(04-05)神父さんは「精霊真教」
(04-05) 神父さんは「精霊真教」
「精霊真教」
精霊を唯一の柱とし、我らの主と心得よ。主の下、理の真実を求め精進せよ。
あの、その柱何本あるか判らないんですけど。少なくとも二本は会いました。二柱の方が良いですかね。
「創神教」
この世を作り給いし我らが神を唯一のものと崇め、その教えを神言と受け入れよ。
あの、この世を構成したのは精霊王様達で、その精霊王さんを生み出したのが女神様なんですけど、男神?違いますよ。
1. 不思議な幼女
あの子は、一体何者なのだろう。あの年格好で算術は、多分中等学院並にありそうだった。問題を答えるまでに至った時間は、尋常ではなかったぞ。そもそも誰に教わりを受けたのだろうか、この村には私と村長、ジュダくん以外に居ないはずなのだが。
身につけていた剣技は、それを行使する前に威圧で相手を制していたように見えた。そもそも、あの騒動はなぜ起きたのだ。村長を始め、父親まで終わった時には恐ろしい化け物でも見る目であの子を見ていたような気がするのだが。
「ジュダくん、君は先程の女の子を知っているかね」
ジュダと呼ばれたのは、村の礼拝堂唯一の修道女の事で、神父が単身赴任しようとした所を、このジュダさんは、あれやこれやの手を使って、くっついて来たと言う経緯がある。彼女も『治癒』の魔法が使える神職になるので、例え瞳がハート型になっているのが理由としても、なんとか理屈をこねくり回してくっついて来たらしい。
「いえ、神父様。あの子は、まだこちらに来られる歳ではありませんから、名前位は知っていますけど、見たのは今日が始めてですよ」
「それは、私もなんだがね、君はどう思った?どう見えた」
「あの子ですか?そうですねぇ、そう言えば計算の答えを出すのが激速でしたね。相手が出題の途中なのに既に答えていましたものね」
「そうなんだよ、それと不思議な形をした剣も携えて居ただろう?結局、技を見ることはできなかったけれど、それより以前に、魔力による圧力を感じたのだ。しかもとんでもなく強かった。私は近くに立っているのがやっとだったのだよ」
「気になるのでしたら、訪れてみてはいかがです。お供しますよ」
「そうか、そうだね、お宅に伺って見るか」
翌日、朝食を頂いた後、早速件の家にお邪魔しようと二人で出かけてみる事にした。少し小高くなった道の頂きから彼女たちの家を見てみると、庭の周りをぐるぐると駆け巡っている彼女が見えた。
「ジュダ君、彼女はどうにも訳が判らない子ですね、あの年嵩の子の運動能力としては、あれどうなんでしょう」
「早すぎますね、魔法でも使っているのでしょうか」
「あぁそうだね、身体強化か。今度はあの年でなぜ使えるのかになってしまうね」
ふたりとも呆然として見ているしかなかった。たぶん彼女は、誰も見ていないからと言う事で、全力で駆け回っているのではなかろうか。大人でさえ置き去りにしそうな速度で周回しているのである。植わっている木々の間をジグザグに進み、低木を飛び越え、高さがある木では、枝から枝へと飛び移り、縦横無尽に駆け回っていたのである。
それが終わったのか、今度は昨日携えていた棒のような剣で素振りを始めた。
私は剣のことはわからないのだが、その振っている姿には一切のブレがなく、剣は上から下まで一直線に棒の間をぶつけもせずに通り抜けていた。あれは彼女が自分で考えたのだろうか、聖教騎士団でも見たことがない訓練方法であった。私には効果の程などわからないのが少々悔しく思えたものである。
次に何をするのだろうと見ていると、小川にぶわっと、そう、『ぶわっ』と表現するしかできない程の魔力が立ち昇ったのだ。思わず駆けた。私も魔法を使える者の端くれである。駆け寄って、魔力のことを聞いてみたくなった。近づくと、川の中を半透明で小さな魚が無数に泳いでいるのが見えた。
「半透明の魚」
思わず呟いてしまった。それを聞きつけたのか彼女が振り返った。同時に魔力があっさりと消えるのが判った。そんなに簡単に切り替えができるのだろうか。そもそもあの凄まじい量は何なのだ。
「あっちゃぁー、人がいるとは思わなかった。これはなんとかしないと」
「やぁ、こんにちは。邪魔したかな」
「こんにちは」
「今のは何かな」
「え、何も有りませんよ。ないですよね」
これは、この眼は、他言無用という眼である事はすぐに判った。それはそうだ、こんな魔力量を放っておくような貴族も、教会も無い。もちろん商会だって黙っていないだろうし、そもそも国が出てくるのでは無かろうか。
