141. 酔いどれドワーフの赤面悶絶反省会
「お疲れ様です。今日もありがとうございました」
アヤメの丁寧な言葉に深い礼をして、メイドたちが部屋を退出していく。
しかしベッドの上で膝を抱えて顔を伏せているビュランの目にはその姿が映ることはなかった。
(あ……あたしは、なんてことを……っ)
ネグリジェに身を包んで湯浴みで火照った身体が冷えていくと同時に、酒で熱くなっていた頭も冷めていく。
そして冷静になったビュランの脳裏には、酩酊していた自分がどんな行為に及んでいたのかが鮮明に蘇っていた。
その様子を思い出すたびに、冷めた頭とは反対に顔がどんどん熱を持っていく。
晩餐の途中、プラムワインに酔ったビュランにアヤメが優しく酔い冷ましのジュースを渡してくれたとき。
いい歳をしてロクに酒も飲めないと思われそうで、ぐすぐす泣きながら『こんな情けないあたしでも愛してくれる?』と何度も、何度も、本当に何度も確認した。
アヤメはそのたびに、嫌な顔一つせずいつもの優しい微笑みで『もちろんです』と笑顔で返してくれた。
(あたし……めんどくさすぎだろ……)
それだけではない。
食事が終わってアヤメが席を立った時、なぜか置いていかれると思ったビュランが泣きながら『あたしを置いていかないで』とアヤメの華奢な身体に縋りついたのも記憶に残っている。
アヤメは優しくビュランの頭を撫でて『一緒に行きましょうね』と微笑んだのだ。
そのまま背中にぎゅうっとくっついたままのビュランを携えながら部屋まで一緒に歩いてくれた。
(あ……あんな、子どもみたいに……っ! 恥ずかしすぎる……それに、お風呂でも……)
事件が起こったのは湯浴みを済ませて脱衣所に戻った時だった。
メイドがいつも通りにバスローブを広げて、ビュランの濡れた身体を包み込もうとする。
隣ではアヤメが、滴る雫もそのままに当然の儀式として柔らかな布にその身を委ねていた。
この国では湯気を閉じ込めるように濡れたままバスローブを纏うのが正しい嗜みだ。
普段なら郷に入っては郷に従うビュラン。しかし、泥酔した頭ではそれを受け入れることができなかった。
『だ、ダメだ……っ、あたし、それ、着れない……っ!』
ビュランはメイドが差し出すバスローブをひらりと避け、泣きながら子どものようにイヤイヤと首を横に振った。
いつも通りの完璧な給仕をしたはずのメイドが、困惑の表情を浮かべる。
そんなビュランに、既にバスローブを纏い終えたアヤメが優しく寄り添い、ふわりと抱きしめた。
『すみません、タオルをお持ちいただけますか? ――大丈夫ですよ、ビュラン。ドワーフの国では、サウナから出たら着替えの前に身体を拭いていましたものね。今から私が拭いて差し上げますから、安心してくださいね』
アヤメはビュランが何も言わなくても、その拒絶が単なる我が儘ではなく、ビュランの根底にある文化の違いによるものなのだと的確に察していたのだ。
そしてアヤメはビュランの肌の水気を自らの手で丁寧に拭き取ったあと、優しくバスローブを着せてくれたのだった。
(あ……穴があったら、入りたい……っ!)
ビュランは自分の痴態を思い出し、顔をさらに膝の中に埋めた。
このまま意識を失って、地中の奥深くに眠る鉱石にでもなりたい気分だった。
だが、無情にも夜の静寂がさらなる記憶を呼び覚ましていく。
「もう、ビュラン。いつまでそうしているのよ。もう酔いは醒めたんでしょう?」
その時頭の上から聞こえたのは呆れたような、そしてどこか楽しげなスフェーンの声。
その涼やかな声が耳に響いた瞬間、ビュランの心臓が不格好に跳ねた。
(そうだ……あたし、スフェーンにも……っ!)
