七節 サラディス攻戦
「ファイヤー!」
声高らかに叫びながら手を振り上げる。シーツを広げたぐらいの大きさの派手な炎が敵兵士にぶちあたる。
ま、どうせ効果は無いけどな。見た目の派手さに比べて、威力はほぼ無い。帝国兵の鎧はいい魔防効果がついてるから、せいぜい目くらましにしかならない。
でも、目くらまし目的で撃ったから十分。俺は炎を放つと同時に身を屈めて大剣を振り払うモーションに入ってる。帝国兵が炎をかき分けた、と同時に大剣を敵のわきっ腹に叩きつける。ガギャッ、と金属が砕ける音と一緒にそいつは派手に吹っ飛んだ。よし、あいつはもう戦えないだろ。
俺の叫び声に反応して武文がこっちを見た……すごく呆れたような、引いた表情をしている。どうも、俺の魔術の命名が気に食わないらしい。
初めてあいつの前で『炎の霊』の力を見せた時「ファイア、ファ〇ラ、フ〇イガ」って、それはもう見事な再現をしてやったってのに「コンプラ的に止めろ」って止めやがったからなー。「メ〇ゾーマ」とかならいいのか?
どっちにしろ、気の利いた技名なんぞ俺には思いつかんし。イメージしてなんか叫べば適当に出るし、どうせ俺の炎なんか目くらまし程度だし。
直接殴った方が早いわ……と、俺は続けて、炎に怯んでる近場の兵士に剣を叩きつけた。
王子サマ達との謁見から大体二日。謁見後の霞の状態は気になったものの、フォローしてる暇は無かったし、それに、今はそれどころじゃない。
俺達は今、サラディス奪還の戦闘中だ。
俺は戦闘するのにどんな準備がいるかよくわからないが……予定より大分早められた、とシェイルが喜んでた。
それも、ルードックがサラディスの偵察をやたら早く終わらせた事と、元々持ってた情報をうまく使えたのが大きい、って事だ。
王子サマ達との謁見が終わってすぐに。俺はルードック、武文、マサと一緒にサレス、シェイル、綺白と、そのお付き何人かが集まってる作戦会議に呼ばれた。
謁見の時とほぼ人が変わらない。霞が抜けて、それの世話でストラルも一緒に抜けて。そして王子サマ達の側近が数名増えたって感じで。
で、その中ですぐに偵察部隊が編成されて30分とせずにルードック達の出発が決まった。
なんか耶叢光の隠密潜入に長けた陰部隊ってのがルードックの部隊一人に一人つくみたいな……そんな感じで組まれた偵察部隊が先行したのに遅れて、俺達はサラディス付近に出発した。
付近、ってのは、あの駐屯地から馬車で半日ぐらいの場所にサラディスはあるらしく……その中間地点ぐらい?そこに駐屯地を移して、半日。ルードック達が帰ってきてまた会議、そして作戦決行、って流れだ。
『私がここの『ゲート』で帝国から赴任して出立した時。その時から兵数や師団長、部隊長の配置は変わっていませんね。一度侵略成功した各都市を奪還されている現状にもかかわらず、です』
『……それは妙だね。本国から援軍が来てても良さそうなもんだけど……』
『帝国は開戦以来、凄まじい速さで各国王都を陥落させました。現在落とせていない王都はバルアのみ、帝国にとって最前線であるこの地に兵力を集中させるのが本来は当然。
ですが、実際は攻め切るか否か迷っている……いや、これは、サラディスは破棄した、と見ていいと思います』
『……理由は?今の我々の兵数はどうとしても、将軍クラスは圧倒的に帝国に劣ってる。彼らが一気に攻めてきたら、抑えきることは難しいが』
『……帝国は元々開戦宣言後、一気に各国王都を各個撃破。その後は王都を拠点に各公領を侵略していく予定でした。
しかし誤算が三点。
各国の主要人物、主要部隊が即座に国を捨て、バルアに集結し連合国軍を結成した事。
ルヴに協力してもらい、バルア王都の『ゲート』を即帝国限定に封鎖した事。
そして、各公領の抵抗……特に耶叢光とティルム、ですか。そちらの戦闘に相当数戦力を割かれてしまっている事。
……それらの方を優先するため、バルア攻略は一旦保留、サラディスも一時連合国軍を引き付ける囮として使う、という事だと思います』
シェイルやサレス相手にそんな感じで話してたルードック。じゃあもうこれは早急にサラディスを奪還してしまおう、ってな流れになった。
つっても、市街戦だからその後にしっかり作戦は練っていたな。その結果、隠密潜入に長けてる耶叢光の陰部隊とルードック達の部隊で開戦前に先行して潜入、市民の避難誘導。防戦に優れているフォルツ聖騎士団が逃亡防止で都市を取り囲む。それらが終わったら先行部隊と俺ら、そして近接戦に優れた耶叢光の侍部隊が突入、一気に制圧、という事になった。ティルム騎士団は平均的な能力らしいから、各部隊のサポートで。
なんでも耶叢光の侍部隊は、近接戦に限れば各国の兵士の三割増しで強いらしい……赤ザ〇かな?
