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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第六章 ナデシコの国

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140. 女王の温情と、桜舞う国への招待状

 フィオーレ王城の食堂には、メインディッシュを皆が平らげた後も、アヤメが作り上げたプラムワインの芳醇な余韻が甘く漂っていた。

 十年の歳月を時魔法で閉じ込めたその滴は皆の心を柔らかく解きほぐし、宴はいよいよ終盤――至福のデザートの時間へと移り変わる。

 手際よく空の皿が下げられ、代わりに並べられたのは色とりどりの果実が宝石のように添えられた冷菓だ。

 カトラリーが磁器に触れる涼やかな音と食後の甘い香りが満ちる中、ローズが満足げにグラスを置いて口を開いた。


「それで、このプラムワインはいつから市場に出回るのだ?」

「はい。今は流通の準備を進めておりまして……一ヶ月ほど後には、皆様のお手元に届けられる予定です」


 ローズの問いかけに、アヤメが背筋を伸ばして淀みなく答える。

 そのふわりと微笑む表情は、自分の手掛けた品で皆が笑顔になるのが待ちきれずうずうずしているようだった。


「実はその発売時期に合わせて、ナデシコの国にて大々的に記念式典を開いていただけることになったのです。……サクラお姉様、ルリお姉様。お二人への招待状もお預かりしていますよ」

「あら、私たちもご招待に預かっていいのかしら」

「もちろんですとも。ぜひ一緒にお祝いしてくださると嬉しいです」


 アヤメのその言葉に、サクラの隣でルリがぱあっと瞳を輝かせた。


「ナデシコの国に……葵さんの生まれた国に行ける……ってことかな!?」

「ええ、そうよ。私も一度は行ってみたいと思っていたの……とっても楽しみだわ」


 サクラはルリと顔を見合わせ、弾むような心音を共有するように微笑み合った。


「私は何度か行ったことがありますが、本当に美しい国ですよ」


 アヤメが遠くの景色を思い出すように、うっとりとした顔で続ける。


「常に花が咲き誇るこの常春のフィオーレ王国も素敵ですが……ナデシコの国では一年を通して四季が移ろい、景色が鮮やかに塗り替えられていくのです。一ヶ月後であれば、ちょうど厳しい冬が終わりを告げ、春が産声を上げる頃……。サクラお姉様と同じ名を持つ『桜』の花が、国中を薄紅色に染め上げるそうですよ」

「私の、名前の花……」


 サクラは思わず自分の髪を一房指に絡めた。

 自分の名前が、母である葵の故郷に咲く花から取られたことは知っていた。

 この髪色と同じ、淡麗な薄紅色の花だという。

 しかし実際にその花を目にしたことがないサクラにとって、それはどこか御伽話のような、遠い存在に感じていた。


「とても繊細で美しいお花だと伺いました。……ふふ、桜の木と並ぶサクラお姉様を見たら、ルリお姉様もうっとりしてしまうかもしれませんね」

「わあ、すてき! ねぇ、キウイ! こんどはナデシコの国にいくんだって! たのしみだね!」


 ルリが弾けるような笑顔で振り返り、背後に控えているキウイへと声をかけた。

 無邪気な期待を一身に受けたキウイは、一瞬だけ唇を震わせながら言葉を探すように言い淀んだが、すぐにいつもの穏やかな微笑みを浮かべて答えた。


「……ええと……はい。とても素敵そうな場所でございます。ルリ様、楽しんできてくださいね」


 優しい響きでありながら、どこか他人事のように線を引いたキウイの言葉。

 その予想外の反応に、ルリの表情がみるみるうちに曇っていく。


「えっ……キウイは行かないの? キウイはわたしのメイドでしょう?」


 困惑するルリに、キウイはほんの少しの間、苦しげに目を伏せた。

 しかし一度深く息を吐き出して再び顔を上げた時、そこにはルリの専属メイドとしての柔らかな表情はなく、宮廷魔術師としての凛とした――どこか冷たい仮面が携えられていた。


「……ルリ様。私はルリ様の専属メイドであると同時に、国防において重要な役割を担う宮廷魔術師でございます。その中でも最も重要な責務は、女王であられますローズ様のお側に控え、有事の際には御守りすることです。メイドのお仕事は代理が立てられますが、この国の宮廷魔術師のお仕事は私にしか勤まりません」


 キウイはルリを諭すように、あえて感情を切り捨てたような声で淡々と告げる。

 その落ち着きすぎた響きはキウイ自身の「行きたい」という私情を無理やり抑え込んでいるようにも聞こえて、サクラの胸の奥がちくりと痛んだ。


「でも……っ! ドワーフの国にはいっしょに行ったじゃん……!」

「先日の遠征は大変な危険を伴うものでした。皆様をお護りせよという葵様からの指示があったからこそ、宮廷魔術師として同行したのです。今回のような平穏な旅には私の出る幕はございませんので、王都に残るべきであります」


 キウイはルリの抗議にも眉一つ動かさず、静かに首を振った。

 その徹底した公人としての態度は、ルリを突き放すためのものではない。

 正論で塗りつぶすことで反論の余地すら与えず、この選択肢しかなかったのだと信じ込ませ、自分の不在をルリが気に病まないようにする。

 そうしたキウイなりの不器用な優しさによる言動であることは明らかであった。


「ルリ様には代わりに他のメイドが帯同します。チェリーさんはサクラ様のお付きとして共に行きますから……私に気を遣う必要はございませんので、現地に向かう皆様で楽しんできてください」

