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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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19. 成人の儀

 アヤメの成人の儀が始まろうとしていた。


 本来は他国から来賓を招いたりするが、準備期間が少なかったのと、アヤメは世継ぎではないため、ごく内々で行われる儀式とすることになった。参列者は皆、城で見知った顔しかない。

 私の隣に立つルリは、落ち着かない様子で、何度も手を握ったり開いたりしている。


「ドキドキするねぇ〜」


 ルリが、小さい声で囁く。その声が少し震えているようだったので、私はなるべく柔らかい声にして、答えた。


「ふふっ、ルリは立っているだけで大丈夫よ。ほら、始まるわ」




 荘厳な音楽が鳴り始める。

 その調べに乗って、アヤメが静々と歩き出す。王城の大広間の中央、赤絨毯の上を、まっすぐ前だけを見て進んでゆく。

 アヤメが一歩進むたび、脇に控えたメイドたちによって花吹雪が舞った。アヤメの髪色と同じ、純白の花弁が、光を浴びてきらきらと輝く。まるで、アヤメを祝福しているようだ。


 アヤメの進む先には、王座に、ローズ母様と葵母様が、座して待っている。二人の元にたどり着くと、アヤメは恭しく(かしず)き、頭を垂れた。

 ローズ母様がゆっくりと立ち上がり、脇に控えた使用人が盆に乗せて差し出す、白い宝石が散りばめられたティアラを受け取る。それを、丁寧にアヤメの頭へと乗せた。


「アヤメ・エスポワール・フィオーレに、数多の祝福のあらん事を!」


 ローズ母様が、高らかに宣言する。その声には、母として娘の成長を喜ぶ慈愛と、女王としての威厳が満ちていた。


 続いて、ローズ母様が、メイドから、白い花の一輪を受け取った。

 それをアヤメの前に差し出すと、アヤメは真剣な表情で目を閉じ、手早く魔力を練り上る。花に手をかざすと、時止めの魔法の淡い光が、花を包み込む。


「フィオーレ王国の、永久なる繁栄を!」


 そう宣言したアヤメの声は、一人の王族としての覚悟に満ちていた。

 参列者たちが、祝福の拍手を送る。アヤメは、成人王族として、承認されたのだ。




 続いて、ローブを纏ったキウイが、透明な丸い石を掲げて、静かに、しかし確かな足取りで入場する。その表情は、一点の曇もない真剣さをたたえている。

 いつものルリのメイドをしている時とは違って、厳かな雰囲気を纏っていて、感心する。宮廷魔術師としては、キウイはとても優秀なのだ。


「あっ、キウイだ。あれは、なあに?」


 見知った顔がいて気が緩んだのか、ルリが小声で私に話しかけてきた。


「属性石……魔力を込めると、その人の適性属性がわかる石よ。アヤメも時属性、フィオーレ王族の象徴の、黒に染まるはずだわ」


 時属性魔法はフィオーレ王族の象徴であるため、それを示すための儀式だ。複数の適性を持っている場合は、各属性の色で染まり、マーブル状の模様になる。私は時属性しか適性がないので真っ黒だったが、ローズ母様は火にも適性がわずかにあり、少しだけ赤が混じっていたらしい。

 アヤメはとても優秀な魔法使いと聞いている。先程の時止めの魔法も、魔力が練り上がるのが信じられないぐらい早かった。もしかしたら、ローズ母様のように、複数の適性が出るかもしれない。

 そんなことを思っていると、アヤメが落ち着いて、石に手をそっと添えて、魔力を込め始めたようだ。


「……っ!」


 最初に反応したのは、石を掲げているキウイだった。その表情が、驚愕と疑問に染まっていく。

 次に、アヤメが不思議そうに首を傾げた。その目の前の石は、未だに透き通ったままで、何の色にも染まらない。


「……どうした、アヤメ? 魔力の込め方が、わからんのか?」


 ローズ母様が、わずかに動揺を滲ませながらも、優しく声をかける。


「ローズ様、アヤメ様の魔力は……正常に、込められております」


 キウイは、声にほんの少しの動揺の色を混ぜながらも、静かに報告する。


「……っ!?」


 ローズ母様はその言葉に、わずかに表情を驚きに染める。

 大広間全体にざわめきが広がる。それは、まるで火種を落とされたかのように瞬く間に燃え広がり、動揺と混乱の波になって会場全体を覆い尽くしてゆく。


「どういうこと? アヤメ様は、ローズ様の血を引いていないってこと……?」

「ローズ様自身が産んだのだから、そんなはずは……」


 私の耳にも、使用人たちによる、そのような声が聞こえてくる。


「んんー……? なんだろう、たしかに、何色の魔力……?」


 私の隣で、ルリが小首を傾げる。ルリには、アヤメの魔力の奇妙さが分かったようだ。

 まさか、アヤメに魔法の適性が何一つないというのか? ……そんな筈はない。先程アヤメは、見事な時止めの魔法を、時属性魔法を使ってのけたのだ。時属性魔法は、高い適性がないと使えないのだ。思考が、ぐるぐると混乱していく。


「ローズ母様、私……っ」


 いつも大人びていて落ち着いているアヤメが、珍しく不安そうな顔で、ローズ母様を見つめている。


「……静粛に! キウイ、石の調査を。皆のもの、このことは他言無用だ! よいな?」


 ローズ母様の一声で、大広間は波が凪いだように静かになった。ローズ母様の瞳には、ただ事ではないという警告の色が浮かんでいた。

キウイさんがマジメに仕事をしていると、ときめいてしまう自分がいます。これが恋か……

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