(05-02)目指せ学力向上
(05-02)目指せ学力向上
辺境開拓村村娘ですこんにちは。些末な事があって、礼拝堂でお世話になっています。エッちゃんも毎日通ってきてくれて、一緒に学院書で学んでいる所です。
一人より二人です。他には居ません。子供はいるのですが、誰も来ません。もったいないと思いませんか。
1. 礼拝堂の本
礼拝堂とは言え、宗教施設には変わりはないです。神父さんの部屋の隣には結構な蔵書がある図書室があります。当然の事ながら宗教関係の本がほとんどなのだけど、中には獣図鑑とか、植物図鑑なんかも置いてあったりします。それも手書きらしくて、ページによっては絵のタッチが異なるので、たぶん何人かが寄ってたかって書いたものと思われる代物です。すっげえ高そう。それとですね、誰にも言ってはだめですよ、実はその裏に禁書とされる本が隠されています。まだ読んではいませんが、そのうちこっそり見てみましょう。
「神父様が言ってたけど、この本て言うのはすっごく高いんだって」
「やっぱり、そんな感じがしたもん。汚したら怒られるどころじゃないね、たぶん」
「そうだよね、でもさぁここの本てさ、皆新しくて綺麗だと思わない?」
「そう言われてみれば、そんな気がする。何かあるのかな」
そんな事をエッちゃんと話しながら、図鑑を見ていると、後ろで声がした。
「あぁそれはね、保存のために定期的に保全の魔法で綺麗にしているからよ」
「魔法ですか」
「そうよ、見てみる?」
「「見たい、見たい」」
「では、特別に『精霊様に我願う、これなる書物の汚れを祓い、新たなる書として蘇らせたまえ』」
見ていると、光の玉がフヨヨンと近づいてきて、本がホワンと光りを発したと思ったら、おっぉぉ。図鑑の頁がパラパラと捲れ上がると、どんどんと出来上がったばかりのように綺麗になっていく。すっげぇ。それでね、光の玉も本が光っているのも、やっぱり皆には見えないらしかったです。うむ、こりゃやべえは。
「どう?こんな感じでね、汚れたりした時にね精霊様にお願いするの」
精霊真教だものね、そう言えば母ちゃんもそうだったなと思い出す。布教が捗っているようで、何より。
「すごい、今のなんですか、魔法の呪文?」
「そう良く知っているわね、今のは修復の呪文。そう言えばミールちゃんのお母さんは、魔法が使えるんだったっけ、なぜ知って…ってあぁ、聞いちゃったのね」
「うん、母ちゃんは、火の魔法だって言ってた」
「アッ、子供の前で魔法を使った事は誰にも言わないでね、お願いね」
「母ちゃんも言ってた、兄ちゃん達には言うなって」
「はは、アハハハ。すっかり忘れていたわ、また怒られる」
「うっかりさんですね、でも何故なんですか」
「そりゃぁ、子供だもの。子供が魔法を使ったら結果は見えているでしょ」
「なるほど、癇癪魔法とか、いたずら魔法で家が焼けたらって事ですか」
「その通り。貴女達なら大丈夫だと思うけどね、思いたい」
「「判りました」」
ジュダさんは、うっかりさん。覚えた。
2. 度量衡はあるよね、ねっ?
