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ただいま。





 手は離してロビーに戻った俺達は、「おやすみ」を交わしてそれぞれの部屋に戻った。明るい場所で顔を見るのもなんだか気恥ずかしくて、なんだかそそくさ(・・・・)としてしまったけれど、不自然はなかっただろうか。そんな浮ついたような慣れない気持ちも楽しくて、にやけ面が当分は収まりそうもない。このまま部屋に戻ればあいつらにいじられ倒すだろうなぁ、なんて思うとそれもまたおかしくて。

 けれど裕二も直也も、素直に祝福するばかりでずいぶんとあっさりとしたものだった。まぁでも、そりゃそうか。高校も二年目、いい加減惚れた腫れたに大はしゃぎするような歳でもない。浮かれてるのは初めて恋人ができた俺くらいのもので――

 うぜぇ、との一言をもらったので大人しく寝ることにした。午後十時半、修学旅行も終わり間近、寝て起きたら後は完全自由行動で町を回り、帰るだけ。

 色々と楽しいことはあったけれど、もう全部が塗り替えられてしまった。初めての経験に感情が揺さぶられて、布団にくるまって目を閉じても眠れる気がしない。目が冴えて、なんだか脚が落ち着かない。

 頭から布団をかぶってスマホを取り出し、なぎさとのトーク画面を呼び出してみる。「起きてる?」と打って、消して。また打って消して。

 ああいかん、本当に思春期の少年みたいだ。ロックして顔の横に放れば、暗くしたはずの画面が明るく光る。

 もしかして、と思って手に取れば、やっぱりだ。なぎさから「起きてる?」のメッセージ。

「起きてる。寝れん」

「ね。なんかめっちゃテンション上がってる」

「みんな起きてる?」

「起きてるっぽいけど布団の中で静かにしてる。寝る準備中かな」

「こっちもそんな感じ。今ちょうどなぎさにメッセージ送ろうとしてたけど、なんか浮かれすぎかなってやめたとこだった」

「あたしも迷った! 送った!」

「まぁ、浮かれてるもんな」

「めっちゃ浮かれてる」

 飛び跳ねて喜ぶキャラクターのスタンプ。なぎさが配信でプレイしたゲームのキャラだ。それなら、と同じゲームの別キャラがサムズアップをするスタンプを送る。

「持ってんねぇ」

「配信でやったやつは大体買ってるって聞いてから、いくつかは買ってみた」

 俺の送ったスタンプを、今度はなぎさが。

「なぎさとやり取りするのに使えるから、いいよな」

「ねー。そういうとこも好き」

「ガンガン言っていくスタイルか」

「当日だし。浮かれてるし」

「盛り上がってんなぁ」

「盛り上がってないの?」

「好きです」

「あたしも」

 何やってんだ俺達、なんて自嘲が浮かぶものの、すぐに「これも醍醐味だよなぁ」なんてにやけ面にとって代わる。バカバカしいやり取りも、同じようにしているはずのなぎさを想像するだけで、楽しみに変わる。恋しさにかわる。

 あっちもこんな風ににやけてんのかな。頭から布団を被って、他のみんなにはばれないようにして。実際はバレバレなんだろうけど、光が漏れないようにする処置だからと無意味な言い訳まで含めて。

「これであたしもまちこのお姉ちゃんかー」

「いやちげぇよ?」

「なに、別れるつもり?」

「それは違うけど」

「じゃあ、そういうことじゃん」

「気が早すぎる」

「でも衛くんってその辺の想像がしやすいんだよね」

「家事ができるってだけじゃん」

「だけじゃないよ」

「たとえば?」

「ないしょ」

 怒ったキャラのスタンプを送れば、笑うスタンプが返ってくる。

 楽しいやり取りは会って話すのと変わらない。何を言っても大丈夫だという信頼感がある。そういう意味じゃ、確かに「そういう想像」がしやすいってのはあるかもしれない。

 それがなぎさのものと合っているかは置いておいて。

「まーでも、ゆっくりやってこーね」

「だな。でもなんか気を付けた方がいい? 配信がどうのとかで」

「別にいいと思う。なんかあったらあったで、追々」

「了解」

「てか、なんならサラっとぶっちゃけちゃおうかと思ってるしね」

「え、大丈夫なん?」

「あたし結構抜けてるとこあるし、バレるよりバラしたほうがいいかなーって」

「なるほど。まぁ、その辺はなぎさに任せとく」

「まかせろ」

「じゃあキリもいいし、寝るか」

「そだね。おやすみ」

「おやすみ」

 スタンプを送り合い、画面を消して枕元に。

 いつの間にか時間は十一時に差し掛かろうとしていて、身体が少しずつ眠気を訴えていた。抗わず逆らわず、姿勢を正してそれを迎え入れる。

 意識はすぐに闇に落ちた。



 最終日、俺達は目的地も決めず当て所もなく町を歩き、至る所を写真に収めた。海、山はもちろん、建物、人、モノ、農作物まで色々なものを。班行動中はできるだけなぎさを意識しすぎないようにと思っていたら、それが逆に不自然だったようだ。周りから押し付けるように隣に並ばされて、以降はずっと一緒に港町を歩いた。

 強烈なイベントに塗り替えられたと思っていた旅情も、いざ別れの時となるとやっぱり胸の内に湧き上がるものだ。旅館のスタッフ、それからこの修学旅行に協力してくれた町の人々。別れの挨拶を済ます頃にはなんだか寂しさまで感じてしまって、ため息もこぼれる。

