八節 クルスの姫様たち
『君の本当の名前は、ダルゥエル。帝国……いや、
ガールドゥ王国第一王子、ダルゥエル・ガールドゥ、だ』
そう言われてから三日。僕は今、スイレンという街に向かう馬車の中で。
「ねえねえ、ダルウェル様。それで、『日本』って、どんなトコなんですかぁ?」
「エリィ、『ダルウェル様』でなく、『ダイ様』でしょう?」
「姫様の言うとおり。正確に言いなさい」
「まぁまぁ、二人共。あんまり怒ってたら、ダイさんが委縮しちゃうでしょう?」
美人さん四人に囲まれています。……どうして、こうなった?
『僕が……王子?ガールドゥ……帝国、の?……何かの間違いでは……』
『ダルウェルが有していた力は二つ。『闇の霊』と『八神・破壊神の使徒』。
君が闇の霊を間違いなく有している事は、シェイルだけではなくタケフミもわかっている。そうだな?』
『……ああ。シェイルのだけじゃ違いがイマイチわからなかったけど、何かあるのはわかってたし、三影の水と、良の炎。それを感知して、違いも、わかった』
『……で、でも、そんな感覚的にあるんじゃないか、って話をされてもそんな事で、僕が、その、ダルウェルとかいう人だって事には……』
『……大。そもそも闇の霊の方を持ってるのは、確定だよ。だってお前、こっちに来てから、こっちの人達と普通に話できてるだろ?』
『……え?』
『霊のバフ効果の一つに『意思疎通』ってのがあってさ。互いにどんな言語で話しても通じるってー……そう、自動翻訳、かな?みたいな効果があるんだよ。俺と三影、良は来た時に『祝福』受けれてラッキーだったけどな。ここ、異世界だぜ?普通、言葉なんか通じないだろ』
『……』
『八神の方は、今は正確に証明できないが、シェイルが「霊意外に別の力がある」と知覚しているから、まず間違いないだろう。だが、できれば確証が欲しい。そして、君がなぜ記憶を失っているか。力の行使ができないか。……それは、この戦争の行方を左右するほど重要な事だ。だから、君がわからないのであれば、それらを調べさせて欲しい。
その為に、君にはバルア城にいる『クィーリア』の所へ行ってもらいたい』
そんなストルさんの言葉で。
「むー。姫様も姉様も硬―い。二人だって異世界ってどんなところか、気になってるくせにー」
とてもフレンドリーに、ぐいぐい僕に話しかけてきている、エリーシャ・ケィリス。十三歳という事で、僕達より年下。
「なっ……私は、そんな、興味なんて……まあ、少しは……っ、そんな、無いですよ!」
姫様と呼ばれた、アリス・クルス。真面目そうな印象の、十五歳。学年的には僕達の一個先輩、らしい。
「姫様、エリィの言う事を真に受けなくてよろしいです。エリィも、姫様をからかわない」
姉様と呼ばれた、イリーシャ・ケィリス。十七歳、という事で大分落ち着いた感じがする。
「あら?私は興味があるわ。どんなところなのか、ぜひ聞いてみたいわ」
そして、おっとりとした口調で話す、マリア・クルス。二十七歳最年長、という事で、三人を上手くまとめている感じがする。
僕は、彼女達。クルスの王族、貴族の四人に囲まれながら馬車に乗っている。……なんか、カリシュスに来てから馬車に乗ってばかりいるような気がする。まあ、最初は『レイカー』という、謎乗り物だったけど。
そして外でこの馬車を囲むように編成されている、十数台の馬車から成るクルスの軍。かなり物々しい行軍ではあるが、万が一でも僕を帝国に渡すわけにいかない、現状動ける最良の護衛をつける、という事で、この状態だ。
とはいえ、このまま直接、バルア城、という所へ行くのは時間がかかりすぎる、らしい。このペースだと十日はかかる、という事だが、カリシュスには魔術による移動方法があるとの事だ。
瞬間移動装置『ゲート』。設備コスト的に主要都市にしか設置されていない、一度に使える回数や人数に制限があるなど色々条件があるらしいが、基本、『ゲート』間での移動はどんな距離でも可能という事だ。……さすが異世界クオリティ。なんて便利なものが。
そのため、一番近い『ゲート』のある街、スイレンという所へ向かっている。
とはいえ、あの話を聞いた野営地からでもスイレンまでは一日弱の距離。ある程度暇な時間ができる長距離移動となると、余計な事を考えてしまう……。
それなりに憧れもあった異世界転生や召喚。そして結構定番な展開の、実は自分は一国の王子様で、隠されたメチャ凄い能力があって……かなりおいしいシチュエーション、のはずだ……が、いざこうして自分に降りかかってみると、こんな暗澹とした気分になるとは思わなかった。
今世話になっている人達の敵国の王子だから、という事もあるのだろう。けど、何一つ覚えていない、心当たりが無い、自分で証明できるものが何も無い。それは、かなり心理的に負担になっている。
それに、僕のせいで……。
サレスさんから僕の正体?を聞かされてから。ぐるぐると考え込んでいた、そんな余計な事を考えてしまう……ような時間は、今は全く無かった。