「『青式、轟水弾』!」
後ろから聞こえたルードックの叫び。と同時に俺の後ろに結構な大きさの水の球が飛ぶ。振り返った俺の目に、倒れている帝国兵が二、三人映る。
「リョウさん!油断しないで下さい!」
「悪い!助かった!」
もうすでに乱戦となっている戦場。ただでさえ霊使いは狙われやすい、って言われてたし、考え事してたら不意打ちもされるわな。
って……。
「ルードック!お前なんでこんな前に出てきてんだよ!後ろで……っだらぁ!部隊の指揮とるって言ってた……、っらぁ!だろー、がっ!」
もう敵が集中して襲ってきて会話もままならん。俺は3人ぐらいぶっ飛ばしながらルードックに叫びかける。
「師団長の場所が分かりました!誘導します!」
水球を打ちながら返答するルードック。魔術の形がブレている。前に言ってた、複合型の術式使いは発動する術を口に出さないと「混ざる」って言ってた、あれだな。
『師団長と一から五の各部隊長を拘束、あるいは戦闘不能にすれば、後は一気に制圧できます』
戦闘開始前にルードックが言ってた、今回の戦闘の勝利条件。
「武文!マサ!だそうだから一緒に……」
「こっちはストラルが部隊長の一人を見つけた!俺はそっち行くからそっちは任せた!」
少し離れた位置にいるであろう武文が俺の言葉に叫び返す。それと同時にルードックが俺の傍に来る。マサは……返事が無い。どこにいるか、わからない。
「他の部隊長の場所もほぼ判明し、他の部隊が向かっています。こちらも急ぎ向かいましょう。道は作ります……全員、避けろ!『青式、海嘯発波』!」
ルードックから一方向に放たれた鉄砲水のような大水流。水量がえげつない。大体の奴は敵味方関係なく、先に発したルードックの言葉に反応して水流を避けて……道ができた、俺とルードックは示し合わせることも無くそこを突っ切る。
「お前、今のかなり大技っぽいけど魔力は……」
「すみません、あまり残っていません。しかしここの師団長ラガントは私では敵いません。すみませんが、リョウさんの方が向いてます」
「わかった、任せろ」
走る速度はほぼ同じ。表情には出していないが顔色が悪い。あまりどころか、ほぼ使い切ってんじゃないかこれは……。
「この裏切り者がぁ!」
「……『碧式、氷盾!』」
不意に後ろから聞こえた叫び声、に反応して術式を出すルードック。爆発音と同時に、剣を抜いたルードックのモーション。人の倒れる音。
「……おい、今の……!」
「露払いはまだできます!止まらず進んで下さい!」
言うだけあり、ルードックが立ち止まったのは敵を倒す一瞬で、すぐに俺の横につく。
「……いや、そーじゃなくて、今の……」
「……今までが無さ過ぎただけですよ。謗られる覚悟はできてますので気にしないで下さい」
これまで戦ってきたのは四回。ほぼ俺が前に出てたからこんな事はなかったが……確かに帝国側から見れば、なあ。
それからすぐに。師団長という奴の所についたが、そこには、かなり信じられない光景があった。
数十、か。そこら中に帝国兵が倒れている。殆どがピクリとも動いていない。その中央に、師団長だろう、かなり良さげな鎧と長剣、大きな盾を持ってる髭のおっさんと、血まみれの、綺白。
「……あん?リョウ、か?それと……ルードック、か。てめぇがここにいるってのはまぁ鼻がいいだけなのか、それとも……」
「おい!お前血まみれだけど怪我は……」
「ぁあ?……あー、全部返り血だよ。俺ぁ傷一つ無ぇわ」
ごしごしと、うっとおしそうに袖で顔についた血を拭いながら話す綺白。腰に四本の刀を差しているが、手にしている刀は一本。それも、妙に綺麗な刀……この状況、こいつ一人で全部やった、のか?
