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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第五章 メイドたちの絆

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099. 二人で選ぶ、新生活の彩り

チェリーとキウイがただイチャイチャする話が数話続きます。

ストーリー進行に大きく影響はしない話なので、読み飛ばしていただいても問題ありません。




「チェリーさん、これで……正しく着られているのでしょうか?」

「ふふっ……大丈夫、とっても可愛いですよ、キウイさん」


 チェリーとキウイの新居で、町娘風の服を着て戸惑うような表情を見せるキウイに、同じような格好をしたチェリーが優しく微笑みかける。


(丈が短すぎるような気がしましたが……脚部の可動域が広く、機敏な行動ができる点は望ましいですね)


 キウイが普段着ているような、王城のメイドとして気品のあるロング丈のメイド服や、足元まで覆う宮廷魔術師のローブでもない、丈の短いワンピース。

 動くたびに太腿に風が通り抜けるような感覚があるが、それ自体はキウイの気にするところではなかった。

 キウイの思考を乱していたのは、この衣服が持つ「意味」だった。


(これは、チェリーさんが袖を通していた服……つまり今の私は、物理的には布に包まれていますが、概念的にはチェリーさんそのものに包まれているのと同義なのでは……?)


 キウイの冷静な思考回路が暴走し、そんな甘く危険な結論を導き出してしまう。

 洗濯された清潔な布地から、ありもしないはずの愛しい人の体温の幻影を感じ取り、キウイは胸を高鳴らせた。

 そんなキウイの内心などつゆ知らず、チェリーは愛おしそうに笑みをこぼしている。


「私の服でキウイさんにサイズが合うものがあってよかったです。それにしてもキウイさん、本当に私服を一着も持っていなかったなんて、信じられません……!」


 今日はこれから、二人で新生活に必要なものを城下町に買い揃えに行く予定だ。

 事の発端は、その話をチェリーが持ちかけた時のこと。

 キウイが私服すら持っていなかったことが発覚し、見かねたチェリーがこうして自分の服を貸し出したのだった。


「街に行くときは魔術書や魔道具を買い漁りに行く時ぐらいだったので、宮廷魔術師の制服のローブで行っていましたね……。だって、普段の生活は支給品で間に合うじゃないですか」


 チェリーの言葉に、キウイがもっともらしく反論する。


 フィオーレ王国の住み込み使用人には、国から生活に必要なものが十分に支給される。

 三食の食事は賄いで済むし、石鹸や下着に至るまでの消耗品、さらには食器なども申請すれば必要なだけ与えられるのだ。

 キウイは宮廷魔術師として雇われてから今に至るまで、生活のすべてを国からの支給品に頼っていた。

 生活費に困窮していたわけではない。単に、もらえるものを自ら購入する意義を感じなかったからだ。


「そう、それも信じられません! まさか本と魔道具以外の私物を全て支給品で賄ってるなんて! 部屋を飾る置物とか、お洒落な食器とか……欲しくなるじゃないですか」

「考えたこともありませんでした……。置物を置く場所の余裕なんて私の部屋にはありませんでしたし……食器類とかの支給品も、かなりの質のいい品ばかりですよ」

「もう……キウイさんは合理的主義すぎます……」


 チェリーは呆れるように言った後、キウイの姿をまじまじと見つめた。


「それにしてもその服、キウイさんによくお似合いです。私には少し大きかったのですよね……キウイさんにはぴったりのようなので、差し上げますよ」

「えっ……?」


 その言葉の意味を理解した瞬間、キウイの思考回路が一瞬ホワイトアウトした。


(……貸与ではなく譲渡、すなわち所有権の移転。つまり、今日だけでなく、明日も明後日も、私がこの「チェリーさんの服」に包まれる権利を、永久に有するということですか……?)


