(07-08)深森の廃村(温泉室)
(07-08)深森の廃村(温泉室)
婆ちゃんの薬箱には、それはそれは沢山の種が入っておりまして、この辺りの気候では芽すら出ない薬草の種もあるんだとか。それがまた希少な種類で、なんとかならないかと相談されている所の辺境村村娘です。こんにちは。
1. 床下暖房の室
冬場と言うのは、大抵の人は出歩くことがなく、食べ物だってさほどあるでもなく、社会は引きこもりモードに突入します。貴族街なんかでは、社交とかお茶会とかが繰り広げられるようですけれど、それだって馬車での長距離移動が出来ないからなのです。おかげで寄宿舎付きの学院なんかも、冬場の方が勉学に励む事が出来るわけですね。婆ちゃんの授業もはかどるってもんです。
温泉の湯量は未だ余っていまして、せき止めている状況です。山に行けば硝子の原料は沢山あります。家を建てる木は、山や森に行けばいくらでもあります。そうするとですね、することは一つですよね、そうです温室です。とりあえず様子見と言う事で、3[㍍]高、10[㍍]四方の温室を作って見ることにしました。
熱湯に近い魔獣風呂の排水から石管を伸ばし、畑の一部へと引き直して、地面を温める事にしまして、その上に基礎を作り、柱を伸ばします。ガッチリと筋交いを入れて、梁を通して、屋根と外壁には硝子窓です。温度調節用に開け締めもできます。
梁とする部分は、予め曲げ強度等を試験済みでありまして、梁の間にジグザグに斜めの支えを入れた構造で、軽量にしてみました。ジグザグの支えが縮れ麺みたいだから、それをラーメンと言うのだと思っていたんですけど、違いましてですね、ジグザグの方はトラスと言うのだそうで、ラーメンて言うのは剛健な作り方から来るドイツ語からで、別構造らしいです。そういうつまらない事は覚えているんですけどねえ、肝心な所は全く記憶にない。困ったものですよね。
「すげえな、これ。木組みだけで出来るのかよ。お前、釘を使っていなかったよな?どうなっているんだ」
「そうだよねぇ、こんな細い木の梁でちゃんと支えられるのかと思ったんだけど、びくともしないね」
ジョルさん、身体強化付きで骨組みを押していますけど、そんなもんじゃ揺れませんぜ、へっへっへ。
木造の体育館とかあるわけですから、なんとかなるかなって思っただけですし、そもそも建てた本人宮大工じゃないし。真っ白けのど素人にしては、よくやったと自分を褒めたいですね。最も細かい所は見ちゃだめですよ。釘だって、鉄じゃないだけで、ちゃんと使っていますよ、硬木で作ったやつ。アド君が頑張りました。
「この中は本当に春というより、夏のようですわね」
「これの大きいのがあれば、南国バナナとかお砂糖の木が育てられますよね」
「こりゃたまげたさね、これなら育てられるかもしれないさね」
「ミーちゃん、ワタシここに住んでもいい?すっごく暖かいんだけど」
「そうだな、家に敷設してくれや、こりゃいいわ」
「残念、そんな場所なーい。石管だと重すぎて入らないし、薄手の管はまだ作れないしね、諦めましょう。婆ちゃん、これで壊れなかったりしたら、使えそうかな」
「そうさね、様子を見る事にするさね」
しばらくして、様子を見に行ったら、鶏が居候していました。おまえらどうやって入ったんだ。薬草を植えた時に食べられると困るので、仕方なく入り口と仕切りを追加しておきました。部屋代は卵な。
2. 今年の酒仕込
婆ちゃんが、少し前から杜氏生活をしています。
「これから酒を仕込むさね、部屋に入ってくるんじゃないよ」
だそうである。酒酵母だからね、パン酵母と同じようなものだしね、余計な菌を入れたくないのだろう、もっとも酒の作り方なんて知らないけど。その内教えてもらおう。仕込み作業が終わると漸く家から出てきました。どうでも良いけど、やっぱり婆ちゃんは錬金術師ではなかろうか。薬屋のやることではないような気がするんだけど。
「婆ちゃん、何のお酒を作っていたの?樽の上面で発酵する酒?」
「麦酒さね。よく知っているね、上面発酵さね」
「前に居た所の神父さんもね、お酒造りをしていたからね。覚えていただけ」
「なるほどね、作ってみるかね」
「まだ、いいよ。作っている最中に酔ったら困る。同じ発酵なら今は調味料かな」
「それもそうさね」
とまあ、和やかな会話ですが、ふと思い出したことが。
「そうだ、婆ちゃん。お酒は蒸留しないのかな」
「蒸留?出来た酒はそのままさね。蒸留は考えた事もないね」
