それから
あの戦争の後も、結局大陸からは争いはなくならないし、街道は盗賊が潜み、街中では空き巣や誘拐が横行している。
その度にダンカンさんは「商売繁盛じゃい」と、上機嫌で討伐に出かけていくのだけれどさ。
リルラージュは突然のローゼンベルク卿逝去の後、そのままローゼンベルク家の女当主となってしまった。
噂ではローゼンベルク卿の死因は「腹上死」らしいけれど、腹上死がなんなのかわからないし、まあいいや。
もちろん彼女は家督相続と同時に大臣職も引き継ぎ、今は民族同化大臣として王家に仕えているわ。
時々お忍びで連射花火亭に来ては、奥の個室でビーネさんたちとお酒を嗜みながら、相変わらずの悪巧みをしている様子だけれどね。
ウルフェはてっきりログウェル卿夫人に収まるかと思っていたけれど、彼女は王家からクリーグ防衛戦の功績を讃えられ、王都ミリタントの西に領地を拝領したんだ。
そこには彼女たちの故郷である村も含まれているんだって。
「ログウェル卿と離れてさびしくないの?」
と、一度聞いたことがあるけれど、すっかり穏やかになったウルフェは笑いながらこう言ったわ。
「たまに会うから刺激的なのよ」
大人の関係ね。
介護院の面々は相変わらず。
サキュビーさんは院長室で脚を組みながら爪のお手入れをしているし、セイラさんも毎日ご機嫌でおじいちゃんたちに歌を披露している。
お世話で大忙しなのはクレムさんだけれど、何故か介護院に居ついてしまったイースが、ちょっと大人になったルビィと一緒にクレムさんの手伝いをしているので、なんとかなっているみたい。
ちなみにイースのお母さんであるマンティスさんは、イースを残して故郷に帰ってしまった。
一人前の蟷螂族には広大ななわばりが必要だからと言って。
その割には、定期的に干肉を実家に届けるよう、イースに言い含めていたみたいだけれどね。
オデットさんは先王弟の最期を看取った後、北の島に帰っちゃった。
サキュビーさんが介護院に誘ったみたいだけれど、彼女は丁重に断ったんだって。
「私も、もうおばあちゃんですからね。孫の面倒を見ながら過ごしていくわ」
あんな美しいおばあちゃんがいたら、孫たちは相当なプレッシャーになるに違いないわ。
ショコラとラムさんは、大方の予想通り、それぞれリューンベルク家とヴィッテイル家の正妻に収まった。
他国では「妖精」や「蛇族」を正妻にめとった貴族の例はないらしくて、招待された他国の貴族たちは怪訝そうな顔をしていたらしいけれど、ここはクリーグ、何でもありの国。
国民たちは誰も何も気にしていない。
フリードリヒは結婚後に家督を継いで大臣職も父親から引き継ぐことになったの。
こうしてヴィッテイル卿はその野望を達成したのよ。
シルクとともに北の海岸で隠居を決め込むという野望をね。
それから、今はザーヴェル王姫となったメリュジーヌは、結局両親と一緒にザーヴェルには帰らずに、ヴィッテイル家に居候している。
ラムさんを「姉さま」と慕うメリュジーヌがとっても可愛いんだ。
その代わりというわけではないけれど、リューンベルク家の当主として王家に正式に認められたヴィルヘルムは、ショコラを連れて今はザーヴェルに住んでいる。
クリーグ初の外交大使なんだって、すごいね。
何がすごいのかはわからないけれど。
カサンドラさんは、リルラージュと共同経営している事業から引退したくてたまらないらしいけれど、後継ぎになるはずのエイミにさっぱりとお婿さんを迎える気配がないので、やむなく事業を続けているの。
でもね、お婿さん候補がいない訳じゃないわ。
さすが蜜蜂族のフェロモンは強力で、既にエイミが放つフェロモンにやられたオス共が十数人はミリタントにやってきたの。
でも、そこからが問題。
エイミは典型的なパパっ子。
しかも彼女は連射花火団若手たちのアイドルでもあるし。
エイミは蜜蜂族のオス共に、
「私が欲しければパパを倒してね」
と言い放ち、さらに連射花火団の若手共が
「俺はエイミパパの弟子だ。まず俺を倒してみろ」
なんてお婿さん候補たちを挑発するからもう大変。
