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作ってあそぼう。





 体験学習等ではありがちな「クラフト制作」。クラフト制作、と一言で言っても色々で、この体験学習においても三件の店がそれに当たる。そんな中で俺達が選んだのはサンドブラストとかいうオリジナルグラス作りだ。

 それなりに人気になるだろうと踏んではいたけど、なかなかどうして、二十人ほどが工房に所狭しとひしめいている。けれどそれも想定通りらしく、用意されたテーブルは隙間もないほどで、全員が無事に着席することができた。よくある普通の長机だ。

 目の前に揃えられたのは数種のグラスと、マジックペン、マスキングシートにデザインカッター。想像通りの道具達が、これから何をするのか教えてくれる。

 とはいえ初めてのこと。工房のスタッフ三人の中から一人、俺達の前に立って説明を始めた。

 グラスを選ぶ。マスキングシートにマジックで好きな絵や字、模様を描く。切り抜き、グラスに貼り、サンドブラスターで加工する。

 端的に言えばそんな具合で、まぁ、想像通りの工程である。

 四列ある長机の、その最後尾に並んだ俺達。やっぱりというかなんというか、俺はその隅で、隣はなぎさだった。

「どうしよっかなー」

 用意されたグラスの他、テーブルにはサンプルにと加工済みのグラスが二人に一つ程度置かれている。学校ではよく見るあの曇ったすりガラスのような、白い模様が星の形を描いている。それを眺めるなぎさは、まずはメモ帳に色々と書き込んでいるようだった。

 まずは描くものを決めて、それに合ったグラスをということだろう。

「なぎのチャンネルアイコンとか?」

「うーん。……それもありっちゃありだけど、もっとこう、アガるやつがいいなー」

「アガるやつ……」

 抽象的すぎてわからない。

 なぎさの作るものはさておき、ひとまず自分のグラスからだ。絵柄は決まっていない。

 なんとなく辺りを見渡したり、スマホのアルバムを開いてみたり。どこかに素敵なものでも転がってやしないかと探してはみるものの、そう簡単に見つかったりしないのが世の常だ。

 造形のセンスはスイーツ作りに欠かせない。見た目にこだわらないスイーツなんて、売り物どころか友人に振る舞うことさえ躊躇うレベルだ。

 デザインはシンプルに、けれど目を引き、なおかつ飲み物を入れた時に調和が取れるように。

「なぎさって普段何飲む?」

「普段? うーん、水。またはお茶」

「まぁ、そうだよな」

「なぁに?」

「いや、入れた時のことも考えた方がいいのかなと」

「……なんであたし?」

「あ、いや、特には」

「ふぅん」

 理由はなく、ただ単純に知りたかった。何より、自分が何かを作るなら、やっぱり「誰か」を意識してしまう。普段から料理もスイーツもまちの好みにしているし、家具や食器も同じだ。

 まぁ、自身にそれほどのこだわりがないからこそ、でもあるけれど。

 ともあれ水とお茶。まちがよく飲むものもそれだ。やっぱり自身の容姿を武器にできる仕事をしていると、ジュースなんかは避けがちになるってことなのかなぁ。なんて疑問はさておいて。

 スイーツ作りを仕事にすると決めてから、色々と勉強することが増えた。製菓技法がどうのとそればかりじゃない、なんて当たり前のことを、今更ながらに知れたからだ。食品衛生に関するあれこれだとか、数学の実践的な練習だとか、その他にも色々と。

 デザインもその一つ。だから、イラストの練習も少しずつではあるけれど取り組んでいる。

 緑と茶色で森林を思い浮かべたものの、考えてみればグラスに注ぐ飲み物はほとんどがそれ一つ、つまり単色だ。それならむしろ草原や木造りの何か、という方がずっとらしい(・・・)

 どうにもしっくり来ないと再びスマホを眺める内、ふと目に止まったのは愛しの妹の写真だった。

 そして思い出す。色とりどりの光の中、何色に染まっても輝くあの姿を。

 メモ帳に下書きをし、それを元にマスキングシートにペン入れをする。

 イラストもそうだ。料理と同じ。迷いは必ず結果に現れる。正しく結果を思い描き、迷いなく描き、そして正しく閉じること。とはいえ現状では迷い線も多く、それを消す作業にずいぶんと時間を取られてしまうけれど――

 ステージに立つまちのシルエット。手を挙げ盛り上がるオーディエンス達は小さめに。それからステージに輝くライトも。

 あれこれと計算しつつ描いていって、ようやく描き上がったのは始まってから四十分ほど経ってからだった。その頃になると同級生達も続々と描き上がっていて、サンドブラスターには既に数人が並んでいる。