僕は馬車の中で。彼女達から日本の事を質問攻めにされている。住んでいるところの感じから僕達ぐらいの年の人が何をしているのか。食べ物、飲み物、動物、気候や歴史、国の造りといったものまで……もう、よく話が続くな、と思うぐらい結構、休む間も無く。
特にエリーシャさんがグイグイ来るので、僕は戸惑いながら話をしていた。
「……なるほどー。いいなー、楽しそうな国で。四季?ってのも面白いね、一つの国でそんなに気候が変わるなんて。あたし達の所は砂漠地帯だから、年中暑いし」
「砂漠ですか……それは大変そうですね」
ああ、それで。と僕は妙に納得する。マリアさんを除く三人の肌は、インドとかそれ系の人のように褐色。今まで会ってきた人達は西洋風の白人っぽい人や、僕達みたいなアジア系っぽい人達ばっかりだったから、初見では結構驚いた。
「マリア叔母様の所なんて、水源地帯だから年中涼しくて過ごしやすいのに。まあ山の上とか、氷の世界よりはマシですけどねー」
「……?」
「ダイ様。クルス大陸は砂漠地帯、水源地帯、山岳地帯、氷雪地帯と分れていて、それぞれの区画を各選王家が統治しているのですよ。……それよりエリィ、マリア様を叔母様呼びしない」
「あら、イリィ?私は全然構わないわよ。あなたも昔みたいに『叔母様』って呼んでくれた方が嬉しいのに」
「いえ、私は公私の区別はきちんとつけるべきだと思います」
「叔母さん悲しいわー。ねぇ、アリス?別に、そんなにかしこまらなくていいのにねぇ?」
「お、叔母様……私は、別に……そ、それより続きを……」
はしゃぐように。コロコロと表情を変えながら、ワイワイと交わされる会話。クラスの女子もこんな感じだったような……どこに行っても女の人達って変わらないな……と。僕は心が、少し、軽くなる間隔を覚える。
でも、決して完全に忘れてこの状況を楽しむことは、できなかった。頭の隅に消えることなく引っかかっている、事。
……皆は今頃、戦闘中なのだろうか?
「……心配?」
アリスさんを抱き寄せて頭をなでながら、マリアさんは優しく微笑みながら僕の顔を見据える。その表情のせいか、言葉のせいか。僕はどきり、とする。
『破壊神の力は、比喩ではなくカリシュスを滅ぼせる。実際に数百年前、一度、滅ぼしかけた。その力を、帝国は手に入れるため……』
『待って下さい!……待って……いや、全然、訳が分からないし認めてない……ですけど……つまり……つまり、僕を呼び戻すために帝国は……僕のせいで、皆がカリシュスに来させられてしまった……!』
帝国の王子。仮にそれが、僕だという事であれば。……僕が、僕のせいで皆をこの世界に連れ込むことになってしまった。武文君達は「気にするな」って言ってくれたけど……。
三人はそれぞれに戦う理由を持って戦争に参加している。それを僕が止めることはできないし、帝国を倒すまでは戦争は終わらないだろう。そして今頃、サラディスという都市を奪還する作戦に参加している。
「……はい。でも、その……だったら一緒に戦えばいいだろう、と言われそうな気もするのですが……」
帝国の王子。『闇の霊』と『八神・破壊神』の使徒の力。戦うべき理由は、ある。
「んー……そんな事無いわよ?戦いたくないなら戦わなくてもいいのよ。貴方達だって……アリス達もそうよ?戦えるからとか血筋とかって。そんな事気にしなくっても、まだ子供なんだし、せっかく女の子なんだから。綺麗に着飾って、お化粧して、恋をして。楽しく幸せでいて欲しいものだわ」
マリアさんが僕を慰めようとしてかそんな事を話すが、アリスさんはマリアさんの腕の中で気まずそうに顔を逸らした。なんだろう……と僕が少し疑問を感じると、エリーシャさんが耳打ちしてくる。
「マリア叔母様、姫様とあたし達が参戦するの、すっごい反対してて。姫様は『自分がクルスを取り戻さなきゃ』って感じだし、あたしも姉様も、昔っから姫様をお守りする、って決めてるから、言う事聞く気ないんだけどねー」
こそこそと話すエリーシャさん。先程ちらり、と話に聞いていたが、クルス王家としての生き残りは、アリスさんとマリアさんしかいないとの事だ。王家としての義務を果たしたいと考えているアリスさんと、姪を戦闘に巻き込みたくない叔母、という構図か。そして、恐らく帝国の王子である僕が戦わないと言っている。……間違いなくアリスさんの心中は複雑だろう。
「……お友達は大丈夫、です。『霊使い』であれば簡単に殺されることはありませんし、戦闘においても綺白様がおられる以上、負ける事はありえませんから
……それよりも、こちらの方が心配、です」
そんな空気を換えようとしたのか、僕を安心させるためか。イリーシャさんがそう口にする。……微妙に安心できない言葉が混じっていますが……それは、現在戦闘真っ最中であろう武文君達より、僕達の方が危険、という事だろうか?
