インタビュー文字起こし。
「まずはこのコラボに至るきっかけから話していこうか」
「そうですねぇ。私が上げた踊ってみた動画がきっかけといえばきっかけなんですけど」
「そうそう。僕らの上司にSNSで報告があってね。いやぁ、まさかこんな若い子がってびっくりしたよ」
「今は配信者が時代を選ばずに色んなゲームやってますし……とはいっても、すみませんプレイしたの私じゃないんですよね」
「はは、それももう知ってる。『なぎ。』さん、だったかな」
「はい。私のお友達なんですけど、色々とその辺が入り組んでて」
「詳しく聞きたいな。長くなってもいいから」
「えっと……まず、私の視点で説明させてもらいますね。私がなぎさん……なーちゃんのことを知ったのは、私の兄が配信を見ていたからです。いわゆる推し、ってやつですね。それがある日、私と兄の通う高校に転校してきて」
「それはまた、すごい偶然もあったもんだね」
「それが偶然とも言い切れないんですよねぇ」
「というと?」
「なーちゃんの引っ越しの理由が、私のライブにたくさん通いたいから、だったんです」
「えぇ! じゃあ、お兄さんの推しがなぎさんで、なぎさんの推しがまちこちゃんで?」
「そうなんです! ほんとびっくりしました。それで一緒に遊ぶことが増えて、そんな中で先月かな? 配信してたのが」
「うちのゲームだったと」
「はい。もちろん兄がその配信を追いかけていて、なーちゃんがその……酒場? のイベントを見てる時に、『まちこだったらなぁ』みたいなことを言ったって」
「見た見た。あの子、本当に楽しそうにゲームしてくれるよね」
「それがいいって兄も言ってました。それで、兄がそれを私に伝えてきたので、じゃあやってみようかなぁって。それが経緯です」
「確かに入り組んでるなぁ。じゃあ、大元を辿ればなぎさんがきっかけで、お兄さんを経由して、まちこちゃんときて実現したわけだ」
「はい。一人欠けたらこうなってなかったんじゃないかって思います」
「いいねぇ、そういうの。ゲーム会社としては、あちらさんにも何かしらの声かけたいな」
「ぜひお願いします! なーちゃん喜ぶだろうなぁ」
「ジャンルを問わず、みたいな感じだよね、色々動画を見る限り。でもどちらかというとシナリオがしっかりある方が好みっぽいか」
「っぽいですね。でもそういえば、作る側の好みってあんまり聞いたことないですね」
「確かに聞かれたこともないな。やる側としてはアクション、作る側としてはRPG、だね」
「じゃあなーちゃんがやった中に結構あったり?」
「あったねぇ。結構いくつもあったよ。あんな若い子が、嬉しいよね」
「でもやっぱり、面白いからこそ、じゃないですか?」
「はは、口が上手いなぁ。まちこちゃん自身は、ゲームは?」
「たまに、ですね。あんまり時間が取れないので」
「そうかぁ。でもそうだろうなぁ、よくよく練習してるのが伝わってくる」
「ありがとうございます! 他の子達と比べるとライブの頻度が少ない分、レッスン多めにやってるんですよね」
「となると、意外と余裕が……?」
「いやいや、まだまだ。伸び始めたのもなーちゃんと知り合ってからなので、単純にすねかじりなだけで」
「あぁー、そうだよね、学生だもんね」
「はい! 金銭面では両親に、生活面では兄に、もうずっと甘えっぱなしです!」
「いいねぇ、言い切っちゃう辺り」
「自分に甘えなきゃいいよ、っていつだったか兄が言っていたので、そうしてます」
「すごいお兄さんだな」
「おかげさまで人間関係にも恵まれまして、こんなところまで来ちゃいました」
「来ちゃいましたねぇ。じゃあそんな人達に、伝えたいことは?」
「月並みですけど、本当にありがとうって。兄も、両親も祖父母も、ファンの人達も、事務所の人達も、私にはもったいないくらいにいい人達ばっかり」
「うんうん」
「だからこの曲は、一つの区切りとして、本当に頑張りたいですね」
「僕は知っての通りゲーム音楽を主に手掛けてるから、アイドルの歌っていうのは厳密にいえば門外漢ってことにはなるけど」
「色んな歌を歌いたいなぁって思ってるので、むしろ大歓迎ですよ」
「三曲のオリジナルだけでもよくわかる。だから今回も、随分毛色が違ったね?」
「はい。今からどんな仕上がりになるのか楽しみです」
「普段色んなアーティストさんに提供する時も結構そうしがちなんだけど、今回もあえて僕の得意分野で勝負させてもらいました。要するにファンタジー系の、ここぞってところで大いに盛り上がる感じの」
