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闇の満月

 しかし、呪文が効果を現すことはなかった。

 発動しない禁呪をいぶかしげに思いながら、狂王は頭上を見上げる。

 

「なんと……」


 狂王の頭上では、昼の王が夜の女王に遮られていた。

 

 急激に闇に包まれ、さすがの百戦錬磨を誇る猛者たちにも動揺が走る。

 しかし、この状況はすぐにエイミたち蜜蜂族の伝令隊によって皆に周知された。


「ルビィのお手柄よ!」



 屋敷の前で、ルビィはサキュビーに指示された通り、両腕を掲げながら、楽しそうに魔族としての能力を発揮させている。


偽りの月イミテーション・ムーンなの」

 月の魔物である月兎ルビィにとって、月は魔力の源であり、自らの象徴でもある。


 月の兎は狂気の兎。

 彼女達は気まぐれで自ら好きな時に月の分身を生み出すこともできる。

(エクリプス)」は月兎のいたずら。

 

 ビーネからサキュビーへの指示のひとつ。

 それは多分放たれるであろうフォトンハンマーの(みなもと)を封じてしまえというものであった。

 ルビィの横では、他の娘達もあっけに取られたような表情で、指輪状に光を残す薄暗い空を見つめている。


 さらにルビィが召喚した偽りの月は、予想外の効果も生み出した。

 

「姐さん、闇の満月ですぜ!」

 サムライハウンドの一員が興奮した様子でウルフェに叫んだ。

 そんな彼らに、普段は冷静を装っているウルフェも興奮を隠せない。


 その姿は隊長と呼ばれ、軍規に従うウルフェの姿ではない。

 今の彼女は群れの主として郎党を率いていたころの彼女に戻っている。

 

「野郎ども、これはご先祖の啓示に違いない。さあ、狩るぞ!」


 満月は獣人に力を与える。

 それが闇の満月ならば、なおさらのこと。

 ウルフェたちは闇の満月に向かって遠吠えを発した。

 

 遠吠えと同時に全身をパンプアップさせたウルフェ達サムライハウンドの面々は、呆然としたままのダンカンたちを差し置き、狩りに向かう狼の群れのごとく、パペットに襲いかかった。


 瞬く間にパペットどもを駆逐した人狼族は、その勢いのままに一体残されたメイジゴーレムに突っ込んでいく。


 バチッ!

 ギャウン!


 しかし、何かが弾けたかのような音ともに、人狼族たちは悲鳴をあげながら吹き飛ばされてしまう。

 彼らの顎や腕からは、白い煙のようなものがあがり、肉が焼けるような臭いが戦場に漂った。


 轟音と悲鳴で我に返ったウルフェは慌てて兵を止めた。

「止まれ!、肉団子は電撃の魔法で防御されているぞ!」


「不遜……」


 狂王はそう呟くと、フォトンハンマーなどなかったかのように、何かを唱えはじめる。

 全てのパペットを失った狂王ではあるが、それはメイジゴーレムの操作に集中できるということでもある。

 

複顔面(コンパウンドフェイス)……」


 王の呟きが終わると同時に、メイジゴーレムの表面にいくつものデスマスクが浮かび上がる。

 それはメイジゴーレムに取り込まれた文官魔術師の面影をわずかに残す、眼を閉じた死の仮面だった。

 

 クリーグの傭兵たちが何事かと身構える中、王は呟きを続ける。


魔術の宴ウィッチクラフト・カーニバル……」


 王の呟きと同時に、死の仮面達の眼が全て見開いた。


炎弾(フレイムバレット)

雷矢(ライトニングアロー)

氷槍(アイスランス)

岩鉾(ロックハンマー)


「なんだこりゃあ!」


 メイジゴーレムから同時に発せされた無数の魔法が人々に襲いかかり、焼き、焦がし、凍らせ、打ちつける。

 戦場はパニックに陥った。

 

「怪我人を下げろ!」

「防魔楯を持ってこい!」

「こんなもんお灸代わりにもならんわ!」

「いいから下がれおっさんども!」


 デスマスクが口々に唱える魔法がひっきりなしに襲いかかる中、ドワーフのベテランどもは鉾をメイジゴーレムに打ちつけようとするが、電撃の防護に阻まれてしまう。

 