「そ、そうだね、何もなかったね」
「私も何もみませんでした。な…何かあったのかしら」
「「「あはははは」」」
ここは、乾いた笑いでごまかすしか無いだろう。
「それで、他言無用は第一条件として、何か御用ですか。母ちゃんはいますけど、昼の用意をしていますので、竈から離れられません。父ちゃんと兄ちゃんたちは、夕飯の元を捕りにいっています」
「昼?」
「そこ?基本2食ですもんねこの辺。ただ、男どもが普通に量を取るし、ご飯の総量は少ないしという事で、女に回ってくる量はとても少ないのが普通らしいですよ。アタシなんか、食い扶持的に邪険にされているから、さらに少ない。だからあいつらが居ない内にお昼を食べて置くんですよ。生活の知恵とか言うらしいですよ」
「そういう事だったのか」
「何がです」
「いや『邪険にされている』ということがね、君のお父さんの口ぶりから何か違和感を感じていたんだよ」
「なるほど、それはご心配をかけたようで、ごめんなさい」
「それにしても、君は口が達者だね、何かしているのかね」
「あっ、ションナコトハ、ニャイデシュヨ」
「今更隠さなくても良いよ。大丈夫、約束しよう」
しまったぁ、慌てて取り繕ってみたけど、主音声作戦は失敗に終わったようだ。
「遅かったかー、鍛錬中は筋力強化しているので、普通に喋ることができるだけですけどね」
「強化?身体強化って言うのは体の外へ鎧状の魔力を纏うものだろう?」
「そうなんですか、中にも掛けられますけど」
「えっ、本当?それができれば太らなくてもよくなるんじゃないかしら」
「それは無理」
ジュダさん(だっけ?)は、ダイエットの事を言っているのだろうか、基礎代謝を強化できればなんとかなるかもしれないけど、たぶんできないし、それを伝える事も出来ないね。無理と聞いたらあからさまにがっかりしている様子。努力しなさい。
2. 家庭訪問
子供の頃(今も絶賛子供中であるが、たぶん前世の記憶だろう)、学校の教師が各家庭に訪問して、就学状況やら、家庭の様子やらを報告し合う、顔見せを主とする『家庭訪問』と言うのがあった。礼拝堂の管理者兼治療師たる神父さんたちがまさにそれ。
母ちゃんがお昼を呼びに来て、神父さん達を見て家に招いてしまったのだ。昼…どうするつもりだ。
「お昼をお摂りになるとか、せっかくの昼時に訪問して済まなかったね」
「いえいえ、それでどういう御用ですか」
「大したことではないのだけどね、お宅の娘さん…君は遠慮なく食べているね」
神父さん、こっちを向きながら『客が来ているのに食事?』と言う顔をしているな、残念この家には客用の茶すら有りませんぜ。ここは一発かます事にしよう。
「当たり前でしょ?今、食べておかないと、また夕飯がなくなるじゃん。神父様は良いですね、そんな心配がなくて、オホホホホ」
「そうか、そうだね、いや重ね重ね済まない。お母さんもどうぞ、食べながらで結構なので話を聞かせてはもらえないだろうか」
「帰ると言う選択肢はないのですか」
「これ、ミール。モウヒハケアイマヘン、ヒンプハマ」
「母ちゃん、食べながら話ちゃだめだよ、はしたないよ」
「間が悪かったかな、事情を知らなかったのでね、たしかに無理強いは良くないね」
「ではごきげんよう神父様」
出口を指さして、とっとと帰れコール。迷惑この上ないったらありゃしない。生きるためである、なんの遠慮があるものか。子供らしく無遠慮で、容赦する気もない。
「今度は、都合の良い日に礼拝堂に来てくれるかな」
「来春には都合ができるとおもいますよ、文字を覚えたいので」
「そうか、少し間が空いてしまうが、そうか、待つことにしよう。それではね」
思いっきり、ガックリと肩を落として、やっと帰った。この辺の事情やら、生活環境やら知ってほしいものである。雛形的容姿としての『でっぶり』ではなく、外見はスマートではあるが、帰ればふんぞり返っているのでは無かろうか、わからんけど。まずは一般的で常識的な生活形態を調べてからにして頂きたい。
3. この辺りの生活
自分の知識欲を優先して、ミール君の家の生活事情を考えもしなかった。招かれる前に見た彼女の能力に圧倒されて、知りたいという欲求が強く出てしまった。失敗したかもしれない、言葉では丁寧だったが、ずいぶんと彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
