六節 ダルウェル・ガールドゥ
先程の村から馬車で一時間弱。そこに連合軍の駐屯地、と言われていた場所がありました。
駐屯地、と言っても村や町のような建物があるわけではなく、やけに簡素な石造りの建物やテントが所々に張られていた。そしてそこにいる兵士、その数はカリシュスに来てから見た人数の比にならないほど多く、けれど皆整然と動いていて。
野戦地の拠点、といった印象だ。本来なら人気の無い街道の途中なのだろうか、谷間のここに、これだけの人が集まっているのは戦時下、作戦中、といった単語を嫌でも連想させる。
「……到着しました」
ストラルさんの言葉に僕達は順に馬車から降りる。武文君、三影君、布流谷君。ルードックさんとストラルさん、そして僕。
謁見が許されているのは僕達だけ、という事で、ストラルさんの部隊とルードックさん……じゃなくて布流谷君の部隊?でいいのか……はかなり手前で馬車を止めていた。
そこは、駐屯地の中央、なのだろうか。ぽつんと。そう、ぽつんと、少し大きめの建物が、広間の中央に一軒だけ建っている。その光景は、周りの密集具合を見ても、かなり、異様に感じた。
入り口に女性が一人、立っていた。
「お待ちしておりました。皆さま、こちらへどうぞ」
物静かな雰囲気の妙齢の女性……だけど、ぼくはその人を気にする余裕は殆ど無い。
「あー、王子様達かー……さすがに緊張するわー」
女性の先導に室内を歩きながら。あまりそういった様子に見えない布流谷君が、僕の心情を代弁するかのように口を開いた。
確かに緊張します。しかし、それはこの世界、カリシュスにおける王族に謁見する、という事だけでなく、この空間。布流谷君が喋るまで、僕達の足音だけが響いている、やけに静かな空間が、緊張感を助長させているように感じる。
「よく言うわ……お前、俺ら『異邦人』とか『霊使い』がどんな扱いされてるかって、どうせルードックとかから聞いてんだろ?」
武文君の言葉に布流谷君は余裕を持った表情で肩をすくめる。やはり布流谷君は緊張してませんね、そんな人ではありませんし……そういえば、僕達みたいな異世界人はVIP扱いだという話でしたっけ……いまいちピンとこない事ですが。
さほど歩くことなく。天幕のような布が垂らされた入口のところで、女性が立ち止まる。
「こちらでお待ちです。お入り下さい」
ここか……その女性は中に入る気配は無い。僕達だけで入る、という事だろう。武文君が躊躇なく布を除け中に入り、僕達は後に続く。
広めの部屋の中。何の……いや、魔術、かな?ぼんやりとした、間接照明のような柔らかい光の中、その奥。一つの円卓でこちらを向いて座っていたのは、三人。
「来たか。……確かに面影はある……どうだ、綺白」
「……間違いないな。歳の事は置いといても、血族から外れてるみてぇだな……まぁディルヴィの例もあるしな」
「だからあたしが言った通りだろう?アレの気配は、正確じゃないにしろあったから、ね」
中央に黒髪長髪の青年。右に、やけに態度が悪い赤髪の青……年?少年?。そして、左に金髪美人の……、……シェイル、さん?
「よく来てくれた、『異邦人』の皆様。ストラル、任務ご苦労。そして、報告は聞いている、ルードック。まずは、初めて会う者もいるだろう、私達の自己紹介から始めようか」
黒髪長髪の青年が明朗な口調で僕達に話し始めた。口火を切ったことと、中央にいる、という事は、彼がこの中でも代表、という事だろうか?