「蒸留って、あれだろ、水を綺麗にするやつだろ、酒を綺麗にしてどうするんだよ」
「いやそうじゃなくて、逆。お酒なんてさあ、ほとんどが水でしょ。その水を取り除けば、お酒の成分だけになるんじゃないのかなって思ったんだけど、違うかな」
なんか「グビッ」と言う音が聞こえたような気がする。婆ちゃんは、何か考え始めた。蒸留した後の状態でも思い浮かべているんだろうか。
「う~ん、水を取り除くと言ってもねえ、どうするさね」
「お酒ってさ、常温で香りが立たなかったっけ?立つなら、水より先に蒸発するんじゃないの。あれお酒の成分が気中に逃げているんじゃないの」
「なるほど、それはありえるね。試しにやってみるさね」
婆ちゃんは、早速実験器具様の蒸留器を設置して、ガンさんが麦酒樽を抱えてきた。そんなにお酒が飲みたいか。少し待つと、湯の温度が上がり、アルコールの蒸気が出て来るように成った。
「これは、湯の温度を測る器械が要るさね」
「必要は発明の母。そのうち誰かが作るでしょ。水みたいな金属とかないの」
「液体状の金属かね、聞いた事がないさね」
アルコールを使うなら、まさに今作ろうとしている所だし、水銀は無いらしい。待っていれば誰か作るでしょ、お酒大好き人間が。
「そろそろじゃない、エッちゃん冷却管を冷やしてくれる」
「はーい、こんな感じかな」
「おっ来た来た」
出水口からジョバッと出始めた。リトちゃんには、温度を維持してくれるように頼んでみた。だいたい80度位だったはずである。温度計を想像しながらお願いする。
「これが、酒の成分なのか?飲めるのかよ」
「酒の主成分だけなら、かなり強めのはずだからね、一気に飲むと大変な事になるよ」
「任せろ」
「毒見はやらないって言ってなかったっけ」
「これはだな、味見だ、味見。毒見じゃねえ」
「物は言い様だねえ、お酒だからね、毒見に近いんだよ」
出来たばかりの蒸留酒なんて、見たことも飲んだこともないのですけれどね、酒飲みには堪らないらしいです。
「こりゃ、強えーな。香りは良いけどな」
「果物のお酒だって、寝かさないとだめらしいよ、同じじゃないの。何年か置いておかないと飲めるようにならないんじゃないかな」
「ああそうさね、そういう事もあるさね。これは当分酒造りを楽しめそうさね」
そのうち80度程度では、水もそれほど蒸発しないので、アルコール蒸気が落ち着いた所で、一度目終了。樽にあった麦酒が無くなった所で、蒸留終わり。実際は、2~3回ほど繰り返すらしいけど、最初だからね、そのうち誰かが気づくでしょ「まだ行ける!もう一度蒸留だっ!」って。
「新しい事ができると嬉しそうだね」
「薬師の血が滾るってものさね」
「お酒のどこが薬なのさ」
「酒は百薬にも優るのさね」
この大人達は、都合の良い事をこじつけているけど、単に酒を飲みたいだけではなかろうか。まあいいか、とりあえず今世でのウィスキー作りが始まったようで何より。次は、ブランデーか。それで、蒸留が出来たら私的にはと言うとですね、魔法化ですよ。
〔アッちゃん、お酒から水を抜き出すことって出来るかな〕
〔できますわよ、抜き出す所を想像してみて下さいな〕
〔一休さんみたいな事を。蒸留する所で良い?〕
〔大丈夫そうですわね、では行きますわね。ハイッ〕
〔おお、ウィスキーの元になった。でも、まああれだね。これは無しかな〕
〔どうしてよ、いいじゃん。ウィスキー王になれるでしょ〕
〔一人に集中するのは、良くないよ。集中されるのも嫌だしね〕
〔そんなものですかねえ、そうだ、時空神様が飲みたがっていたみたいだから、何か考えておいてくれる?〕
〔お供物って事?お社とか、神棚位は作っておいた方が良いかな〕
〔そうですわね、そうして頂けるとお喜びになると思いますわよ〕
〔分かった。作ってみるね〕
〔宜しくね、じゃあね〕
神棚とは言っても作った事なんかありませんからね、こっちの世界にはありそうもないですし。そう言えば教会、こっちのは見たことがありませんね。ああ礼拝堂…ただの家だったな。ホームセンター辺りで売っているような社形しか分かりません。あれ結構細かいですよね、三社様を一体化したみたいな神棚。さりとて、枠だけじゃ寂しいしねえ、扉ぐらいは付けておくかと言う事で、簡易神棚。
「ミーちゃん、何を作っているの」
「なんかねえ、神様が蒸留酒を飲みたいらしいので、その社」
「神様もお酒を飲みたがっているの。面白~い」
神前にウィスキーを注いだグラスをお供えして、パンパン。ツマミ要りますか?
