(07-03)深森の廃村(水板鏡)
(07-03)深森の廃村(水板鏡)
暑い盛りの真っ最中。管理放棄無番地たるここは、帝国の北東部にありまして、それなりに気温は低いはずなんですが、暑い。魔法で氷を出しても、氷穴から氷を持ってきても直ぐ溶ける。うだるより、茹で上がりそうな、管理放棄無番地の辺境村村娘です。
リア姉さんですか?ハッハッハ。なんですかね、魔力量がお姉さんに届かないとしょんぼりしましてですね、現在賢明に追い上げ中。婆ちゃんにも師事して、薬研をグリグリしています。なんでも、自分で使う魔力回復剤は自分で作ってみたいそうで、あまりいろいろ手を出すと、どこへ向かうか判らなくならないって聞いたら、ミーちゃんに言われたくないと言い返されてしまいました。そう?色々と手を出している気はしないんですけどね。
1. 鏡よ鏡
「お姉さん、鏡あったっけ」
「御座いましてよ、はいどうぞ」
渡されたのは、金メッキ(?)の金属板。あれ?そうだっけ。銀鏡なかったっけか?と思い返すに、そもそも鏡なんて使った事がなかったよ。いつもは、所謂水鏡だし。盥とかに張った水に映すだけね。
「うわっ!これ金?高そう」
「そうですわね、お父様が私のお披露目誕生会の時に贈ってくださったものなんですよ」
「おお、それは大事にしないとね。あのお父様じゃ泣くだけじゃ済まなそう」
「おほほほ、そうですわね」
そうか、鏡ってなかったんだ。お貴族様でも金鍍金ですってよ、知らなかった。でもどういうメッキなんだろう、電気じゃないよね、電気無いもん。という事で鏡を作ろうプロジェクト。調査を開始する事にしましょう。
「婆ちゃん、木に塗って丈夫にする樹液って知ってる?」
「あるさね、ほれ樹脂液さね。かぶれるから気をつけるさね」
「じゃあ、銀を溶かす薬は?」
「溶かす?それは聞いた事がないさね。今度は何をするつもりさね」
「えへへ、まだ秘密」
「危ない事はするんじゃないさね」
「それは大丈夫。ありがとう」
ミールは、漆を手に入れた。
「後は、アルミ…は無いから、銀と【ガラス】か。銀は良いとして、【ガラス】はどうするかな」
「ミーちゃん、何してるの?水板を何かするの」
「これってさ、曇っているよね、なんとかならないかなって」
「あぁ、もっと綺麗にするってこと?」
「そう、婆ちゃんのお酒みたいに、何か混ぜたら綺麗にならないかなって」
混ぜたいのは、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)なんだけど、海藻灰で代用できないかを検討中のミーちゃんです。あ、ひょっとしてと思って、エル君に相談。
〔ねえねえ、灰の成分を同じ物同士で分離できないかな〕
〔せやなぁ、あんさんが灰の山からなんかの鉱物が分離する所を思い浮かべれば行けるんとちゃうかな〕
〔じゃあ重曹とか、セスキみたいなのが出てくる所を想像してっと、これでどう?〕
〔お安い御用ってもんやで、ほいなっ〕
〔おおぉぉ、すっごい。ありがとう〕
〔ほなな〕
ふへへへへ、ネオ・ヴェネツィアのガラス王に俺は成る!
耐火煉瓦から作ったるつぼに、ガラス粉と分離灰を入れて、リトちゃんの炎でゴワー。溶けたら、フウちゃんがホワワンと冷やして、出来たものは、良さげな気がしますね。
「あ、上の方が綺麗になっているねえ」
「できそうだね。これでいいか」
「所でさ、何を作るの?」
「鏡の予定」
「鏡?水板で?見てて良い」
「もちろん。保護膜は忘れないでね、とんでもなく熱いからね」
さて、お立ち会い。耐火煉瓦を丸く浅くくり抜いた所を予熱しまして、透明になったガラスを溶かし入れます。固まったら、次にガラスより少し直径が小さいけど、やや深い凹状の蒸着台に置いて、真空状態まで脱気。底に仕掛けた銀の粒を一気に蒸発。やったか!
「どう?ちゃんとそれっぽく見えるかな?」
「すごい、すごい。鏡だ!金の鏡より映りがいいね」
「さらにですね、銀が錆びないように、黒漆を塗って、乾かせば完成」
「おお、鏡だ。どうやって作るのか教えて」
「はいよー、じゃあまずは、灰の分離から」
それからエッちゃんに教えながら、もう一枚作ってみました、エッちゃんが。手持ち用の枠を2つ作ったら、お披露目だ!
