17. キスの真実と、巫女
「……というのが、事の顛末です」
次の日、フィオーレ王国、謁見の間にて。
私とルリは、ローズ母様の前にひざまずいて、寄生花ララ・ヴァインとの戦いの報告をしていた。
話しながら、昨日のララ・ヴァインとの死闘と、その結果、魔力切れでルリを失いかけたのを思い出し、背筋が冷たくなるのを感じた。
私が少し震えているのを察してか、ルリが手を重ねてきた。隣を見やると、優しく微笑むルリと目が合う。大丈夫、ルリは消滅を免れて、確かにここに存在するのだ。私はルリに小さく「ありがとう、大丈夫」と呟いた。
「キウイ、そなたの所感を述べよ」
ルリ専属メイドのキウイは、今は宮廷魔術師として同席していた。
「寄生花として知られるララ・ヴァインは、寄生する動物によってわずかに性質が変化するという研究結果がありましたので、ルリ様の多量の魔力を食らった際に巨大化するなどは、十分にあり得る事象と考えます。他の寄生生物の類にも気をつけた方がいいでしょう。そして……」
キウイは、私の方をわずかに見やる。
「サクラ様がルリ様への魔力譲渡に成功したのは、大変喜ばしいです。異種族への魔力譲渡は、そもそもの事例が少ないですので……本当に、よかったです」
その表情は柔らかかった。キウイなりに、ルリのことはちゃんと心配していたのだろう。
「ルリよ、お主はもう、サクラにとってかけがえのない存在なのだ。お主になにかあるとサクラは深く傷つく。街を守ってくれたことは礼を言うが、今後はサクラのためにも、自分自身を大切にせよ」
「はい、ごめんなさい……」
ルリが、しゅんとして謝る。昨日私がなかなか泣き止まなかったのを見て、何か思うところはあったらしい。これで反省してくれると、私としても助かるのだが……。
「よし、ララ・ヴァインについての報告は以上だな? サクラ、下がって良いぞ」
そう言ってローズ母様は、私に退室を命じる。しかし私には、あと一つ、報告すべきことがあるのだ。
「ローズ母様、もう一つ報告があるのです」
そう、昨日の広場で、魔力譲渡という目的ではあったが、口づけを成し遂げた。つまり私は、ローズ母様から命じられていた、予言の巫女を宿したのである。
「ほう、何の報告だ? 述べよ」
「その、私……、ルリとの子を、成したのです!」
ローズ母様をまっすぐに見て、報告する。ローズ母様は、驚きと嬉しさ半々のような表情をしていた。
「なんと……? それはめでたいな! して、どちらが産むのだ?」
「どちらが、産む……?」
ローズ母様の疑問に、私とルリは顔を見合わせる。たしかに、産むのはどちらか一方だ。どちらが産むかって、どうやって決まるのだろう? 私からキスをしたから、私が産むのだろうか。
「そなたら、どちらが種付けしたかもわからぬほど、激しい行為をしたのか……? これが、若さなのか……まあ、わからぬなら、仕方がない。キウイがちょうどよくおるな。妊娠検査を頼む」
ローズ母様は、なぜだか顔を赤らめながら、キウイに指示した。
「はい、では、サクラ様から」
キウイに指示され、私は立ち上がる。キウイは私のお腹辺りに手を当て、魔法の検査を施した。
「ふむ……次は、ルリ様ですね」
何故だか少し首を傾げながら、ルリに同じ検査の魔法を施してゆく。そしてキウイは、ローズ母様の方を向き直って、報告を述べた。
「うーん、これは……。あのですね、大変申し上げにくいのですが……、その、お二人とも、お腹の中に生命はおらぬようです」
「えっ……?」
私はキウイの報告が信じられず、立ち尽くす。どうして……? ちゃんとキスを、したのに!
「サクラよ、お主、子を成したと何で判断したのだ?」
「だって、私……っ。間違いなく、したんですもの。ルリと、濃厚な、口づけを……!」
「く、口づけ……!?」
ローズ母様は、何故だか驚いたような声を上げた。
「ニンゲンはキスすれば、子どもができるんでしょう? サクラが、本に書いてあったって言ってたよ!」
ルリの言葉を聞いて、ローズ母様は納得がいったような顔をしていた。
もしかして、本に書いていたことは間違っていた……? そんなことを思いながら、私は頭が真っ白になるのを感じた。たしかに本では、キスをした二人が子を産んでいたのに……!
