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チェンジリング

 ここは最近予約で満席の日が多くなった、それなりに高級な居酒屋連射花火亭(スターマインズ イン)


 店の奥に用意された個室に、民族同化大臣令嬢のリルラージュが姿を現した。

「フリードリヒ様とヴィルヘルム様をお連れいたしました」

 彼女に続いて精悍な青年と、凛とした少年が、それぞれのお供と共に奥の個室へと案内されていく。


「こんちは、ビーネさん」

 この店の常連でもあるフリードリヒ・ヴィッテイルは、気軽にこの店の女主人に声を掛け、彼の背後に続く金髪が美しく輝くグラマラスな女性も、フリードリヒの挨拶に合わせビーネに微笑みながら会釈を送っている。


 一方、まだ飲酒の経験がないヴィルヘルム・リューンベルクにとっては、この店は初めて経験する酒場であるからか、お供の可愛らしい少女とともに、物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回している。


 五人の来訪と同時に、既に個室内にいたビーネ、オデットも立ち上がり、礼を持って出迎えるが、残る一人だけは横柄な態度で腰かけたままだ。

 まるでこんな小僧どもに頭を下げる必要などないだろうとイラつくがごとく。

 

 一方のフリードリヒとヴィルヘルムは、腕を組んで彼らを値踏みするかのような視線を送ってくる赤髪の女性からの威圧に、少し腰が引けてしまう。

 同時に蛇族(ラミア)家妖精(ハイブラウニー)の娘は厳しい表情となりながら、それぞれの主人をかばうように無言で半歩あゆみ出た。

 

 すると、そうした娘たちの行動を合図とするかのように、腰かけたままの女夢魔(サキュバス)相好(そうこう)を崩すと、若者二人は眼中にないかのように、ラミアとハイブラウニーに向けて微笑みかけた。


「あなたたちがラムとショコラね。私はサキュビー、南の介護院で院長をしているわ。よろしくね」


 介護院の院長という自己紹介に、施設について知っているフリードリヒは驚きの表情を見せるが、他の三人は、それが何のことやらわからない。

 しかし、それは後回しとばかりに案内役のリルラージュは四人に席を勧め、自らも優雅に着席すると、本日の議題と移っていった。


「それは確かなのね?」

 フリードリヒとヴィルヘルムが同席する場で、あえてオデットはサキュビーに改めて確認を繰り返していく。

「ええ、今ここで確信したわ。確かにラムと同じ気配よ」


 現在サキュビー達はザーヴェルとの国境で、()の国から押し寄せてくる難民や兵士達の世話をしながら、難民にまぎれて密かに亡命を申し入れてくるザーヴェル貴族の情報を、逐一リルラージュに伝えている。


 ザーヴェル貴族は、他の難民たちに気取られぬように、そっと介護院の別室に案内されると、そこでサキュビーの魔法「嘘感知(センスライ)」を受け入れることを条件に、亡命の申請を行うという流れになっている。


 これはビーネ達が直接ザーヴェル国内に出向くことなく、ザーヴェルの内情についての情報を入手するために行われているのだが、そこであるときサキュビーは、とある異常に気付いた。

 

 それは若い夫妻と、彼らが連れている幼子。

 年はそう、マンティスの娘と同じくらいであろうか。

 若夫妻はザーヴェルの貴族なら当然といえるであろう森林族(エルフ)であったのだが、幼子から伝わる気配はエルフのものではない。


 しかし、確かにこの幼子は夫妻の実子なのだ。

 センスライの前でそう証言する夫妻の言葉に嘘はない。

 

 さらにはもう一つ。

 若夫妻から伝わる雰囲気が、他の亡命希望の貴族達から伝わるものとは一線を画しているのだ。


 他の貴族達は、当然と言えば当然ではあるが、この戦はクリーグが勝利するという賭けに出た者たち。

 つまりはザーヴェル王家から一旦離れ、クリーグがザーヴェルを侵攻した後に、あわよくば旧領地をそのまま引き継ごうと画策している者たちといえる。


 それはそれで生き残るために選択した行動だろう。

 そうでなくては貴族などは到底(つと)まらないのだ。


 なのに若夫妻からはそうした意図を感じられず、ただただ助けを求めているような、素朴な感情しか伝わってこない。

 