「……流石、耶叢光の王子、ですな。思わず見惚れてしまいました」
部下がやられているのにも関わらず、と師団長の……ラガント、ってさっきルードックが言ってたっけ?が自嘲気味に言った。
「おかげで、会いたくもない者と会う羽目になってしまいましたな」
そう言ってラガントは険しい表情でルードックを見た。ルードックは目を逸らすことなく、その視線を正面から受け止める。
「……貴様が手引きしたのか?連合国軍の彼らを、かつての仲間がいるこの場所に」
まあ、ルードックが帝国を裏切った、ってのはさすがに知られてるよな……ラガントは「どんな気分だ?」ってな感じの表情でルードックを見てる。
「……私は、私の行動を間違っているとは思っていません。ディード様の教えを遵守できるよう、必要な事をするまでです」
「貴様は……、いや、貴様はそれでいいのだろうな。私も、私のするべき事をするまでだ」
「……将軍。投降して下さい。戦況は決しています。それに、本国は」
「例え我らの帝国が戦略上この地を捨てたとしても、この地を占領し守るよう命を受けているのならば、それを死守するのみ」
そう言って長剣と大盾を構えるラガント。ルードックは悔しそうな表情をしたがそれは一瞬。すぐに俺に視線を移した。
「……あぁ……まぁ丁度いいか。おい、リョウ」
そんな二人のやり取りを静かに見ていた綺白が、不意に俺に声をかけてくる。
「アレはお前が先にやっていいぜ。おい、おっさん。とりあえずこいつ一人にやらせっからよ」
は?俺一人?お前は手伝わないのかよ、って喉まで出かかったけど、そういやこいつが本当にこの数を相手にしてたんなら、そりゃ疲れてるよな、って考えを改める。
「……その少年一人で、ですか?……確かに『霊使い』ではあるようですが……」
「なんならルードックと二人ででもいいぜ。あんたにゃ、二対一でちょうどいいハンデだろ?」
「いえ、貴方は……」
「こいつらがやられたら、やってやるよ。……それとも俺込みで三対一のがいいか?」
ラガントが僅かに考える。この数やったんだったら綺白が強い、ってのはわかってんだろうけど、俺とやってる間に体力回復されるのも厄介だよな。ルードックは……魔力はまだ全然回復しきってないな、やる気になってるけど、それを俺は手で制止する。魔力切れの状態じゃ、まともに戦えるはずもない。
「……是非も無し。少年、すまないが直ぐに終わらさせてもらう」
「ああ、俺の勝ちでな!」
そう叫んで俺はラガントに突っ込み、腰だめに右薙ぎの一撃を振るう!ラガントを体ごと吹き飛ばすつもりで放った全力の攻撃!
ギヤリリッ!と不快な音をたてて、俺の剣がラガントの盾を滑る。
「何っ!?」
「なるほど、いい一撃だ!」
体勢の崩れた俺に向かってラガントが長剣を突き入れる、それを右手の小手で辛うじて弾くが間髪入れず突き出された大盾に俺は吹き飛ばされる。
「っつ!……っのやろっ……!」
吹き飛ばされながらもなんとか踏み止まり、俺は全力での振り切りを止め連続での斬り込みをする。
一撃、二撃、三撃……すべて大盾で防がれた上、三撃目でまた盾で斬撃を滑らされ体勢が崩れる。そこにラガントの剣が突き出される。俺はとっさに顔を逸らし、鎧でうまく受け流せた……態勢をすぐに整える。
……三撃目。あれは角度的にイケそうだったから少し力を込めた攻撃だった。それを流した、って事は、こいつ、ちょっとでも力の入った攻撃を狙って受け流してこっちの体勢を崩し、そこを攻撃、って事か。防御重視のカウンター。なるほど、これはルードックの近接戦での戦い方に似てる。
でも、感覚的にこいつの方が受け流しの精度が高い、ような気がする。俺が初めてルードックと戦りあった時は反撃を許さないぐらい剣を振って受け流しのできないタイミングを作れたが……こいつ相手に、それが……いや、できなくても今の俺じゃそれしかないな。
考えるより動く!
「どうした?そちらからこないなら……!」
ラガントが喋りきる前に俺は再度剣を振るう。あまり力を込めずに、手数勝負だ。ことごとく大盾に防がれるが、構わない。俺が攻撃している間は、ラガントは手を出してこない。根競べだ、弱攻撃でも大盾ごとぶっ壊してやる……!
「……あ」
そんな、綺白の、のん気な感じの声。ちょうど十数撃目、剣を振るう途中で聞こえたその声と共に。
俺の剣が根元から、バキンッ!と折れた!
