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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第六章 ナデシコの国

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142. サクラだけの真髄

 フィオーレの夜に沈んだ窓の外では、柔らかく生い茂る木々の葉が優しい微風(そよかぜ)に抱きしめられてさわさわと穏やかな音を鳴らしている。

 晩餐の席でのアヤメの楽しげな報告やみんなの賑やかな笑い声。その余韻がまだ耳の奥に残っているけれど、今の部屋はひどく静かだった。

 サクラはふうと長い息を吐くと、ぽすんと勢いよくベッドに沈み込んだ。

 どこか力なく投げ出されたその身体がいつもより小さく見えて、ルリの胸の奥が少しだけちくりとした。


「サクラ……なやみごと?」


 ルリはサクラに寄り添うように身体を寄せ、その顔を覗き込んだ。

 ルリの藍色の瞳に映るサクラは、どこか遠くを見ているようで。その瞳の奥には、サクラ自身も正体を掴めていないような、ぼんやりとした灰色の雲が浮かんでいるのがわかった。


「ふふ……悩みという程ではないのよ」


 誤魔化すように微笑んだサクラは、ルリの首に腕を回して身体を引き寄せた。

 ぎゅうっと抱きしめられると、サクラの確かな体温と、少しだけ震えるような鼓動が伝わってくる。

 ルリはサクラの髪から漂うヘアオイルの香りを感じながら、自分の体温でサクラの不安を溶かそうと、その柔らかな胸に顔を埋めた。

 けれど、サクラの心臓はいつまでたっても何かに追われるような、落ち着かない音を鳴らし続けていた。


「私は……アヤメのように産業でこの国に貢献できているわけでもないし、ルリやキウイのように魔法に長けているわけでもないわ。アヤメは聖なる巫女としても立派にお役目をこなして頑張ってるのに……それに比べて私は何の取り柄もない人間だなって……ちょっと、思っちゃったの」


 ルリはサクラの胸の中で、小さく首を振った。


「サクラは……時魔法が上手につかえるでしょう?」

「だって……時魔法はローズ母様もアヤメも使えるわ……。それに、ルリだって使えるじゃない……私より高度な制御で……」


 ルリが懸命にサクラを励まそうとしても、サクラは乾いた声で自嘲するように笑うだけだった。

 大好きなサクラの声なのに、今日だけはその声を聞くのが嫌だと思ってしまった。


 フィオーレ王族に代々伝わる、とても希少な時魔法。

 ルリが今その時魔法を使いこなせているのは、あの時――魔力切れで消えそうになった自分にサクラが、生命を分け与えるように魔力を譲渡してくれたからだ。

 時魔法を使えることはルリにとってサクラとの絆そのもので、世界一誇らしいこと。なのに、ルリが時魔法を使いこなせてしまうことがサクラから特別感を奪い、自信を失わせる原因になってしまっている。


(サクラは……じぶんのいいところが、わかってない)


 そもそも時魔法という力がなくても、サクラにはたくさんの魅力がある。

 この国をよくするために思考を巡らせていること。

 みんなのために毎日笑っていること。

 そんな当たり前で、けれど誰にも真似できない大切なことを、サクラ本人は気づいていない。


「『時魔法の真髄』だってキウイは簡単に理解してしまったのに、私は……」


 サクラがまた、自分をいじめる言葉を続けようとした。

 もうそんな言葉をこれ以上紡がせたくなくて――考えるよりも先に、ルリの身体が動いていた。


「私なんて……んっ」


 ルリはサクラの唇を、自分の唇で塞いだ。


 きゅっと閉じた瞼の外で、驚きに目を見開くサクラの長い睫毛が揺れているのを感じる。

 これ以上言わせない。自分を貶めるサクラの言葉と震えるような吐息を封じ込めるように、ルリは唇を重ね続けた。

 大好きなサクラが自身を取り柄がないなんて悲しい言葉で縛るのが、ルリにはどうしても耐えられなかった。


「……んむぅっ! ル、ルリ……っ、なに、急に……」

「…………もう、そんなこと言わないで……サクラ」


 唇を離すと、ルリは潤んだ藍色の瞳でじっとサクラを見つめた。


「わたしは、サクラのことがすきなの。なのに、わたしがだいすきなサクラのこと……そんなふうにいわれたら……かなしいよ」


 ルリはサクラの頬にそっと手を添えて、まっすぐにその瞳を見つめた。


「わたしもアヤメやキウイはすごいと思う。でも、サクラもいっぱいがんばってるじゃんか。サクラが、この国のおひめさまとして笑ってるから……だからフィオーレの国はいつもきれいに咲いてるんだよ……」


 サクラを勇気づけたくて、ルリは言葉を重ねる。

 伝えたいことはたくさんあるのに、うまく言葉にできない。

 それでもルリはサクラの薄紅色の瞳に訴えかけるように、できる限りの言葉を紡いだ。


「キウイがいってたでしょ……サクラにはサクラだけの『時魔法の真髄』があるって。くらべちゃダメなんだよ……サクラのいいところは、サクラだけのものなんだから」


 ルリはサクラが誰にも見せないところでどれだけ悩み、どれだけ一生懸命にこの国と向き合っているかを知っていた。

 机に向かい、難しい顔で書類を読み込むサクラの横顔。

 それこそがルリにとっての誇りだったのだ。


「……ねぇ、このあいだ、国へのおきゃくさんがきたときさ。サクラが、その人のだいすきなお花を、いちばんいいときに『時止めの魔法』をかけて、きれいにかざってたから……さいしょはむずかしいかおをしてたけど、すぐにわらってくれたじゃない」


