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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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21. 「時早め」のりんご酒

「サクラお姉様、ルリお姉様、ちょっと、お話をお伺いしたいのですけど」


 成人の儀を終えて数日経った頃、アヤメが私の部屋を訪れてきた。その腕には、何かの瓶を抱えているようだ。初めて私の部屋に入ったアヤメは、きょろきょろと部屋の中を見渡す。


「わあっ……! こちらのお部屋には、海水の水場がありますのね! ルリお姉様がご使用されるのかしら? あら、窓辺のお花、とっても綺麗……少し光っていて、とても神秘的で、夜空の月のよう……!」


 あちこち見渡して、珍しいものを見つけては、目をキラキラさせている。その姿は、物腰こそ大人びているものの、まだ幼い部分を残していて、微笑ましい。私は思わずルリと顔を見合わせて、ふふっと笑ってしまった。


「……あっ、申し訳ありません、私、はしゃぎすぎてしまいました」


 アヤメは、私たちが笑っているのに気づいたのか、顔を火照らせ、申し訳なさそうに眉を下げた。その様子もまた年相応の少女らしく、私とルリの顔からは優しい笑みがこぼれた。


「ねえアヤメ、こっちのソファにいっしょに座ろう! きもちいいよ〜っ」


 ルリがこの部屋に住み始めて一ヶ月だが、もう部屋を我が物顔にしている。まあ、初日から、遠慮などなかったのだが。

 ルリが、ぼすんとソファに座ると、アヤメは少し緊張した面持ちで、ルリの横にちょこんと座る。

 私は、くすりと笑いながら、L字になったソファの角を挟んで、ルリの隣に座る。そうすれば、真夏の太陽のようなルリの笑顔も、春の日差しのようなアヤメの笑顔も、どちらよく見えるからだ。


「アヤメ、『こちら』には慣れたかしら?」


 私が尋ねると、アヤメは少しだけ視線を下げて、柔らかく微笑んだ。


「はい、魔法空間にいた時と違って、とても城の中が広くて、迷ってしまいそうです」


 アヤメが遠慮がちに答えると、ルリは「ふふっ!」と声を上げて、屈託なく笑った。


「わたしも、まだなれてなくて、すぐまよっちゃうよー! アヤメといっしょだね、えへへっ」


 太陽のように明るいルリとは対象的に、アヤメは小さく「ふふっ」と笑みをこぼした。


「それで、なにか聞きたいことがあったのかしら?」

「あっ、そうでした。時早めの魔法空間についてお伺いしたかったのです」


 アヤメは、部屋を訪問した理由を語り始めた。


「私、魔法空間の中でこのフィオーレ王国の産業についても勉強していたのですが、時魔法って、今まで商売に使うことはなかったでしょう? 王族しか使えないのもありますけど、時止めの魔法などは、定期的にかけ直さないと、効果が切れてしまいますから」


 フィオーレ王国は、生花を始め、フルーツなどの植物を細々と近隣国家に輸出している。それ以外の産業と呼べるものはない。小国なので、食料などは地産品が多く、あまり他国との貿易は大規模に行われていないのが現状だ。


「私、今は公務もあまりありませんから、何かお役に立てるといいなって思っております。そこで、私が今まで暮らしていた時早めの魔法空間なら、作るのに時間がかかる……例えば、熟成させるのに時間がかかるようなものを、短期で作るのに使えないかなと、思いましたの」

「なるほど……。とてもおもしろそうね!」


 私は驚くと同時に、深く感心した。

 この幼い妹が、国の将来を真剣に考えている。そのことに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 たしかに、アヤメの言う通り、長期間の熟成が必要なものを時魔法によって短期間で作ることができれば、それはフィオーレ王国にとって大きな産業になりうる。時魔法を産業にするということは、今まで誰も考えたことがなかった。