「……まあそうねぇ。帝国側としてはダイ様を取り返したいはずだから、いつ襲撃してきてもおかしくないけどねぇ……」
「姉様もマリア叔母様も心配しすぎだよー。ここら辺の帝国兵は、綺白様や耶叢光のみんなと一緒にほとんど倒したじゃない。今さら襲ってくるのなんて、盗賊ぐらいじゃないの?」
……あ。エリーシャさんが今、踏んではいけないフラグを踏んだような気が……。
どんっ。と。
何かが爆発したような音。その瞬間の、四人の行動は早かった。
「えっ……まさか、本当に?」
「エリィ!ダイ様を連れて外へ出て!姫様、こちらへ!」
「お、叔母様……!」
「みんな外へ!急いで!」
「えっ……うわっ!」
馬車の両サイドにある出入り口、それをイリーシャさんが吹き飛ばしたと同時に、僕はエリーシャさんに抱きつかれた、と思う間もなく視界が一気に変わる。
外に飛び出した、と思った瞬間に響き渡る爆発音と、爆風。エリーシャさんに抱きかかえられながら吹き飛ばされ、地面を転がり、何回転かの後に……動きが止まる。
「……っっ!って、すいません、エリーシャさん!大丈夫ですか!?」
「……ごめんなさいダイさま~……着地失敗しちゃった~……」
エリーシャさんの体に埋まるように下敷きにしている事に気づいた僕は、慌てて四つん這いになり体を離す。先程まで痛いぐらいに締め付けてきていたエリーシャさんの両腕は簡単に抜け、脱力したようにそのまま地面にぱたりと落ちる。
僕は慌てながらエリーシャさんを抱き起そうとするが、「だいじょーぶ、だいじょーぶ」とエリーシャさんは自分でゆっくりと起き上がる。……大怪我はしていないようですが……。
パチパチ、と。何かが燃えているような音が聞こえる。今の色々な衝撃から立ち直ってきた僕は周りを見渡す。
ところどころ煙が立ち込めている中。僕達の乗っていた馬車はバラバラ、になっていた。散乱した破片は、ところどころ火がついて燃えている。……爆破、されたのか?
そして、方々から聞こえてくる、金属音と怒号。……そう、まるで戦場、のようで……。
「……ああ、無事で何よりです!やはりこの程度の術、貴方様には意味がありませんですね!」
不意に聞こえてきた、拍手と大声。煙の向こうに見えた三人の人影、その中心にいる小柄な男がそう声を上げながら、言葉を続ける。
「いきなりの無礼、平にご容赦を!なにせ十数年ぶりの帰還、貴方様の事を疑う者達もおります故、実演を兼ねて貴方様の実力のほどを証明させて頂きました!」
両サイドの二人はフードで顔が隠れているからわからない……けど、さっきから喋っている中央の男。その姿は、どこかで、見たような……気が……。
「ラルトスの愚図が失敗したと聞いて!お迎えに上がるの遅くなり申し訳ありませんでした!」
……思い出した!中央の男が身にまとっている白衣の姿、あれは学校の屋上で、僕達と対峙したあの白衣男と同じ物!
