(09-X1)モラッコ共和国(報告)
(09-X1)モラッコ共和国(報告)
私の名はマラウィ。モラッコ共和国通商船団の船団長を務めている。たった今、中海の対岸にあるマジカリア魔導国から戻ったばかりだ。対岸の国々では中海の事を外海と称しているようだけど、実は我が国の北西側にある連邦国家のさらにその先は、大洋が広がっている。それはそれは果がないのではないかと思われる程に先の見えない大洋で、冒険と称して出ていった者は、未だ誰一人として帰ったものがいない。帰る気がないのか、帰れないのか、帰らぬ人になったのかは定かではないのだが、一人もいない。私も船員として船に乗り始めた頃に日が沈む方向へひたすら一ヶ月程航海したことがある。驚くべきことに何もなかった。島の一つも見つけられなかった。中海なら、島伝いに対岸まで行ける程度には島があるのだが、大洋にはそれがない。ただただ海なのであった。今回はそんな海における交易活動の一つとして、中海の対岸にある『魔導国』で体験した事の顛末である。
1. 船
私の足元には酒樽がある。気がつくと中身は半分になってしまっていたが。手には『万年燈火』と呼ばれる魔道具を持っている。今回の交易先であるマジカリア魔導国でちょっとした切っ掛けである船に乗ることができた。以前私の一存で譲渡した船を復元した現在の持ち主に乗せてもらったのであるが、その持ち主から土産と称して渡されたのがこの酒と魔道具である。そうだ、まずはその船の事から始めねばならないか。産業省への交易報告もしなければならないし、纏めにもちょうどよい。船の持ち主と言うのは、一人の少女である。3年程前に魔導国の見本市で出会って、その後何回か合うことができてはいたのだが、今までは単に航海後の土産話で済んでいた。ところが今回は違った。それこそ我が国の歴史が変わるほどの衝撃的な事が待っていたのである。
「船団長、報告どうします?」
「えーと、イルガがする気は?」
「ありませんな。というよりは出来ません。あれを説明しろと言われても出来ませんぞ。船団長はどうですか」
「私だって同じだよ、同じだけど、しなけりゃだめだよな」
「そうですね、頼みましたよ」
「しょうがない、するかぁ。はぁぁぁぁ、どうすりゃ良いんだか」
「おっ!マラウィ君達じゃないか、おはよう。ご苦労だった。報告書をよろしくな」
閃いた、神の啓示が降りてきた如くだ。
「あ、ガイラス事務局長。そうだ局長、報告書の前に折り入ってご相談が」
「何だ?何かあったのかね。長くなるならば談話室を用意するが」
「そうですね、そうしてください」
「あ!船団長、何袖を引っ張っているんですかね、巻き込まないで下さいよ」
「良いじゃないか、一人であんな話を出来るわけ無いだろ?付き合え」
「恨みますよ」
「なんだ、イルガ君が嫌がっているように見えるが、そういう話なのか」
「うーん、国家規模にもなりそうなんで、私は遠慮したいのですがね」
「何?よし分かった、イルガ君も同席してくれたまえ」
「あ、失敗した」
イルガに船の取説と万年燈火を持たせ、私が酒樽を担いで談話室に入る事になった。済まんね、あれを私一人じゃ信じて貰えんよ、多分。
「さて、時間は取ったぞ、存分に話してくれたまえ」
「えーと、以前に沈没寸前の船をある人物に譲渡したって話しましたよね」
「ああ、聞いたな。海魔にやられたんだったね、うん無事で良かったと話したね」
「そう、その船ですがね、別の場所でしたけど復元されていたんですよ」
「何!造船技術が盗まれでもしたか」
「盗まれて再現されたくらいなら可愛いです。その船がね動力船になっていたんですよ」
「はぁ?動力船だとぉー。我が国が長年研究して未だ到達していないんだぞ。そんな事がある訳がなかろう。冗談はよしたまえ」
「嘘だの、冗談だのなら土産話で済ませますよ。これを見てくれますか」
イルガが持っている取り扱い説明書を渡して見た。存分にあきれて、十分に驚いて貰いたいものだ。出されたカッフェを飲みながら、局長の様子を観察してみた。声に出して笑いたいくらいに面白い。百面相とでも言えば良いのか、頁をめくる度に様子が変わっていく。30分程経過した頃にようやく目を離した。
「マラウィ君、これは本物なのかね?お伽噺じゃなかろうね、本当に動力船なのか」
「勿論実在しますよ、私等操船もさせて貰いましたから、なぁ」
「そうですね、面白い船でしたよ。空を飛んだ時は腰を抜かしそうになりましたけど」
「空?また、またぁ。イルガ君も冗談が過ぎるぞ」
「いえ、局長。その先を読んでください。まだ半分ですよ」
「この『高翼式安定板』と言うのは何かね?」
