市井の反撃
ザーヴェル王軍のパペット達がゆっくりと迫りくる中、クリーグの「自称」民間人たちは、これを迎え討つべく粛々と準備を始めている。
部隊の最後尾にしつらえられた司令官席にはフリードリヒ、副官の位置にはヴィルヘルムが陣取っている。
その前には連射花火傭兵団を先頭に、クリーグを根城としたいくつもの傭兵団が、様々な装備を身につけて陣取っている。
その中にはウルフェ率いるサムライハウンドの面々も、国軍の装備ではなく、山賊時代に彼らが愛用していた軽鎧を纏って、しれっと混じっていた。
彼女たちはログウェル総司令官から急遽「有給休暇」を取得して、この場にやってきたのだ。
ウルフェを見つけたラムが彼女に向けて気軽な様子で声を掛けた。
「あら、司令官のお守りはいいの?」
それに対し、ウルフェもおどけながら答えた。
「ふん、ご主人さまの手を煩わせることもないさ。それよりもラムのご亭主も初陣だろうに、大丈夫か?」
「いやん、ご亭主だなんて。まだ先のことだし」
などと緊張感もなく身もだえている蛇族ラムだが、じと目で彼女を見つめる家妖精ショコラの視線に気付いたのか、こほんと咳払いをしてから身なりを整えると、何事もなかったようにショコラとともにフリードリヒたちの元へと戻った。
「それでは打ち合わせ通り、ご主人さまの配下となられた方々に加護の魔法をご用意いたしますので、ご準備を」
というラムの指示を受け、フリードリヒは実質的な大将である小さな髭ダルマに声を掛けた。
「それではダンカンさん、皆を一旦集めてくれるかな」
「おうよ若様。それじゃ貴様ら、小僧らを集めてこんかい!」
「うっす」
ダンカンの指示に彼の腹心であるベテランドワーフや、彼とかつて戦場を共にした傭兵団の団長たちが、それぞれの配下の元に散っていく。
フリードリヒにもヴィルヘルムにもわかっている。
日々訓練を重ねているとはいえ、二人の腕前はダンカンを始めとする傭兵たちには到底敵わないということを。
自らもまた神輿だと自覚しているのだ。
ただ、彼らに劣等感はない。
なぜならばこれが彼らの役割だと冷静に理解しているから。
己の役割を全うすることが勝利と未来への道だと自信を持っているからだ。
ダンカンの後ろに整列した義勇軍達の前に、フリードリヒとヴィルヘルムは並び立った。
「それではこれから反撃に移る。我らの使命はザーヴェル狂王の首を、友人である皇太子にお届けすることである。皆の者、心せよ!」
フリードリヒによる檄に合わせ、ラムが呪文を唱えていく。
「我ら種族の盟友たる風の精霊よ。我が主と、主とともに戦場を駆ける戦士達に刃の加護を与えよ。暴風刃」
ラミアが練った呪文の完成と同時に、戦士たちが持つ武器は風の刃を纏っていく。
ストームブレイドは武器に追加ダメージ効果を与える攻撃補助魔法だ。
「皆さん、生きて凱旋しましょう!」
ヴィルヘルムからの檄に合わせ、ショコラも呪文を紡いでいく。
「妖精界の守護者よ、汝の加護を我らにもたらしたまえ。妖精衣」
するとヴィルヘルムを始めとする戦士たちの全身を何かの気配がうっすらと包んでいく。
フェアリーマントは戦士達に攻撃回避の加護を与える防御補助魔法だ。
二つの魔法効果に戦士たちの士気は上がっていく。
「それじゃサキュビーさん、留守は頼んだぞ! 全軍出撃!」
「うおおおおお!」
フリードリヒの指示を合図に、戦場に響き渡る怒声とともに、戦士達は人形どもを殲滅すべく、兵舎を後にした。
一方、介護院に残った女夢魔サキュビーは、ザーヴェル皇太子から聞かされた「王の執着」から、彼の娘メリュジーヌを守るための布陣を敷いていく。
メリュジーヌを王都ミリタントに匿うのはリスクが高すぎると判断した彼女達は、介護院の入居者である老人どもの承認を得た上で、介護院で彼女を守ることにした。
防衛は蟷螂族のマンティスと哭鬼族のクレムが中心となり、ここにカサンドラを始めとする蜜蜂族、シルクを始めとする海豹族が加わり、介護院を守る。
対魔法攻撃については当面サキュビーが担当するが、間もなく援軍が介護院に到着する予定になっている。