「私は現在、連合国軍で総司令官をやらせてもらっている、ティルム王国継承第五位、サレス・ニルフ・ティルム。以後、お見知りおきを」
黒髪長髪の青年が最初に名乗った。継承第五位、で、総司令官?なんか微妙に偉いのか偉くないのかよくわからない。
「耶叢光群島王国、第一王子、耶叢光綺白」
次に、赤髪の青少年が不機嫌そうに口を開く。僕達と同い年ぐらい……一、二個上、に見えますが……第一王子と言いながら、ルードックさんよりもヤンキーに見える。それと、その特徴的な赤髪。血に濡れたような、とても鮮やかな赤色。
「ティルム聖王国、第一王女、シェイル・フォルツだ。ダイ。この間は詳しく自己紹介できなくて悪かったね。初めましての二人も、まあよろしく頼むよ」
最後に、悪戯っぽく微笑みながら名乗るシェイルさん。……ああ、そういえば最初に会った時に、しっかり『フォルツ』って言ってましたっけ……まさか王女様だったとは。ううっ、今更のように緊張します。
「さて……本題に入る前に話をつけなければならないことができた。順に話していくこととしよう。タケフミ」
サレスさんがタケフミ君を名指しして言葉を続ける。
「無事、友人と出会えたようだな。未だ三名の行方がわからないとは聞いたが、まずは再会できて良かった」
「ああ、連合軍のみんなのおかげだ、ありがとう。残りの連中を探すのも頼むよ」
王子様相手にその返答でいいのですか武文君!?と口に出そうになりましたが、武文君はそんな僕の方を向いて「大丈夫、大丈夫」といった様子で手をひらひらとさせる。
「それで、ミカゲ・マサシ。フルヤ・リョウ。君達二人は私達と一緒に帝国と戦ってくれると聞いているが、それは間違いないか?」
サレスさんの言葉に、部屋の中をきょろきょろと見ていた布流谷君は「あ、俺?」といった感じでサレスさんに視線を移し、静かに三人を見ていた三影君と、口を開く。
「ああ。せっかく異世界召喚されて、『炎の霊』なんて面白そうなモン貰ったし、一緒に戦わせてもらうぜ?」
「元の世界に帰るのに必要な事であれば、俺は協力する」
「……帝国に協力する、という考えは無いのか?あるいは、我々が帝国を打倒し『神の子』を奪還するよりも、帝国に協力した方が確実に元の世界に戻れるかもしれない、とは?」
「あー……それは無いな。正直、帝国のやり方は気に食わねぇ。戦争始めた事もそうだけど、何戦かやり合って、あいつら、平気で戦えない……女子供を巻き込んでやがるからな。そんな連中に手を貸すなんて、考えられないわ」
「武文が協力していて、良がこう言っている。なら、俺もそうする」
淀みなく答える二人。布流谷君の言葉に、いつの間にか綺白さんは少し機嫌良さそうに口の端を上げている。
二人がこう、はっきりと言い切るところを見ると、僕としては少し肩身が狭いですが……でも……。
「ああ、いや、嫌な言い方をして悪かった。……正直、君達『異邦人』がこのタイミングで現れるというのはこちらとしても想定外だったし、まだ子供。
本来ならすぐに元の世界へ送り届けるべきなのだろうが、私達も戦力不足なのは認めざるを得ない。『霊使い』が協力してくれるのは、とても助かる」
サレスさんの言葉に「いいって事よ」と応える布流谷君。相変わらず馴染むのが早い。先程から王子達三人を見ていると、武文君に布流谷君、三影君の言動や態度に対しては殆ど何も感じていない様子だ。カリシュスでの礼節はわからないが、王子様方相手にこういう態度でも大丈夫というのは、少し驚く。
「さて、ルードック・ゼレン」
次に名指しされたのはルードックさん。彼はサレスさんの言葉に軽く一礼する。……やっぱり、カリシュス内では間違いなく上下関係、それに伴う礼節は、ありますよね?
