139. 絆を醸す、ひたむきな言葉
煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぐフィオーレ王城の食堂は、祝宴に沸く賑やかな笑い声と、アヤメが丹精込めて作り上げたプラムワインの芳醇な香りに包み込まれていた。
それは、ただ甘いだけの香しさではない。
アヤメによる緻密な制御の時魔法によって十年の歳月をぎゅうっと凝縮して熟成させた、奇跡の雫。
その琥珀色の液体に溶け込んだアヤメの情熱と才能は、誇らしげな香りとなって鼻腔をくすぐり、居合わせた者たちの心を陽だまりのように浮き立たせている。
白一色のクロスに落ちる琥珀色の影が、揺れる灯火を透かして優しく揺らめく。
幸せな喧騒が満ちる中、ローズがゆっくりと背筋を伸ばした。
女王としての風格を纏うその一動作だけで、場を支配していた空気が凪いだ水面のような静寂へと収束していく。
それは決して冷たいだけの静寂ではない。
そこに居合わせる愛しい家族たちを温かく包み込むような、柔らかな温度を孕んだ沈黙だった。
ローズは隣に座る葵と視線を交わして小さく頷くと、手元のグラスを高く掲げた。
「皆、グラスを。……このプラムワインはアヤメの積み重ねた日々の結晶だ。そして、我がフィオーレ王国と、葵の故郷のナデシコの国……双方の豊穣と繁栄を象徴する宝でもある。……よく頑張ったな、アヤメ」
ローズが掲げたグラスの中で琥珀色の液体が宝石のように煌めく。
その真紅の瞳に満ちているのは厳格な女王としての鋭い輝きではない。
目の前で背筋を伸ばして座る愛娘の成長を、一人の母として誰よりも誇らしく思う心が込められた、温かな慈愛だった。
「では、アヤメのプラムワインの門出を祝して……乾杯」
かちん、とグラスが触れ合う澄んだ音が重なり、波紋のように食堂に広がっていく。
ローズと葵がグラスを触れ合わせながら幸せそうに微笑み合う様子に、サクラの心にも温かな熱が灯った。
それを見届けて、隣で期待に瞳を輝かせるルリへと向き直る。
「ルリ、乾杯」
「うん……っ! かんぱ〜い! サクラ!」
待ちきれないといった様子で差し出されたルリのグラスに、自分のグラスをそっと重ねた。
小さな音を立てて乾杯し、とろりとした液体をそっと口に含んだ。
その瞬間、完熟したプラムの濃密な甘みと、それを引き立てる爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。
それはまるで庭園の花々が一斉に咲きほころんだような華やかな味わいだ。
魔法で熟成させた十年分の深みがゆっくりと喉を通っていく。
「……んっ、美味しい……! アヤメ、本当に素敵な味だわ」
「ぷはっ! しゅわしゅわってしてお口がたのしい! あまくてスッキリしてて、すっごくおいしいね、アヤメ!」
サクラとルリが楽しげに声を弾ませる傍らで、ローズが静かに手元のグラスを揺らす。
「……見事だ、アヤメ。ナデシコの国で培われたプラムワインの個性を殺すことなく、魔法で重ねた時間が円熟した品格を添えている。まさに二国が協力することでしか成し得なかった味だ」
「ええ、本当に……。ナデシコの国で愛されているプラムの爽やかさが、フィオーレ王国でしっかりと開花したのね。……ねぇ、ローズ、このローストビーフと一緒にいただくと、お肉の旨みがさらに引き立つわ」
葵が楽しそうに提案し、薄切りにされた肉を一口運ぶ。
それに合わせてワインを口に含んだローズも、満足げに目を細めた。
二人の母が並んで美食を堪能する姿は、まるで一枚の絵画のように美しい。
「……ぐすっ、アヤメぇ……本当に、頑張ったなぁ……っ」
ふいに、少し離れた席から鼻を啜る音が聞こえてきた。
視線を向ければ、アヤメの隣に座るビュランが頬を赤く染めて目尻を潤ませている。
「もう、ビュラン……あなた、まだ数口しか飲んでないでしょう」
「だってスフェーン! あたし、嬉しいんだよ……アヤメがスフェーンと一緒に頑張ってきたのが、報われたんだって、そう思うとさ……っ」
呆れ顔のスフェーンに宥められながら、ビュランは感動を噛み締めるように何度も頷いている。
普段の凛とした頼れる姿はどこへやら、ただの涙もろく情の厚いお姉さんになってしまったビュラン。
そのあまりのギャップが可笑しくて、サクラとルリは思わず顔を見合わせ、ふふっと苦笑を漏らした。
「ふふ……ビュラン、ありがとうございます。でも、プラムワインはそこまでにして、ここからは私と一緒にジュースを飲みましょうね」
「ん……ありがと……アヤメは本当に優しいなぁ……っ」
アヤメが後ろに控えるメイドに合図するとすぐに、ビュランのグラスがルリやアヤメと同じジュース入りのものに取り替えられた。
そのあまりにスムーズな連携は、アヤメがこの事態を見越していた証だろう。
(ふふ……アヤメったら。ビュランさんのことなら何でもお見通しなのね)
妹と婚約者たちとの間の、確かな深い愛情。
サクラは胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、賑やかで幸せな食卓をただ穏やかな眼差しで見つめた。
「……しかし、ここまで来るのに随分と時間がかかったな」
ローズの言葉を引き継ぐように、葵が穏やかな表情で答えた。
「私の祖国だから、私が外交を担当したのだけれどね。なかなか協力してくれる酒蔵が見つからなくて……ちょっとだけ、苦労しちゃったの」
葵がグラスを掲げながら、とろりとした琥珀色の液体を愛おしそうに見つめる。
その瞳には、完成に至るまでの幾多の交渉と積み重ねた時間が滲み出ているようだった。
「酒蔵の職人の人たちから見れば、自分たちが作ったプラムワインは、魂を込めた――芸術品のようなものだもの。そこに他国の、それも素人が手を加えるなんてとんでもないって、最初は門前払いだったわ」
葵はくすりと笑って、一口だけワインを喉に滑らせた。
「でもアヤメちゃんが何度も真摯な手紙を送ってね。そのひたむきな熱意が、誇り高い職人たちの心を動かしたのよ」
「ええ……みなさん、本当にプラムワインへの愛情が深くて。最後にはわざわざフィオーレ城に足を運び、熟成の環境について熱心に指導してくださったのですよ」
アヤメがふわりと微笑む。
その笑顔は、ナデシコの国の職人への心からの敬意と、確かな信頼に満ちていた。
ナデシコの国の伝統と、フィオーレ王国に代々伝わる時魔法。
そして、プラムワインの職人たちとアヤメの折れない熱意。
サクラは手元の琥珀色の液体を見つめ、幸せな溜め息をついた。
(本当に……素敵な味ね)
この一杯には、ただの果実の甘みだけではない。たくさんの人たちの想いが溶け込んでいる。
サクラは、アヤメが繋いだこの温かな絆を舌の上で確かめるように、もう一度ゆっくりと、愛おしい雫を飲み込んだ。
プラムワインの話の続きです。
ビュランはやっぱり泣上戸かなと……ビュランのキャラがどんどん濃くなっていってしまう……!
可愛いので仕方ないですね。
【今後の更新のお知らせ】
すみません、しばらく【週1回、月曜日のみ更新】とさせてください!
第六章はストックがなく書いて都度更新の形になってしまっています。
ある程度ストックのある状態をキープしながら更新させていただきたいです。
詳細は活動報告にまとめます!