「っつ!……だぁあ!」
その隙をラガントが見逃すわけもなく。連続で突き入れてくる剣撃!俺は折れた剣、小手を駆使しながらその攻撃を何とか受け流すが、これじゃそのうちやられる。
……しまった、今までもたまにあったけど、俺の攻撃はどうも荒いらしく何度か剣を折っている。大概そういう時はルードックに替えの剣をもらってたけど……今もその辺に転がっている剣を俺に渡そうと用意してる、が、隙が……。
その時。
不意に割り込んできた人影。そこから放たれた、数撃の剣撃。その全てをラガントは大盾と剣で受け流すが、大きく退いてくれた。これは……!
「……マサ!」
「何をしている、お前は」
そう言って割り込んできた人影、マサは俺に向かって剣を投げ渡す。俺は折れた剣を手から落としつつそれを受け取る……ルードックが驚いた顔をしている、これ……ルードックが持ってたやつか?素早いな、こいつ。
「貴様……」
ラガントが警戒した様子でマサを見る。それを気に留めず、マサは周りをゆっくりと見回した。疲労の残る表情のルードック。面白そうにニヤついている綺白。
「……俺も加勢する。合わせるから好きに動け、良」
「……頼むっ!」
そう言い合って、ラガントに駆け出す俺とマサ。そこからは。
俺とマサが動きを止めることなく交互に剣を振るい。防戦一方になったラガントは、剣も駆使しながら俺達の攻撃を防いでいたが。二人がかりだからか、大盾での受け流しの精度が明らかに落ちている、これなら……!
数十撃の攻撃の後。マサの攻撃がラガントの剣を弾き。俺が放った全力の剣撃が大盾と鎧を破壊し、そのままラガントの体にめり込む。
「……がはっ……」
血を吐きながら崩れ落ちるラガント。俺は剣から手を放し僅かに後ろへ離れる。……疲れた。今までに無いぐらい動いたのもだけど、実際マサが来てくれなかったら結構やばかったし、気疲れと体力、どっちも疲れた。
そこでラガントに駆け寄るルードック。一瞬、近づけさせて大丈夫か迷ったが、殺気も無いし、もうあの傷なら。……なんかラガントと話してるが、よく聞こえない。まあ、なんか顔見知りみたいだし、色々あるんだろう、聞き耳たてるのも悪いかな、と俺は少し離れる。
そこで。戦場内に帝国軍が降伏した、という大きな声が数回響き渡った。……ラガントを倒したからか、と思ったが、いやいや、敵の大将倒して自動で敵軍が降伏したって音声流れるなんてどこのゲームだよ、と考えを改める。……まあ、何か誰かがしたんだろ、って事で納得する。……疲れたからもう考えたくない、後で誰かに聞こう。
「終わったな」
「……ああ、そだな……」
そんな俺に話しかけてくるマサ。俺が疲れ切ってるのに、こいつ息を切らしすらしとらん……なんか適当にサボってたんじゃないだろうな、こいつ、と余計な勘繰りが出る。
と、そんな俺達を。なにか厳しい表情で見ている、綺白。……あ、ちょっとこいつの存在忘れてた。……なんか、怒ってる?
「……ご苦労、リョウ、ミカゲ」
「……あー……どうも……ってか、なんか怒ってる?あれか、俺がタイマン諦めてマサの手を借りたから……?」
「ぁあ?……アホか、戦闘でタイマンも何も無ぇだろぅが。二人がかりでも何でもねぇよ。大体、お前が本当にヤバそうなら俺が割って入ってたわ」
「……ごもっとも。んじゃ、なんでそんな怖い顔してんの?」
綺白はちらり、とマサに視線を移したがそれは一瞬。すぐに「何でもねぇよ」と踵を返し、歩き出す。
「事後処理あるから、一旦外の連中と合流するぞ。とっととついてこい」
そう言った綺白の後に、マサは続いて行った。俺は……いつの間にか隣に来ていたルードック。
「あー……なんだ、その、大丈夫か?」
「はい。すみません、お待たせしました」
何か、気まずい。ラガント。そいつとルードックがどんな関係だったか知らない。けど、多分、それなりに強い繋がりのある……関係だったんだろう、とは思った。それを、俺が倒し……いや、止めを刺したからな。
そんな俺に「そのうちゆっくりお話ししますよ」と話し、気を使って別の話題を、俺が疲れない程度に振って来るルードック。
その手には、ラガントが使っていた剣が握られていた。