 あまりの僥倖に、キウイは即座に真剣な顔で礼を述べた。


「ありがとうございます。家宝にいたします」

「ふふっ、もう、大げさなんですから」


 大真面目な顔で感謝を述べるキウイに、チェリーはおかしそうに声を上げて笑った。

 そして、内心で「冗談ではないのですが」と反論しているキウイの手をぎゅっと握りしめ、ぐいっと引いた。


「さあ、せっかく合わせて取れた休憩時間は限られてます。さっそく街に行きましょう」


 満面の笑顔のチェリーに急かされるようにして、キウイは眩しい日差しの下、街へと繰り出した。




「まずは二人で使うティーカップが欲しいです」


 そう言うチェリーに導かれて、二人は陶磁器店に入った。

 店の中には、色とりどりの食器が所狭しと並べられている。


「王城だと白を基調とした食器しか見ませんが、巷には様々な色のものがあるのですね」

「そうなんです。ふふっ、見ているだけで気分が上がるでしょう?」


 感心するようなキウイの呟きに、チェリーが眩しい笑顔を浮かべながら返す。

 だが、キウイの目には、周囲の鮮やかな食器よりも、新生活への期待に目を輝かせる婚約者の横顔の方が、遥かに彩度高く映っていた。

 店内をゆっくり見て回っていると、ふと、チェリーがある棚の前で足を止めた。


「これ……王族の方々をイメージして作られた食器ですって」

「へぇ、面白いですね」


 その一角に並んでいるのは、フィオーレ王国の王族をモデルにしてデザインされた食器だった。

 女王ローズの薔薇のティーカップの隣に、葵の花のティーカップが並ぶ。

 そしてその隣には、二人にとって誰よりも馴染み深く、愛しい意匠の食器があった。


「ねぇキウイさん、こちら……私たちにぴったりじゃないですか? ほら、サクラ様です」


 そう言いながらチェリーが手に取ったのは、淡い薄紅色を基調とし、可憐な桜の花びらが散りばめられたティーカップだ。

 その柔らかな色合いは、主の温かい人柄そのもののようで、チェリーの目尻が自然と下がる。


「ふふ、そうですね……では、私はルリ様を。お仕事から離れている時間でさえ、結局私たちはあの方々に惹かれてしまう……これはもはや、一種の引力ですね」


 キウイが手に取ったのは、深い瑠璃色を基調としたカップだった。

 光の加減で人魚の鱗を模した意匠が気高く輝くその様は、まさに自由奔放で美しい主そのものだ。


(サクラ様とルリ様……私たちを結びつけてくださった、きっかけの御方たち。このカップを使えば、毎日の紅茶に感謝の味が加わることでしょう)


 キウイは脳内でそんな大げさな感謝を捧げながら、満足そうに頷く。

 隣を見ると、少し照れくさそうに、それでいて誇らしげなチェリーと目が合った。


「毎日のティータイムも、このカップと一緒なら、もっと幸せな気持ちになれそうですね、キウイさん」

「ええ。大切に使いましょう」


 二人はそれぞれの最愛の主がデザインされたティーカップを手に、温かい気持ちで会計へと進んだ。




「次は寝具を見ましょう」

「寝具こそ、質のいい支給品が与えられているではないですか」


 陶磁器店を出てすぐ、チェリーの宣言にキウイが疑問を呈する。

 王族が使っている一級品の寝具とは格が違えど、使用人に支給されるものも、平民の身からすれば十分に質のいいものだった。


「支給品に、さらに追加すると生活の質が上がるのですよ。ほら、私が教えて差し上げますから。行きましょう」


 チェリーがキウイの手を優しく引きながら、寝具店に向かう。

 店に入ってチェリーが初めに手に取ったのは、綺麗な模様が刺繍された、細長い布だった。


「チェリーさん、それは?」

「『ベッドスロー』です。支給品の掛け布団って、真っ白で少し味気ないでしょう? でも、これをベッドの足元に帯のように掛けるだけで、お部屋が一気に華やぐのですよ」

「なるほど……確かに、白いキャンバスに色を乗せるようなものですね。素敵です」

「ふふ、でしょう? どれがいいですかね……やっぱり、お花の模様は欲しいです……」


 そう言いながら、チェリーが真剣な眼差しで商品を吟味し始める。

 その真剣な横顔を見つめながら、キウイは口元が緩むのを止められなかった。


(あぁ……愛しい人が、私と共に過ごすための「寝室」を彩るために悩んでいる。なんと尊い光景なのでしょう……)