「この娘に原因があるのかしら」


 サキュビーからの問いに、若夫妻は押し黙ってしまい、口を開くことはなかった。

 さすがの嘘感知(センスライ)も、沈黙には無効。


「とりあえずはビーネ達に報告しておくことにしましょうか」


 そうため息をつくと、サキュビーは夫人の胸に小さく輝く石にちらりと目線を投げかけた後、その場を一旦終了し、リルラージュの招集を受け、連射花火亭へと向かった。


 フリードリヒとヴィルヘルムが、フリードリヒの父であるヴィッテイル卿から命じられた使命は「ザーヴェル亡命貴族との私的な交友関係の構築」である。


 現時点では、ヴィッテイル卿を始めとするクリーグ王弟派は、ザーヴェルに対し直接武力行使に出ることは考えていない。

 なぜならザーヴェルは「魔術の国」であるからだ。


 ぶっちゃけた話、戦士の国であるクリーグにとっては、ザーヴェル相手に侵攻戦を仕掛けるのは、いささか分が悪いのだ。


 一方でイエーグでは前王が謎の死を遂げ、現在は新王の元でイエーグ王家とクリーグ王家は友好関係を構築し始めている。

 また、ヒュファルでは宗教革命が瞬く間に国全土に広がり、急速に各部族単位での連邦化が進んでいるらしい。


 両国に共通しているのは、自国民による支配層の打倒。

 ならばザーヴェルの現王にも、自らの国民によって滅んでいただこうというのが、クリーグ王弟派の考えである。

 

 つまり、フリードリヒとヴィルヘルムの役割は、ザーヴェル貴族たちに「ザーヴェルの王打倒」をそそのかすこと。

 とはいっても、亡命希望のザーヴェル貴族たちには、現時点でそんな力はないだろう。

 なので、まずはクリーグ貴族とザーヴェル貴族間で、個人的な友好関係を結ぶという計画なのだ。


 若者二人に白羽の矢が立ったのは「クリーグの国営に直接関わっていない」というのが表向きの理由。

 しかしヴィッテイル卿には当然下心がある。


 実の息子であるフリードリヒと、自らが後見人を務めるリューンベルク家のヴィルへルム。

 今回の計画が上手く行けば、二人のクリーグ貴族内での評価は格段に高くなるであろう。

 それはヴィッテイル卿が現在就いている地位を、すべて二人に禅譲(ぜんじょう)しても、王家や他の貴族たちに問題なく認められるくらいには。

 

 ヴィッテイル卿の野望。

 それはさっさと息子達に多忙な経済担当大臣などの地位を引き継いで、海豹族(セルキー)のシルクとともに、北の海辺にひきこもって隠遁生活いんとんせいかつを始めることなのだ。


 そう、彼はうらやましくなってしまったのだ。

 王弟が白鳥族のオデットと共に、悠々自適な引退生活を満喫していることが。

 

 ちなみに彼の魂胆は、軍総司令官ログウェル卿や民族同化大臣のローゼンベルク卿にはバレバレなのだが、余りにもばかばかしい野望のため、二人とも見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。


 さて、ザーヴェルの若夫妻については、それなりに高貴な立場であろうというのは伝わってくる。

 しかしそれ以上はわからない。

 ところがサキュビーにはフリードリヒに随伴する女性と挨拶を交わしたことによって、一つわかったことがある。


 夫妻が連れている娘の気配。

 それはラムから伝わる気配と同じもの。

 そう、蛇族(ラミア)のそれであることをだ。

 

「本当に夫妻の実子なのかしら?」

 リルラージュの疑問にビーネが肩をすくめた。


「何かの文献で、そうした現象があると読んだことはあるけれど、現実にそれが起きるとは私にも断言できないわ」


「その現象とは?」

 オデットの問いを皆に答えるかのように、ビーネは全員に向けて順番に目を走らせた。


取替子(チェンジリング)よ」

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