記憶の濁流が、さらなる痴態を押し流してきた。
アヤメに身体を拭いてもらってようやくバスローブを羽織った直後、心配そうに顔を覗き込んできたスフェーン。
『ビュラン、あなた……大丈夫なの?』
あろうことか、ビュランはその身体を力いっぱい捕獲するように抱きしめたのだ。
鼻先を掠めたのは、スフェーンの肌から漂う甘い石鹸の香りと、お風呂上がりのしっとりとした熱。
視界に映るスフェーンの肢体は、鉄を叩き、槌を振るうために鍛え上げられた自分の硬い身体とはあまりに正反対だった。
白く、しなやかで、どこまでも柔らかな――誘惑の曲線。
思考が焼き切れたビュランは、吸い寄せられるようにその胸元へ顔を埋めた。
『スフェーンの身体は……魅力的で……いいなあ……っ! ふわふわで、柔らかくて、気持ちよくて……あたしも、もっと……っ。あたしだって、アヤメを、癒したいんだよおっ……!』
泣きじゃくりながらその細い腰にしがみつくビュランに、スフェーンは大きなため息をついた。
けれど、スフェーンの腕はビュランを優しく包み込むように抱きしめながら背中を叩き、その泣き声が落ち着くまで……無作法に甘えるビュランを静かに受け入れ続けてくれたのだ。
「あ……あたし……っ!」
ビュランは弾かれたように顔を上げた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れたスフェーンの私室――そこに並んで佇む、面白そうに目を細めるスフェーンと、相変わらずの慈愛の笑みを浮かべるアヤメだった。
数分前までの自分の痴態が鮮明な記憶となって脳内を駆け巡る。
冷めたはずの頭が、今度は羞恥という名の炎で内側から焼かれるように熱くなった。
「ご……ごめん、アヤメ、スフェーンっ! いっぱい迷惑かけて……今日のあたしはどうかしてたんだよ! 頼むから……全部忘れて……っ!」
ビュランは逃げ場を求めるようにベッドのシーツに膝をつくと、そのまま勢いよくシーツに顔を突っ伏した。
額を柔らかい布にこすりつけ、くぐもった声で必死に懇願する。
その姿は、かつての伯爵としての威厳も、職人としての誇りも、どこか遠い空の向こうに投げ捨ててしまったかのようだった。
「……ぷっ、ふふふ! いいじゃない、ビュラン。可愛かったわよ? ねぇ、アヤメ?」
「ふふ……はい! 今日はビュランがたくさん甘えてくれて、とっても嬉しかったです!」
愉快を隠そうともしないスフェーンの笑い声に、陽だまりのように柔らかなアヤメの声が重なる。
「やめて……追い打ちをかけないで……」
ずたずたになった矜持ごと、ビュランは柔らかなシーツの海へと身を沈めた。
そんなビュランの隣に、スフェーンが誘うように横たわる。
「ほら、今日はあなたが真ん中に寝てもいいわよ。あなたが褒めてくれた私の『魅力的な身体』で、気が済むまでたっぷり癒してあげるわ」
「や、やめてって言ってるじゃんか! 忘れてよぉ……っ」
自分の放った言葉をそのままお返しされ、ビュランは枕を掴んで顔を覆い隠す。
追い詰めるように楽しげなスフェーンの声に重ねるように、アヤメのどこか自慢げな声が添えられた。
「ふふ、スフェーンが隣にいると安心するんですよ! 今日は特別に……私のスフェーンをビュランに貸してあげます」
「もう、アヤメまで……!」
逃げ場を失い、ビュランは観念したようにため息をついた。
諦めて二人の間に潜り込むと、左右からアヤメとスフェーンの体温が伝わってくる。
ネグリジェ越しに感じる柔らかな温もりは、先ほどまでの羞恥心をゆっくりと溶かしていった。
「二人とも……ありがと。それと……これからもよろしく」
消え入りそうな声で感謝を口にすると、左右の二人が同時に笑いを零した。
「ええ、もちろんよ……可愛いビュラン」
「はい! ずーっと一緒ですよ、ビュラン」
アヤメにぎゅうっと抱きしめられ、スフェーンには幼子をあやすように髪を撫でられる。
甘いヘアオイルの匂いと、心から信頼する二人の気配。
ビュランは自分の顔がまた火照り始めるのを感じていた。
「もう! あたし、子どもみたいじゃんかぁ……っ」
照れ隠しのように文句を言いながらも、ビュランの口元は緩んでいた。
三人の夜は穏やかに、そして賑やかに更けていくのだった。
相変わらず仲良しの三人です。
晩餐会中はあんまり深掘りできなかったビュランの泣上戸の様子をお届けしました。
人魚のみなさんはパール母さま以外はたいへん豊富なバストをお持ちの設定です(オニキス母さまからの遺伝です)
それはそれは気持ちよかったのでしょうね。




