(06-03)深森の廃村(定番編)
(06-03)深森の廃村(定番編)
未だに露天風呂のままですが、評判上々の辺境村村娘です。こんにちは。ここに来てくれた商人さんが、温泉に驚いています。滞在中に腰を抜かさないと良いのですけど。
1. 薬の商談と相談
「そうじゃ、そうじゃった。ハンジョやこれを見るさね」
「なんですか、では拝見します」
ハンジョさんも、鑑定器を持っているらしい。ただ、形は虫眼鏡のような形状で、手持ちなので少し大きめ。聞けば、婆ちゃんのより優秀で、万物鑑定ができるのだそうだ。仕組みは、どうなっているのですかね。
「………………」
声になっていませんね、驚いている、驚いている。ぱかーんと口を開けたまま、薬瓶と婆ちゃんを行ったり来たり。特級品ですもんね、基本の万能水薬の級位が上がったら、当然の事のように、他の全ての薬剤の品質も上がってしまったのですよ。
「いやはや、これは。なんと言いましょうか、一大事ですぞ、オババ様」
「そうさね、今までのはゴミになっちまったさね」
「ゴミはございませんが、史上初ですな、これは」
「それでな、少し長くなるが、聞いておくれ」
「拝聴しましょう」
それから婆ちゃんは、魔法の呪文詠唱が魔法水を含めた詠唱結果に影響するらしい事、精製された蒸留水を使用すれば、薬剤の品質が上がる事などを、過去の歴史も含めて説明していた。
「なるほど、ご説明頂ければ納得するばかりですな。魔法の詠唱から関わるとなると、いままでの魔法理論からして覆されてしまいますな」
「そうさね、これを世に出せば、どうやったのか必ず方法を聞いてくる。酷ければ、奪い合いの闘争すら起きかねん代物さね。どうしたものかと思ってね」
「そうですなぁ、有りえますなぁ。いや確実に起きますな」
私とエッちゃんは、他人事。『そういうものですかねぇ』『いやな世の中ですねぇ』とか、エッちゃんと湯上がりジュースでくつろいでいます。お子様だし、関係ないですよみたいな顔をして逃げている所。婆ちゃん達が二人で考えている所へ、お姉さんが挙手。何か考えついたのかな。
「ちょっと宜しいかしら、お師匠様は、金銭と栄誉を欲しますか」
「私かい?今更いらないさね」
「ミーちゃんは?どうかしら」
「えっ!アタシ?そんなもの魔獣の餌に、ポーイ」
宙をつかんで、後ろに放り投げておきます。いきなり振らないでくださいまし。
「えっ、ミーちゃんと言う事は、この事っていうのは?」
「そうさね、この子の言ったこと、やったことがきっかけさね」
なんか、ハンジョさんがこっちを凝視していますね、頭の中で目まぐるしく考えが飛び回っているような、目を反らしとこ。
「いろいろと、危ないですかな」
「そうですわね、公表してはいけない代物ばかりですわよね。そこでですね、ハンジョ様。詠唱の事は伏せたまま、蒸留水の事だけ、市井の薬師達に広める事はお出来になれますかしら」
「私がですか?そうしますと、結果として私が利益を頂く事になってしまいますが、宜しいので。そう言えば、貴女はどちらの方ですか」
「あら、失礼。私は、ルリエラ・ドゥ・フェルモンド。フェルモンド辺境伯家の長女でございます。以後宜しく。ただし、今はただのルリエラで御座いますので、そのように。この子達からは『お姉さん』で呼ばれておりますの」
「フェルモンド家!そうですか、それはそれは。ああそう言う事でしたか、承知いたしました」
うわ、納得しちゃったよ。全部判っているって事ですかね。だとしたら、すんげぇ情報網と、情報を持っているって事ですよね、さすが大商会会長って事ですね。そんな事を考えて、私が目をむいていると、ニヤリと微笑んでくれましたよ。