 とはいえマスキングシートを貼り付ければ後はそこまで時間のかかるものでもないらしい。順番はすぐに回ってきた。

 スタンド付きの箱に手を入れる穴があり、丈夫そうな手袋をつけた手を入れ、サンドブラストガンでグラスに砂のような何かを吹き付ける。

 おっかなびっくりではあったものの、難しい作業ではなかった。聞くところによると、掘り下げればもっと色々できるらしいけれど、体験教室じゃあまぁこんなもんだ。

 できたグラスを洗えば完成。スタッフに渡せば自宅に郵送してくれるらしい、けれど。

 出来上がったグラスを陽に透かす。「おぉ」、なんて思わず声が漏れた。

「どんな感じ?」

「いい感じ」

「どれどれー? ……え、ガチでいいじゃん」

 俺の持ったグラスに顔を寄せるなぎさに、俺はゆっくりとそれを手渡した。

「裏から見ると観客が前に来るようにした。観客目線的な」

「おー。これ、まちこだよね」

「やっぱわかる?」

 頷き、グラスを回しながら光に透かし、ぼうっとした目でそれを眺める。

「なぎさのは?」

「あ、うん。あたしはこれ」

 渡されたグラスには、PC前に座る女の子のシルエット。

「……奇遇だな」

「ホントだね。でも、衛くんほんと器用だなぁ」

「イラストの練習も最近やってるからかな」

「そっかぁ」

 なんというか、気恥ずかしいくらいに夢中になってくれるもんだから。

 それから、なぎさの作ったグラスが気に入ったってのもある。シルエットだけの女の子だけど、コントローラーを握って前のめりになって、ああ本当に楽しんでるなぁっていうのが伝わってくる。これがなぎさだとはっきりとわかる。

 だから、少しだけ躊躇はしたけれど。

「交換しない?」

「え? あたしのと?」

「うん。なぎリスナーとしては、そんなレアグッズは喉から手が出るほど欲しい」

「ほぉ。まちこファンも、おにぃ作のオリジナルグッズなんて、もー激レア。やばい」

「じゃあ、交渉成立ってことで」

「よしきた」

 ちょっとだけ冗談めかしながらも、本気でこれが欲しかった。それと同じくらい、作ったグラスをなぎさにあげたかった。

 まちに渡すことも考えないわけじゃない。でも、グラスを見るなぎさの目が、なんだか実際にライブを見ている時のそれに似ていて――

 もちろんそのグラスに、まちこのライブほどの価値はない。クオリティもない。

「ありがとね」

「こっちこそ」

 嬉しそうな笑顔に、こっちもついつい頬が緩む。

 入れ替えたグラスをスタッフに渡し、名前と住所等を書き込めば、ここでの体験学習は終わりだ。工房の商品を買ってもいい、ということで物色し、まち用にグラスを一つ買った。

 店を出て一時間ぶりの潮風を浴びると、肌に沁みるような涼やかさを感じる。

「お前らいつまで二人の世界いるんだよ」

「ほんとそれ。私ら近くにずっといるんだけど」

「隣に座ってた直也の気まずそうな顔」

 なんなら、冷ややかさも感じる。

「あははー……ごめん」

「申し訳ありません」

 素直に頭を下げれば、苦笑いの友人達。

 今度は仲良く四人で次の目的地へ向かう。

 港での昼食、ついでいよいよ大本命の漁業体験だ。この昼食こそが「新鮮な海の幸」を味わう場所であり、毎年相当に評判がいいらしい。漁業体験でとった魚じゃないんだ……みたいな気持ちも、なきにしもあらずではあるけれど。

 それはそれ、獲った魚には別の目的があるらしい。なんとなく想像はつくけれど、それはその時のお楽しみということで。

 港には既にたくさんの漁船が並んでいて、漁師さん達が先生達と何か話し合いをしているようだった。

 生徒達は時間まで特にすることもなく、思い思いに過ごしている。

 やっぱり海。何より海。仕事中の関係者を邪魔したくないという気持ちもあり、俺達は堤防の一角に座り込んでぼんやりと海を眺める。海沿いは風が強く、潮の匂いも一際だ。ここで過ごしてしばらく、この匂いにもだいぶ慣れてきた。

 そうなるとなかなかどうして、波音とその眺望も相まってかなり気持ちがいい。

「酔い止めいるやついる?」

「あ、私もらう」

「おっけ。一錠な」

「さんきゅー」

 なんとなくいい感じの直也と菊原さんを横に、とりあえず裕二となぎさとの三人で色々と写真を撮ってみる。海をバックに、働く漁師さんをバックに、倉庫をバックに積まれた魚をバックに。俺となぎさで、なぎさと裕二で、俺と裕二で。それから並んで話す直也と菊原さんを背中から撮ってみたり。

 わぁわぁと賑やかに過ごすこと数十分。集合がかかる。





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