008●衝撃の告白
008●衝撃の告白
『恐れ入ります』と、キュウ青年が美少女キャロルに畏まるともに、巨大な船が轟々と波を割って進む重厚な推進音が耳に入ってきた。
太平洋上を東進する原潜トライトン号の右舷、後方を向いているアマミにとっては左手の方から、一隻の大型巡洋艦が追い付いてきて、並ぶ。
「せ、戦艦大和みたい?」とアマミは驚いたが、戦艦といえばヤマトしか知らないので、そう言うしかなかったのだ。
『そうだ、似てるだろう?』とキャロル。『われらがセイレム魔女団の艦隊旗艦、魔動重巡セイレム号だ。エンジンや兵器類に魔動石を実装して、総合魔力をパワーアップしている』
巡洋艦としては世界最大クラスの排水量一万七千トンを誇る重巡セイレムは、20年前の1949年に就役してわずか10年後の1959年にアメリカ海軍を意図的に退役し、それ以降、セイレム魔女団の専用戦闘艦となって、世界の海に跳梁跋扈する海洋魔物の掃討作戦にいそしんでいる。
対魔弾を発射できる口径203ミリの魔動主砲が三連装砲塔となって全部に二基、後部に一基、大きな煙突が船体中央に一本、そして艦尾に揚収クレーンを配したレイアウトに加え、250mに達する船体長は戦艦大和の全長263メートルにせまり、両艦のシルエットはどことなく似ている。
もっとも、英国で制作され1956年に公開された映画“戦艦シュペー号の最後”で、ナチスドイツの小型戦艦シュペー号を実艦で演じたことで、セイレム号の名は日本の戦争映画ファンによく知られているのだが……。
そして、原潜トライトン号の左舷、アマミから見て右手の方には……
こちらも舳先で傲然と波頭を砕いて、一隻の航空母艦が追い付いてきて、並ぶ。
『こちらは魔動空母シャングリラだ』とキャロル。『われらセイレム魔女団が有する洋上航空戦力の要である』
もともとは大戦中に完成したエセックス級航空母艦の一隻だが、1950年代に大規模な改装を施して、着艦用斜向飛行甲板を増設、艦首も船体と飛行甲板の先端を滑らかに一体化するなど、近代的な艦容に一新した。船体長は271mで、戦艦大和よりも少し長い。
動力は蒸気タービンだが、ボイラーに魔動石を仕込むことで“湯沸かし能力”を格段にアップして、原子力に準じる航続力を秘めている。
主力の搭載機はやや旧式のF-8クルセイダーだが、パイロットは原則的に魔女ばかりであり、コクピットに自分の飛行箒をセットして、機体の飛行能力を魔法力で増幅する“フライ・バイ・ブルーム”を常態化した、“|メカニック・アンド・マジック《M&M》”のハイブリッド戦闘機だ。
うわあ……とアマミは圧倒されて目を見張る。
この空母シャングリラ号は、その周囲に発散している魔法力場が半端ではない。甲板の右舷中央にそびえる艦橋構造物は煙突と一体化しており、その上に立てられたアンテナマストを含めると、甲板からの高さは優に50mを超える。マスト先端の戦術航空航法装置アンテナの下にはチベット文字で退魔呪文を金色に刺繍した長大な錦の幟が翩翻と翻り、空母の艦首から艦尾までを強固な霊的結界で保護していた。
すると、グオッ! と怪獣の雄叫びに似た咆哮が頭上から打ち付けられ、スマートなロケット型の機体に三角翼を生やした軍用機が三機編隊で真上を通過する。
ジェットの排熱すら感じられる低空飛行だ。機体下面の弾庫ハッチを開けて四発のミサイルを露出しており、着陸脚も出している。アマミにはわからなかったが、そうやって空気抵抗を増し、できるだけ低速で頭上を航過することで、総帥のキャロルに挨拶したわけだ。
見えるものすべてが、セイレム魔女団の軍事力。
「ほえー」と田舎感覚丸出しで、のけぞるアマミ。「なになになに、あのでっかいヒコーキ!」
「F-106Z、マジック・デルタダート」とキャロル。そして妖精語で『Zは魔法の略。つまり魔動要撃戦闘機だ。一人乗りだが、昔のニッポンの一式陸攻よりも少し大きい。両翼に吊るしているのは増槽タンクに見せかけたキャニスターだ。中身は特大の戦闘飛行箒。双発の魔法機動でミグ25Zフォックスマッドと十分に渡り合える』
魔動デルタダートは再び旋回して、翼を傾斜しながら頭上を航過する。脳天を叩かれそうな気分で、アマミはしゃがんだ。特撮映画の巨大プテラノドンに襲われる気分だ。
『韓国の基地から?』と確認するキュウ青年。