「空を飛んだときに横揺れを防止する為の翼らしいです。船そのものは巨大な飛行魔道具らしくてですね、翼ではないと言っていましたけど」
「50[㍍]を超える海魔の魔石に、20[㍍]超の大蛇?それを討伐し飛行魔道具の動力源にしているだと、そんな馬鹿な。記録がない昔だったらわからんが、現在はそんな伝説級の魔法技術は継承されてはおらんではないか。それこそ眉唾ものだろう」
「「いや、実際私等それで助かりましたし」」
1時間経過してようやく見終わりはしたらしい局長が長い長い溜息の後つぶやいた。
「誰が信じるのだ?これを上に報告しなければいかんのか?作り話と言われた方がまだ信じられるぞ」
「あ、それではですねこの『万年燈火』を見てください」
「『万年燈火』?なんだねそれは」
「陽光で魔力を生成し、辺りが暗くなると自動で光球が点く魔道具ですけどね」
「はァァァアあ!?魔力を消費するのではなく、生成する魔道具という事かね」
「そういう事になりますね、ここを塞ぐとですね、ほら点灯しますでしょ」
「……どうすればこんな物ができるのかね、この透明な器は…ギャラスかっ!」
「そうです。土産として渡されたものですので、製法は判りません。技術局に渡してしまおうかと思っていますが、お願いできますか」
「頭が痛くなってきたぞ。本当にこの世の物なのか?夢を見ているんじゃなかろうな」
「あ、なら気付けにこちらの酒を飲んでみますか?」
「酒?麦か、果実か」
「いえ、仮称が【ウィスキー】と言うそうで、原料は麦酒らしいです」
「酒から酒を作り出したと言う事かね」
「そうですね、こちらの作り方も教えてもらえませんでしたが、いけますよ。あまりに美味すぎてうっかり半分無くなりましたけど。あ、そうそうチョコレトを試食して貰ったんですが、そのお返しということで、こういうのも渡されました。ゴームだそうです」
「なんだと、これがゴームだと。どうすればこんなのを作れるのだ」
「こちらは製法を貰って来ましたんで、どうぞ」
「なぁ、ここにあるこれだけでこの国の歴史が動くと思わんか」
「そうですよね、ありえますね。とんでもない子ですよね」
「子?イルガ君ちょっと待て、子といったが子供なのか?」
「そうですよ、これらを作り出したのは10歳の少女です」
「それは流石に嘘だろう、信じるものか。誰が信じるんだねそんな眉唾」
「普通そうですよねぇ。という事で困っているんで、報告書をどう書けば良いか相談に乗ってください」
「儂辞表出してきていいかな」
「だめに決まっているでしょ」
「だよなぁ。そうだ!技術局長を巻き込もう、そうしよう」
ガイラス局長は、外に待機していたメイドに使用時間延長と技術局長を呼ぶよう指示するとまた戻って来て、再度大きく深くため息をつくのであった。
2. 巻込
「ガイラス殿、何か面白い話でもあるのか?おっ、船団の二人ではないか、ご苦労だった。そうか交易の土産話か」
「おお、わざわざすまんな、テクノス殿」
「「ご不沙汰しております」」
「いや、良いよ良いよ。航海も時間がかかるしな、未だ命がけだ。無事でなにより」
軽い挨拶から始まったのだけれど、『万年燈火』にゴームと樽酒を見せると、表情が無くなった。うん、巻き込んで正解だなこれは。
「これはなんだ。この世の代物かね」
「『万年燈火』というそうだ。それと局長、君が息をしているなら確かにこの世の物だな」
「そうか、そうだな。本当に指を離すと消えるな。これはなんだ」
「「「万年燈火」」」
「信じられん。確かに聞いた通りだが、信じられん。で…この伸びる板はなんだ」
「「「ゴーム」」」
「どうすればこんなもの作れるのだ!どう理解すれば良いのだ」
「眼の前に実在しますので、諦めてください。製法書はこちらですので宜しく」
「宜しくされても困るのだがなぁ、製法書があるなら確認する必要があるのか、どうするんだよこれ」
「万年燈火の方も宜しくな。儂は技術の方は全くだからな」
「…ん?ちょっと待ってくれ。万年燈火は本当に魔道具なのか?精霊印しか入っておらんぞ。魔法の痕跡がないんだが。どうすれば精霊印だけを刻めるのだ」
「「さぁ?」」
「それを調べるのが君の所だろ、宜しく頼んだぞ。上への報告も宜しくな」
「放り投げていいかな?いや、一人いるな。そうだあいつを呼び出そう」
そういうと技術局長もまた外のメイドに呼び出しを頼んでいた。誰を呼ぶんだろうか。
「お呼びですか局長」
「うん、忙しい所を済まんな。まぁ座ってこれを見てくれるか」
あぁ、確か第一魔道具課の腕利きだったな彼。万年燈火を手にした時に偶然検知窓を塞いだらしく、点灯してしまった。それを見た途端に動かなくなってしまったのだが、おーい、息をしているか?
