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推しと好きはやっぱり。





 集合がかかり、俺達は港にある食堂に移動した。普段は社員食堂として使われているものらしく、さすがに一学年すべてを収容することはできないものの、二つに分ければそれで済むのだから大したものだ。

 カウンターでトレイを受け取り、各自自由に席を選ぶ。窓際の席はあっという間に埋まってしまった為、仕方なく中央付近の席へ移動した。

 右隣がなぎさ、その右に菊原さん。真正面に裕二、その横に直也。いつものメンツで集まり、箸を取ったら早速食事開始だ。

「ここの人達いつもこんなの食べてるのかな」

 鯛の刺身を箸でつまんだなぎさが首を傾げる。

「うまそう。でも毎日ってなると新鮮味がなくなったりするんかね」

「毎日新鮮なのにな」と裕二。

「はっは。……どんまい」

 慰めてやったというのに俺を睨む裕二を無視し、マグロの赤身を一つ口に含む。

 やっぱりというべきなのか、スーパーで買うものとは食感から違う。キメが細かくてねっとりとしていて、旨味が濃いのがはっきりわかる。食感に関しては正直好き嫌いも分かれるだろうな、というのはあるものの、うまい。

「エビフライでっか。これあれか、車海老的な」

「的なって何だよ。車海老だろ」

「お前と違って料理しねぇからなぁ。見分けつかん」

「しろ」

「まぁ……一人暮らしする時が来たら考える」

 言いながら頬張る直也は、目を閉じ小さく唸る。よっぽどうまいらしい。

 合間合間に白米と味噌汁を挟みつつ、魚介フルコースのような豪勢な食事を楽しむ。

 その途中ふと思い出す。スマホを取り出し動画サイトをチェックしてみれば、数分前に始まったところのようだった。

「なんかあるの?」

「ああ。まちがうちでホームパーティー開くんだってさ。ほら、ゴールデンウィークの対バンライブの人達呼んで」

「はぁ!? うっそマジありえない。もっと早く言ってよぉ」

「告知してたと思うけど」

「準備とか忙しくて見れてなかったー」

 なるほど、なんて頷く間もなくなぎさはスマホを取り出し動画サイトを開いていた。

 見慣れた我が家のリビング。キッチンのカウンターに置かれたカメラが映す変わらぬ景色の中、十数人のアイドルが思い思いに過ごしながら雑談を楽しんでいる。なんというか、ここが俺の知るリビングとは思えない。

 隣を見れば、スマホに顔を近づけるなぎさの姿が。

「すんすん。なんかいい匂いしそう」

「きっっっ」

「なぎさ極まってんなぁ」

「うるさいよ紗奈。衛くんは後で殴る」

「ごめんて」

 でもだいぶきっついと思うから気をつけた方がいいと思うよ。

 ともあれ我が家にひしめくアイドル達は、和気あいあいと笑顔に溢れている。誰も彼もさすがはアイドル、スタイルも顔も目を引くばかり。

「すげぇ空間だな。場所が衛んちってのが尚更やべぇ」

 気付けば友人四人、全員がスマホで同じ動画を見ているようだった。

 そこそこ広い家ではあるけれど、リビングに十数人から集まれば、そりゃあ多少手狭にはなる。ソファにテーブルに、他の部屋からも椅子をかき集めて、なんとか全員が座ることができていた。とはいえその全員がカメラの方を向く、なんてこともできるわけがなく。

 逆にそれが、プライベート感を演出している。アイドル達の素の表情、のようなものを感じられる。

「混ざりたい。置物としてでいいから混ざりたい」

「私は逆に無理だわ。打ちのめされそう」

「ばっか、それがいいんじゃん」

「……Mなの?」

 欲望に忠実な推し。好きに素直になれ、とはいうが、きっとそういうことじゃないと思うぞ。その気になればいくらでも実現できそうなところが、また。

 横目で盗み見るなぎさの顔は、きっとこの中に混じったって遜色ない……と、俺は思うんだが。

 割と急ピッチで進んだホームパーティとはいえ、配信している以上はただのんびりと雑談で終わるわけもない。一応のところホストであるまちの仕切りの下、まずはと始まったのはカラオケ大会だ。

 許可だの何だのと制約の多いカラオケ配信。必然、管理団体に帰属する曲に限られる。もっといえば一番面倒がないのは、本人達の曲だ。

 それぞれの曲をバラバラに歌ったら、更にはユニットもシャッフルしたら楽しいんじゃないか、という企画らしい。

 どうしたってひいき目は否定できない。けれどやっぱり、改めて、まちの――まちこの歌は、圧倒的だ。

「はぁ……まちこ……」

 半ば恍惚とした表情のなぎさが、感極まった声を上げる。

 カラオケ配信であっても多少のエフェクトはかけられるだろうし、まったくの未加工ってこともないんだろうけど。それでもやっぱり、ライブやMV、CDとは違う。より生の声に近いその歌声も、まちこのそれはよく映えた。