「それでですね、『偶々、蒸留水を使わせてみた』と言う事にしてはいかがかしら。出来ませんでしょうか、単純過ぎますかしらね」
「ふむふむ、そうですなぁ、そのうち魔法の詠唱にたどり着く者も出るやも知れませんが、危険性は減りますでしょうな。それでも私が受けるであろう金銭的な問題は、如何にしますか、おそらく膨大な額になるはずですからな、流石に私一人と言うには大金に過ぎるのですが」
「えっ、気にしないと言う事で、全部懐に…ミーちゃんは、気にしませんよ」
右手を懐に、左手のひらをかざして、どうぞどうぞ。
「ハッハッハ。ミーちゃん、それは出来ないよ。私には無理だ」
「じゃぁ、水で薄めてこっそりと…」
「ミーよ、それが出来たら苦労はせんさね。薄めることができないんじゃよ」
「そうなの?それではですねぇ、先行投資。この先お願いするかも知れない諸々をですね、聞いてくれると助かりますが。ほら、なにしろ元手と言うのがないもんで」
「それで宜しいので。私としては願ったりですがね」
「アタシは、宜しいです。婆ちゃんは?」
「良いさね」
「ではそういう事で、万事宜しく」
「委細承知いたしました。こちらこそよろしくお願いします」
「ならご飯にしよ~。まだだし」
「そうさね、忘れていたさね」
「「「「「「あっはっはっはっは」」」」」」
うむ、ひとまず解決方向に向かったと言う事にしておきましょう。
2. 鑑定眼鏡と精霊
ハンジョさんに鑑定眼鏡を見せてもらった。同時にジュンちゃんも来てくれて、一緒に観察。
〔ジュンちゃん、万物鑑定ってあり得るの〕
〔たぶん、帝国限定じゃないかしら〕
〔あぁ、そういう事か。国際的なものじゃなくてね、地域限定か〕
〔そうそう、だからそれほど特別な事じゃないわよ〕
〔なるほど、ありがとう〕
〔なになに、いつも楽しませてくれるからね〕
〔あたしゃ娯楽要員かね〕
〔似たようなものよ、じゃあね〕
〔まったね〕
「下さい」
「できません、これは帝国に数点しかないのです」
「そんな貴重品なんですか」
「そうです。実はですね、この製法はとうの昔に失われてしまっているのです」
「あ、製法を書き記す前に当事者が死亡とかですかね。良くありますよね」
「ご明察。その通りですよ、だから手放せないんです」
「なるほど、複製できないかなと思ったんですけどね。ところでこれも魔道具とか言う代物ですか」
「そうですね、魔道具です。あぁ、魔道具の教科書とも言うべき書物があるのですが、必要ですかな」
「丁寧な言葉は良いですよ。ありますか?婆ちゃんの図書室にはないものですから、どうにかして手に入れられないかと思っていたのだけど」
「今度持って来ましょう。それにしても6才だっけ?大したもんだね。オババ様から聞きましたよ、なかなかどうして、冒険してますね」
「そうですか、冒険ですか。自分では分かりませんけどね」
3. ハンジョさんの荷物
ハンジョさん、やっぱり拡張鞄持ち。聞けば、それなりの店を構えている商人は、皆所有しているらしい。犯罪に使われる事のないように、製造者は許可制。さらに製造毎に国に登録しているのだそうだ。私はしていませんけどね、良いか。でも、それって付与って事だよねぇ、そういう方法もあるって事で、知りたいって言えば知りたいね。
それで、その中身がすげぇ大量。食材はもとより、衣類からなにまで一揃い。注文外のものまで一応取り揃えて持ってきているとの事で、見させて貰った。
「それよりだね、ミーちゃん。この宿だよ宿。なんだいこれは。以前来た時は、瓦礫だったんだけどね、どうなっているんだね」
「え?なんだいと言われても、宿ですよ。ちょっと魔法で修繕しましたけど」
「魔法?ちょっと?これが?どんな魔法か教えてもらえるだろうか」