メリュジーヌの周囲には、マンティスの娘イース、ヒュファルの聖女である竜人族レイ、月兎ルビィ、そして蜘蛛族アリアが張り付いている。
するとそこにエイミがビーネからの情報を携えて空を飛んでやってきた。
そのときエイミが飛ぶさらに上空を何かの影が一瞬横切ったが、それに気づく者はいない。
「サキュビー姐さん、ビーネさんからの指示よ」
続くエイミからの報告にサキュビーはほくそ笑んだ。
「準備は万端ね」
後は狂王を迎え撃つのみ。
◇
狂王はいら立っていた。
知の覇王にて操っている無数のパペットども。
そいつらの数が明らかに減り続けていることに。
見ると、パペットどもの前に様々な種族の連中が立ちはだかり、怒声とともに武器をふるっている。
「黒いのに気をつけろ!」
火薬人形は、戦士どもにたどり着く前に、熟練の弓兵どもによって撃ち抜かれ、味方のパペットを巻き込みながら爆発していく。
「緑のに足を取られるなよ!」
蔓人形は、サーベルやシミターなどの切断武器を携えた傭兵たちに取り囲まれ、その蔓を次々と切断され、無効化されていく。
「黄土色のは鉾でぶっ潰さんかい!」
泥人形はその体内に相手武器を取り込む暇もなく、大型のハルバードやモールなどで容赦なく殴られ、その泥を跡形もなく飛散させてしまう。
他のパペットどもも、熟練たちによって次々と破壊されていく。
「鬱陶しい者共め……」
狂王にパペットに対する憐憫の情など欠片ほどもない。
彼はただただ、進軍が停滞することに対していら立っているのだ。
「まあよい、先に娘だ……」
狂王はいら立ちながらも「かたち」の完成を目標に進軍を進めていく。
娘を「かたち」に組み込みたい。
王のいら立ちは王の欲求に上書きされていく。
組み込みたい、組み込みたい、組み込みたい……。
いつの間にか狂える知の欲求に塗り固められた狂王は、間もなく目的がいるであろう屋敷の付近まで、上機嫌でたどり着いた。
しかし、娘が隠れているであろう屋敷も、多くの戦士たちで守られている。
再び王はいら立った。
「皆殺しだ……」
狂王の意思に従い、パペットどもは戦士たちに襲いかかる。
しかし結果は無残なものとなった。
「わらわは人形遊びなど好かぬ」
そう文句を言いながら、両腕の鎌で舞踊を舞うように次々とパペットを葬っていく黒髪の貴婦人。
「実はグラップルだけじゃなく、打撃も得意なんだよ。悪いね」
などと軽口をたたきながら、手当たり次第に両の拳でパペットどもを討ち砕いていく赤髪の女戦士。
他にも数人がかりで次々とパペットをレイピアやエストックで串刺しにしていく蜜蜂族や、小ぶりの船乗り用シミターを器用に操り、パペットどもを切り裂いていく海豹族などが躍動している。
火薬人形も蔓人形も泥人形も存在しない、単なるパペットの群れは、言葉通りの木偶であった。
「不遜……」
できそこないのダンスを見せられた時のような不快感に捕われた狂王は、己の目的を一瞬忘れた。
「何じゃいあれは?」
パペットどもの背後に姿を現した異様な「かたち」に、思わずダンカンたちはパペット掃討の手を止めてしまった。
それは遠目からは単なる大きな球体に見えた。
しかし徐々に間近へと迫ってきた「かたち」は、球などという可愛げのあるものではなかったのだ。
複数の人間を、巨大な手で着衣のまま団子のごとく無造作に押し固めたようなそれは、不細工な球体となった地獄の門を思わせる。
「かたち」とは、知の覇王の効果により、自ら進んで肉塊と化した十数人もの文官魔術師にて生成された魔術師傀儡であった。
「焼き尽くすか……」
狂王の呟きに合わせるかのように、パペットの動きが単調になる。
彼はメイジゴーレムの中から自らの上半身を現すと、メイジゴーレム本体から肉塊の一部を引きはがした。
そしてそれを目の前にかざし、肉塊になる前は誰かの頭であっただろう部位を彼の右手でつかんだ。
狂王は知識の宝珠を開き、禁呪を練っていく。
やがて呪文は完成した。
目標は目の前の屋敷。
彼は禁呪を放つことで目的を失うことなど、完全に失念している。
そして禁呪は完成した。
「光子槌……」




