15. 花の街でデート
「わあっ……! お花がいっぱい!」
色とりどりの花々が、石畳の道を縁取るように咲き誇る。街中の店や民家では、ベランダや出窓に花を飾ってあったり、軒先から吊り下げられた植木鉢から小さな花が顔を出していたり、どこを見ても、視界が花で埋め尽くされる。甘く柔らかな花の香りが、どこからともなく風に乗ってただよってくる。
「いろんな色のお花があるんだね!」
ルリはあちこち見わたし、目をきらきらと輝かせながら、感動の声をあげていた。色とりどりの花が、ルリの瞳に映るたびに、瞳の色がくるくると変わるように見えた。
昨日、城から出かけた時は、城下町とは逆の方向に向かったため、ルリが城下町に来たのは初めてだ。
「ふふっ。フィオーレ王国は、花で溢れる国なのよ。街中の花は、誰かが育てているものだったり、売り物だったりするから、勝手に摘まないようにね」
「見るだけってことね! わかった!」
自然のままで生きてきたルリにとって、店に並んでいる商品や、誰かが丹精込めて育てた花を「触ってはいけないもの」だと理解するのは難しいのではないかと、少し不安に思っていた。
でも、ルリは私の言葉を守って、好奇心旺盛にきょろきょろ見渡しながらも、軒先の花や商品に手を伸ばすことはなかった。そんなルリの素直さに、私は自然と頬が緩むのを感じた。
私たちは自然と手を繋いだまま、中心街へ向かった。
「お姉さんたち、デート? 今日の記念に、花飾りはいかが?」
どこを目指すでもなく歩いていると、花売りのワゴンの売り子に声をかけられた。
「そう、うふふ、デートしてるの!」
ルリはなんだか嬉しそうに答える。
「花かざりって、どういうの?」
「花をブーケにしてピンで止めたり、髪に編み込んだりして、自分を飾るんですよ! ほら!」
そう言うと、自分の髪や胸につけている花飾りを見せてくれた。
「二人とも髪が長くて綺麗だから、髪を結って髪飾りにするのはどう? うちでは、髪を結うのもサービスですよ!」
「とっても素敵! ねえサクラ、どう?」
ルリがうるうるとした上目遣いでこちらを見てくる。こんなの、断れるわけがない。それに、私自身も、ルリの長い藍色の髪に、綺麗な花が編み込まれているのを想像して、胸が高鳴っている。
「髪飾りをお願いします。お花を選ばないといけないかしら?」
「選ぶのが難しければ、お任せでも!」
「じゃあ、お任せでお願いしますね」
ルリと椅子に並んで座る。売り子のお姉さんが、慣れた手つきで私たちの髪を丁寧に編み込んでいく。三つ編みの中に、一輪、また一輪と、小さな花が飾られていく。あっという間に、私たちは花でいっぱいになった。
特に何も指定していないのに、私にはルリの瞳を思わせる、爽やかな青系の花が、ルリには私の瞳の色に似た、優しいピンク系の花がメインであてがわれている。
ルリは時折、「くすぐったい〜!」と笑ったり、「このお花、なんていうお名前?」と聞いたりしていた。ルリの無邪気な声が、花々の香りに紛れて、街に溶けていくようだった。
「サクラ、とってもかわいい〜!」
「ありがとう、ルリも素敵よ」
売り子のお姉さんに、指定された金額よりも少し多めに手渡す。髪を結ってくれるのはサービスと言っていたが、こんなに素敵に結ってくれたので、お礼をしたくなったからだ。この類のチップはよくあるようで、笑顔で受け取ってくれた。
「いってらっしゃい! 今日一日楽しんでくださいな!」
そんな言葉で見送られつつ、デートの続きに向かった。
花売りのワゴンを後にして、私たちは街の散策を始めた。
道すがら、花の形に飾り切りされたフルーツが乗ったクレープを食べたり、ショーウィンドウに並んだおしゃれな洋服を眺めたり。ルリは新しいものを見る度、目を輝かせ、驚きや喜びの表情を次々に見せてくれた。
「少し、休憩しましょうか」
そう言いながら、目に入ったカフェに入る。入口のドアを開けると、からんころんと可愛らしい鈴の音が響いた。店内は仄かにコーヒーの匂いが香り、花のデザインをあしらったテーブルクロスや壁掛けが可愛らしく飾られていた。
天気もいいので、私たちはテラス席に案内してもらった。
「カップルに大人気のドリンクメニューがありますよ! いかがですか?」
ウェイトレスのお姉さんが、そんなことを楽しげに告げる。
「カップル」という単語に、私は少し頬が熱くなるのを感じた。しかしルリは、そんな私の様子に気づくこともなく、興味津々のようだった。
「そうなの? サクラ、いいんじゃない?」
ルリは無邪気な笑顔で、そんなことを言う。私としても、今日のデート中に、キスをするという意気込みがあるのだ。カップルという単語に、顔を赤らめている場合じゃない。
「それじゃあ、二人分お願いします」
なんとか平静を装って、私はオーダーを告げた。
「ふふっ、このドリンクは、一つ頼むと、二人で飲めますよ! それじゃあ、お待ち下さいね」
店員が、何かを含んだように笑い、オーダーを取って下がった。二人分のセットドリンクなのかしら? なんて思って待っていると。届いた商品は、一つの大きいドリンクに、ストローが二つ刺さったものだった。
「カップルに大人気って、こういう……」
「これ、二人でいっしょに飲むの? おもしろそう!」
ルリは、すぐにストローの一本を加えて、私が咥えるのを待つ。その笑顔はあまりにも無邪気で、胸がきゅんと締め付けられた。
意を決して、もう一方のストローを咥えると、視界がルリでいっぱいになり、今にも鼻が触れてしまいそうな距離だった。ルリの吐息がすぐ近くで感じられて、心臓が跳ね上がる。
ドキドキしながらも、ストローを吸おうとすると……。
「ぷぷっ、なんだか、笑っちゃう!」
ルリが堪えきれず、けたけたと笑い始めた。その笑顔が、太陽のように眩しくて、純粋で。
「ふふふっ、そうね! おかしいわね」
一人でドギマギしていたのが、なんだか馬鹿らしくなって、私もつられて笑い始めた。
グラスに添えた手をそれとなく絡ませながら。時折笑いあいながら、ドリンクを飲み干したのだった。