「えーとですね、基本は光の魔法ですね、回復魔法があるじゃないですか、古い書物とかを回復する魔法」
「そうか、回復魔法か。あれで出来るのか。それにしても大規模過ぎないかね」
「それは、魔力の量によるかな。エッちゃんもできるよね」
「規模は少し小さいけどね」
「後はですね、壁が土の魔法。柱とかは木の魔法かな。いろいろ組み合わせて、同時に『どーん』ですね。そうしないと巧く行きません」
「そういう事か、組み合わせると言う事だね。単体で使うのは、誰もが考えつくんだけどね、同時に幾つも重ねると言うのは、そうだね、したことがなかったな」
「詠唱だと同時になんてできないし、魔力消費が激しいですからね」
「なるほどなあ、と言う事は、その方法も知っていると言う事でいいのかな」
「エッちゃんは?あの方法で良かったと思う?其れ以外に思いつかないけど」
「ワタシ?良いんじゃないかな、魔力を感じられる人ならたぶん同じで良いと思うよ」
「だそうです」
話ながら、荷物の見学をしていたのですが、【蜂蜜】が有りました。ついでに【林檎】もあったりします。広口瓶まで持っていたんですけど、どういう品揃えですかね。
「この赤い実はなんですか」
「それはリンゴだね。オババ様は酒作りの名人でもあるんだよ、何かできないかと思ってね、持ってきてみたんだ」
「酒?なるほど、薬と似たようなもんか。リンゴとこれ、あと広口瓶だとおいくらになりますか」
「昨日、決めただろうに、忘れたのかい。まあ、参考までに蜂蜜5銀。リンゴは12個で10銅。広口瓶は少々高くて、2銀だね」
「蜂蜜って高いんですねぇ。じゃあ、ついでに。瓶とリンゴと蜂蜜一匙で製品を作るとしますね、期間はたぶん一週間と掛かりません。さていくらに設定すれば良いですか」
「そうだね、何に使うかわからないが、瓶付きだと5銀ってとこかな。それで、何にするのかな、食べるものだよね」
「婆ちゃんの本を見ての想像ですけどね、子供でも千切れるくらいの柔らかい糧麦焼ですかね、それの原料かな。原料の元が居ればいいんですけどね」
「『子供が手で千切れる』そんな糧麦焼は無いな。作れるのかね?作れるとしたら、さっきのリンゴ蜜は、1金になるかな」
「え、なんで。需要?」
「そういう事だね」
「じゃあ、ちょっと試していいですか」
「それは面白そうだ。参加していいかね?」
「どうぞ、どうぞ。あれ?お店は良いんですか」
「うんかまわないんだ。店は後継に任せてあってね、隠居中。ひと月位はどうってことはないからね」
4. 野生の酵母を捕まえよう
「瓶と布を煮ているけれど、これは?薬瓶を煮冷ますのと同じかね」
「そうです。食べ物を腐らせる元とか、病気の元がいたりすると困るので、熱で殺しておきます。手を洗うのも同じ理由ですね」
「そういう事か、理由までは知らなかったな。いや、まだまだ勉強になる事があるもんだ。本当に面白そうだな」
ハンジョさんが、やってみたいというので、手伝ってもらいます。なんでも若い頃は、商隊の食事係だったそうで、できるよって言ったもんで。
「こうやって、リンゴを16等分くらいに切って、中に詰めます。それから蜂蜜を一匙いれます。これに、熱湯冷ましの水を入れて、布で蓋をしておしまい。後は、日の当たる所で、一週間…はかからないかな?三日位とか適当」
「腐らないかね」
「蜂蜜があるから、多分。蜂蜜は腐敗防止と、原料の呼び込み係です」
「原料と言うのは?」
「えっとですね、空気中に漂っているはずなんですよ、見えませんが」
「あぁ、物が腐るときもそうだね、いつの間にかくっついている。そうか、空気中にいると考えたわけか。面白いな」
「そう、たぶんいるんじゃないかと思っているんですけどね」
