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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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22. プラムワイン計画の始動

「……というわけで、完成したりんご酒が、こちらでございます」


 そう言いながらアヤメは、瓶をテーブルに置く。中には透き通った琥珀色の液体が揺らめいていた。

 次の日の夕食の時間、早速完成したらしいりんご酒をアヤメが持ってきてくれたのである。夕食を食べながらローズ母様と葵母様に経緯を説明すると、二人とも興味津々に聞き入っていた。


「なるほど、時魔法を産業にな……。考えたこともなかったな」


 ローズ母様は顎に手を当て、深く思慮しているようだった。その真剣な表情からは、一刻の女王として、アヤメの提案を真剣に検討しているのが見て取れた。


「アヤメちゃんは、面白いことを考えるのね。たしかに、実現できたら、他国に真似できない、我が国の産業の強みになるわ!」


 一方葵母様は、優しく微笑みながらアヤメに賛辞の言葉を送っている。優秀な娘を誇らしげに思う気持ちが、そのまなざしからに満ちあふれていた。


「それで、味を確かめたいのですが、よく考えたら、私はお酒が飲める年齢ではなかったのです……」


 少ししょんぼりとして肩を落とすアヤメは、普段の大人びた形から一転、年頃の少女らしさが感じられて可愛らしかった。フィオーレ王国では18歳から成人と認められるが、飲酒が認められるのは20歳以降だった。アヤメはまだ18歳なので、お酒が飲めない。


「では、私たちで味見するのはいいとして……ルリはお酒が飲めるのかしら?」

「おさけ? って、なんだろう?」


 私がルリに尋ねると、そもそもお酒というものを知らないようだった。人魚は食事すら取らないらしいので、当然なのかもしれない。


「年齢的には、私がルリと出会ってから20年は超えているから大丈夫だけど……」


 人魚の年齢というのが人間と同様なのかはわからないが、出会った頃のルリは当時の私と同じように幼く、そこから私たちは姉妹のように時を重ねてきた。そして、私とルリが出会ってから20年は超えているので、フィオーレ王国の飲酒可能年齢は超えている。


「キウイよ、ルリはお酒を飲んで問題ないと思うか?」


 ローズ母様が、ルリの専属メイドとして控えているキウイに尋ねる。


「私、あくまでメイド兼、宮廷魔術師ですので、ルリ様……人魚の生態には詳しくないのですけれど。一応、ルリ様と同じ魔力生命体である上位精霊と、杯を交わした記録を古文書で拝見したことがあるので、問題ないかと思います」


 詳しくないと言いつつ、ぴしっと背筋を伸ばして完璧な回答をするキウイに、ローズ母様も納得したように頷いた。


「では問題なさそうだな」

「ルリも、ちょっとだけ飲んでみましょうか?」

「わーい! アヤメの作ったおさけ、たのしみ!」


 ルリは幼い子供のようにきらきらと目を輝かせて、満面の笑みを浮かべた。

 こうして、食後に皆でアヤメの作ったりんご酒を試飲することが決まったのである。




「むむ……なんだか……ジュースみたいだけど、ふしぎな味?」

「ふふっ、まあ、大人の味ね」


 ルリはりんご酒を一口飲むなり、眉をひそめて、複雑そうな顔でグラスを見つめていた。味覚が単純なルリには、普通のジュースの方が美味しく感じるのかもしれない。

 アヤメの作ったりんご酒は、ほどよく甘酸っぱく、心地よく炭酸が弾ける。身体の中にじんわりお酒を呑んだ後の温かみが広がって心地いい。


「うん、さっぱりしていて美味しいわ」

「本当ですか? ありがとうございます」


 私が感想を伝えると、アヤメは控えめながらも、子どものように無邪気な笑顔を見せた。


「うん、悪くないな」


 ローズ母様は、グラスを傾けながら満足そうに頷いた。


「ええ、美味しいわね」


 葵母様も、その表情をふんわりと綻ばせる。


「これは、どのぐらい熟成させたのだ?」

「これはシードルというりんご酒なのですが、本で調べたら6ヶ月ほどが適していると書いてありましたので、それぐらい……時魔法を使って、半日ぐらいですわ」

「なるほどな、6ヶ月か……」


 ローズ母様が難しそうな顔をして考え込む。


「6ヶ月だと、別に時魔法を使わなくても、作ろうと思ったら簡単に作れるな。輸出するりんごが大量に余っているならともかく、今の状態だと、果実として売るりんごを減らさないとりんご酒に回せない。そうすると、果実としてのりんごが需要に対して供給が足りなくなる恐れがある。今のままだと、産業としてはどうだろうか……熟成に何十年かかるものなど、時魔法のメリットを十分に活かせるものを考えたいところだ」