「君は現在、リョウを長として部隊ごと従っているという事だが……それは、君達の部隊ごと連合国軍に合流して、帝国との戦争に参戦する、という事でいいのかな?」
「はい。そうして頂きたいと思い、こちらに来させて頂きました」
丁寧にはっきりと、そう答えるルードックさん。先程の布流谷君達の態度も相まってか、和やかな雰囲気で話が進んでいく。だが。
「ルードック、てめぇよ……帝国のルーキー共の中でも幹部候補な上、昔から気持ち悪ぃほど皇帝に尻尾振ってやがったよなぁ。それが、帝国を裏切るって?それを、俺らに信じろってか?」
不機嫌そうな口調で、喧嘩を売るような表情で睨みつける綺白さんの一言で、部屋の中に緊張感が走る。正直、かなり怖い。しかし、ルードックさんはそんな綺白さんの様子に動じることなく。
「はい。私が、私達が忠誠を誓っていたのはガールドゥ王国国王、ディード様であり、今の帝国の皇帝ではありません。私達はディード様の教えに従い、現在の帝国を打倒し、皇帝の真意を確認、対応する必要があると考えています」
一切の迷いなくそう言い切った。そして。
「……前回の魔降周期に家族を失った私達が、今こうして自分の生き方を、戦う力を持つことができたのはディード様の教えのおかげです。
今のガールドゥ王国は……皇帝は、明らかにおかしい。ですが、帝国内の一部隊では皇帝の真意を聞くことができない。私達としては他国の力を、貴方達の力をお借りしたい。どうか、私を……、私達を連合国軍に加えて頂きたいです」
真剣な様子で語ったルードックさん。わずかな沈黙の後、サレスさんとシェイルさんが綺白さんを見る。綺白さんは軽く肩をすくめた。部屋の中の緊張感が緩んだ気がした。
「……とだけ、考えていましたが」
ルードックさんは言葉を続ける。布流谷君を見ながら。
「私達としては、リョウさんと共に戦いたい、という考えもあります。つきましては、このまま彼を隊長として部隊の存続を許して頂きたいです」
ルードックさんの言葉にサレスさんと綺白さんは難しい顔をする。が、すぐにシェイルさんが返答する。
「ああ、いいんじゃないか?タケフミやマサシも一緒の方がいいだろうし、まとめてあたしが面倒を見るよ。……それでいいね?」
「……、……私は構わないが……」
「……後で考えりゃいいんじゃねーか?誰が見るかは……」
「って言ったって、綺白は自分の部隊に入れる気ないだろう?サレスにこれ以上負担かけるわけにもいかないし、マリアやアリス、キシュルスあたりじゃ難しいだろうし」
「あぁ……まあ、リョウ次第、ってとこも……無くはないぞ」
なにか雑談が始まっていますが。サレスさんが一つ咳払いをして話を続ける。
「まあ少し考えさせてもらいたいが、悪いようには……」
「私達の部隊は偵察が主任務でした。小隊規模のため各人の役割に替えが効きません。もし部隊を存続して頂けるなら、まずはサラディスの斥候を行いますが」
サレスさん達三人の表情が明らかに変わった。明らかな警戒、……と、期待、だろうか?
「ウィレム、スイレン、シグド。連合国軍は現在、バルアでも『ゲート』のある主要都市を奪還している最中だとはわかっています。サラディスが最後、という事も。
私達はサラディスを拠点としてバルアに配属されていましたから、一ヶ月程度前の帝国軍の状況はわかりますし、現在の状況を探ることもできます」
「……それは……いや、しかし……」
「……てめぇらが」
「『実際にはスパイとして連合国軍に潜入、情報を帝国に渡す事を任務として動いている』という事を警戒されているのでしたら、偵察が終わるまで誰か目付と、こちらの情報は一切私達に渡さないで下さい。私としては、これが」
「話が逸れて長くなりそうだねぇ」
ルードックさんとサレスさん、綺白さんの会話にシェイルさんが割り込む。そして。
「そんなにゆっくりしている時間も無いからね。とりあえずその話は後にして本題に入るよ。アティリア!刀摩!」
誰かの名前。シェイルさんがそれを叫ぶと、入り口から二人、姿を現す。先程まで僕達を先導していた女性と、がっしりとした体格の髭のおじ様。……新キャラが多くて頭が痛い、まあ連合国とか軍隊とかだから、人が多いのは当然なのだろうが。
「二人と、あとストラル。三人でルードックを見て、ある程度話を聞いといてくれ。……いいね、サレス、綺白」
「……ああ、そうだな。頼む、アティ、リア」
サレスさんの言葉に女性は一礼。綺白さんは憮然とした表情、無言でおじ様に向かって追いやるような動きで手を振り、おじ様は恭しく姿勢を正した。
「……わかりました。では、また後で」
ストラルさんがそう言い、ルードックさん、サレスさんは、アティリア、刀摩、と呼ばれた二人と一緒に、四人で部屋の外へ出ていった。
そして、部屋に残ったのは王子方三人と、僕達異邦人組。……この状況は……?