「キウイ、後で葵のところに連れて行け、二人まとめてだ。きっちり性教育をしろと伝えておいてくれ。それとな、サクラ、ルリ」
二人で顔を見合わせて混乱している私たちに、ローズ母様はさらなる爆弾を落とした。
「お主ら、予言のことはこれから気にしなくてよい。自由にしろ」
私は言葉の意味が理解できなくて、頭がぐちゃぐちゃになった。先日の話では私が子どもを産む以外の選択肢はなかったはずなのに……急に、どうして?
「サクラとケッコンしちゃ、ダメってこと?」
「ああ、違う違う。お主らが結婚関係になりたいなら、否定はしない。だが、無理に子作りに励まなくても良いと言っておるのだ」
ルリが目をうるませながら聞くので、ローズ母様は必死に訂正をしていた。
「なぜ、急にそんなことを……?」
私が疑問を口にすると、ローズ母様は頬のあたりを掻きながら答えた。その姿からはいつものような威厳は感じられず、ただの少女のように見えた。
「その、なんだ……。予言は、フィオーレの王族の血を引く、聖なる巫女の生命を宿すべし……だった。それは、サクラ、お主の娘じゃなくてもいいということだ」
私の娘じゃなくていい? 私はさらに混乱した。私以外に、フィオーレ王族の血を引く姫は、いないはずなのに……?
「では、誰が……?」
「……お前の妹だ」
「へっ!?」
完全に予想外の答えに声がひっくり返る。私、一人っ子で、妹はいないはずなのに?
まさかローズ母様に隠し子がいて、その娘が産んでくれることになったのだろうか。そんなことは、あり得ない……。でもそうじゃないなら、どういうことだろうか。
私が疑問を解決できないでいると、ローズ母様が答えを教えてくれた。
「今、私の腹の中に、おるのだ。サクラの妹になる予定の子がな。その……、お主らの仲睦まじい様子を見ていたら、私と葵も、気分が出会った頃に戻ってしまってな……。少々、盛り上がってしまったのだ! ははっ!」
少し顔を赤らめながら、母様はそんなことを言った。
「え、ええ〜〜〜っ!?」
「サクラ、お姉ちゃんになるの? やったねー!」
そうして、私の驚きの声と、事の重要さがわかっていないルリのほのぼのした声が、謁見の間に響いたのだった。
そうして、謁見終了後。
私とルリは、葵母様によって、性教育を施されることになった。
「ええ、そんなところを……?」
「ニンゲンの身体って、こんな風になってたんだね……!」
「そ、そんなに……! 摺り……!」
二人で赤面しながら、講義を受けた。
「本にはこんなこと、書いてなかったわ……!」
私が顔を火照らせながら言うと、葵母様は優しく微笑みながら答える。
「サクラちゃん、官能小説でもない限り、こういうことは、ぼかして描写されるものなのよ」
「そ、そんな……!」
私は、自分の信じていた知識がいかに現実と乖離していたかを思い知らされたのだった。
そして、夜。
私はルリに「おやすみ」と挨拶をして、布団に潜り込む。
するとほどなくして、ルリが布団に忍び込んできた。
「ねえ、サクラ……」
ルリが私を背中から抱きしめて、耳元で話しかけてくる。耳をくすぐる吐息に、心臓が跳ねる。
「どうしたの、ルリ」
手を握りながら、答える。背中からの体温を感じ、身体の芯が熱を帯びてゆく。
「なんかね、葵さんから、お話を聞いたあとね……。なんだか、すごく、サクラが欲しくてたまらないの……っ」
ルリが脚を絡ませてくる。
驚いてルリの方を向く私に、ルリは少し乱暴に唇を重ねた。
「ねぇ、だから……」
ルリの甘い誘惑の声。
そして。
私は。
キスのネタバレと、子作りしなくていいんかいという衝撃の事実とともに、第一部、完です。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ルリとサクラが朝チュンしたかは……どうでしょうか。
妊娠が即日検査・判定可能なのは、ファンタジーということで、ご容赦ください。
※ムーンライトノベルズにて、カットされたシーンを公開中です