 もちろん他のアイドル達も負けていない。元はといえば、純アイによって「実力十分」と集められた人達だ。

「私こっちのコレオス? っていう人達好きだな。かっこよい」

「それな。でもさすがに家だから、ライブみたいには踊れないのが残念」

「私もなぎさのライブ通いついてこっかなー」

「あたし基本まちこのいるライブしか行かないよ。まちこはまちこで基本ソロだし」

「……そーいやそっか。でもなぁ」

 そう、それでもなぎさは、まちこオタクだ。アイドルオタクじゃない。

 表情を見ればわかる。他のアイドル達に焦点が合っても、そりゃあテンションを上げたり歓声を上げたり、嫌いじゃないんだろうってのは伝わってくる。けれどまちこが喋る時、歌う時、笑う時、明らかにその熱量が上がる。あるいは、変わる。

 俺だってそう。ゲーム実況なんてそれこそ数え切れないほどの配信者がしのぎを削るジャンルで、他には目もくれず「なぎ。」ばかりを追いかけていた。他の配信者をまったく見なかったわけじゃない。けれどそれなりに忙しい日常の中、いつの間にか彼女だけ見ていれば心が満ちるような気がして――

 テーブルに載せたスマホにかじりつきながら、刺身を口に含むとかすかに笑みが浮かぶ。感情表現が素直で、目の前のことに全力な。

「修学旅行の途中でこういうの撮ったらダメだよね、さすがに」

「そりゃ無理でしょ。配信なんて制服着るだけでやばいって言われるんじゃないの?」

「言われるー。てかまぁ、まちこのライブがバレた時点でどうなんだって話なんだけど」

「その節はほんとすまんかった」

「いや、あれはもうバレた後みたいなもんだし」

 菊原さんが名前を呼ばずとも、確かに時間の問題ではあっただろうな。

 推しに迷惑をかける、なんて考えたくもない。であれば当然、俺だってそれを考えないわけじゃない。

 例えば。本当に、例えばの話だ。告白が成功したとして、なぎさに彼氏ができる。万が一それが配信上で発覚したとして、炎上に繋がるだろうか?

 これがまた、考えれば考えるほどわからない。キャラ的には許されそうではあるものの、前例がない分そういう(・・・・)要素を期待する人間も少なからずいるだろうとも思う。

 もはや覚悟し決めたこと。告白はする。絶対にだ。けれど、それと不安はまた別の問題で、決めたからとなくなるものじゃない。

 推しを好きになる、ってのはまぁ、難しいもんだ。

 意識すればするほど隣が気になる。ちらりと盗み見るその横顔が、可愛くて仕方がない。こう(・・)なってしまったのは、いつからだったっけ? まだまだ短い付き合いながら、もう思い出せないほどだ。

「衛くん衛くん! まちこがコレオスの人とデュオだって! 絵面やばぁ」

「おぉ、並ぶとまちも印象変わるな」

「かっこいいが前に来るよね! はぁ、たまらん」

 俺の袖を引っ張りながらテンション爆上がりのなぎさ。目が若干蕩けている。

 推しと好きは違う、なんて言うけれど。なぎさのその目は、まさしく恋する乙女そのものだ。それに夢中で、それしか見えていないような。もっともっとそれを知りたい、深みに入り込みたい――そう思う、ような。

「まちちゃん、歌めっちゃうめぇな」

「な。こんなかだとトップじゃね」

「わかってるなぁ君たち。そうなんだよ、まちこやべぇんだよ」

 ああ、でも、これは違うな。少なくとも俺にとって、推しと好きの決定的な違いはこれだ。

 他の人にもその魅力を知って欲しい。たくさんの人にそれを知らしめたい。

 配信者「なぎ。」だったら、そうだ。もっと有名になって欲しいし、もっと人気が出てくれたら嬉しいし、伸びていく数字に俺まで嬉しくなってしまう。

 あるいはだからこそ、なぎさとしての顔を、知られてほしくない。

 独占欲っていうんだろうか。まだ付き合ってもいない女の子に対して抱くものじゃない、ってのはわかっているけれど。

「まちこ、立派にやってるねぇ」

「まぁ、そうだな。社交性は元から俺よりあるしな」

「またそんな……素直に褒めてあげればいいのに」

「素直に褒めたつもりなんだが」

「いちいち自分と比べなくていーの。衛くんは衛くんで、めっちゃいいとこあるんだから」

「……それはどうも」

 わかっていても、思ってしまう。

 ――俺だけの「なぎさ」が、欲しい。






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