3. 気中酸素と魔素の量
硝子でコップが作れるようになり、ジョッキやらプリン皿とかの食器が硝子になると、それだけで食べ物が高級品に見えるようになるのが不思議です。
それで、ガラスコップを見ていて突然思い出したんですよ。水盆にコップみたいなのを逆さにして置いて、中にある蝋燭の火が消えると、水が上がってくるやつ。「これが酸素分だよ」って言うのね、昔実験したような気がする。いえね、この世界の動物がやたら大きいんですよね、なんでかなって思っていて、そう言えば、昔の恐竜が居た頃の地球も酸素量が多かったらしいので、まさかねと言う事です。
思い出したら、早速実験。そして、結果発表。
(1)酸素量は約25%である
(2)魔素量は約1%である
(3)その他はわかりません。たぶん窒素じゃねえの。
という事になりました。多すぎないですかね、酸素量。地球のそれは20%程度だったように思うんだけど、本当に昔の地球並じゃないですか、恐竜が居た頃の。ということは、人も大きいのかな、地球と比較できるわけがないからわからないけどね。
「ミーちゃん、何しているの」
「エッちゃんさあ、火ってどういうものか考えた事あるかなあ」
「木や蝋燭は火がつくと燃えるけど、何故って言うのは…考えた事がないね」
「そう其れ。何故物に火が着くのか、どのくらいで火がつくのか、そもそも何故物は燃えていらるのか」
「それを試していたの?」
「うん」
それで、エッちゃんにやってみて貰ったことは、次の通り。事前に魔法で蝋燭に点火することと、コップを通して外からも点火できる事を確かめてもらった。
(1)蝋燭に火を点けて、コップを被せる。炎色は黃橙色。
暫くすると火が消えて、約25%の水が上がってくる。
(2)(1)の状態で、魔法で蝋燭を意識して火を点ける
酸素がないので、点きません
(3)(2)の状態で、魔法炎を作る。炎色は赤色。
一瞬炎が上がるけれど、直ぐ消えて、極微量の水が上がる。
(4)(3)の状態で、もう一度魔法炎を作る
魔素がないので、点きません
(5)空気を入れ替えて、魔法炎を作る。炎色は黃橙色。
一瞬炎が上がるけれど、直ぐ消えて、おそらく1%の水が上がっている。
一般的な詠唱で得られる魔法炎は、たぶんこれ。
(6)(5)の状態で、魔法で蝋燭を意識して火を点ける。炎色は黃橙色。
(1)の時より早く火が消えて、たぶん24%の水が上がっている。
いつの間にか、皆が集まってきて、興味深そうに見ていた。
「水が上がってくると言う事は、空気の中身が減っていると言う事かしら」
「そう、火が燃える為に必要な何かがあって、それがなくなるから火が消えるんだろうと思うのよね。消費した分、外圧に押されて水が上がってくるとかかな」
「魔法の炎は、それでも点いたさね、でも色が違ったさね」
「そうだね、たぶんそれが空気中の魔力の素だね、単独でも着火すると言う事は、自分自信でその何かを、無理やり作り出しているんじゃないかな」
「僕が思うにさ、たったこれだけの事でも、学問的な何かが要るような気がするんだけど、どうなんだろ」
「必要でしょ『火が燃える為に必要な何か』ってのに、名前すら付いていないでしょ、そういうのは統一しないといけないと思うんだけどね。誰もやらないね」
「そうですわね、誰もしていませんね、学院ですら教えていませんもの」
「ミーがよ、今の世はダメダメだって言うのが、こんな事でも判るもんなんだな」
それで、婆ちゃんが気がついた。25%分の気体を全て意識して、魔法炎を作ったらどうなるのか。
「ミーよ、その何かを全部使って魔法炎を出したらどうなるさね」
ニヒッ!という感じで、口角を上げてから
「それはね、危険なので屋内では禁止」
「お前、やったのかよ」
「真っ先にやった」
外へ持ち出して実行すると、ほんの一瞬の間とは言え高熱の白炎となり、水盆から立ち上る凄まじい蒸気を物ともせず、激しい輝きと共にコップが溶けた。
「こうなるからね、気をつけてね」
振り返ると、皆は声も出せず、その表情は目が点だったり、まん丸だったり、口も開きっぱなしだし、面白い事この上なかった。
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// (注)
// 水位上昇は、蒸気圧やら大気圧やらが関係するので、実際はこうはなりませんぜ
// 気をつけてね、真に受けないでね
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