 バスに乗り込み、そしてゆっくりと遠ざかっていく三日間の思い出。来てよかったなぁ、なんて素直に思えた。行きと同じ並びで最後尾に座った俺達は、行きと同じように盛り上がり、時に思い思いに過ごしたり、あっという間の四時間を過ごした。

 サービスエリアではなぎさと一緒にコーヒーを飲んで、「同じだけど違うね」なんて笑ったりもして。

 帰ってきた我が町、我が校は、そりゃあ当然以前とまったく変わりない。田舎でも都会でもない、言ってしまえば中途半端な。

 でもやっぱり、落ち着くなぁ。あっちを見てもこっちを見ても知ってる景色、目新しいものの何もない。

 そうなると見たくなってくる、何より知っている風景、誰よりも知っている人。

 修学旅行中の他学年は短縮授業。半日で終わりだ。まちは既に家に帰っていて、アイドルとしての用事がなければ俺の帰りを待っているはず。寂しがっちゃいたけど、なんだかんだ三日間楽しく過ごしたんだろうなぁ。

 たったの三日、それも別に初めてのことじゃない。なのに、情緒がどこかおかしくて、まるでどこか大冒険にでも出かけていたような。何かが大きく変わった、っていう意味じゃそれも大きく外れちゃいない。

 通いなれた通学路を通り、見慣れた自宅の玄関を開き、土間で靴を脱ぐ。その音を聞きつけたのか、リビングのドアが開いてパタパタと歩み寄ってくる我が妹、かわいいかわいいまちのお出ましである。

「おかえりおにぃー……と、なーちゃん?」

「ただいま。俺ら付き合うことになった」

「おー! うまくいったんだぁ!」

「知ってたの?」

「告白するって言ってた。まー、うまくいくって思ってたけどぉ」

「……やっぱり周りから見てもわかりやすかった?」

「二人ともねぇ。でも、よかったねぇ」

「うん。まちこが受け入れてくれるか、ちょっと心配だったけど」

「なんでぇ? そりゃぁ、よっぽど変な人だったらいやだけど」

 なーちゃんだよ? と付け加えて、まちはにっこりと笑った。膝がカクリと折れそうになったなぎさは、けれど何とか踏ん張ったようだ。

「じゃあ、あたしも帰ろっかな」

「えー、休んできなよ」

「ううん、今日は報告だけって思ってたから」

「そっかぁ。じゃあ、また遊びに来てね」

「うん。じゃあ衛くんも、またね」

「ほんとに大丈夫? 荷物持ちくらい」

「いいのいいの。ばいばーい」

 手を振り、なぎさは玄関のドアを押し開けて、振り返りもせずに歩いて行った。

 冷たい、わけじゃない。むしろ優しさだ。

「気を遣われちゃったねぇ」

「そうだな。まぁ、今日くらいはのんびりするか」

「おー」

 荷物を洗面所に運び、洗濯物だけ片付けたら、とりあえずは休憩だ。

 リビングに入るとまちがコーヒーの準備を進めてくれていて、俺は座ってその完成を待った。

 今日くらいは兄妹水入らずで、と気を遣ってくれたなぎさ。だったらそれに存分に甘えよう。

 既製品のクッキーを皿に盛り、コーヒーと一緒にお盆で運んだまちは、テーブルに並べて自身も座ってため息一つ。にこにこと嬉しそうに俺を見る。

「楽しかった?」

「おぉ。なぎさ特製グラスと、あと鯖の干物が届くぞ」

「おー。おにぃが作ったのはなーちゃんに?」

「そう。あれは我ながらに力作だった」

「持ってきてくれないかなぁ」

「逆に行ってみるのもいいかもな」

「そーだ、なーちゃんち行ったことない」

 三日ぶりの会話が弾む。相も変わらず少女らしからぬ綺麗な顔立ちと、相も変わらぬ少女らしい幼気な言動。家族と話すと、帰ってきたなぁと実感できる。

 旅行の思い出に多少の飾りつけをして話すたび、まちが笑う。孫が家にいると張り切る祖父母の話に、ついつい頬が緩む。なぎさとのやり取りを話せば、何やら理解者面で「うんうん」と楽しそうな相槌を打つ。自分で作った料理が意外とおいしいだとか、レッスン頑張ったよーだとか、「ほめてほめて」と主張するような頭を撫でてやった。

 コーヒーもクッキーもあっという間に空になり、それでも話は止め処なく、どこから湧き出るのかと思うほどに続いていく。

 修学旅行なんて全く関係のない話になってどれくらいだろう。気付けば日が傾こうとしていた。

「飯、作るか」

「手伝う」

 長い話の中で、まちの食べたいメニューを作ることは決まっている。もちろん、大好物のオムライスだ。

 付け合わせのサラダはまちに任せ、フライパンを振るう。

 何が楽しいのか、にこにこと嬉しそうなまちに、思わず笑みがこぼれる。

 ふとシャッター音が聞こえた。手を止めたまちがスマホを構え、俺がそっちを見てからも何枚かを撮っているようだ。なぎさに送るらしい。

 それとなればサービス精神がむくむくと持ち上がってくる。フライパンをぐっと持ち直し、出来上がり間近のオムレツを浮かせ――ようとしたところを、慌てたまちに止められた。

 料理を一通り作り終えた頃、俺のスマホに通知が入る。

 なぎさからだ。


 おかえり、って感じだねー。いつもの衛くん、一番好きかも。


 思わずにやける俺を、まちは楽しそうにからかった。





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