それから毎日瓶を振ったり、泡立ちを観察したりで、運良く出来ました。その間もハンジョさんは、しっかり記録を取っていました。商売人。出来上がったものは、半分を次に回して、お友達を呼び込んでもらいます。濃度が高まるかなって思いましてね。
「この水を混ぜてですね、糧麦焼の生地にします。それから、一度寝かします。商売だと前の晩に寝かして、作り始めの早朝には十分になっているはずです」
「『寝かす』面白い表現だね、放置するわけだ」
「そうです。寝ている間に原料さんが小麦を膨らませてくれるはずです」
「ほうほう、と言う事は、今のところは想像したって事かな」
「いや、婆ちゃんの本に似たような現象が載っていたんですよ」
「酒作りのの応用か、なるほど」
あっぶねぇ、商人だったね、良く気がつく人だこと。まぁ、発酵には違いはないからね。一次発酵ってのも結構時間がかかります。
「ほら、出来たでしょ。これですよ、この柔らかさ」
「なんと、これが糧麦焼と同じ材料からできたって事だよね、こりゃまた画期的だ」
「一度伸ばして、中の膨らみを抜いて、もう一度お仕事してもらいます。麦酒の次工程みたいなものですね。甘味を出す所」
「よく勉強しているみたいだね、薬師になるのかね」
「まだ分かりませんよ。10年以上先ですから」
「そうか、そうだね。そうだったよ。忘れていたね」
「老化の始まり?」
「ワッハッハッハ。面白いなぁ、いや本当に今来て良かった」
そんな、こんなで、パン焼き実行。なんとか焼けました。
「ジャジャーン。召し上がれ」
「これは何さね?糧麦焼さね。これが?」
「そうでしょう、そうでしょう。ハンジョさんに手伝って貰いましたからね、危険はなかったですよ」
「心配はしていませんでしたけれど、本当に作れましたのね、素晴らしいですわ」
「ミーちゃん、これすっごい、美味しい。柔らかいし、甘いし。同じ食べ物とは思えないね」
「これはそうだな、買い取り白貨2では少ないか。今後ずっとだからな、値付けはいくらにするべきか」
ハンジョさんだけ、違う事を考えていますね、おーい、帰っておいでぇ。ちなみに白貨というのは、穴が開いた金貨10枚が丸金貨1枚で、10丸金貨が1白貨です。材質は不明ですけど。
下からですとね、『穴銅貨』これは、丸形硬貨の真ん中に丸い穴があいていましてね、大体10円位と思って下さい。これが10枚で『丸銅貨』、穴が空いていない丸形硬貨になります。これが5枚で『穴銀貨』。さらに20枚で『丸銀貨』ですね。丸銀貨が100枚で『穴金貨』。一般に金貨というと、この『穴金貨』のことです。その上に『丸金貨』がありまして、その上の白貨は、たぶん1億円相当くらいかな。繰り上がり枚数が硬貨ごとに違うのは、産出量とか、加工技術だの、流通量やら、物価の兼ね合いなんでしょうが、変則的で困るよねぇ、算盤無双が出来ないじゃん。ご近所の国々でも通貨制度は異なりますけど、ほぼ同じ感じらしいです。そういや、王国と似たようなもんだね。あっちも100銀で1金って言っていたものね。
「ハンジョさん、どうですか?商売になりますかね」
「エッ!うん、そうだな。これは商売になるなんてもんじゃないな、皇帝に献上しないといかんな。どうすべきだろう」
「素性は明かしてはならんさね、そちらの方をまず考えておくれ」
「もちろんです。オババ様に酒を作ってもらおうと思った材料が、思わぬ結果になりましたからね、これは酒どころの話ではなくなってしまったな。本当にさてどうしよう」
「糧麦焼でも食べながらゆっくり考えて下さい。アタシは、想像したとおりに出来上がったんで、満足しています。あとは知ぃらない」
「ミーちゃん、作っておいてひっどおい」
「子供だもーん」
「お気楽ですわねぇ、でも本当に美味しいですわね」