切札
大陸中心での別れの後、久しぶりにミリタントの隠れ家に戻ってきたヴィーネウスは、少々かび臭くなったベッドを気にしながらも、その体を横たえ、天井を眺めた。
最近見慣れてきた蜘蛛の姿はそこにはない。
ヴィーネウスは覇王と聖母の約束に縛られていた。
それはこの大陸で覇権を競う四大勢力に手を貸してはならないというものだった。
当然、彼自身が覇権を目指すことも禁じられている。
なので彼自身も、この大陸がどうなろうと知ったこっちゃないという、他人事のような姿勢が基本になっていた。
しかし彼は覇王と聖母の魂を受け継いだためなのか「生きる意志」と「無償の愛」の存在が妙に気になってしまう気性も無意識に併せ持っていた。
こうした一見矛盾する想いが、彼に歪んだ行動原理を与えたのかもしれない。
誰もが生き延びることはできない。
だから彼は選別する。
彼は誰にも手を貸してはならない。
だから彼は常に対価を求める。
しかし、その行動原理は生きる意志と無償の愛がせめぎ合った結果。
どうなろうが知ったこっちゃない。
そう、知ったこっちゃないのだ……。
ふっと彼は眼を開けた。
もしかしたら自分は、この言霊で自分自身を縛りつけているのではないのだろうか?
知ったこっちゃないとは、敢えて口に出すべきことなのだろうか?
「親父もおふくろも帰ったことだし、これからは好きにさせてもらうとするか」
彼はむくりと起き出すと、その足で、いつの間にか通い始めた連射花火亭へと足を向けた。
いつの間にか心を許すようになった連中が溜まっている場所へと。
ヴィーネウスは王都ミリタントがザーヴェル狂王による「光子槌」の標的になっていることは察していた。
しかし彼は気にせずミリタントの路地裏に歩を進める。
「どうせあいつのことだ、多分店にいるのだろうな」
彼は店の様子を想い描きながら、楽しげに歩を進めた。
まもなく店の前。
そこでは店の扉を開ける必要もなかった。
「あら、お帰りなさい」
店の前で掃き掃除をしている、緑髪をたなびかせた美しい女性が、いつものように彼を出迎える。
ふん。
ヴィーネウスは想う。
四大勢力に手を貸すことは禁じられている。
しかし目の前の女性を始めとする連中に手を貸すことは禁じられていない。
「ビーネ、話がある」
彼は女性に声をかけると、店に入っていった。
◇
南の森では膠着状態が続いている。
パペットこそすべて破壊したが、狂王が操る「魔術師傀儡」から放たれる無数の魔法で前線は押し込まれ、メイジゴーレムを守る電撃の結界は、ダンカンたちベテランの攻撃をあざ笑うかのように跳ね返し、逆に彼らの体力を電撃で徐々に奪って行く。
既に狂王は、メイジゴーレムの接続装置としての「王家であり王家でない者」であるメリュジーヌを手に入れることすら失念し、破壊行為を心の底から堪能していた。
壊した後に再建すればよいのだ。
こう染まった彼の意思は破壊衝動に塗り固められていく。
「ええい、何とかならんのかサキュビー!」
無限とも思われる体力を誇るダンカンたちも、さすがにそろそろ限界なのか、その動きが鈍り始めてきた。
ちなみにマンティスとクレムは、筋肉達磨達の無謀な突撃につきあっていられるかといった面持ちで、早々と介護院へと退却してしまっている。
「どうエイミ、連絡はとれた?」
「はい、サキュビーさん。いつでも動けるそうです」
サキュビーは蜜蜂族エイミの答えに満足すると、レイたちを近くに呼び寄せた。
「レイ、魔力は持ちそう?」
「もう一回くらいなら大丈夫です」
殊勝なレイの答えに頷いたサキュビーは、ゆっくりと深呼吸をすると、レイの左肩に右手を乗せ、エイミの右肩に左手を乗せた。
「それじゃエイミ、カウントをお願い」
「わかりました。それじゃあいくよー!」
テン・ナイン・エイト……。
サキュビーがレイの肩をぽんと叩く。
「対魔法絶対防御!」
サキュビーの合図に従い、レイは気力を振り絞って己の最大魔法を紡いでいく。
セブン・シックス・ファイブ……。
「カサンドラ! ダンカンたちにカウントを伝えて!」
「わかったよサキュビー! ダンカン、一旦深呼吸!」
サキュビーからの叫びに、メイジゴーレムの間近まで迫っていた女王蜂カサンドラは、ダンカンたちへと呼吸を合わせるように指示を出し、ダンカンたちもカサンドラからの発声に態勢を整える。
フォー・スリー・ツー……。
レイが放ったアンチマジックサークルは円を描き、メイジゴーレムに迫っていく。
ワン!
レイのアンチマジックサークルがメイジゴーレムを包み、電撃の守りを一瞬の間だけ消し去る。
ゼロ!
「いっちゃえパパ!」
次の瞬間、はるか上空から高速落下してきたオクタが、ミリタントの宝物殿でサラ達に託されたクリーグの宝剣「力の剣」を、勢いのままにメイジゴーレムの脳天に当たる位置に突き刺した。
突き刺さると同時に、力の剣が一瞬光輝いた。
すると輝きに合わせるかのようにメイジゴーレムは空気を震わせるがごとく身震いする。
その後メイジゴーレムは、剣の輝きが収まると同時に、そのまま停止してしまった。
「制御が離れただと?」
一瞬の出来事にいったい何が起きたのかと、メイジゴーレムの体内から狂王は無防備に身を乗り出した。
「もらった!」
その瞬間、狂王の首は空高く打ち上げられた。
真っ赤な鮮血を狼煙のように伴いながら。