「どーすんだよこれ!」

 傭兵どもが口々に叫ぶ中、さすがのサキュビーも落ち着いてはいられない。

「セイラ! 歌をお願い!」

「わかったわサキュビー」


 歌姫が屋敷から一歩踏み出し、優しげに歌い出す。

 それは癒しの歌。

 その力は回復魔法ほどではないが、歌を聴く人々の心に安らぎを与え、痛みを和らげ、傷口の抵抗力を上げていく。


 一方で少女達は突然の出来事に慌てている。

 理由は、なぜかメリュジーヌが、うつろな表情でメイジゴーレムに向かってゆっくりと歩を進めていったから。


「どうしたのメリィ!」

 しかし、メリュジーヌはレイ達の制止を聞くこともなく、メイジゴーレムへと進んでいく。


「仕方がないわね!」

 アリアはメリュジーヌの歩みを止めるべく、指先から糸を生み出した。

 しかし糸の張力に抵抗するかのように、メリュジーヌは本来の姿に戻ってしまった。


 多分それはメリュジーヌが他人には初めて見せる姿であろう。

 彼女は幼女の上半身に、長さ数メートルはあろうかという白蛇の下半身となり、身体にまとわりつく糸ごと、アリアを引きずりながら王の元に這っていく。

 

 その様子を目にしたサキュビーは、メイジゴーレムが発している魔法の一つに気がついた。

「レイ、メリュジーヌは魅惑(チャーム)に捕われているわ! 魔法消去(イレースマジック)をお願い!」


 サキュビーの指示に我に返ったレイは、慌ててメリュジーヌに向かってイレースマジックを唱えた。

 しかしイレースマジックは効果を現さない。


「だめ、サキュビーさん。肉団子の魔力の方が私より強いわ!」

「ならばとっておきを使いなさい!」


 サキュビーの叫びにレイは自らの最大呪文を思い出した。

対魔法絶対防御アンチマジックサークル!」


 レイの呪文は完成と同時に、彼女を中心として光の円を描いていく。

 まずはメリュジーヌが円に包まれた。


「あれ? 私?」

 我に返り、ラミアの姿になった自分自身に驚いているメリュジーヌに、アリアがやれやれとばかりに肩を叩いてやる。

「よかった、気付いたのね。やばかったんだからもう!」


 魔力の円はそのまま広がってゆく。

 円は広がりながら炎を消し、電撃を散らし、氷を溶かし、岩を砕いていく。

 そしてついにはメイジゴーレムにも届いた。


 すると手当たり次第にメイジゴーレムに無謀な攻撃を仕掛けていたダンカンのハルバードが、一瞬メイジゴーレムの肉を捕えた。

「お、攻撃が通ったぞい!」

 相変わらず空気を読まず呑気な様子で軽口を叩くダンカンに、ベテランのドワーフたちも続いた。

 しかし、すぐに攻撃は再び電撃の防護によって阻まれてしまった。


「なんじゃ、もうサービスタイムは終わりかいの」

 そう呟きながらも、ダンカンたちは己の身体に電撃が走るのも構わずに、再びメイジゴーレムに攻撃を開始した。

 

「すごいわレイ!」


 レイが放ったアンチマジックサークルは、魔術師の力量に関わらず、効果範囲の魔術を全て打ち消してしまう魔法である。


「でも、ちょっと疲れちゃった……」

 当のレイは肩で息をしている。

 

 アンチマジックサークルは強力無比な魔法ではあるが、そうそう連発できるようなものではない。

 しかも革命のときに携えていた魔力を回復する杖「霊魂の錫杖(ロッドオブスピリット)」は、今は手元にない。


 多分レイがこの呪文を唱えられるのはあと数回であろう。

 とてもじゃないが、ダンカン達の鉾がメイジゴーレムに止めを刺すまでに何回も繰り返せるような状態ではないのだ。

 

 その様子を見つめていたサキュビーは、ビーネからのもう一つの伝言を思い出した。

 サキュビーはエイミを呼び出すと、蜜蜂族特有の能力について、改めて確認する。

 

「大丈夫です」

「そう、それじゃ準備をしてくれる?」


 サキュビーは期待通りのエイミの返事に女夢魔特有の歪んだ笑みを浮かべると、醜い肉の塊をちらりと見た。

 

「あんまり私たちを舐めないでね。狂った王さまとやら」

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