「なんですの、これは。鏡?これが?すごいですわね、見栄えが違いますわ」
「またこれは、ハンジョが驚くものを作ったものさね」
「水板ですよね、これ。透き通っているだけでもすごい価値があるような気がしますけど、鏡ですか。とんでもないですね」
試作品が好評でしたので、お風呂用の姿見と、女5人向けに鏡台を作ってみましたら、大層喜ばれました。オマケでお嬢様号のフロントガラス。エッちゃんの精霊さんも1/6になりましたとさ。
それで分かったことは、自分で出したガラスをも溶かす魔法の炎は熱くはないけど、溶融ガラスはものすげえ熱い。
2. 凸レンズ
ヴェネツィア硝子モドキが出来たので、今度は平板ではなく、硝子研磨ができないかと思い、エル君に相談。
〔ねえ、石を削るように磨ける、硬い石ってないかな〕
〔あるで、地面のずっと下の方にな、えろう硬い石がありよる〕
〔それってば、ダイヤモンドというやつではないでしょうか〕
〔名前は知らんよってな、硬いだけはわかるんやけど〕
〔それもそうか。もう少し柔らかいのは〕
〔ちぃと柔らこうてええんやったら、東の廃鉱に赤黒い石がありよるな〕
〔あ、それで大丈夫かな。【ガラス】を磨ければいいんだけどね〕
〔行けるんやないか、粉にするんは任しとき〕
〔わかった、ありがとう〕
ということで、エッちゃんと二人で東の廃鉱に来ています。
「ここに何かあるの」
「んーとね、水板を削ろうと思ってね、少し硬い石があるらしいの」
「精霊さん情報?」
「うん。ちょっと待ってね、探査っと。よし、何も居ない。エッちゃん、風を送り込んで換気するの手伝って」
「は~い。エイッ!」
二人だと早いですね、一気にブロワーッとしてまして、崩れかけた支柱やら、壁やらを修理しながら奥へと向かいます。ゲジとゴキのGコンビは…いないな。
「あ、これっぽい。赤黒い石って言っていた」
「光に当てると綺麗だねえ、美味しそう」
「そう言えば、そうだね。魔力は感じないから、宝石の類かな」
「どれくらい?」
「廃鉱だからねえ、総取り。根こそぎ。全部」
「あははははは」
帰って早速エル君に手伝ってもらって粉に。誕生石?ナニソレ。それでですね、焦点計算?曲率?わかりませーん。ということで、削っては光を当てての試行錯誤の連続です。
「あ、だんだん光の点が小さくなってきたね」
「そうだね、エッちゃんの水で綺麗に磨けるかな」
「磨く?表面をツルッツルにすればいいの」
「そうそう、やってみて」
私のは蒸留水ですからね、エッちゃんの湧水なら色々入っているはずだから、なんとかなるでしょう。水球を出してもらって、凸状になったガラス板をポトンと中へ。落ちないように支えるのは私。
「それでね、水の球だけをグルグル回すの、できそう?」
「やってみるね、え~とこうかな」
おお、みるみる内に水が白くなって、予想通り磨けているようです。水を替え、光を当ててを繰り返して漸く点になった所で、台にしている板から煙が。
「ミーちゃん、燃えてる燃えてる」
「あ、出来たかな」
出来たガラス板を通して手のひらを見ると、はっきりくっきり凸面レンズ。
「へえ、陽光って集めると、木を燃やせるんだ。文字も大きく見えるし、面白いね」
「うん、氷でも出来たんだけどね、水板なら溶けないからね」
そこへ、婆ちゃんがやって来たので渡してみます。
「これはまた、面白い片眼鏡だねぇ、字がはっきりと見えるようになるさね」
「婆ちゃん老人眼?」
「何さね、それは」
「歳を取ったりすると、近くがぼやけるようになる眼」
「それさね。そういう事だったのかい。両目に作れるかい」
「時間がかかるけど良い?」
「構わないさね、作ってみておくれ」
左右の筋力が異なれば、焦点距離も違うでしょうからね、まあ時間が掛かること掛かること。削っては試して、ちゃんとフレームまで魔銀で作りましたよ。
「なんと、こりゃ便利。まだまだ行けるさね」
お元気で何より。
3. レンズと光の魔法は相性が良い
光球という魔法があります。いわゆる『ライト』ってやつです。光ちゃんの標準装備でもあります。当然ですが球ですからね、360度全方位照明魔法となります。これを魔石に焼き込んで、後ろに反射鏡、前にレンズをつければ前照灯の出来上がり。魔力供給はどうしようかと思ったんですけど、ホバーのT型の取っ手部分に装着して、手のひらで魔力供給をするようにしました。魔力の供給量にもよりますが、めっさ明るいです。夜間でも運転できるようになりました。出掛けませんけどね、お子様だし。その時間には寝ています。
気づくのが遅いですね、リア姉さんがいるじゃんよ。それとガラスに捕らわれていましたけど、レンズそのものを鉱物魔石(水晶)で作って、蓄魔石(一般的には球状)と魔導線で接続し、途中にスイッチをつけて貰えば懐中電灯の出来上がり。魔導線を特許申請して上げたい。本当にそう思います。
