17.5. 《幕間》サクラと裏路地の本屋
――官能小説でもない限り、こういうことは、ぼかして描写されるものなのよ
葵母様に教えられた言葉が、頭から離れない。
官能小説。かんのうしょうせつ。
そういう小説が、あるってこと?
葵母様から性教育を受けて、数日たったある日。メイドのチェリーに町娘風の服を用意してもらい、私は再び城下町に繰り出した。
今日の目的は、本屋に行き「官能小説」なるものを手に入れることだ。
あくまで、参考に、よ? 別に変なことに興味があるわけではなくて……。ルリと、正式に結婚することになったわけだし。その……そういうことも、今後あるかもしれないし……! その時に、満足させて上げられたほうが、いいでしょう? あくまで、ルリのため、だからね!
誰に聞かせるでもない言い訳を、心の中で何度も繰り返しながら、街を歩いた。
ルリはキウイから頼まれて、結界の強化の付き添いだ。
私は「サクラ様とルリ様が一緒にいると、イチャイチャして仕事にならないので、来ないでください」なんて言われて、お払い箱になった。まあそのお陰で、今日一日、一人で行動できる時間がとれたので、言い方はどうあれ感謝はしている。
中心街を歩きながら目に入った本屋さんに入ってみる。そういう本って、どうやったらわかるのかしら……?
そんなことを考えながらきょろきょろしていると、年配の店員に声をかけられる。
「お嬢さん、どういうのをお探し? お手伝いしましょうか?」
一瞬迷って、このまま店の本すべてを確認するわけにもいかないので店員に聞いてみることにした。
「あの、あのね? 私用じゃないんです! 姉…、そう、私の姉に頼まれて買いに来たの! なんか、か、官能……小説? という本があるらしくて。店員さん、ご存知かしら?」
我ながらナイスな聞き方だ。店員さんは何故だか妙に優しい目つきになり、教えてくれた。
「なるほど、そういうのに興味があるんだね……いや、嬢ちゃんの、お姉さんが、ね! そういうのは普通の本屋には置いてないんだ。少しわかりにくいところに店がある。ほら、地図を書いてあげるよ」
そう言いながら、サラサラと小さい紙に書かれた地図を渡される。確認すると、少し入り組んだ路地裏にあるらしい。これは、聞かなければ、ずっとこの本屋で置いてない本を探し続けることになったかもしれない。聞いてよかった。
「ありがとうございます。助かりました。ああ、私でなくて、姉が! 姉が、本当に、助かったんです!」
私は、もはや何を口にしているのかわからなくなり、顔から火が出そうになりながら店を出た。
路地裏の地図の示す場所に行くと、その本屋はひっそりと存在していた。
おそるおそるドアを開けると、からんころんと音が鳴って「ひっ」と小さい悲鳴が出てしまった。すぐに奥から、店員であろう、妖艶なお姉さんが出てきた。
「驚かせて済まないね。子どもが間違えて入らないように、こうやって客を確認してるんだ。お嬢さんはこの店がどういう店が、わかって入ってきたのかい?」
地図をぎゅっと握りしめて、さっきと同じように伝える。
「あああああ姉が! 私ではなく、姉に頼まれて! その、官能小説……っていうのを、買いに来たんです! よろしくお願いします!」
なぜか深いお辞儀をしながら答えてしまった。店員さんは、微笑みながら答える。
「ふふっ、間違ってないなら大丈夫だよ。お嬢さん……の、お姉さんは、どういうのが好きなんだい? 色々揃ってるよ、そっちの棚は純愛、そっちの棚は略奪もの……。上の階に行けばちょっとアブナイのもあるさね。好きなのを選びな」
そう言って店員は奥に引っ込んでいった。店内を見渡すと、本棚に本の種類が書いてあるようだった。
純愛は、まあ、愛し合う二人が……ってことだろう。略奪……は、恋人がいる人を、他の人が奪う、ってこと? そういうのが好きな人もいるの? 禁断の愛は……身分差ってことかしら? 異世界転移……? 違う世界に行ってしまって、その先で恋をする……そんなことがあるの?
好奇心が抑えられず、上の階も少しだけ覗いてみる。
りょ、りょうじょく……? えすえむ?
け、けもの!? じんがい!?
なんだか、いけないものを見ている気がして、逃げるように下の階に戻ってきた。
とりあえず一番平和そうな純愛の棚から、いくつかの本を手にしてみる。店内で中身をめくってみる勇気はなかったので、タイトルの雰囲気だけで購入する本を選び、すぐに会計を頼んだ。外に透けないように紙袋を二重にして入れてくれる。袋のデザイン自体は普通の本屋と変わらないようなので、街で抱えていても問題なさそうだ。
「まいどあり! 気に入ったら、ご贔屓にしてね! ……って、お姉さんに伝えておいて!」
お釣りを渡されながらそんなことを言われる。
震える手で高鳴る心臓を抑えながら、城に戻った。
城の自室にこっそり帰る。ルリがまだ帰ってないのを入念に確認して、紙袋に手を入れ、最初に手に当たったものを取り出す。
部屋にある物が目に入るとなんだか気恥ずかしくて、部屋の隅で壁の方を向いて本を開いた。最初は普通の恋愛小説のようで、適当にぱらぱら捲っていると、突如ベッドシーンが始まり、どきっとした。
――ふうん、最初は、軽く触るだけなのね……?
――ええっ、そんな、ところを、舐めっ……!?
――そ、そんな……格好で……!?
未知の情報に、私の心臓は早鐘のように鳴りっぱなしだった。
なんだか、むずかゆくなってきて、私は、ゆっくりと、手を……。
「サクラーー!! 何読んでるのーー!?」
「ひゃっ!!?? るるるるるるルリ!!??」
突然、耳元でルリが声を上げて、心臓が止まりそうになった。
「ルリ、帰ってたのね!? 急に大きい声を出すと、びっくりするわ!」
「もー、何回呼んでもサクラが返事しなかったんじゃん!」
どうやら私は本に集中するあまり、ルリが部屋に入ってきたのに気づかなかったらしい。
「……で、何読んでるの? ニンゲンの言葉は難しくって、まだ覚えられないんだよね〜」
言いながら、ルリは私が読んでいる本を覗き込む。挿絵がない本なので、文字が読めないルリには中身がわからなかったようだ。助かった。
「ち、ちょっと、勉強?の本をね! 買ってみたけど、難しくって、わからなかったわ! また落ち着いた時に読むことにするわ!」
私が慌てて紙袋に仕舞うと、ルリはきょとんとした表情で見てきた。ああ、こんな純粋な子に、あんな無茶な体勢はさせられないわね……!
そんなことを思っていると。
「じゃあ、サクラ、ただいまの、ちゅー!」
そんなことを言いながら、ルリは私をベッドに押し、そのまま激しく口づけをする。突然のことに、呼吸が止まりそうになる。
官能小説でドキドキするのも、刺激的だけれど。ルリとの毎日も、十分に刺激的ね……。
そんなことを思いながら、私は口づけを返したのだった。
ムッツリスケベなサクラちゃんのオマケ話でした。とても楽しく書きました。次回から第二部が始まります。
※ムーンライトノベルズにて、カットされたシーンを公開中です