それにしても、あの言語能力は、あの話し方はどこの誰から教わったのだろうか、いかんな、ますます知りたくなって来てしまった。来春か。来週ならどんなに良かったか。待つしかないのだろうか、実にもどかしい。
そう言えば、この辺りの生活事情と言っていたな、言われてみればその通りだ。ここに着任してから、暫くは次から次へとけが人が来るので、二人してもてんやわんやだったからか、そんな事もおざなりにしていた事実に気がついた。そうだ、彼女が来たときに自信を持って接する事ができるよう少し調べておく事にしようか。そう言えば、確か最近来るようになった娘は、彼女の隣だったはずだ。丁度良いかもしれない、あの娘にでも聞いてみる事にしようか。
4. 村の事情
「エステル君」
「あ、神父様。なんでしょう」
「うん、君の家はミール君の隣だったよね、実は彼女の家を訪問したときにね、生活様式を知ってから来てくれと言われてしまってね、昼時だったので機嫌を損ねてしまったのだよ。すまんが、この辺りの生活事情と言うのを少し教えてはもらえないだろうか」
「えーと、どういう事ですか。食事は日に2度とか、食事の内容とかですか。あまり褒められるような食事はしていないと思いますけど。こちらで頂く『おやつ』って大好きなんですよね、お茶とかも。お茶と言えば、ここに来て初めて飲みました」
「そうかね、それは良かった。うん、そういう事だ、少し付き合ってくれないか」
「はい、わかりました。ただ、ワタシも聞いた話が多いですけど」
「いいよ、いいよそれは当たり前だし」
この世界に於ける生活と言うものは、それなりに知っているつもりだった。かくいう私だって平民の出であるからして、皆同じであろうと思いこんでいた。
違った。着任前に聞いた話では、当初国営の大開拓団が入っていたそうだ。木の抜根作業やら、土地の均し作業やらが終わって、農作業主体になった後は、国からの援助(徴税免除)も終わり、通常の村営に移行したらしかった。
開村して数年間はそれなりに収穫があり、今度こそうまく行くかと思われたそうだ。
ところが、他の開拓村と同様に少しずつ収穫が減少し、近年は優遇されている徴税量さえ満たせなくなってきて、とうとう昨年はギリギリにまでなってしまったそうである。村長も、長子を学院に送り込む事までして、頑張っているようではあるが、自然が相手なのだし、どうにもならないらしい。
あと数年内に納税量を満たすように戻さなければ、管理放棄地扱いとされ、廃村もやむなしという状況にまでなっているという。
なんと言う事だ。要するに、そもそも食べる物が極めて少ないと言う事ではないか。私達の食料は、最低量とは言え教会が出し商人によって運ばれてくる。飢える事はまずないと思われる。しかし、エステル君達は、可能性があるわけだ。あの子が、父親から『邪険にされている』というのは、増えて欲しくない子供であったからかも知れない、人の色欲を止める事は難しい。生まれて来た子を死なす事もままならず、父親も、この先どうして良いか分からなくなっていた可能性もある。
さて、村長にも話を聞いてみる事にしよう。これでも「精霊真教」の神父であるから、何か出来ることがあるかもしれない。ないかも知れないが、それも話し合ってみなければ判らない。
「そういう事か、なるほど聞いて良かったよ、ありがとう」
「どういたしまして、あっそうだ、ミールちゃんにね、数字とか、数の数え方とかを教えてくれって言われて教えたんですけど、良かったですか」
「ん、それは良い事だね、教える事で自分にも返って来る事もあるからね」
「わかりました。そうそう、暫くしたらそのお礼に『9×9の歌』っていうのを教えてもらったんですよね、神父様は知っていますか、『9×9の歌』」
「なんだね、それは。聞いたことがないね。どういう歌なんだろう」
「えーとですね、これを歌えると、算術の計算が早くできるようになるんです」
「なんと、そんな歌があるのかね、魔法ではないよね」
「違いますよ、ただの歌です」
「教えてくれないだろうか、ミール君には後で話しておこう」
「いいですよ、別に話しちゃだめとも言われていないし」
それを聞いて驚いた、あの計算の速さの秘密でもあった。なんと歌を覚えると全部暗記している事になる。一桁の計算が瞬時にできるようになるのだ。いちいち加算を必要としないのである。逆に使えば、減算法ではない計算もできる。聞けば聞くほどに画期的ではなかろうか、誰が考案したのだろう。まさか彼女なのだろうか、その彼女が来るのはまだ半年も先である。春よ早く来てくれ。