「カスミ・ダイ」
不意に、サレスさんに名前を呼ばれる。
「は、はい。なんでしょう、か?」
サレスさんの、やけにかしこまったような言い方。唐突に名前を呼ばれて僕は戸惑いながら返事をする。
「君はタケフミ達と違い、我々と共に戦わない。そもそも戦争に参加する気が無い、と聞いているが、それは間違いないか?」
ゆっくり、はっきりと。僕の意思を確かめる言葉を、決して咎めるような口調ではなく、ただ確認するように話す。
「……はい。申し訳ないですが、僕では武文君や布流谷君、三影君みたいに役に立てそうにはないので……」
「帝国に協力する、もしくは接触を図ろうとすることも、無いか?」
「……ありません。帝国に接触する、と言ってもやり方もよくわからないですし」
「やり方がわからない……か」
サレスさんの言葉。何か引っかかるような言い方ですが……。
「……あんたさぁ」
そこに綺白さんが口を挟む。
「元の世界に帰る、って目的持ってよ、友人が命がけで戦おうって言ってんのによぉ。一人だけ何もしません、って、それでいいのかよ」
「……でも、僕には武文君達みたいに『霊使い』とかいう力も無いですし、さすがに戦争に参加できるほど腕も無いですし……」
「いや、綺白の言った事は気にしないでくれ。綺白は個人的な感情で話をしているだけで、そもそも、私やシェイルとしては君が参戦しない方が都合が良い」
苛立った口調の綺白さんを窘めながらサレスさんがそう話す。……『参戦しない方が都合がいい』?それは一体なぜ……と僕は聞こうとするが、サレスさん、綺白さん、シェイルさん。三人が顔を見合わせ頷く。……何でしょうか?
「私達連合国軍は、帝国……ガールドゥ王国以外の国が同盟を組んでいる現状だ。各国の王族は殆ど殺されてしまったが、連なる王家の者は数名いる。それは、わかっているか?」
「……ええ、その話は武文君とストラルさんから聞きましたけど……」
「ならば、その中でも何故私たち三人が、君とこうして顔を合わせているか。その理由は?」
「えっ……と、……皆さんが、その、連合軍の中でも偉い人で……、その、決定権を持っている人だから……ですか?」
僕の答えにサレスさんは何か考えるように目を瞑り、綺白さんは難しい表情をしている。シェイルさんはわずかに笑みを浮かべた表情が変わらないが……。
先程から、何の話をしているのか。サレスさんの真意が全く分からない。そんな中、沈黙がこの場を重苦しくする。……普段なら、武文君か布流谷君あたりが「何を言いたいんだか、はっきり喋れ」って言いだしそうなものだが……この場の雰囲気にだろうか、二人共、何も話そうとしない。三影君が無口なのはいつもの事だが……。
そして、沈黙の後。サレスさんが口を開く。
「今、連合国軍にいて、かつ動ける王族の中で、君に会った事があるのが我々だけだからだ。十二年前。君が七歳の時」
どくん、と。強く鼓動が胸打つ。
「私は一回……君が七歳の時に開催された、各国へのお披露目式の時だった。シェイルも綺白も君に会ったのはその時が最後だったが、二人はそれ以前でも何度か会っている。まあ綺白はかなり幼かったから、そんなに覚えていないようだが。だが君は綺白だけでなく、弟達と一緒に、彼の姉とも……」
背筋に冷たいものが下り、呼吸が荒くなっていくのを感じる。サレスさんの言葉が、どこか遠くから聞こえてくるような感じを覚える。指先が痺れる感覚。僕は今、何を話されているのだろうか?
「……本当に覚えていないのか。今の君には、そんなに昔の事ではないはずだが。……忘れてしまったのか、それとも、記憶が無い他の原因があるのか」
覚えているもいないも僕の知らないことを話されても、と言おうとするものの、声が出てこない。動悸が激しい。
「君が覚えていなくても、これは現状はっきりさせておかなければいけない。
カスミ、ダイ。君が武文達の世界……『日本』でどのようにして生きてきたのかは、君から詳しく話を聞かせてもらわないといけないが」
一呼吸置き。真正面から僕を見据えて。
「君の本当の名前は、ダルゥエル。帝国……いや、
ガールドゥ王国第一王子、ダルゥエル・ガールドゥ、だ」