 あの時、来客用のサロンを満たしていたのは、サクラが魔法で閉じ込めた花の鮮やかさと、もてなされた国賓の安らぎだった。

 ルリは隣で見ていて誇らしくて仕方がなかったのだ。


「あれは……この国の姫として当然の対応をしただけで……」


 はにかむように視線を伏せるサクラに、ルリは首を振る。


「サクラはとうぜんって思ってるかもだけど……サクラはこの国の未来をみていっぱいかんがえてるって、わたし、しってるよ」


 ルリはふわりと、サクラの心を包み込むように微笑んだ。

 不安で強張っていたサクラの指先が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。


「サクラはかんがえるのが上手だから、ぜったい『時魔法の真髄』もわかるよ。わたしは、そうおもってる」


 ルリはサクラの手をぎゅっと握り、藍色の瞳をきらきらさせて見つめた。

 ルリの言葉を受けて、サクラの表情から少しずつ強張りが消えていく。

 その瞳にさっきまでの灰色の雲ではなく確かな決意の光が宿るのを、ルリは見逃さなかった。


「……そうね。私、難しく考えすぎて……最初から自分には無理だって決めつけて、キウイに頼ってばかりいたのかも。ありがとう……私、ちゃんと『時魔法の真髄』に向き合って……自分の頭で考えるわ」


 サクラは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 そうして思考を巡らせるようにサクラが静かに瞳を閉じると、周りの空気までが穏やかに澄んでいくような気がした。


「そういえば……前に『時魔法の真髄』について、なにか……気づきかけたことが……あったのよね……」

「そうなの? いつ?」

「寄生花のいた広場で……初めてのキスのやり直しをしたでしょう? その時……」


 ルリの脳裏に、あの日の光景が鮮やかに蘇る。


 そこは、かつて恐ろしい寄生花と死闘を繰り広げた因縁の広場だった。

 魔力を使い果たし今にも消滅しかけていたルリを、サクラが必死に繋ぎ止めてくれた場所。

 初めて重なった二人の唇は、生きるための魔力譲渡という切迫した義務感に満ちたものだった。


 ルリにとっては救いの記憶でも、サクラにとっては大切な人を失いかけた悲しい思い出の場所。

 「悪い思い出の場所になってしまっているから、楽しい思い出で上書きしたくて」――そう言って少し照れながら笑ったサクラの言葉が、今も耳の奥に心地よく残っている。


 義務ではなく、恋人として。

 戦いの焦燥ではなく、愛し合う喜びとして。

 冷え切ったあの広場で、お互いの体温を溶け合わせるようにして交わした、二度目の、けれど本当の意味での『初めて』の甘い口づけ。


「……あの時、キスした後……なにか、不思議な感覚が……」


 サクラが真面目な顔で考え込むように、指先で自分の唇をなぞる。

 ほんのりと赤みを帯びたその唇に白く細い指がそっと触れる様子を、ルリは吸い寄せられるようにじっと見つめていた。


(キスをしたら、サクラがひらめく……?)


 サクラの言葉をルリは自分なりに、そしてこの上なく都合よく解釈した。

 ルリはサクラの唇をなぞっていたその手を取り、そっと指を絡めて引き寄せる。

 サクラの指先から、ルリの指先へ、そして手のひらへと熱が伝わって、ルリの胸の奥は期待ではち切れそうになった。


「ふぅん? じゃあ、キスしたらいいんだね?」

「えっ? ひゃ、んっ、んんっ……!」


 驚きの声を閉じ込めるように、ルリはサクラの唇を塞いだ。

 重なり合った唇から熱い吐息が混ざり合い、サクラの甘い匂いが肺の奥まで満たしていく。

 しばらく熱を分け合いながら深く確かめるように唇を重ねたあと、名残惜しさを引きずるように、ちゅっと音を立てて唇を離した。


「んっ……サクラ、どう?」


 ルリは期待を込めた瞳で、至近距離からサクラの顔を覗き込んだ。

 サクラは耳の先まで真っ赤に染め、荒れた呼吸で肩を上下させながら叫んだ。


「ど、どう、って……ただのキスで『時魔法の真髄』がわかるんだったら、いつものキスでもうとっくに理解してるわよっ! いきなりはやめてよね……っ」

「た、たしかに……!」


 サクラとは毎日のように甘い体温を分かち合っている。

 それで理解できていないということは、『時魔法の真髄』に触れるには、ただ唇を重ねるだけではない、なにか別の鍵が必要なのだろう。


「そんなかんたんじゃないよねぇ……ごめん」


 名案だと思っていたものがあっけなく打ち砕かれ、しゅんと肩を落とすルリを見て、サクラは呆れながらも愛おしさを込めた笑みを零した。


「もう……でも、ありがとう、ルリ」


 サクラの細く白い指がルリの髪を優しく梳いていく。

 その手のひらから伝わる優しさの深さに、ルリの心はそれだけで満たされていくような気がした。


「私……自分の力で頑張ってみるわ」

「ふふ〜っ! わたしもてつだうよ〜! いっしょにがんばろう!」


 サクラの、サクラだけの、『時魔法の真髄』。

 そしてその先にある、悠久に続く二人の幸せな暮らしを手に入れるために。

 夜の静寂に包まれた部屋で重なり合う手のひらの温もりを感じながら、二人は確かな一歩を歩みだしたのだった。






今まで少しサクラが受け身すぎたので……

サクラ自身が、自分の力で頑張る。

そういう決意を見せたかった回です。


ちょっと今までサクラがサポート役に回りすぎていて、サクラ何もしてなくない?って感じだったのですが。

徐々に、サクラもかっこいいんだよ〜!っていうのを、第六章で出していければとおもいます。

よろしくお願いします!

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