『そうだ』とキャロル。『グズグズしているとロシアの熊が飛んでくる』
「く、熊って?」と、口を半分開けて、ぽけーっと茫然自失のアマミ。もはや洋上は耳をつんざくジェットの轟音が渦巻いて、大騒ぎの様相だ。
『ベア爆撃機の偵察型さ。魔動デルタダートが追い払ってくれるが、我々はその前に飛び立ちたい、急ごう』とキャロル。
アマミの肩を気安くポンと叩いて、キュウ青年が促した。
「さあ、アマミくん、行こう!」
「……へ?」
お口あんぐりのまま、意表を突かれたアマミの手に、キュウ青年は青いビニールレザーのボストンバッグをつかませた。アマミが通う真海水産高校の通学備品で、名前の欄にはマジックで磯貝海女海と、アマミの筆跡で書いてある。
え? これ……セーラー服や体操着(の隙間に丸めた下着)を入れた、あたしのバッグ……。
たしか今朝、中松先生の深海潜水艇を追いかけて潜るときに、支援船の人に預けた手荷物のはず……
と、海を見回すと、はるか後方の水平線近くに深海潜水艇のアルキメデス号が黄色と赤の船体をちらつかせて浮上しており、海上保安庁の外洋巡視船に似たフランス海軍の支援船マルセル号が船尾のクレーンを延ばして回収作業にかかろうとしていた。
キュウ青年は飛行箒で支援船マルセル号に立ち寄って、アマミのバッグを持ってきたというわけだ。
最初から、そのつもりで。
説明抜きで、アマミを誘うために。
そのことに気づいて、アマミは我に返った。
どこへ連れていく、つもり?
総帥キャロルの憎いほどの可愛らしさに心奪われていたので、すっかり忘れていたけれど……
……あたしは家に帰る途中だった。そうだ、帰るんだ!
「バッグ、ありがとうございます。で、で、では、あ、あたしはババババイトが終わりましたので、こっこ、これにてお家に帰らせていただきます」
混乱してどもりながら、ペコンとお辞儀して、「タロウ!」と愛用の箒の名前を呼ぶと、爪楊枝ほどに縮小して裁縫の指ぬきで右手の中指に挟んでいた飛行箒が、しゅっと実体化した。
このタロウに腰かけて海岸までおよそ50キロを飛ぶのは結構しんどいけど、自転車並みのスピードで二時間くらいなら、体育祭のマラソンって感じかな、と魔法的疲労を見積もる。
かりに海に落ちても魔法力で浮かべるから、ちゃぱちゃぱ泳げば夜までに陸地に着けるだろう……。
ところが。
「待って、ちょっと待ってくれアマミくん!」
「WAIT!」
キュウ青年だけでなく、極太ゴシックの大文字でキャロルに制止された。可愛いお顔に似合わない、鋭い眼光がアマミを突き刺す。
「あの……でも、いったい、あたしに、何を、しろと、おっしゃるんですか?」
巨大な原潜、巨大な巡洋艦、巨大な空母、そして空には巨大なジェット戦闘機に囲まれていると、自分がとてもちっぽけで、取るに足らない、この世界に掃いて捨てるほどありふれた一人の女の子なんだ……と実感してしまう。このような環境で自分にできることといえば、せいぜい、この箒で甲板を掃いてあげるくらいだろう。
……その程度しか、あたしには能が無いし……
そこで突然、アマミは気が付いた。
空間が、言葉に満ちていた。
普通人にはほぼ聴きとれないが、極めて指向性が高い超音波拡声器を使って、妖精語の声が飛び交っていた。
巨大な原潜、巨大な巡洋艦、巨大な空母が、総帥キャロルを中心に、早口で、やり取りしている。
多くは軍事暗号化されているので、〇×△◆□◎▼☆●……のようにしか聴きとれないが、いくつかの短いフレーズが文字認識で脳内に残る。
『ミス・アマミの護衛を継続、直衛空域に敵機無し』
『同じく、敵性の艦影認められず。ソナー探信続行』
『北海道上空の早期警戒機より報告、熊らしきものオホーツクより南下中』
『ストラトヴィジランティSV1、SV2、発艦準備よし』
『SV0ストラトヴァルキリー、給油ほぼ完了。オービター積み込み中、五分で発進可能、ミス・アマミを待つ』
『ミス・アマミの乗艦、急がれたし!』
えっ……と、アマミは戦慄する。
巨大な原潜も巨大な巡洋艦も巨大な空母も、巨大な戦闘機も、……みんな、あたしを迎えに来た? ……あたし一人を?
そこで、キュウ青年がお辞儀した。敬意を込めて、直角に腰を曲げて。
「お願いします、アマミくん、僕とつきあってください!」
……え、ええっ!?
これぞ晴天の霹靂。