 キウイの眼中にはもはや商品は映っておらず、目の前の幸せな光景を記憶に刻み込むことだけに全神経を注いでいた。


「キウイさん、これとこれ、どちらがいいと思いますか?」


 不意に話を振られ、キウイは慌てて意識を現実に引き戻した。

 チェリーは二つのベッドスローで迷っているようだった。

 一つは、見ていると元気が出るような、淡い黄色の大柄の花模様。

 もう一つは、見ていると心が安らぐような、紫色の総柄の花模様だ。

 キウイは瞬時に、脳内の二人の寝室にそれらのベッドスローを置いた様子を想像してみる。

 ――朝、目覚めた時に視界に入る元気な黄色。夜、眠る前に心を落ち着ける紫。

 どちらも捨てがたい。甲乙つけられない最適解だ。


「悩ましいですね……いっそのこと、二つとも買えばよろしいのでは? 気分によって使い分ければいいではないですか」


 合理的かつ、チェリーの迷いを断ち切る最善手。

 そう思って口にした言葉だったが、言った直後にキウイの背中に冷たい汗が伝った。


(あっ、これは……もしチェリーさんが私と一緒に「選ぶ」という行為そのものを楽しもうとしているのなら……「両方買えばいい」などという、思考と選択を放棄したような発言は間違いでしたか……?)


 「真剣に考えていない」と怒られるかもしれない。

 キウイが内心で身構えた、その時。

 チェリーの顔が、ぱあっと明るく輝いた。


「いいですね! ふふ、そうしましょう。贅沢な悩み解決方法ですけど、新生活ですもの。そのぐらいいいですよね」


 愛らしい人の屈託のない笑顔に、キウイは心臓が止まるほどの安堵を覚え、胸を撫で下ろした。


(……どうやら、この発言で正解だったようですね……よかったです)


 次にチェリーが見つけたのは、薄手のふわふわの毛布だった。


「ほら、キウイさん。こういうのに素肌で包まれると、すごく気持ちがいいと思いませんか?」

「ふむ、たしかに……一理ありますね」


 キウイは毛布にそっと手を添えた。

 指先が沈み込むほどの、極上の柔らかさだ。


 目を閉じたキウイの脳裏に、やたらと現実じみた妄想が展開される。


 ――新居の寝室。湯浴みを終え、ほんのり上気した薄紅色の肌をしたチェリー。

 何も纏わず、この純白の毛布だけに包まって、上目遣いでこちらを見つめている。

 その温かな白の繭へと滑り込み、火照った素肌を抱きしめて――。


(……最高、ですね)


 素材の摩擦係数、肌への吸着性、保温性。

 すべての情報を瞬時に処理した結果、キウイが導き出したのは極めて不純で、かつ幸福な未来予想図だった。


「……機能性、肌触り共に申し分ありません。なかなかいいじゃないですか」


 わずかに口角を上げながら落ち着いた声でそう呟いたキウイを、チェリーがじっとり見つめる。


「キウイさん? 今、少しいやらしいこと想像してませんでしたか?」

「まさか。私はいつでもいたって健全ですよ」


 キウイは涼しい顔でそう言った後、チェリーの耳元に唇を寄せて、その最愛の人にだけ聞こえるように囁く。


「愛しいチェリーさんを、この毛布の中で愛している姿を想像していただけですから」


 チェリーはぼんっと音が出そうなほど頬を赤く染め、じっとりとキウイを睨みつける。

 その潤んだ瞳には、呆れたような色と――隠しきれない甘い期待が、確かにゆらりと滲んでいた。


 チェリーは熱い頬を隠すように俯くと、その毛布をぎゅっと抱きしめる。

 そして、恥ずかしそうにしながらも、二種類のベッドスローと一緒に、逃げるように会計へと差し出した。






チェリーとキウイの城下町デートです!

いい感じにキウイのムッツリ感が書けて満足です。


私服を一着も持ってないキウイ案と、実は意外とお洒落さんのキウイ案で迷いましたが……キウイらしさをとって前者にしました。


デートは全部で二話ぐらいで終わる予定だったのですが、筆が乗っちゃって、なんと六話あります!

二人だけの純粋なイチャイチャ回は意外と今まであまりなかったかと思いますので、どうぞお楽しみください……!

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