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配信はやっぱりリアタイに限る。




 コランダムというのは、本来鋼玉という鉱物のことを言う。酸化アルミニウムの結晶であり、無色透明のものに様々な不純物が混じることで、名の知れた宝石になるという性質を持つ。ルビーやサファイアといえば、知っている人も多いんじゃないだろうか。

 ……って、ウィキに書いてあったけど、これが高難度アクションゲーム『コランダム』の基本設定に深く関わってくる。

 主人公は癖のない操作感の、「アクションゲームといえば」、みたいな動きをするキャラクター。特に個性といったものは設定されておらず、あえていうならば「ただの旅人」というのが適当だろうか。

 彼、ないし彼女には特殊な能力が備わっている。

 無色透明な彼は、周囲の「遺灰」と呼ばれる物質から、その特性を体に宿す。ゲーム的に言えば、倒した敵の特徴に合わせてアクションが変化する。取捨選択が可能で、シチュエーションや敵に合わせてそれを使い分けていく、というのがこのゲームの基本となっていくわけだ。

 何よりこのコランダムの特徴――不純物(・・・)を取り込むことで価値あるものに変わっていく、というところに、このゲームの肝が隠されていて。作中のテキストでも繰り返し匂わせてくるのだが、それに気づくか気づかないかで大きくエンディングが変化するらしい。

 なにしろ初期の主人公は癖がなく、それはつまり使いやすいということである。いくつか遺灰を取り込んで見ればわかるが、とにかくどれも癖が強くピーキーな性能を有している。なんなら、初期主人公のまま最後までプレイした方が簡単なんじゃないか――と思えるほどに。

 もちろん、シチュエーションにピッタリハマった時の爽快感は半端じゃない。けれど場面が変わるたびにそれを模索するのもなかなかの手間で、結局初期状態に戻ってしまいがちに、というのが落とし穴。

「うはー、この特性めっちゃたのしぃー!」

 キャラクターをぴょんぴょんと飛び跳ねさせ、時折スイスイと空中を泳がせる。空中での機動性に特化した特性を得た『なぎ。』は、その爽快感に大はしゃぎだ。

 空中での連撃、空中コンボに秀でたその特性は、敵を浮かせたり巨大な敵の頭部に攻撃を入れたりと、普通にはできない戦い方ができる。その分視点移動が忙しかったり一撃の威力に乏しかったりとデメリットも多いけれど、なにより操作感が楽しくて仕方がない。

 ウッキウキで草、などというコメントがチャット欄に流れていく。大はしゃぎのなぎはまぁかわいくて、コメントの方こそウッキウキの様相だ。

「楽しすぎて回避できねーんだけどー! ウケる!」

 あるある。

「やばー、死にゲーのプレイングじゃないわ。ちょっと落ち着かんと」

 けれどそう、このゲームは高難度で、一撃で体力の半分を持っていかれることもザラにある。回避できねー、では済まないわけで、一旦立ち止まって深呼吸のなぎ。

 そんななぎに目線をやれば、ふと気づく。

 耳元に踊る小さな花。まちがよく行くアクセサリーショップで買った、あのピアスだ。

 なんだかんだ、気に入ってるんだな。あれくらいの小物であれば、「キャラじゃない」なんて言い訳も必要ない。

 あの小さな防音室を出れば、あのデニムジャケットとか、買ったばかりのワンピース、ネックレスにコラボグッズ、コースター……俺だけが知ってる彼女の私物があるんだよな。

 ピアス一つに膨らんでしまう想像。よくないとわかっていても、チャット欄に連なるコメント達に優越感を感じてしまう。もちろんそれをコメントしたりはしないけれど、『なぎ。』に垣間見える『なぎさ』らしさが、妙に生々しくて。

 俺が普段からするコメントなんて、草だのがんばれだの、当たり障りのないことばかりだ。はっきり言って何のインパクトもないし、ハンドルネームだって同様で。ネット上で、彼女が俺を認識する日はおそらく来ないだろうと思っていた。

 でも、「それらしい投げ銭」には気づいてくれたんだよな。

 ああでも、やっぱり配信で我欲を出しちゃいけない。

 ぐいっとペットボトルの水を飲んだなぎがプレイを再開する。

 わかりやすく起伏の激しい峡谷ステージで、その特性は面白いようにピッタリとハマる。こんな感じで、ステージがピッタリとハマる特性を教えてくれることもあって――そして大抵の場合、それは罠である。

「わかってたぁああのにぃぃー!」

 まんまとハマってしまったなぎが叫ぶ。

 ステージでは大活躍だった特性だが、空中コンボ主体のそれは、小型の俊敏な敵と相性が悪い。攻撃ですぐに仰け反る雑魚敵だったらその限りじゃないけれど、意地悪なのはそれがステージボスであるということ。

