敷と呼ばれたところに向かい始めた。




「皆が迷惑をかけてしまって、すまないね。深海では刺激が少ないから……。みんな、珍しいものには、目がないんだ」


 ルリの姉は私たちを先導しながら、先程の騒動についての謝罪を口にした。


「いいえ、びっくりはしましたけど、皆私たちのことを、歓迎してくれていましたから。ありがとうございます、アメジスト様」

「そんなに固くならなくていいよ。君は、サクラかな?」

「はい、サクラと申します、アメジスト……さん」


 私が迷いながらそう呼ぶと、アメジストさんは「そう、それでいい」と、優しく微笑んでくれた。その言葉に、私は張り詰めていた緊張が少し緩むのを感じる。

 ルリの姉、アメジストさんは、人魚たちに向けていたのと同じ柔らかい笑顔を、私たちにも向けてくれた。少なくとも、アメジストさんに関しては、私たちは嫌われてはいなさそうで、ほっとする。


「そしてそちらは、アヤメだね? よろしく」

「はっはい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 急に話しかけられて、アヤメは驚きのあまり目を丸くしながらも、丁寧に返事を返した。

 ルリからの話が事前に伝わっていたのだろうか。アメジストさんは、ルリから紹介されなくても、私やアヤメのことを知っているようだった。


「ねぇ、ルリ。ルリのお母様たちは、その……、この近辺の、統治者なの?」


 私は人魚の里に来てからずっと胸に抱いていた疑問を、ようやく口にすることができた。


「ルリから聞いていなかったのかな? そう、私たちの母、オニキス母さまと、パール母さまは、この里の長であり、このあたりの海の全域を支配する、近海の(あるじ)だ」


 ルリの代わりに、アメジストさんが答えてくれる。その答えは、私の予想通りだった。

 私としては、ルリの家族に挨拶するだけの気持ちだったのだが、これはもしかして、人間の国と人魚の国の国交樹立とか、そういう話になるのかもしれない。私は、突然私にのしかかった重圧に、潰れそうになるのを感じる。


「あれ、教えてなかったかも?」


 ルリは頭をかきながら、てへっと舌を出した。そんなルリが可愛くて、ずるいなあと思う。


「ルリお姉様、人魚のお姫様だったのですか……?」


 アヤメが畏敬の念を込めた、きらきらとした眼差しをルリに向ける。


「サクラとアヤメみたいに、りっぱな感じじゃないよ! この里も、国ではなくて、みんなが集まって暮らしてるだけだし……」


 アヤメが畏敬の念を込めて見つめるのに対し、ルリは少し照れたように謙遜の言葉を言った。

 ルリは否定するけれど、私にはルリは立派に思えた。先程取り囲んでいた人魚たちの、ルリを慕う様子を思い出す。その様子からは、ルリが人魚の里の民たちからの信頼を得ているのがわかった。


「さあ、着いたよ。私はここで待っているから、挨拶しておいで」


 アメジストさんは、里の中でもひときわ立派な、岩のくぼみを利用した家に案内してくれた。

 入り口はたくさんの貝や真珠で装飾されていて、光が灯された瓶が、ふんわりと辺りを照らしている。その出で立ちの豪華さから、ルリの母たち――近海の(あるじ)の、権威を感じ取ることができる。

 私は、緊張で震える手を抑えた。


「じゃあ、サクラ、アヤメ、わたしに着いてきて!」


 そうして、私たちはルリに続いて、尾ひれに力を込めて、屋敷の中へとゆっくり身体を押し進めた。

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