 ローズ母様は国を預かっているものとして、厳しい意見を述べた。これはアヤメの提案をただの子どもの思いつきとして聞き流すのではなく、一人の優秀な魔術師として真剣に向き合っている証であった。


「そうなると、ワインだな。しかし我が国は、ワイン用の葡萄は作っていない。近隣国家もワイン用の葡萄をワインにせず輸出などする国はいない。葡萄の作付けからか……あまり手軽ではないな」


 再び、ローズ母様は難しい顔で唸った。アヤメの提案をどうにかして採用できないか、思慮を巡らせているようである。


「では、既製品のワインを他国から輸入して、長期熟成だけ我が国で担うのはどうでしょう?」


 アヤメが提案する。


「なるほど、長期熟成にどれほどの価値が出るかだが……利益率によっては、悪くないな。ワインの販路の開拓は必要だが……」


 ローズ母様は、アヤメの顔をじっと見たまま、難しい顔をしたままである。この問題の解決策を提案したのは、葵母様だ。


「ナデシコ……私の故郷の国に、プラムワインというのがあるわ。プラム……故郷では、ウメというのですけれど、それのお酒よ。通常は一年程度の熟成で出荷されるのですけれど、十年、三十年と熟成させると、味が変わってとっても美味しいの。私の故郷だから繋がりがあるし、ゼロから販路を開拓するよりは希望があるのではないかしら?」


 葵母様が微笑みながら提案した。その瞳は少し遠いところを見ていて、まるで故郷の味を懐かしんでいるようだ。


「葵さんは、べつの国からきたんですか〜?」


 ルリが尋ねた。なんだかいつもより話し方がゆっくりな気がしてルリの方を見ると、頬がだいぶ火照っているようだ。お酒が回っているのかもしれない。


「ええ、そうよ。サクラちゃんとアヤメちゃんの名前は、私の故郷でよく咲いている花の名前から取ったの」


 その話は聞いたことがあった。サクラという花は、私の髪色と同じで、綺麗な薄紅色の花なのだとか。いつか見てみたいと思っている。きっとアヤメという花も、アヤメの髪色のように綺麗な白色の花なのだろう。


「すてき〜! いつか行ってみたいなぁ〜」

「ふふっ、ありがとう」


 ルリの無邪気な言葉に、葵母様は心から嬉しそうに微笑んだ。


「ふむ、プラムワイン……よさそうだな。葵のツテを活用して、試験的に少数を取り寄せてみよう。それで色々試してみよう、アヤメ」

「ありがとうございます!」


 アヤメは弾むような声でお礼を言い、その顔はぱあっと明るい笑顔を浮かべていた。

 こうして、アヤメ印のプラムワイン計画がスタートしたのである。




 そして、夜。自室にて。


「今日のサクラぁ、とってもおいしそうなんだよね〜……」


 寝間着に着替えたルリが、私ににじり寄る。


「ルリ、あなた、酔いすぎよ! お酒に弱かったのね……」


 ルリは湯浴みの時も終始ふわふわしていた。頬もまだ赤らんでいて、お酒が抜けきっていないようだ。


「わたしぃ、よってないもん! サクラがかわいくておいしそうなのがわるいんだもん〜!」


 そう言いながら、私をベッドに押し倒す。

 そのまま、深くキスをする。いつもはルリが「ちょうだい」とおねだりして、私から魔力を与えているのに。今日は、魔力の全てをルリに吸われていくような、そんな激しいキスだった。


「んふふ、今日のサクラの魔力も、おいしぃ……」


 そう言って、ぺろっと自分の唇を舐めるルリに、心臓が跳ねる。


「サクラってぇ、おくち以外も、おいしそうだよねぇ〜」


 ルリが私の首筋へ、そっと吐息を浴びせる。そのまま、少し冷たい、甘い感触が首筋を走る。


「ちょ、ちょっと……!」


 ルリの、子どものように無邪気な、でも獣のような、そんな危うい気配に、私の心臓は激しく波打つ。

 それは……まるで、ルリの熱に焼かれたかのような。そんな錯覚を覚えたような、夜だった。




 次の日の朝に、赤い跡がたくさんついた私は、チェリーに「あら、虫刺されですか? あらあら、とっても大きい虫だったようですねぇ……?」なんて笑われながら、からかわれて。ルリはその後ろで、ばつが悪そうな顔をしていたのだった。

プラムワイン、つまり梅酒です。産業の話は一旦これで締めになります。

そして、やっぱりサクラちゃんは受けの方が生き生きするなぁと思ったのでした。


※ムーンライトノベルズにて、カットされたシーンを公開中です

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