第2学年の教科書になると、文字の他にいろいろと生活に密着するような事柄を教わるようになるみたいです。ちなみに初等も高等も3年までしかないようです。計算もその一部なんだけど、初等学院の間は一桁なんだよねえ。ただし、乗除がないんですよ。記述省略用なのかどうか、記号はあるんだけど、計算がないの。可怪しいですよね、訳が分からんです。
それら学びの一つに長さ重さの単位である度量衡があるんですけど、この度量衡、神父さんによれば呼び方は同じだけれど、基準値が国によって違うのだとか。アホか。なんでも『腕』ってのがあって、一椀とは左右の腕を水平に広げた左中指から右中指までの長さが基準らしいんですけどね、大抵は今上者の身体を元にしているだろうから、国ごとに当然長さが違うのね、意味ねえじゃん。地球から見ればファンタジーな世界なんだから、成木が一定以上伸びない『メトル(㍍)の木』とかさ、一つの実から種を100粒集めると重さが平均化して1[㌘]になる『グラームの実』とかないですかねぇ、あったら図鑑に載っているか。
身体尺は生活密着型度量衡なんで、便利っちゃあ便利なんだけど、尺貫とかヤードポンドとかみたいな地球値を真似しなくても良いのにね。ヤードポンドの重さ基準なんて知っています?一日に食べる大麦パンを作るための大麦の重さなんですってよ、勘弁して。まあ、一尺だって尺骨(腕の骨)から来ているって言う話だし、科学的根拠のない基準値なんてどこもそんなもんですかね。
長さ(王国版)
指 2.50[㌢] 中指の一節長
肘 0.30[㍍] 指✕12=30[㌢]
腕 1.80[㍍] 肘✕6=180[㌢]
歩 0.60[㍍] 歩幅。
町 720[㍍] 1200歩。街区長などに使われる
里 4.32[㎞] 6町。都市間等の長距離を表すのに利用される
容積(同上)
杓 1/10升
升 4指立方の器 重さは満杯の水を基準とする
小樽 12升。 約12[㍑]単に『樽』と言えばこれ
中樽 24升。 約24[㍑]
大樽 12樽 ≒144[㍑]≒ドラム缶位
「長い距離はどうやって知るんですか」
「あぁそれはね、測量官が数人で測量隊を構成して、歩きで測るんだ。そのための訓練施設を見たことがあるけど、全員の歩数が揃うように訓練するんだけどね、結構大変そうだっだよ」
「まちまちじゃ困りますものね」
「そうだね」
面倒である。電卓ないですかね。いいよメートルとグラムだけで。ただ偶々容積一升は地球と同じほぼ1[㍑]なので、重さは1[㎏]でわかりやすい事だけは救い。
3. 礼拝堂の鐘は鳴る
時々忘れた頃に礼拝堂の鐘が鳴るのが聞こえます。え?こんな辺境の村でも時刻を気にするのかねと思ったら、教会の義務なんだそうで、真面目ですね。こんな田舎ならサボっても誰も気にしませんのにね、一応『土の刻』は皆気に掛けているらしくて、まあ帰宅時刻だし夕餉の時刻だし、当たり前ですかね。さて、その時刻ですがどうやって決めているのか。いえね、懐中時計とか柱時計とか見たことがなかったもので、それにしては砂時計みたいなのを操作しているなぁと気になりましたので、どうやっているのか聞いてみました。
神父様曰く。
「それは精霊様が教えてくれるんだよ」
胡散臭ぇ。
時は時空神様の領分だって、その精霊様が言っていたものねぇ。実の所は鐘を鳴らす為の指南書があり、『標星(北極星)』と呼ばれる星と、その地における日の出時刻表を元に最初の時を決めて、その後は砂時計のような一刻計でおよその時刻を知り鐘を鳴らしているらしいです。鐘の音パターンは次の通りで、短点が『カラン』と言うやや高い音で、長点が『コローン』と言う少し低い音。間を置いて毎回正時に3度鳴らされることになっているそうです。
光の刻 ・・・ ほぼ午前六時
火の刻 ・・- 凡そ午前八時
水の刻 ・-・ 大体午前十時
木の刻 -・・ 粗方午後零時
風の刻 --・ 大方午後二時
土の刻 ・-- 多分午後四時
闇の刻 --- 殆ど午後六時
と言う事で、残念な事に時計はありませんでした。あれば歯車とかを見ることが出来たんでしょうけどね、あとは動力とかですね、残念です。鳴らすのは時刻数ではなくて符号化されているので、聞き逃しても2度目3度目の鐘でわかるところは便利です。鐘塔にある鐘の周囲は、四方にメガホン状の拡声器が取り付けてあって、それだけの代物なんですけど、結構遠くまで、エッちゃんの家まで聞こえるそうですから、なかなかの性能です。
4. 9×9の歌
ある日、エッちゃんが
「そうだ、『9×9の歌』を神父様に教えちゃったんだけど、良かったかな」
「エッちゃんは覚えた?大丈夫だよ、多分。神父さんが良いようにするでしょ」
「覚えたよ、時間がかかったけど。でもあれ一桁でしょ、多くなったらどうするの」
「えっ、一桁づつ計算して行くだけだけど」
