20. 姉の想い
成人の儀を終えた夜、湯浴みで髪を洗ってもらいながら、すっかりルリのメイドが板についてきたキウイに問いかける。
「キウイ、アヤメの属性石が染まらなかった理由……何かわかったの?」
キウイはルリの髪をシャンプーで洗いながら、静かに首を振る。シャンプーの香りが、鼻をくすぐった。
「あの後、別の属性石に魔力を込めてもらったり、色々したんですけどね……、さっぱりです。こんな事象を観測したのは初めてです。もちろん文献にも例はありません。どんな魔力にも、必ず色はありますから」
「アヤメ様の時魔法、ご立派でしたのにね! 不思議ですね……」
チェリーも、私の頭をわしわしと洗いながら、憤慨している。
「そう……。時魔法は私たちにとって、親娘の絆みたいなものだから……、アヤメが気を病まないといいのだけれど」
「気にしてなくは……なかったですね」
私は成人の儀の時の、珍しく動揺したアヤメを思い出して、胸がちくりと痛くなる。
18歳になるまで閉ざされた魔法空間にいたアヤメにとって、母との繋がりの存在は、私にとってのそれよりもとても大きい筈だ。
「うーん、たしかに、色でいうと、とうめい、なのかなー? たしかに、何色かわかんなかったんだよねー……」
ルリが唸りながら言う。
「ルリは魔力の色がわかるの?」
「今まで色でかんがえたことなかったんだけど……。たしかに、いわれてみると、サクラの魔力は黒だなって思った。わたしの魔力は、たぶん、青だと思う。でも、アヤメの魔力は……、色が、ない……ただの、魔力……。なんか、そう、おもったの」
言葉にするのが難しいようで、ルリは言葉を選びながら話しているようだった。私はルリの感性の鋭さに感心する。
「元々のわたしの魔力は青だけど、……サクラに魔力をわけてもらってから、時魔法がつかえるようになったでしょう? だから、アヤメも、なにかのきっかけで、時魔法がつかえるようになった……とか?」
ルリの話を聞き終えたキウイは、一瞬思考を巡らせるように黙り込んだ。ルリの髪の泡を流す手は止めないまま、その表情は真剣さを増していく。
「ふむ、なるほど……。ルリ様の視点はおもしろいですね。誰かがアヤメ様に時属性の力を与えたという前提なら……ローズ様かサクラ様の二択になります。現時点では、関わった時間の長さからすると、ローズ様の可能性が高いですね。とすると、もしかして、ローズ様が使用できる火の魔法も、使用できる可能性が……? なるほど、調べてみる価値はありそうです。ありがとうございます」
キウイの瞳には、探究心に満ちた強い光が宿っていた。キウイならきっと謎を解明してくれる。そんな頼もしい感じがした。
その後、ヘアオイルを塗ってもらい、身体も洗ってもらって、浴槽にちゃぷんと浸かる。今日の浴槽には、ジャスミンの花びらが浮いている。華やかな香りが広がる。
「私、アヤメに声をかけたいのだけど……、何と声をかけたらいいか、わからないのよ」
弱気な声を出すと、隣りに座っているルリが、手を握ってくる。
「なんて言えばいいかわからないなら、ぎゅーってすれば、いいんじゃない? ほら!」
そう言いながらルリは、私の身体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてきた。最近ルリとのスキンシップに慣れてきたとはいえ、急にルリの柔らかい肌と触れ合い、心臓がどくんと跳ねた。
「……もう! ルリったら……。ありがとう」
ルリの体温とシャンプーとジャスミンの香りに包まれて、激しかった鼓動が、だんだん落ち着いてくる。ルリの心の優しさに、そっと触れた気がした。
バスローブを羽織って部屋に戻る途中で、アヤメと出会った。私達の顔を見ると、柔らかく笑みをこぼす。その様子はとても愛くるしい。
「サクラお姉様、ルリお姉様! 湯浴みをしていらっしゃったのですか?」
「そうなの。アヤメ、お風呂はこれからかしら? 今日はジャスミンの花風呂で、とってもいい香りよ」
「素敵ですね! とても楽しみですわ」
アヤメは儚げに笑う。そんなアヤメがいつか壊れてしまいそうで、私は、できるだけ優しく、アヤメの背中にそっと腕を回した。
「アヤメ、何があっても姉は、あなたの味方よ」
するとルリも続いて、私の後ろから、私達二人を包み込むように抱きしめた。
「わたしも、ずっとずっと、アヤメのこと、だいすきだから!」
そんな私たちに、アヤメは柔らかく、ふふっと笑った。この笑顔を守っていかなければ、そう誓う。
「サクラお姉様、ルリお姉様……大丈夫ですよ、ありがとうございます」
そう言うとアヤメは、私たちに包まれたまま、そっと腕を回してくれた。その腕はとても細かった。
わずか18歳で、「厄災」から世界を守る聖なる巫女としての重圧と戦っている、大人びていながらも、か弱さを秘めた妹の力になろうと、そう決意を新たにした。
その後のキウイの検証により、アヤメが微弱ながら火属性の魔法が使えることが実証された。そして、アヤメの魔法適性は何らかの方法で、ローズ母様の適性を与えられたものであると仮説が立てられたのだ。
バスローブを着る時は、ぱんつを履かないのが正しいそうですね? そもそも貴族ってバスローブ着るのかというのは、まあ、ファンタジーということで。。。




