デイキャンプ。
テントを張るのを手伝ったことくらいが関の山。タープなんて初めて触る。そんな俺とまちに加え、他のヤツラもまぁ似たようなものであって、設置作業はそれなりに難儀した。
タープのポールの角度だとか、幕体の張り具合とか、炭の火起こしだとか。どれも慣れないことばかりで、失敗してはやり直し、繰り返し、なんとか形になる頃にはすっかり昼飯時だ。
そこそこの大きさのグリルコンロにみんなで集まって、火加減を確認しながら具材を取り出していく。五月になり暖かくなってきたものの、小川の近くにいると冷たい風が時折吹いてくる。火が燃え盛っているわけではないけれど、赤く輝く炭から吹き上がる熱が心地良い。
小川のせせらぎ。木々の葉擦れ。時折炭がぱちりと爆ぜる。子供達の笑い声。
心地良い音に包まれながら、バーベキューはそれをかき消すほどのテンションで始まった。肉の載った大皿を手にした裕二が騒ぎ、直也がそれに応じる。
「まずは肉っしょ。何をおいてもまずは肉」
「それな。あ、衛トング頼むわ」
「なんでだよ」
「料理といえばみたいなところあるだろ」
「バーベキューにそんな繊細さ求めてねぇだろ」
男性陣が肉に集る横で、女性陣は野菜類から既に焼き始めたようである。無駄な争いをするところでもないかと諦めてトングを手に取り、肉を乗せていく。肩ロース、スペアリブ、カルビに加えてハーブ入りウィンナーが二種類。六人で食べても十分すぎる量が皿に盛られている。
野菜、というかその他の分類にはしいたけ、ピーマン、たまねぎ、じゃがいも、とうもろこし、トマトにキャベツ。
おいしい順番だとか火の通りやすさとか、考えることは多いのは事実。けれど俺達は子供で、そんな小難しいことを考えながらやったってなにより楽しくない。
というわけでとにかく雑多に網に乗せていき、焼き加減だけを俺が見る。そういう形に落ち着いた。
「もう網の上の肉ってだけでテンション上がるよな」と直也。
「わかるわー。炊飯器にご飯までついてくると思わんかった」
「完璧すぎる。予約入れてくれたの、菊原さんだっけ。ありがとね」
「主催だしねー。お肉ある程度焼けたら言って、キャベツ載せちゃうわ」
「あいよ」
なかなかどうして、いい感じに和気あいあいとしている。
料理とは言ったってただのバーベキュー、焼くだけだ。じゃがいもなんかは多少焼き加減も難しいだろうけど、それだって付いてきた串を刺してみれば分かる話で。高校生にもなって、火さえ起こってしまえば、失敗する要素がない。
焼き始めから一分ほども経てば、第一陣が焼き上がる。
「この辺オッケー。どんどん取っていいぞ」
「っしゃー。カルビもらうわ」
「あたしも! ちょ、下平くんとりすぎ」
「がっつく男は嫌われるよー?」
「それ、そういう意味じゃないだろ」
俺のツッコミに「えへへ」と笑う菊原さん。余り喋ったことはなかったけれど、なぎさのおかげだろうか、ずいぶん話しやすい。
さすがの高校生、食べ盛り。どんどんと減っていく肉も野菜も、継ぎ足してはまた減っていく。いつのまにか「トング係」なんてものも関係なくなり、手が空いたやつが適当に載せていくようになった。
それにしても、外で食べる飯ってのはどうしてこんなにうまいのか。解放感がそうさせるのか、あるいは非日常感が原因なのか。わからないけど、肉が進むご飯が進む、野菜も進む。箸が止まらない。
トングはあっちへ行ったりこっちへ行ったり、休む暇がない。
「あ、衛くん、そろそろスペアリブいいんじゃない?」
「うん、いいと思う。お前ら、一人二切れまでだぞ」
「わかってるって。な、直也くん」
「もちろんだとも裕二くん」
実に怪しい言動の二人だけど、女子三人の前で堂々とルール違反をする度胸もあるはずがなく。
「骨の周りがうめーってのはなんか共通だよな。フライドチキンとかでもそうだけど」
「わかるぅ」
「まち、今日くらいあんま気にすんな」
「わかってるよぉ。食べてる食べてる」
「やっぱり食事制限とか普通にやってんだねー」
「そこまでガチガチじゃないけど、おにぃが作ってくれるの食べてれば、自然に?」
「マジでお兄ちゃんってレベルじゃないよね、遠野くん」
間違いなくお兄ちゃんではあるぞ。親代わりをいろいろとやってきたってだけだ。
さておきそれ自体高校生としちゃ珍しい境遇ではある。不幸ではなく、だからこそ好奇の的としては格好のそれであるらしい。質問攻めに遭い、律儀に答えていけば意外にも思い出すことも多く。
例えばまちがアイドルを始めた時。中学二年の終わり頃、街を歩いているところをスカウトされたとかで、家に帰るなりハイテンションのまちに面食らったっけ。名刺を見て連絡を取って、じいちゃんばあちゃんも含めて面談の場を設けてもらった。当時は二つ返事で了承してくれなかったことが不服だったらしいけど、今では感謝してるとかなんとか。