「どうやって」
と言う事で、複数桁の計算を教える事にしました。だんだんヤバさの深みにハマっているような気がしないでもないですが。で、いつの間にか神父様御一行が隣に。
「誰かから教わったのかね」
「エッちゃんですけど」
「えっ、ワタシが教えたのは、数字と数字の読み方だけだよ、あと一桁の計算」
「だからエッちゃん」
「それだけで『9×9の歌』に繋がるのかね」
あ…疑っていますね、そうでしょ。そういう疑り深い人にはね、
「一桁の計算をよーく観察して、幾つかの組み合わせをじーっと見て、計算してて思いつきました」
嘘ですけど。
「なるほど、観察か!観察の細かさやら、目の付け所が違うのか」
「そうなんですかね、自分では分かりませんが」
「いや、ウンウンウン。なるほど、なるほど。そう言う事か、そうかそうか」
なんか、一人で納得しているんですけど、何を納得しているのでしょう。いいか、ほっとこ。何か面倒な事になりそうですもんね、納得してくれるなら其れに越したことはありません、ないったら、ない。
5. エッちゃんと森へ行く
「エッちゃん家さぁ、ご飯はあるぅ。家なんかさ、朝も夕もろくに無かったけど」
「家も大して変わらないかな、父さんと兄さんが食べちゃうんだよねぇ」
「そうそう、家なんかバカが二人いるじゃん、回って来ないんだよね」
「ミーちゃん家は、多いものね。叔母さんも大変だ」
「どこかに食べ物落ちていないかな」
「落ちてはいないけど、森に行けばそれなりにあるよ」
「森?そう言えば、行ったこと無いや。危なくない」
「この近くなら、大丈夫だよ」
「迷ったりしないし、道もわかるの」
「ふっふっふ、まぁかして」
という訳で森に来ています。しかしながら、5歳にはなかなか辛いです。こっそりと身体強化を使っているので、実際はたいして負担にはなっていませんが、お芝居もなかなか大変なのですよ。エッちゃんは、流石だな。
暫く歩いた後、ふと足下を見ると、自然薯の葉っぱのような物と言うか、蔓が見えた。
「(あれ?これなにかの蔓?)エッちゃん、エッちゃん、お芋っぽいのがある」
呼んでみたけれど、振り返りもしないで答えてきた。
「やめてぇ~っ、それすっごく臭いらしいのよ!前に母さんに聞いたもの」
「臭い?食べられないの?」
「そうよ、食べられはするけど、進んで食べるものじゃないって」
「ふーん」
そう答えては見たものの、どうにも気になったので掘ってみたくなった。
さて、どうしようかなと思ったのだけれど、言い訳が見つからない。
「ねぇねぇ、エッちゃんは採った事あるの?臭いってどれくらい?」
「いやないけどさぁ、母さんから聞いただけだからね」
「じゃぁさ、じゃぁさ、試しに掘って見ない?」
どうにかして掘り起こしてみたいのは、茎からも少しその匂いが立ち上っているのだけれど、それが覚えのある匂いだったりするからだ。確かに臭いって言えば臭いけどね。そう言う食べ物、あるいは調味料と言われなければ…言われてもだな…口にしようとは思われない代物だとは思う。
たぶん体がこちら産だからであろう、確かにそれなりに嗅覚に迫ってくるね、結構辛い匂いだとは思う。でも正体は見ておきたいし、知りたい。
「ねぇいいでしょ『自分で見た物、調べた物、納得したもの以外は信じるな』って言ってたよ」
「誰がよ、どうせすぐ帰るし、休みついでに掘ってもいいけど、でも手伝わないからねっ!ぜっ~たい嫌だからねっ!」
「やった!わかったぁー、いいよ一人でできるから…たぶん」
根菜というか自然薯のような植生ならば、土の中を深く長く掘らねばならないのだろうけれども、魔法の世界は便利である。ここは、こっそりと土魔法で周りの土を柔らかく砂のようにさらさらにして、蔓を引けば、ほらこの通り。ずるずるっと全体を引き出す事ができるのだ。
「採れたぁー、見て見てぇ」
エルくん魔法でずるはしているけどね、ある物はありがたく使わせてもらうよ。
「えぇ~!どうやった…って、くっさぁ~」
そんなに臭いかね?割とお懐かしい発酵臭なんだがね。これは、調味料としてはこっちの人間にはだめかもしれんね。
世の中には食べられない芋だってある訳だし、一応少しだけ腕に押しつけてみた。『食べられなくはない』なんだから大丈夫だろうけど、様子を見てみる事にする。うん、かぶれとかは出ないようでなにより。とはいえ、そのままではまずかろうと言うことで、持ってきた採集袋に入れておく。
「うえぇぇ~、持って帰るの~、信じられな~い」
エッちゃんが五月蠅い。
「そこっ、五月蠅いよ!見たことも口にしたこともないんだから、万が一の為に食べられるなら試しておいて損はないでしょう」
「近づかないでぇ~!」
押すな理論ですかね?にぃーと口を開いて、エッちゃんに向けて振ってみる。
「ぎゃ…」
「ぎゃ?」
可愛く首を傾げてもだめだろうか?