その結果、蜜蜂族のオス共はなし崩し的に連射花火団の若手と試合をすることになるのだけれど、結果は火を見るよりも明らか。
それはそうよね。
そこそこ腕に自信があったとしても、普段からエイミパパ、あ、オクタのおっさんのことね。
ではなく、化物のような筋肉ダルマのおっさんたちにしごき抜かれている連中にぽっと出の蜜蜂オスが勝てるわけないもの。
こうして連射花火団は弟子入り志願の蜜蜂族のオスどもを新たな団員に加えていったの。
今では人数を増やした蜜蜂のオスどもは「連射花火団空軍」を勝手に名乗っているわ。
馬鹿みたい。
当のエイミは、すっかり仲良しになったレイと一緒に、雑貨店「線香花火」の切り盛りをリルラージュから任せられているんだ。
そうはいっても、業務のほとんどはレイが面倒を見ているのだけどね。
エイミとレイ、介護院のルビィとイース、ヴィッテイル家居候のメリュジーヌ、それと私の六人は、定期的にこの店で女子会を開催しているんだ。
別に連射花火亭の奥でビーネが開催しているのを真似しているわけじゃないからね。
あっちは女性チーム。
こっちは女子チームなんだから。
向こうはお酒が中心。
こちらは酪とお菓子が中心なんだよ。
蜜蜂族と言えば、メーヴさんに育てられた娘たちも今ではミリタントで稼ぎ頭になっているわ。
メーヴさんに仕込まれた炊事洗濯家事全般はもちろん、彼女直伝の様々な料理がミリタントを始めとする各地で大受け。
今ではヘルパー派遣業とケータリングサービス業もリルラージュ大臣の事業に追加されているんだ。
サラさんは、どうやら故郷のイエーグで悪さをしているらしい。
イエーグで頻発している、他種族による平原族への反乱は収まる気配がない。
だけど、それぞれの部族が無秩序に反乱を起こすから、イエーグという国が疲弊するだけで何も良いことはないんだ。
そこでサラさんは故郷の村で、どうせやるなら一斉に立ち上がりなさいよと長老たちをそそのかしているらしいの。
上手くいくといいけれどね。
私?
私は相変わらず。
「アリア、これを奥に運んでくれる?」
は-い。
私は今でも連射花火亭で働いている。
両手におかわりのジョッキと料理を抱え、私は奥の部屋に急ぐんだ。
「お、待っておったぞい」
お待たせダンカンさん。
「遅いぞアリア」
うるさいヴィズさま。
「……」
たまには何か喋りなさいよオクタのおっさんは。
私はテーブルに新しいジョッキと料理を並べ、古いジョッキを片付けて回る。
すると突然ヴィズ様が怒りだしたの。
「おいっ! ダンカン貴様っ!」
驚いて振り返ると、オクタのおっさんも珍しく顔をしかめている。
「なんじゃい、人の親切心は素直に受けんかい!」
ダンカンさんの剣幕に他のベテランドワーフさんも腕を組んで頷いている。
「阿呆! こんなものが食えるか!」
「ダンカンよ、迷惑だ」
あら珍しい、ヴィズさまに続いてオクタのおっさんも喋ったわ。
珍しく表情をこわばらせているけれど。
「なんじゃいこのおこちゃま舌どもが!」
なんで逆切れしてるのダンカンさんたちは。
なんでいきなり立ち上がるのよヴィズさまもオクタのおっさんも。
え、ちょっと待って。
何なのこの険悪な雰囲気は。
「ダンカン、表に出ろ」
「望むところじゃい!」
余りの騒ぎにビーネさんも何事かと個室に顔を出したのだけれど、ヴィズさまとダンカンさんは無言で彼女を押しのけて表に出て行ってしまったんだ。
オクタのおっさんやドワーフのおっさんたちも互いを睨みつけあいながら二人の後に続いてしまう。
その剣幕に、さすがの「路地裏の女帝」も慌てだしたんだよ。
「大変よアリア! すぐに街の人たちを避難させて!」
◇
その日王都ミリタントで起きてしまった災害により、繁華街の半分が「文字通り」消し飛んでしまった。
幸いにも迅速な警報発令によって、死傷者は出なかったけれどさ。
人々はこの惨状を教訓にして、こんな格言を残すことになったんだよ。
「から揚げにレモンをかけるのは自分のだけにせよ」
ホント、男って馬鹿よね。
おしまい