 コンボをしなくちゃダメージを出せないのに、敵の攻撃頻度が高く迂闊に手が出せない。こういうタイプは、一瞬の隙に一撃叩き込む特性じゃなきゃ。

 わかってたのに。まさになぎの言う通り。

 わかっていたのにハマってしまう愉快な彼女に、チャット欄も大盛り上がり。羅列される「草」が、あっという間にそれを埋めていく。俺ももちろん打った。

 開始一分。それでも善戦した方ではあるか。あえなく死亡一回目である。

「あぁ、ほんとこのメーカーのゲームこんなんばっか。様式美様式美」

 愚痴るなぎ。笑うコメント。

「キミらも初見でやったら絶対ハマるから! あのステージであの特性やってたらテンション上がるっしょ!? サクサク進むっしょ!? ボス行くっしょ!? 死ぬじゃん!」

 なおも止まらないなぎに、コメントも止まらない。

 流れの中に紛れる、たったの一言。もちろん気づかれないし、気づかれたところで特別なリアクションなんてあるはずもない。でもそれでいい。

 一体感というかなんというか。そう、『純アイ』のライブだ。わかりやすいテンポとリズム。ノリやすい曲。なぎの配信にはそれがある。

 あるいはそれも様式美。

「次はカウンター系で行っとこ」

 なお、特性は同時に三つまで所持できる。非戦闘状態であれば交換が可能だが、ボスの姿は部屋に入るまでわからないようになっている。

 なぎは結構なゲーマーであり、そのプレイ経験からスキルも相当なものである。目についたものに飛びついていく習性もあり、対応力も培われていて。

 大体の敵は、一桁台の挑戦数でなんとかなってしまう。適度に苦戦しながら、それでもグダグダになったりはしない、テンポのいい配信も彼女の売りだ。

「フゥー、撃破ァー。いやぁ、きっちり対策すりゃこんなもんすよ」

 調子に乗って軽口を叩くところも愛らしい。

 なんだかんだで五回は死んだけども、まぁ、このゲームなら少ない方だ。

「あっはっは、未クリア共が必死に煽りおる」

 カメラ目線のなぎは、非常にいい笑顔で視聴者を煽る。

 丁々発止のやり取りもさすがのもので、人気が出るのも頷ける。この辺だよなぁ、まちとの違い。

「って、もう二時間やってんの? 明日にしよっかな」

 えー、と惜しむコメントに、「ごめん」と手を合わせるなぎ。しゃーないなーとコメントをすれば、「ありがとねー」と返ってくる。

「じゃあみんな、チャンネル登録と高評価、よろしくねー。ばいばーい」

 手を振り、画面がエンディングの一枚絵に切り替わる。しばらく音楽が流れて、配信は終わる。

 ため息一つ、ラインの一つでもと思って、やめた。考えてみれば配信なんて毎日のようにやってることで、ただの友達から「お疲れ」なんて煩わしいだけだ。


 時刻は午後十時。まちももうレッスンから帰り、風呂に入って夜食の紅茶シフォンケーキを貪っている頃だろう。

 一言くらい挨拶していくかとPCの電源を切り、一階に降りていけばまさに、言った通りのタイミングであった。

 フォークを片手にむぐむぐと頬を膨らませ、口元にホイップクリームをつけたパジャマ姿のまち。リビングのテーブルに置かれた皿の上、既にシフォンケーキの姿はない。

「おかえり」

「うん」

 頬張りすぎて喋れないまちは、笑顔で頷く。

 このまま日課を済ませて寝てもいいけど、それはそれであんまりにも味気ない。対面に座り食べ終わるのを待つことにして、咀嚼するまちをこれでもかと見つめてみる。

 意図はない。けれどそんな俺の無意味な行動に、無意味な反抗をしてくれるノリの良い妹だ。

「あ、忘れてた」

 テーブルの上のティッシュ箱から一枚取り出し、まちの口元を拭いてやる。目を閉じてそれを受け入れる彼女は、拭き終わると同時に口の中のシフォンケーキを飲み込んだ。お供のホットミルクを飲み、ふっと一息。

「ごちそうさまでした」

「うん。片付けしとくから、歯磨いてこい」

「はぁい」

 リビングを出ていくまちを見送ってから、食器を手にキッチンへ。

 洗い物はさっさと済ませ、ちょうど戻ってきたまちの髪を撫でる。嬉しそうに受け入れてくれる彼女だけど、この時間は俺も好きだ。アイドルである彼女は髪のケアにも非常に気をつけていて、艶めきながらもサラサラと指通りのいいそれを撫でていると、幸せな感触なんだ。

 たまには気まぐれを、と頬に手を伸ばしてみれば、まちはやっぱりそれを嫌がったりはしない。

 肉付きがいいわけじゃないのに、ふわふわと滑らかな。

「……やっぱり、かわいい系ではない、んだよな」

「なぁに、いきなり」

「いや、なんとなく。かっこいいって評価をどっかで聞いて」

「でもおにぃはかわいいって言ってくれるよ?」

「うん。めっちゃかわいい」

「えへへぇ。じゃあ、今日は一緒に寝よっか」

「かわいい子には旅をさせよって、昔の人はいいこと言ったよなぁ」

「意地悪」

 むくれるまちの髪をもう一度撫でて、俺は笑いながらリビングを後にした。それに続きながら後ろからぶつくさ言っているまちも、結局は素直に自室に入っていき――

 眠る直前に思い出す。バーベキューのことに関して、まちに相談しておきたいことがあったんだった。

 とはいえすっかり寝る準備を整えてしまった俺は、面倒だなと目を閉じ、そのまま眠りについた。





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