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
鼻をつまんで逃げ出すほどの芳しい香りらしい。そこまでか?そこまで忌避するか?自分ではそうは思わないんだけど、さてどっちの世界に引っ張られているのやら。
だけどさぁ、くさやとかさぁ、納豆とかよりはましだろうになぁ。どこかの国の魚缶詰とかさ。あまり構うと、絶叫発狂ローリングお子様パンチが飛んできそうなので、それ以上はやめておいた。
礼拝堂に持ち帰ると、いつもの礼拝堂の裏庭へ。ちょっとお飯事するからね、人目につくのはまずいからね。
鍋に水を入れ、水につからないように木の枝を巻き簀状に並べていく。何をしようとしているかと言うと蒸せないかな?と。
理由は、化学変化は熱だ熱!これにつきます。要はそれ以外に方法が見つからないだけなんだけどね、食べられる事が判明しているならば、焼くなり煮るなりはたぶんやっているんじゃないかと思ったのですよ。焼くと煮るは、普通に調理法としてあるしね、でも蒸すという調理手段を見たことがない。まさかいきなり『蒸す』って調理法はないのとは聞けないからね。そもそも『蒸す』と言う単語を知らないのだ。
即席竈を作って、火をつけようとした所固まった。火の魔法はまだ使えないじゃん。
そこへ丁度良くジュダさんが来てくれた。焚付に着火してもらおう。
「あっ!ジュダさん。ここに火を着けて」
「ミーちゃん、何をしているの?これは…捨ててきなさい」
とても怖い笑顔で、言われました。やっぱり皆嫌いらしいです。
「エッ!だめだよ、食べられるかどうか試すんだから、だから火を着けて」
「だめよ、煮ても焼いても、それは食べられないの」
「うん、だからお湯の煙で、焼いて見るの」
「お湯の煙?あぁ、蒸気ね。できるの」
「さぁ?誰もやったことがないんでしょ。だから試すの」
「判りました。でも、一人で炊事毎をしちゃだめですよ」
「はーい」
という事で、蒸す事四半時。蒸し終わって物をみると、最初は白っぽかった身が、それこそ合わせ味噌のような色に変わっていた。匂いと見た目だけは味噌である。おかしくね?茹でて熱を加えた事はあったはずである。茶色になったとは聞いていない。蒸したからかな?茹でると水分を含んで、黒っぽくなるとかかな。それならあり得るかもしれない。
「あら、匂いは少し落ち着いた感じがするようになったわね」
「でしょ、それっぽいよね。味は…しない」
ならば、次は味か?それならば塩だろ塩と言うことで、混ぜ込んでみた。塩と言えばそれなりに出回っているし、別にサラリーとして支給されている訳でもないので、物をつぶしながら混ぜて見る。流石に裏ごしまではできないのでだいぶ荒い。おそるおそる少し嘗めてみると、ファンファーレが幻聴で聞こえたかのような味がした。植物学的、食品科学的にはどうであれ、味噌っぽい「味噌モドキ」がそこにあった。
味噌モドキを薄切りにした兎肉に塗り込んだものを焼いて見た。いけるじゃん。当然ジュダさんにも食べさせてみたら、一口噛んだとたんに惚けたような顔になり「ひんふはまぁ~」と礼拝堂へ行ってしまった。食べながら叫ぶでないですよ。
発酵もさせていないのにね、不思議ではある。元より原理も何もわからない。こうなったんだからいいじゃんってな感じ。汁にしてもみたが、汁物はダメだった。やはり発酵モドキには限界があるようだった。
人の食べ物ではないと認識されてはいても、調味料として使ってしまえば、匂いと言うのは薄れてしまい、味の方が優先されてくるらしい。肉に残ってしまう臭みやら、筋っぽさやらが適度に抜けて食べやすくなると評判である。という事で、肉類全般の下ごしらえやら漬け込みやらと、あっという間に村中に広まって行ったのであった。
結論は、ファンタジー万歳&人とは勝手なものである。