「……む……むうっ!」


 (かたく)ななキウイの態度に、ルリは頬を膨らませて、納得いかないというように潤んだ瞳でキウイをじっとりと睨んでいる。

 キウイの正しさを理解しているからこそ、ぶつけ所のない寂しさを抑えきれないルリの様子に、サクラはキウイに助け舟を出すように口を開いた。


「ルリ……キウイは意地悪してるわけではないのよ。キウイだってきっと……私たちと一緒にナデシコの国に行きたい気持ちを我慢しているんだから。ねぇ、ナデシコの国に行ったら、キウイのためにたくさんお土産を買ってきてあげましょう?」


 なかなか訪れる機会のない異国の景色に興味がないわけではないだろう。

 そして何よりキウイなら、愛しい新妻チェリーと片時も離れたくないと願っているはずなのだ。


 サクラの言葉にルリは、はっとして、申し訳なさそうにキウイを見上げた。


「……ごめんね、キウイのことを困らせたいわけじゃなくて……キウイもいっしょだったらいいなって、おもっちゃったの……」

「ふふ……そのお気持ちだけで十分でございます。ありがとうございます、ルリ様」


 声を落として塞ぎ込むルリに、キウイはそれまでの硬い表情を少しだけ緩め、優しさの滲む微笑みを返した。


「……ふむ。祝宴の席に憂いの感情を持ち込むのは……良いことではないな」


 ルリとキウイの主従を超えた二人の絆を黙って見守っていたローズが、独り言のように呟いた。

 そのまま一度目を閉じると、何かを計算するように指先で規則正しく机をこんこんと叩く。

 指の動きを止めた後、一拍おいて目を開いたローズの瞳は、一切の迷いを振り切った王者の輝きを宿していた。


「……ライム。一ヶ月後、記念式典に合わせて私と葵の予定をこじ開けろ。できるな?」

「心得ました」


 事もなげに放たれた女王の命令。

 そのあまりに無茶な指示にも、控えていた専属メイドのライムは、涼しい表情で当然の責務であるかのように深く頭を下げた。

 信じられないという顔をしたのは、ローズの隣でその言葉を聞いていた后である葵だ。


「ローズ、あなた何を……」

「大切な愛娘の晴れ舞台だ、見に行かないわけにはいかまい? 葵、お前も久々に里帰りができて丁度いいじゃないか」


 ローズが展開した突拍子もない理論に、今度はアヤメが慌てた声を重ねる。


「で……でもローズお母様。招待状は、私たちとサクラお姉様たちの分しかお預かりしていないのです……」

「なに、案ずるな。ナデシコの国とは深い縁がある。私から直々に頼み込めば、あちらも二つ返事で首を縦に振るだろうさ」


 ははっ、と豪快に笑うローズに、葵は呆れた声を上げた。 


「ローズっ! あなたは自分がどれほどの身分なのか分かってるの!? あなたが動くなら警備の手配だって必要だし、どう調整したら……!」

「私を護るのはお前の仕事だろう? なあ、女王親衛隊隊長の葵さんよ」

「……っ! いつもは独りで無茶するのに、こんな時ばっかり私を頼って……調子いいんだから、本当に、もうっ!」


 真っ赤になって憤慨する葵を眺め、ローズは悪戯っぽく唇を吊り上げた。

 そしてそのまま視線を、突然の展開に硬直している宮廷魔術師へと向ける。


「なに、我が国最強の結界魔術師を連れて行くんだ。護りに関しては何の心配も要らぬし、ナデシコの国の誰も文句は言わまい。……なあ、キウイ?」


 不意に名を呼ばれ、キウイの肩がぴくりと小さく震えた。

 キウイは一瞬にしてローズの言葉の真意――自分を一行の護衛として組み込むことで皆に同行させてやろうという、不器用で強引な女王の温情を理解したようだった。


「…………っ、は、はいっ!」


 キウイは弾かれたように背筋を伸ばした。

 その瞳には、先程までの冷静な仮面など微塵も残ってはいない。

 真っ直ぐにローズを見据えるキウイの返事には、ただひたむきな熱い忠誠心のみが宿っていた。


「この私に任せていただければ、ローズ様の御身、そして……御一行皆様の安全を、この命に代えてもお約束いたします。お供いたします……ナデシコの国へ……っ」


 その力強い宣言を聞いた瞬間、ルリの顔がぱあっと、太陽の光を全身に浴びて咲き誇る向日葵のように輝いた。


「ねぇ……みんなでいっしょにナデシコの国にいける……ってことだよね!?」

「ふふっ……ええ、そうみたい。よかったわね、ルリ」


 歓喜して手を打つルリを見て、サクラも心の底からの笑みをこぼした。

 こうして、フィオーレ王族総出という前代未聞の華やかなナデシコの国への訪問が、慌ただしく決まったのだった。






というわけで、六章は『ナデシコの国編』です!

いつメンに加えて、ローズと葵も一緒にお出かけします。

お楽しみいただけると幸いです!



先日のバレンタインに合わせて、バレンタイン特別編の短編を投稿しました。

まだお読みでない方はぜひどうぞ!

キウイとチェリーがお付き合いを始めたばかりの頃のお話、チョコレートよりも甘々ないちゃいちゃです。


メイド二人の甘いバレンタイン 〜指先ごと絡め取る誘惑の一粒〜

https://ncode.syosetu.com/n0670lu/

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