それから食事に関していろいろと変更を加えた。雑な一品料理の日はできる限り減らし、とにかくバランス良く。「お腹すいた」とこぼすまちにも心を鬼にして、その食生活に少しずつ慣れさせた。……まぁ、夜食のスイーツは心のプロテインってなもんだ。
話をする間も手は止めず、肉を食べて野菜を食べて、それでものんびりと時間は過ぎていく。
お待ちかね、というと自画自賛が過ぎるけれど、それでも楽しみにしてくれていたらしいスイーツの時間だ。クーラーボックスを鞄から取り出し、蓋を開けてみれば。
「きれー」
呟いたのはなぎさか菊原さんか。ささやくような声でよくわからなかったけれど、素直に誇らしい気持ちになる。
タープの下、組み立てたテーブルの上にそれらを広げ、持ってきた紙スプーンをそれぞれに配った。
ガラスの容器に透き通る青いソーダゼリー。白いナタデココを沈めて、少しだけ細工を施したさくらんぼを青に浮かべた。泳ぐ金魚の下にはミントを浮かべて水草を表現。
「金魚鉢ゼリーっていうんだってさ。ブルーハワイかソーダか迷ったけど、ソーダにしといた」
「あ、先に撮っていい?」
「どぞどぞ。好評みたいでよかった」
「あたしも撮ろー」
菊原さん、なぎさに続いて、俺を除いた全員がスマホを構えて写真に収めていく。
自分で作ったものが喜ばれ、写真に撮られ、記録に残る。世界に発信される。どれだけの人の目に留まるかは置いておいて、それがなんだか不思議な心地で――少しだけまちの気持ちがわかった気がした。
だからこそ想像してしまう。ステージに立って数百人からの歓声を浴びる気分っていうのは、どんなものなんだろう。画面越しとはいえ、数千人を前に配信をする気分は?
たったの五人。それだけでこんなにも嬉しい。想像を絶する光景に、なんだか目眩すらしてしまう。
ひとしきり写真を撮り終えて、各々スプーンを手にとって実食タイム。
「うめー。食感絶妙」
「ちょうどいい! 家で作るゼリーって固めになりがちだけど、全然!」
裕二と菊原さんには好評。
「ちゃんとソーダだな。下の白いのはナタデココ?」
「っぽいね。初めて衛くんのスイーツ食べた……ほんと来てよかった……」
直也となぎさにも。一人なんか様子がおかしいのはほっとこう。
一心不乱に食べる我が妹は相も変わらず愛らしく、俺の視線に気づくと笑顔でサムズアップだ。こいつの評価はもう今さら聞くまでもない。料理を始めて何年目くらいだったか、それから一度だって文句を言われたことがないんだ。それが遠慮でないことくらい、長い付き合いで良く知ってる。
自分でも食べてみて、「まぁこんなもんか」と内心呟く。ソーダの色付けにラムネ風味のブルーシロップ。隠し味にレモン汁を数滴。想像の域を出ない味ではあるけれど、バーベキューで「こってり」とした口内に走る清涼感が心地良い。
バーベキューがそこそこの量だろうからと小さな器に入れてきたせいか、六人ともすぐに食べ切ってしまい、「食った」「食べた」とほっと一息。
ポットに入れてきた紅茶をと希望者を募れば、五人全員が手を挙げた。
「至れり尽くせり過ぎて怖い」
「ねー。まちこ、羨ましい」
「でしょー? おすすめ物件だよ」
「何がだよ」
人の背中に手を添えて、何がおすすめだ。女子二人はこっちを見るんじゃない。
「……ちょい散歩行ってくる」
女子二人の視線に耐えかねて、俺は一人歩き出す……のだけれど。
「あたしも行こー」
なんて、なぎさが言い出すものだから。
視線を交わす男女四人。妙な気を遣い方をされた結果、俺と彼女は二人で遊歩道を歩くことになった。そういうことはもっとさり気なく、俺らに気づかれないようにやるものなんじゃないか――なんて文句をなぎさにこぼしても仕方がない。
丘陵から遊歩道までほんの数秒。そこからすぐに林の中へ。
陰っては光の粒に照らされるなぎさの横顔をなんとなく眺めていると、ふとこちらを見る。
「ね、気付いた?」
「え?」
「こないだの配信、ピアスつけてたの」
「え、うん」
何のことだろうと内心首をひねっていると、いたずらっぽく笑ったなぎさは髪をかきあげて左耳を出した。小さな花があしらわれたピアス。デートで買って、配信でもつけていた、まちの好きそうな。
「よかった。気づいてくれるかなって、楽しみにしてたから」
「え……」
鼓動が弾む。
「匂わせってやつ? 知られたら、燃えちゃうかなぁ」
「いや、シャレになってない」
「ねー」
「ねーじゃなくて」
明るく笑うなぎさは、そんなことはまったく気にしない様子で一歩だけ先を歩く。
もちろん、見慣れないピアスをつけたくらいで「匂わせだ」なんて騒ぐ輩はいない。今日までにそんなコメントは一件だってついていない。
やっぱり俺も、なぎさと同じだ。
推しを前にして挙動不審になってしまう。言葉が出てこなくて、笑いかけられると泣き出したくなるくらいに嬉しくなる。
ゲームをやっている時とはまるで違う笑顔。「楽しい」とは違う、穏やかな微笑み。木漏れ日に照らされて、魔法にかけられたみたいに――