でも今喋っている男は、そいつとは似ても似つかない。体つきも小さいし、どこか癇に障るような芝居がかった喋り方。……そして、その表情。何か、嫌悪感を抱いてしまう、ニヤついたような表情。
……それにしても、この話。この流れだと、やっぱり……。
「カリシュスへのご帰還、おめでとうございます。ダルウェル様」
手と腰に手を当て、恭しく一礼しながらの、一言。……やっぱり、そうなりますよね。
こいつは帝国の関係者であり、僕を連れ戻しに来た人。
「……ジャスバー!」
そこへ、何か……歪んだ空気の塊?みたいな物が白衣男に向かって飛ばされ、バチンッ、と手前で弾ける。一礼したままの体勢で髪と服が突風でなびいている白衣男はじろり、と僕の左側の方を睨む。
「……私が話をしている最中だというのに、クルスのメスガキは躾がなっていないですねぇ……」
白衣男が不機嫌そうに上体を起こす。その視線の先には、イリーシャさんとアリスさん、マリアさんが、特徴的な槍を構えて立っていた。……三人共、無事だったのですね。
「貴様、なぜここに……いや、どうやってここに来る事ができた!?このあたりのゲートは……」
「……きーきー煩いですねぇ……今の攻撃で死んでいてくれれば、静かで良かったのですが……」
煩わしそうに呟くジャスバー、と呼ばれた白衣男に、声を上げていたイリーシャさんは飛び掛かろうとするが、マリアさんが肩に手を置き制止する。
「……それで?私達に戦闘を仕掛けて来たって事は、彼を迎えに来た、って事かしら?」
僕を手で指し示すマリアさんの言葉に、ジャスバーは表情を明るくさせる。
「……ええ、ええ!そうですとも、マリア・クルス!我等が帝子、ダルウェル様をお迎えに上がり、ついでに、貴女と、そこにいるアリス・クルス。その首も頂いていこうと思いまして!」
何かとんでもないことをさらっと言っている……と、ジャスバーは気持ちよさそうに話をしているからか、マリアさんがエリーシャさんとアリスさんに、何か耳打ちしているのに気づいていない。
「この奇襲は驚いたでしょう?まぁ兵数は揃えられなかったですが、貴女方の兵士達を足止めする程度には揃えられましたからねぇ!邪魔が入らずに帝子様をお迎えするのには役立った、といったところでしょうか!」
イリーシャさんがエリーシャさんに目配せする……エリーシャさんがマリアさんを見て頷いた瞬間。
「行って!」
マリアさんが叫ぶと同時に、イリーシャさんとエリーシャさんが、ジャスバーに向かって飛び掛かる。イリーシャさんは空間の歪んだような……突風、だろうか?エリーシャさんは雷を放ちながら。
「……本当に、躾のなっていない……」
先程までとうって変わって不機嫌そうに呟いたジャスバーは、微動だにしない。しかし、両サイドにいたフードの二人。それぞれがイリーシャさん達と同時に動く。突風を……レーザー?のような光線で、雷を雷で相殺、互いに剣で槍を抑える。
「……もらった!」
そこに。一呼吸おいてジャスバーに向かっていたアリスさんが、槍から派手に炎を吹き出しながら突き入れる。だが、それはジャスバーがどこからか出した、短めの杖によって防がれ、体ごと弾き飛ばされる。
「……この程度の攻撃が通用すると……」
「思ってないわよ?」
マリアさんが独特の構えをして。手にしていた槍を、ジャスバーに向かって全身を捻るようにして投げる。アリスさんが出していた炎の残りを吹き飛ばしながら。槍は一直線にジャスバーに向かって飛ぶ!
これは躱せないだろうと思う程に早く、防げないだろうと思う程の威力を感じ取れる投槍。しかし。
ぼしゅん、と。
ジャスバーの目の前に大量の水……いや、高圧の水柱だろうか?それが上から下に落ちてきて、槍は地面にめり込み失速する。
「油断しすぎだなぁ。もっと早く指示を出そうか」
どこから現れたのか。そう言いながら現れたのは、ウェーブのかかった髪型の、ひらひらした服装の男。……黒目が大きい。
「う、煩い!貴様こそ気を遣って、もっと早くに出てこないか!」
動揺しているジャスバーを尻目にウェーブ男は軽く手を払うと、イリーシャさんとエリーシャさん、アリスさんの首から下が、水で包まれる。
「……くっ!」
「やっ……!」
アリスさんとエリーシャさんは、それで身動きできないのだろう、その状況に抗おうとしていたが、イリーシャさんは、顔面蒼白で呟いた。
「……水のロティディ……」
イリーシャさんの言葉に、アリスさんとエリーシャさんは、ぎょっ、とした表情をする。……そんなにヤバい人、なのだろうか?
そしてマリアさんは。
「……オイ、クソ白衣。ロティディ様に無礼な口きいてんじゃねぇ、殺すぞ。いいからとっとと用事、片せよ」
いつの間にか後ろから。浅黒い肌をして、同じように黒目が大きい男に、手足を岩で固められていた。
これは……かなりヤバい状況なのでは?どうしよう……と考える間もなく。
「……ええ、ええ。順番が色々と狂ってしまいましたが。お迎えに上がるに当たり、ダルウェル様。貴方様に献上したい者達がおりまして」
忌々しそうに舌打ちをした後、ジャスバーは先程までイリーシャさん達と戦っていたフードの二人を、前に出させる。
改めて見ると、随分と小柄な……まるで僕達と……同じ、ぐらいの……。
まさか……。
「我等の新たな戦力となった、霊使いの二人です」
ジャスバーがフードを取った、その二人は。僕と一緒にカリシュスに転移させられた、角田光一君と加川広行君。その二人だった。