「なんですかこれはっ!」
吹き飛ばされるかと思ったが、それ位の叫び声だった。
「「「「万年燈火」」」」
「『万年燈火』ぁー、暗くなれば自動で点灯し、明るくなれば消灯する?そんな馬鹿な!そんな物がある訳がないっ!あるはずが………………」
「「「君が手に持っている」」」
「その通りしっかり動作しているではないか、実在するんだから、呆けていないで解析してくれないか」
「は?これをですか。任せて頂けるのは光栄ですが、辞退する事は?」
「そうはいかん。君しかおらんではないか。頼んだぞ」
あーそうだよなぁ、途方に暮れるよな。まいいか、これで2つ手を離れたな。足取り覚束なくトボトボと出ていく彼と入れ違いに入ってきたのが、船舶技術第一開発課長らしい。
「お、よく来てくれた。課長、ちょっとこれを見てくれたまえ」
「はっ、では拝見しま…なんですかこれ」
「ん?機械動力船の取り扱い説明書だそうだ。君の意見を聞きたい。課長どうした?」
「……はっ!冗談はおやめ頂きたい。良く出来ているとは思いますが、態々こんな物をでっち上げて何をするおつもりですか、下らない。我が国ですらなし得ていない機械動力船ですと、しかもその説明書?からかうのはおやめ頂きたいものですな」
「ああ、そう思うのも最もだ。判るぞ。だがな、それを操船して来たと言う者がいる。いるからには検討してもらう必要があるのだ」
「はぁ?操船ですって、大方夢でも見たんでしょうよ、ありえませんな。馬鹿馬鹿しい、失礼します」
「それならば、第一開発課は解散ということで良いか?頭から否定するような人物は要らないんだがな。君は解雇になるが良いな。第一開発課は無駄飯食いということで解散だ」
「横暴ですぞ。良いでしょう、産業省へ提訴してきます。貴方の方こそ首になるがいい」
なるほど、分かったような気がする。柔軟な発想ができないのか、袋小路に嵌っているのか、未だ開発が出来ていないのはそういう事か。
「ああいう手合は困りものなんだがなぁ。あぁ、君。すまんがお茶を頼む。それとな、第ニ開発の者をここへ寄こしてくれ」
「畏まりました」
「技術局長、宜しいので」
「仕方がなかろう。実際君たちは経験して来たんだろ?人を信ぜず端から否定するような硬直した輩はいらんよ」
「まぁ、そうですけどね。厳しいですね」
「予算編成というのがあってだな、無駄金なんぞ使えんのだ。突き上げというのが…ああ、ま、いろいろあるのだ」
次に入ってきたのは、船舶技術第ニ開発課長だった。
「お呼びですか」
「うん、とりあえずそこに掛けて、これを読んでみてくれ」
「はい、分かりました。拝見します」
暫くすると開発課長は突然顔を上げ叫びだした。
「局長!特別予算組んでください。これ試作して良いですか?今まで何をして来たんだろうかと情けなく思える程に、これは良いものだ。特別予算をお願いします」
「お…おう、分かった。それで組むのは良いが、その挿絵程度からできそうか?」
「やります。やらねば開発課の名が廃ります」
「分かった、ならば正式には後日となるが、第ニ開発課には船舶用機械動力の開発を命ずる。当面注力してくれたまえ、宜しく頼んだぞ」
「お任せ下さい。こちらはお預かりして宜しいので?では失礼します」
技術の連中、すごい勢いで飛び出して行ったけど本当に大丈夫かな。あれっ、これで全部かな?手元には無くなったよね。
「事務局長、これで報告書は彼らが出してくれますかね、任せていいですよね」
「ああ、そうだな。うん、彼らに任せるか。しかしだな、未だに信じられんぞ、あれ本当に全部同じ人物か?」
「そうですよ、チョコレトから動力まで全部同じ人物です」
「その人物が齢10歳なのか?本当に」
「「本当です」」
「招くことは出来ると思うか」
「本人も造船技術を学びたいとか言っていましたから、技術交換の名目で呼べば来てくれそうですけどね」
「そこを囲い込んでしまえば我が国は安泰ではないか」
「それは止めたほうが良いです」
「なぜだ、10歳なんだろ?言質を取る位簡単だろう」
「そうやって侮ると精霊真教になりますよ。それとその程度の事は、既に織り込み済みで予想されています」
「精霊真教?あそこがどうかしたかね。関係あるのか?」
「えぇ、現在あの国は機能していません。バルトニアの城とブルボニアの城もありません」
「どういう事だ?」
「異端として征伐しようとした精霊真教は、周辺国に愚行と痴態をさらされ、教皇から枢機卿まで全員葬られました。帝国やら王国は、取り込めぬならと排除しようとして、同様に千人規模の軍を出したものの、見事に反撃され、賠償に城を取られたと聞きました」
「本当か?現状の情報が足りなさ過ぎるな。まずは情報部を送り込んだ方が良さそうだ。これについては口外法度にするか」
「その方が良いですよ、事務局長。邪な事を考えたら国が無くなりますよ」
「とんでもないな。仕方がない国防省に探りを入れてもらうか」
「なにはともあれ、助かったぁー。あ、報告書は通常ので良いですよね」
「まぁ、良いだろう」
「押し付けって言いませんかね、船団長」
「何か言ったか」