「ハチャメチャにかっこいい曲ですよ!」
「どちらかというとなぎさんに刺さる曲かな、と思ってたけど」
「なーちゃんには刺さるだろうなぁ。何ならこのコラボがわかった時点でものすごくはしゃいでました」
「こう言うと誤解があるかもしれないけど、ファッションと結構ギャップのある子だよね」
「そうなんですよねぇ。ゲーマーでアイドルオタク、には少なくとも見えない」
「確かに。ギャップ狙い?」
「ふつーにああいうのが好き、というか自分に合ってるって言ってましたよ。私のライブに来る時なんか、私みたいな服着て黒髪のウィッグつけてきますし」
「へー、面白いなぁ。演じる側からすると、色んな人が一体になる、っていうのも悪くはないんだけどね」
「あー、確かに。最近はライブに来てくれる人も少しずつ増えてきて、普通にギャルっぽい子もいますし」
「でも見た感じ、だから普段通りに戻そうって子でもなさそう?」
「ですねぇ。私に合わせてる、みたいな一面もあるのかも?」
「なるほど。ものすごく、こう、濃いファンなんだ」
「はい。お客さん少ない時からずっと応援してくれてる人達、みんな濃いですけどねぇ」
「いい笑顔だね。じゃあそんな人達の為に、気合い入れていこうか」
「はい!」
立ち上がり、ブースに入っていくまち。スタッフの二人はなんだかよくわからない、テレビやなんやでよく見る例の機械の前に陣取る。
画面の向こうの三人の表情はそれでもいい具合にリラックスしていて、真剣な顔ながら気負いまでは見られない。
本当に、立派になったなぁ。胸に込み上がるものを感じながら目頭を押さえる。何なら俺以外の三人は目に涙を浮かべ、順番にティッシュを手に取る始末だ。コーヒーをすすって落ち着けて、レコーディングを始める妹を、娘を、そして推しを見守る。
プロデューサーが言うように、その曲はこれまでまちが歌ってきたものとは違うファンタジックなものだ。まだミキシングを終えていない生音に近いその歌は、それでもこれまでにまちが培ってきたものが遺憾なく発揮されている。声量、音程、その他の細かい技術なんかはよくわからないけど、少なくとも俺の耳には「プロ」と言って全く違和感のない。
隣に座るなぎさを見遣る。両親を。
惚けたような表情で画面に見入り、その一音も聞き逃すまいと耳をそばだてる。画面の中のまちは、そんな彼らの思いに応えるように、吸っては吐き出し、吸っては吐き出し、一音一音を丁寧に力強くマイクにぶつけた。
かっこいい。素直にそう思った。
かっこいい印象と可愛い人柄のギャップが、なんて言われていた。俺の目からしたらそんな彼女は、ただただ「かわいい」でしかなかった。
尊敬すべきプロフェッショナルに、なってたんだなぁ。
ライブを初めて見た時から、本当はわかってたはずなんだ。「まちこがれ」、「Thank you Any」、「私に憑物」。そのどれもが「まち」を忘れさせるくらいの出来栄えで、ライブハウスは夢の中のように浮き立っていた。
レコーディングスタジオのブースで歌うまちは、そのどれとも雰囲気が違う。なんだか妙に、大人っぽいというか。
「素敵……」
なぎさの耳に入る。
声には出さず、頷いてそれに同意した。
レコーディングの流れは、一度通しで一曲を歌い切り、気になるところを直していく感じになるようだ。その後にミキシング作業が待っているらしいけれど――もちろん配信でそれをすべて見せるはずもなく。
修正作業中に一旦退室したまちが、額に汗を口元に笑みを浮かべて配信の終わりを宣言する。
まちが手を振り、そしてスタッフ二人が手を振り、配信は終わりを告げた。
放心状態の四人は、黙ってカップの中のコーヒーを飲み切る。
まちこのファンの内で、ここまで彼女に肩入れしてる人間が他にいるだろうか。涙ぐむ両親と恋人が、思い思いに配信の感想を口にする。万感の、という言葉のふさわしい、実感のこもった言葉の数々。
まちこを介した関係は、こんなところでも。両親とすっかり打ち解けたなぎさは本当に楽しそうだ。つくづく遠野家特攻な女だなぁ、なんて、なぎさの顔を眺めれば口元も綻ぶ。
これからしばらくすればMVが公開され、その後各サブスクへ配信が始まり、その後の展開は状況を見て、とのことで――
配信の感触は良し、コメント欄もまぁ、あらかた好評だったということで。
なぎさのチャンネルも、相乗効果で少しずつ伸びている。明るい前途に空気は柔らかく、結局なぎさは夕食を食べてから家に帰っていった。
帰ってきたまちは少し興奮気味で、それをなだめるのに少し苦労はしたけれど――