こうなると、後は早い。光球魔石を量産して、各部屋の天井に電球型の光球照明とか、卓上照明やらに。ついでに光魔石と土魔石で魔力を生成して、間に親分狼の魔石を挟んで蓄魔する事で、太陽光魔力生成器を作成。家中に魔導線を張り巡らせて、一気に「明るいナショナル」「光るマツダ」のランプ生活に突入。
皆さん曰く『昼間みたい』。そうですよね、この時代の夜間照明と言えば、魔法士ですら魔力温存する為に、光球魔法は使わずに灯火だもんね。それも費用がかかるから、さっさと就床するのが基本だからね、それはそうですね。
「婆ちゃん、明るいから研究が捗るとか言って夜更かしすると早死するよ」
「するわけないさね」
「私の考えた魔導線がこうなるのですね、これは見習わなくては」
いやこの手のはただのズルですから、見習わなくていいです。勢いで作ってから気づいたんですけどね、こりゃダメだわ。
「あ…だめだこりゃ」
「なんでだよ、すげえじゃねえか」
「そうですよ、大発明じゃありませんか」
「あのさ、恒久的な商売にはならないよね、これ」
「…あぁそうか。ミーちゃん、これ壊れる所がないね」
「正解でーす。壊れるのは魔球くらい、魔導線は錆びない、交換も何もない」
「「「「「成る程」」」」」
そうなんですよ、家電類なのに壊れる所とか消耗する部分がないの。どこか壊れる所はないかな、スイッチはなんとか壊れてくれないかな。それでも数十年は保つでしょう。定期的に修理、新設の収入があるわけじゃないんですよ、従って初期費用が高額になってしまいます。償却もないから高値安定のまま。一巡したら、お店潰れます。新商品を出せばいいじゃん?そんな大量消費バンザイな世の中ごめんですよ、再生可能だぁ?いらんがな。ほどほどに修繕しつつ長く使い続けられ、長く商いできるのが良いのです。私の求める対象は庶民ですからね、こんなもん買えません。多少便利でも何百年も続く商売にはできないですね、貴族とかの自慢話になる位かな。
「ハンジョさんがさあ、悔しがりそうだよねえ」
「それはそれで、見てみてえけどな」
「ガンさん、ひどぉい」
「商人的になにか考えが浮かぶことを期待しよ。はっはっは」
4. 対物レンズ
凸レンズを作ることができたら、凸レンズだけで作れる何か。という事で次は望遠鏡。いえね、目に魔力を集めれば、遠見ができるんです。できるのですが、単レンズの生体望遠鏡ですから、倍率なんか精々数倍程度なので、より遠くを大きくして見るには器具が必要になるのです。魔力で目の前方にレンズを作り出してもみたのですが、虫眼鏡と同じでした。非常に残念。
レンズ直径50[㍉]で倍率7倍を目指しましょう。理由は夜間にも使えるのがそれなのです。直径が50[㍉]を超えると重くなりすぎます。倍率が7倍を超えると、明るさが犠牲になってしまいます。理由は、暗くなった時に開く瞳の最大径が、地球人と同じ7[㍉]程度であれば、7[㍉]×7倍で、49。だいたい直径50[㍉]と言うのが、夜間対応望遠鏡の目安となるからです。
5. 接眼レンズ
読んで字の如しで、眼に接する方のレンズ群です。最初に作ったガリレオさんとか、ケプラーさんとかのように、単レンズにしておきましょう。2群2枚だと、そもそも計算の仕方が分からないので。ガリレオ式は、凹レンズで正立像を得られます。ケプラー式は、凸レンズで倒立像が得られます。凹レンズはまだ作っていませんので、自然とケプラー式になってしまいます。
片側が平らで、短焦点の凸レンズを作ります。対物レンズの焦点距離を、接眼レンズの焦点距離で割れば、倍率を出せます。どこかに計算機が落ちていませんかね。
6. 双眼鏡
鏡胴はどうしようかと思いましたけど、よくよく考えるに、銃砲じゃないんだから、さほど丈夫にする必要はなく、世の中に出回っている真鍮板でいいんじゃね、と言う事で真鍮板で作成。鉛と錫の合金、すなわちハンダでくっつきますしね。乱反射防止に中へ黒漆を塗って、レンズをはめ込めば完成。金属鏡胴にするのはですね、外気温と筒内温度の差をなるべく早くなくし、温度差で空気が揺らぎ、像が乱れるのを防ぐ為。暖かい部屋から、寒い外に持ち出すと、暫く曇って使えなかったりするんですよ、そりゃもう大変。
どうせならと、双胴にしてみました。双眼鏡ですね、倒立像だけど。いや、正立像にするには、プリズムが全部で4個必要で、それには更にガラスの透明度を上げ、光学ガラスと呼ばれるようでないと使いものにならないんですよ、凹レンズなら必要ないですけどね、凹レンズの焦点距離ってば、どうやって測るのか知りません。
「おおっ、こりゃまたすげえな。監視兵が欲しがりそうだ。うちの領は、北の森から出る魔獣を監視しているだろ、だからよ遠くが見えると有利なんだよなあ、監視砦のやつに教えてやりてえ」
「ハッケンかあ、あいつ元気にしているかな」
「殺しても、死なねえよ、あいつは」
「領軍で使うの?いくつか作っておこうかな」
「おお、たのむわ」
軍事かあ、当たり前か。まずはそこからだよね。ついでにレンズの製法計算を誰か解いてくれませんかね。