「でも、さすがに大規模なものは、前例がないと予算が降りませんから……私に自由にできる範囲で、試作してみようと思いまして、こちらの、りんご酒を用意してみました」


 ここで、アヤメは、ずっと腕に抱えていた瓶をテーブルに置いた。淡い琥珀色の液体が、ゆらりと揺れる。


「発酵までは終わっていて、あと熟成すればいいだけの状態になっております。こちらを時早めの魔法空間を使って、熟成させようかと……いかがでしょうか?」


 非の打ち所がないと思った。私は、その提案に思わず息を呑む。

 この方法が確立するならば、元々フィオーレ王国はりんごを含むフルーツを輸出しているのだから、その一部をりんご酒に回せばよい。フルーツは傷みやすく、これまでは近隣国家にしか輸出できなかったが、りんご酒なら長期保存できるので、旅の商人に買い取ってもらって、遠くの国に輸出することも可能になりそうだ。


「アヤメ、感心したわ。あなたには商売の才能があるのかもしれないわね」

「いえ、そんな……魔法空間でみなさんに色々教えていただいたからですわ」


 恥ずかしそうに照れながらはにかむアヤメは、とても愛らしかった。

 ふとアヤメの表情に、少しの憂いが入る。


「私、『聖なる巫女』として生命を宿し、この世に産まれ落ちたと聞かされているのですけれど……。正直それが、どういうもので、何を果たさなければいけないのか、まだ理解できておりませんの。ただ、私が産まれたことで、世界が救われるかもしれないと、皆さまが期待してくださっているのは、ひしひしと感じております」


 そう言いながらアヤメは、テーブルの上に置いてあるりんご酒の瓶に、優しく撫でるように触れた。


「だから、私、小さなことでいいから、何でもやってみようと思っています。もしかしたら、『聖なる巫女』としての役目ではないかもしれないのですが……。このりんご酒のように、皆さまの暮らしが少しでも豊かになるようなお手伝いができたら、私は嬉しいのです」


 私は正直なところ、アヤメが『聖なる巫女』という役割にプレッシャーを感じていないか、不安に感じていた。しかし目の前の小さな妹は、自分の役割を理解しているどころか、できることからこつこつと進めようとさえしている。その健気さを理解したとき、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「大丈夫よ、アヤメ。あなたには、皆を笑顔にする才能が、きっとあるわ」

「……っ! ……ありがとう、ございます」


 そうしてアヤメはまた、照れるようにはにかむのだった。




「魔法空間の作り方が知りたいのかしら?」

「魔法の話なら、わたしにもおしえられるよ!」


 話が難しくて入ってこれなかったルリが、自分の出番とばかりに身を乗り出して喋りだす。


「んーっとね、こう、……ぐっとして、ぶわーっとしたら、いいんだよ!」


 しかしルリには、教える才能が、悲しいほどになかった。


「ルリ、魔法の話で、あなたの言うことを理解できるのは、キウイぐらいしかいないわ。あなたは感覚で魔法を使うから……」

「ええーっ!?」


 ルリは大袈裟に驚いて、頬を膨らませながら、みるみるうちに落ち込んでしまった。そんなルリの隣でアヤメが「感覚で魔法を使えるなんてすごいです!」と一生懸命フォローをしている。


「まず、魔法空間は移動しないほうが制御しやすいから、場所を決めたほうがいいわね。いつも時止めの魔法をかける時は、対象に対して魔力を放つイメージだけど、魔法空間を作る時は、まず魔法空間をつくる範囲を詳細に把握して、そこに対して、魔力を充満させるイメージよ」


 ここで私は机の上にあったお菓子が入っている小箱を自分の前に持ってくる。目を閉じて集中して魔力を練り上げ、小箱の中に魔力を充満させるイメージをする。小箱の中は「時止め」の魔法空間にした。


「時早めの魔法空間にすると、中のお菓子が腐ってしまうから……これは時止めの魔法空間だけど、やり方は一緒ね。始めはなにか形が目視できる空間にかけるのがいいと思うわ。でも、瓶とか形が複雑なものにはかけずらいから、四角の箱とか簡単な形のものを目印に用意するといいと思う。どうかしら?」


 アヤメは真剣な表情で私の話を聞き、こくり、と頷いた。


「ありがとうございます、サクラお姉様。私、試してみます!」


 そう言うと、アヤメは丁寧に一礼し、手にした瓶を大事そうに抱えながら、小走りで部屋を出ていった。

ちょっとまじめな、産業の話でした。ルリのセリフをあまり入れられなかった……

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